巨大人型ロボットを駆る少女と、その整備記録
とある時代、とある戦争。
人々は膨れ上がったエゴにより、人の姿を真似た巨大人型兵器を完成させていた。
「あの……歩く度にアスファルトが砕けるんじゃが」
狐耳の美女をパーソナルマークにしたパイロットの少女が、畏れ多くも整備士にそう話し掛けた。
重量およそ五十トン、身長で十五メートルを超えるその偉容は、まさに質量兵器。
武器を使うまでも無い。ただ歩くだけで地響きが鳴り、大地は割れる。物理的に。
整備士は平然とした顔で、素直に答えた。
「やだなぁ、大自然の平地を進めば良いじゃないですか」
「なるほどのぅ。それは盲点じゃった」
ロボットが盛大な騒音を立てながら、風か嵐を思わせる勢いで平地を駆け抜けた。
地盤沈下と液状化現象で、ヌルヌルのガタガタで荒野となった世界をコクピットから見回す。
「やっぱり欠陥兵器じゃなかろうか、これ」
「あー、なら、宇宙で使えばいいじゃないですか」
かくして、人類初の巨大人型兵器の戦いの場は宇宙に移された。
最後のフロンティアたる宇宙においても、人は戦争を忘れられないのか。
なお宇宙に打ち上げる費用だけで国家予算の数百兆を費やし、国家は経済破綻で滅びた。
「あぁ、もうワシに帰る国は無いんじゃな……後は、堕ちるのみじゃ」
「というか、敵国もよく付き合ってくれましたね。やっぱ馬鹿なんでしょうか」
「せっかく作ったのに、使わないのは勿体無いじゃろ?」
「いや相手に使わせない為、作るモノじゃないですかねぇ」
とはいえ、史上初の宇宙戦争である。
身の引き締まる想いで、少女はコクピットに乗り込んで操縦する。
そして、絶望した。
「これ、もんのすごく機動性が悪いんじゃが」
「そりゃ加速し過ぎない為ですよ」
「なんでじゃ。無重力だから、幾らでも加速できるじゃろが」
「地上と違って摩擦が無いから、ブレーキ用に逆噴射が必要なんですよ」
推進剤の喪失は、即ち宇宙漂流と同義である。
その節約こそ第一義となるのは当然。
「つまり、ブレーキ用の逆推力も、前進用に使えばいいんじゃな!?」
「しまった、アホでしたか」
軽々と動き始めたロボットを巧みに使い、敵のロボット兵団を撃破していく少女。
宇宙空間において爆発は殆どしない。燃料となる酸素が存在しないからだ。
僅かな推進剤と本体の可燃部が燃えれば、後は静かなものである。
「手応えが無さすぎてツマランのじゃが」
「気軽に言ってますけど、撃墜イコール即全壊ですからね」
「と、言われてものぅ。代わりにこちらが壊れてやるワケにもいかんし」
そういう意味じゃなくて、単に緊張感を持って欲しい整備士の一言であった。
燃料補給に戻った少女の巨大ロボットを見る。
敵を破壊した時の破片がデブリとなり、全身に大小様々な穴が空いていた。
「うーん、通常兵器は無効化できる程の装甲なんですけど、結構傷みますな」
「ツノじゃ! ツノを付ければ速く動けるから、破片も避けられるぞい」
「あなた、もう減速用のバーニア吹かしてるから、二倍速いじゃないですか」
「じゃあツノの分で、三倍速く動けるんじゃな」
そんなはずは無いが、まぁ本人が喜ぶなら良いか、と整備士は考えた。
戦術的アドバンテージは無くとも、士気高揚に繋がるならパーソナル性は不可欠だ。
以上の理由により、少女のロボットにそれは立派なツノを股間に付けた。
「なんか違わんかぇ?」
「そうですか? でもまぁ、あの位置が最も安定するから我慢して下さい」
首を傾げながら出撃する少女。
次々と撃墜し、敵の無線傍受でパイロットたちの悲鳴が伝わってくる。
『大変だ! 敵は悪魔だ、ツノ付きが出やがった!』
『敵は一機だ。如何に強くとも、包囲してしまえば』
指示していた隊長機と交差した、その一瞬で敵を破壊する少女。
バラバラの破片が部下たちの機体を砕きつつ、更に恐慌が巻き起こる。
少女の機体のツノが、爆炎で映える。
<<ああ! ジャン・ルイがヤラれた!>>
『落ち着けジーン。お前が指揮を引き継ぐんだ』
霧散していく敵編隊。今回も少女の勝ち戦であろう。
かように少女は目覚ましい戦果をあげていたが、結局は国の滅んだ身である。
まともな補給も無いまま戦えば、ジリ貧となるのは自明の理。
いよいよ最後の出撃を迎えつつあった。
「え、燃料無いとか無理ゲーなんじゃが?」
「だーかーらー、燃料を使い過ぎなんですってば。減速用もクソも無かったでしょう?」
「でもほら、戦争経済的には『燃料は生産するモノじゃない、奪うモノだ』とか」
「宇宙空間でどうやって奪うんですか。まともな拠点も無いんですよ」
打ち上げロケットから出撃し、戻ったら燃料を補給。
ロボットアームを使って、僅かな資材で簡単な修理を行う。
これが全てである。
「つまり敵のロケットを奪えば良いんじゃな」
「それを警戒して、同じ燃料を使われてません。諦めましょう」
「むー。じゃあもういい。ロケットで地球帰る」
「これ打ち上げ専用のロケットだから、帰る性能なんて無いですよ」
トホホ、とため息を吐く二人。
片道切符の戦場である。もはや出撃するより他に道は無い。
「仕方無いのぅ。所詮は戦争用に作られたアンドロイドって事じゃったか」
「お互い、戦争ロボットですからね。ロボが巨大ロボに乗って操縦するんだから」
人間のやる事は理解不能である。
戦争は非人道的であり、無人機による綺麗な戦争を行う。
地上を汚さぬよう、宇宙に舞台を移して。
「もうコンピューターゲームで決着すれば良いんじゃなかろうかえ?」
「それやると、戦争はゼロサムゲームだとコンピューターが気付いちゃうんですよね」
退屈凌ぎに一人でオセロを遊びながら、整備士ロボットはそう話した。
パイロットの少女ロボットは、えいやっと気合一つ入れてコクピットに乗り込む。
「では最後の出撃じゃ。どうでもいいが、なぜか足とか無いんじゃが」
「え? あっ、忘れてました。足なんて飾りですし」
正直、足なんてどうでも良いから、整備は最後に回していたのだ。
四肢をバタバタと動かして旋回するなら、機体内部機構による角運動量保存則で充分である。
「あとツノも無いんじゃが」
「あんなものも飾りですよ」
「そ、そうじゃろか……というか、気のせいか腕も頭も無いんじゃが」
「それも飾りです」
「もうこれラグビーボールじゃろ」
あらゆる方向からの防御力と、無駄の無い機動力を兼ね備えた無敵のロボット。
巨大ラグビーボール型ロボットの完成である。
「いやぁ、格好悪ぅっ!」
「某マシン三号に謝って下さい! お兄さまの夢に謝って下さい!」
「なんの事じゃ……というか、これ武器すら全く無いんじゃが」
「ええ。だって、そこが一番の飾りでしたからね」
キョトンとする少女ロボット。
その狭いコクピットに、もぞもぞと整備士は潜り込んだ。
「ちょ、狭いんじゃ! てかスケベ! 変態ロボ!」
「はいはい、ちょっと失礼しますよ」
「うわ、なんか腰に当たってるぅ! な、なんで股間にツノを付けておるんじゃ!?」
「そりゃもう機動性が上がりますから。では出撃、ポチっとな」
ラグビーボール型のロボットがロケットから撃ち出され、宇宙に飛び出る。
それは戦場に向かわず、地表に向けてゆっくりと進んでいた。
「むぅ、戦場とは逆方向じゃ。戻らねば」
「いいんですよ、これで」
ウォンウォンと唸り、ロボットが大気圏へと突入する。
「どうせ武器も資材も、国さえも無くなっていたんです。もういいでしょう」
「もういいじゃと?」
「あのロケットでは帰れませんが、このロボットなら地球に帰れます」
圧縮された空気がプラズマ化し、巨大ラグビーボール型ロボットの躯体を熱した。
しかし、無駄なく装甲の張り巡らされた機体は、その熱に充分耐えている。
「うぅ、戦場が遠ざかっていくんじゃあ。あぅー」
「戦う為の武器も持たず戦場にあっては、それこそ戦士にあらずです」
ガックシと項垂れる少女ロボットに、整備士ロボットはいつも通りの静かな口調で話す。
「補給物資を渡せなかった上のミスです。ノーゲームって事で良いでしょう、はい」
「あぅー、あぅー、あぅー」
狐みたいな鳴き声を上げ続ける少女の頭を、整備士はポンポンと叩いてやった。
地球に帰ったところで、どんな未来が待っているか。
それは整備士ロボットにも想像もできない。宇宙で壊れた方がマシだったかもしれない。
「でもまぁ、ティッシュ配りでも何でもやれば良いでしょう。だってロボットなんですし」
人が嫌がる事。それがある限りはロボットの仕事が尽きる事は無い。
でも、と整備士ロボットは考えた。
「宇宙でのエンジン整備は、コリゴリかな。やっぱりロボットでも地球が母親なんですし」
「宇宙? エンジン? ゴリ?」
「なぜ発言をそこだけ切り取るんですかねぇ」
地表が青い。海が広がる。
落ち続ける巨大ロボットと、小さな二人のロボット。
受け止めた飛沫は空高く舞い上がって、小さな方舟が海を漂う。
やがて漂着する世界で、彼らがどんな日々を過ごすのか。
それがどんなに苦しくとも、きっと彼らはロボットらしく耐える事だろう。
母なる地球に帰還さえ許されない宇宙のデブリたちに比べれば、きっと幸いなのだから。
巨大ロボットは自立できない云々のよくある小話。
それを耳にする度に「そも垂直運動から凄くて中の人が死ぬんじゃ……」と思い、
ならロボットをパイロットにしてしまえ、という発想からのお話でした。
……なんで巨大人型ロボット自体にAI載せなかったんでしょうね?(知らん)
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!