世界で一番静かな抵抗
あの廃墟に行った人々の多くは自分の意志で決めた様に感じているが、実は呼ばれていた事に気付いてはいない。僕も廃墟に住んでいるがあの廃墟とは別世界の物だ。人が主に支配している世界の廃墟に住む僕は、たまにあの廃墟から頼まれたモノを届けている。とは言っても期限もないので暗闇で気楽に時に吟味しながら、僕の廃墟に来た様々なモノをあの世界に届けている。そしてこれが僕の唯一の何かに期待されている事なのだ。僕はどうやらこんな暮らしを人の時間では20年位しているらしい。あの廃墟は面倒な物も引き受けてくれる。そして多少の物なら帰される事はない。なぜなら帰って来たモノを見た事が無いからだ。注文はいつも送った数だけくる。余計に送ると送らなければならないモノが増えるので後々面倒になってしまう。生物の注文は記憶や本体等と他には無い複雑なニーズが多いので嫌であるがこの世界にいるので依頼はかなり多い。生物の中でも取り分け人は面倒である。なぜならいわゆる普通の人は廃墟等には来たがらないのが通常でこの依頼をこなす事はいつも難しいのだ。こんなに静かで淀んだ素敵な廃墟に人はなぜ来ないのかを考えてみた。いわゆる心霊スポットの様な廃墟に行って勇敢な好奇心や探究心を満たそうとしても在るといえばミステリアスではない危険や他者が認めない錯覚位で行く事の意味がないからとか、単純に怖そうな場所は嫌いとかそもそも用が無いとか不人気の理由らしい事は簡単に想像する事が出来た。僕はなぜだか少し落ち込んでいた。しかし、反対に多くの人々はこの様な場所に来た経験を人生で一度位は持っていると思った。しかもこの様な場所には複数で来る方が人間らしいとも考えた。なぜ自分がそう思ったのか知る為に僕は暗闇に包まれながら無機質な空間を散策する人々を又想像してみた。ここにはオカルト的な恐怖や一人になる心細さ等の様々な人の嫌がるモノがある。しかしそれでも人は集団になると、個人の時には怖いと認めたくないが故に取らない無意味な行動も集団になると偽りの安心感が欲を増幅させて自分個人の力量を超えても尚欲に支配される集団という別の生物になるのかもしれないと思ってきた。集団という生物の血液となる欲の中には知りたいや見てみたい等の各個人のが持つ欲から他者に自分は強者ですとアピールしたいとか反対に一人にはなりたくないとかが持つ他者との関係に基づく欲等があり、更に欲が状況応じて産み出され続けるのでこの生物は不死身に近い。僕は勝手に想像して怖くなってしまった。気を取り直して個人で来る場合を考えてみた。すると行く当てが無くたどり着いたとか、人目につきたく無いとかのどす黒いベルベットで出来た薔薇の様にきめ細かく挫折し程良く絶望し続けて尚ある欲が来させるのかもしれないと思うと爽やかな共感を覚え少し元気になった。もしこうして人が廃墟に来たら注文をどう処理するのが良いのだろう。本体の注文には当然少数の者をすみやかに猟るのがのぞましい。又記憶を奪うには一人になりたくなくて誰かと共に来た者を探すのが便利そうだ。これは自己の決断によってそこにいるつもりになっても、実際に恐怖と遭遇した際には他者の不運に巻き込まれたとか付き合わされたとかのいわゆる他者への不満が多くなり自分を省みる記憶の扉が軽くなるからだ。こうやって探せば今も注文にある様々な依頼を埋める事が出来るかもしれないと思ってきた。しかし本心の僕は注文を確保出来ない反省よりも、暗闇を荒される事や廃墟がうるさくなる事の方が好きでは無い様だ。今度あの世界に行ったら注文の主に人の呼び方や接し方を聞いてみようかと思ったりしたが、やっぱり止めておこう。あの廃墟に行こうとする時は、あそこに呼ばれている時なのだから。面倒くさい事は好きじゃない。
ある昼下がりの僕の廃墟に複数の鳥がやって来た。正確に言うと廃墟の外に鳥が来て窓越しに入る光と共に鳥の影が廃墟の中にやって来た。この影が廃墟の影の中にある僕と繋がると僕はこれを捕まえる事が出来る。僕は影の様に足元に本体がないので自分の事を闇と称している。正しい言葉かは解らないが会話をする相手さえもいないのでこれにしている。影を持つ多くの者は影が持つ本来の重要性に気付いていないので本体に近づいたり捕まえたりする事はあまり難しく無い。しかし猫と勘の良い一部の人はこれを理解している者もいるので要注意である。影の中を音も無く動いている僕に気付いても大半の猫は静かにそっと絶妙な距離を取ってくれるので好感を持てる。しかし大半が気づく事の無い人々が偶然の確率で僕を捉えた場合には「何か動いた!」等と直ぐに声を出して集団化を始めるのでかなり面倒くさい。本来怖がりの僕はこの時じっとして相手の動きを見みている事が多い。大抵の場合は声をかけられた方が的外れな所を確認して面倒くさい方を連れて行ってくれる。この隙に距離を取ればまず危険は無いと思う。疲れていればこのまま影の下に沈んで見送ってしまう。逆に捕まえたい時にはその物や者に闇をそっと伸ばす。闇を掛けられたモノは光を遮断されこの世界の生物には見る事は出来なくなる。この時にはまだ見えないだけで、そこには存在しているのでこの状態で一気にあの世界へ持っていく。タイミングが重要であるが、大抵の者は闇を掛けられても気付かないので大半は成功する。今日も一羽の鳥を確保出来た。僕の世界では人が主な生物なので他の生物が多少減っても騒がれる事はほとんど無い。この鳥を連れて行ったあの世界で放すと闇から勝手に羽ばたいて飛んで行った。これであの世界の者と鳥は双方を確認出来る様になり、鳥はあの世界に固定された事になる。後は必要な時にあの廃墟が呼ぶのであろう。僕はこのままの場所で少し横になった。僕の廃墟で何かを捕まえて持ってきても僕のくる場所は何時もと同じあの世界にある僕の廃墟らしい場所だ。少し違う気がするので僕の廃墟らしい場所としたが何処が違うか解らないし正直余り気にならない。大事な事は此処はあの廃墟ではないという事なのだ。このままに身を任せて眠ってしまうと何時もと同じ人の世界の廃墟で目が醒める。すると注文の記憶が頭の中に必然な数だけある。人で言うと夢を見た時の記憶の様な感覚なのだと思う。少し違う事は人より忘れにくい物で、届けた時には必ずそれはある事という事である。僕は今日はすぐ眠りに就かないであの廃墟の主を想像してみようと思った。壁の隙間から廃墟が見えるかなと思って動こうとすると、一人の少女が意外そうにこちらを見ている事に気付いた。この20年で初めて僕は何かに認識されたと思った。何時もは何か動いたとか気配を感じたとかであって僕を正確に見つめている目はほぼ無い。仮に見分けられる生物がいても恐怖か敵意で正確に僕を認識しようとはしない。けれども少女は少し驚いた感じではあるがそれも一瞬で取り分け普通に僕を見つめている。それでも僕は何時もの癖でやっぱり怖くなって影を探して隠れようと思った。次の瞬間又初めてと思われる事があった。正確には初めてなのか分からない程の懐かしい事だった。少女の口が待ってと動いたのだ。僕は物や者を運ぶ事以外に初めてと思われる位の時を経て何かに期待された。それでも僕は怖かった。やはり逃げたくなったし、とりあえず隠れたかった。少女を見つめながら少しずつ影に近づきまどろんでいくと僕は少し落ち着き少女は徐々に僕を見失った。消えゆく僕に少女は手を伸ばした。捕まるはずもないので少女の方を落ち着いて見てみるとその手には闇に包まれた丸い物が握られていた。それが不思議に見えて、僕は少女に興味を持った。
何かに興味を持ち向き合う事は懐かしくもあり少し恥ずかしかった。僕は興味を持っても何時も一人で想像するだけで本当に何かを知る努力はしてこなかったと思う。多分予想と違って共感出来ない疎外感や僕だけが理解出来ない孤独感等が色々あって、結局何かと向き合う事自体が怖かったのだと思う。それでも今回は意外と素直に言葉が出せて、僕は少女が持っている物が何かを訪ねてみる事が出来た。何かと話す事は本当に久しぶりで僕の声はこんな感じなんだとさえ思った。少女はこの玉は僕が僕のいた場所に持って帰る物だと教えてくれた。なぜかと問うと、今日一つの物を持って来たから一つ持って帰るのだと言った。更に少女が言うには何時も持って来ただけの数を持って帰っていたらしい。僕には何も記憶が無い。でも少女が嘘をついているとも思えない。ありきたりでとても嫌な言い方の「僕は僕の事を他の誰よりも知っている」等と自惚れられる程の自信も無いので記憶は無くとも少女の言う事はあるという前提で話を聞く事にした。僕が何かを持ってくると、あの廃墟の主が少女に闇に包まれた何かを渡すらしい。それが何かは闇を触れない少女には解らないが必ずここに持って来ていたと話してくれた。僕は受け取った記憶は無いと不覚にも素直に言ってしまった。すると少女は意外な言葉をはにかんだ笑顔で発した。少女の言葉は言いたくないが、要は僕の事は知らないらしい、そして手に持っている玉は不思議な物でここの影の一番暗い所に置くと沈んで消えてしまう物だと教えてくれた。ここの影の一番暗い所とは多分僕の事だと思う。なぜなら光を遮る事で出来たモノと光に照らされないモノでは暗さのレベルが違うからだ。しかしレンジが同じ暗度の影が重なるとそれぞれの境目がなくなり一つになるのと同じ様に、絶対的な暗度を持つモノ同士も又重なり合えば一つとなる。だから闇に包まれた丸い物は僕の意思に関係なく僕と融合してしまったのだと思う。これを見て少女は沈んで消えたと思ったのかもしれない。床に広がった水と氷が一つになる時を見ていた時の様に。「ん、あれ、何かおかしい、変な感じがする」、僕は自分の違和感を無視する事が出来なくなった。違和感はどんどん大きくなって不安に変わり僕は怖くなってる事に戸惑い始めた。このままでは又自分に都合の良い様にこの事を捉えて自己処理してしまいそうだ。今回のケースはこのままはでは不味い気が支配してきている。なぜなら、僕の行動や思考が誰かに操られているみたいに感じられるからだ。例えば僕の意思で何かを捕まえ自分のタイミングでここに持って来たのになぜ持って来る数や時を知られていたのか、帰りには知らない物を持ち帰っているがその記憶はない等、この会話を当たり前に進めては何かがおかしくなってしまいそうだ。やはり他の者との会話を成立するには他の者の都合を考慮しないと難しいらしい。僕は少女が手に持っている闇の玉はあの廃墟の主が渡した物なのか再度確認した。少女はうなずいた。君は誰なのと聞くと分からないと言われた。それから何故僕が来た事が解り何を持って帰るのか、なんで覚えていないのか、そもそも僕はなのでこんな事をしているのか等、込み上げてくる違和感発の不安は疑問を吹き出させ早る気持ちを精一杯抑えながら少女に聞いたが全ての答えはやはり分からないだった。僕は少女に申し訳けなく思い「一杯質問してごめんね」と謝った。本当は少し怖いから嫌だったがやはりあの廃墟の主にあって話を聞きてみたいと思い少女を再び見つめた。すると少女はいきなり「主はあなたにあって話がしたいみたいだよ」と僕に急に伝言を伝えると玉を持ったまま振り返って帰り始めた。僕は一瞬思考が真白になり、あーやっぱり下手な好奇心なんて持たなければよかったと後悔した。なぜなら僕の意思であの廃墟に行こうと決めた時はあの廃墟に呼ばれている時だとなぜか僕は知っているのからだ。僕は少女が見えなくなる前に最後の質問をした。「僕は何に見えた?」少女は振り向き「人」と答えると見えなくなった。少し笑顔だった様に思う。気付くと僕は人の形をして少女を見送っていた。
1人に戻った僕はこれからどうするべきか考えていた。先程迄が特別の状態でいたにも関わらず今は何か物足りなくて寂しくそして少し自由で喜しい様な感じもしていた。「しかし今迄の様にこんな感情も無い物ねだりの自分がまだ存在しているからだと戒めて無理にでも前に進むべきなのだろうか?」臆病者の僕が精一杯の理路武装をして内面に問いかけてくる。僕はいつもこの声を無視する事が出来ずに決断が遅くなり問題の正面から少しずれてしまう事が多い。それでもいつも通りにこの声に耳を傾ける。彼も大事な僕なのだから。「何かの問題を自己で判断する時に他の概念を自己の都合に関係なく取り入れる事でその問題の多様性を見出し易くなりそのものの持つ本質に少し近づいた様に感じる事が出来ると思う。」「けれども本当は近づくと近づき易くなるは全くの別物でいくら多角的に分析しても踏み出した一歩が持つ結末の大きさをイマジネーションの方が凌駕する事は出来ないとも思う。」「だが他の概念を取り入れる事で問題に立ち向かう一歩が出し易くはなるし、無責任ではあるが後押しもしてくれる。」「だけど実際には踏み出した価値や報いは分配出来るものでは無い事を踏み出す者は知っているので報いに対する恐怖心が唯一の仲間となり、それを希薄にする他者の概念は自己を危険にする障害物でもあるのと思うのだ。」今回の臆病な内なる僕は一杯出てきたし凄い喋っていた。要は勇気と恐怖、安心と危機、他観と主観等の表裏一体をバランス良く保つ事が大事らしいしあれだけ喋るのはかなり動揺している。そんな事を感じながら今迄を振り返ると僕はどんな出来事も良く捉えれば慎重に悪く言えば臆病に進めてきたつもりだった。しかし今回はそうして決断してきた結果の全てを課程へ戻された様に感じ始めている。僕の曖昧な都合の記憶と意志で何かを決断し行動するとそれが相手にタイミングを計られていた様に一致している。そもそも持って来る何かや持ってくる理由も自分で決めた訳ではない。遂には全ての思考を何かにコントロールされた結果が僕の存在なのかもしれないと考える様になってきてしまった。「こんな状態であの廃墟の主にあって良いのだろうか?今回の進む事による報いは取り返しがつかない物なのかもしれない。」直ぐに内なる者は警鐘をならした。やはり一旦元の場所に戻って状態を整理し自分を見つめ直そうと僕は決めた。しかし何度試しても戻る事は出来なかった。そもそも僕は何時も気が付いたら戻っていたので、自分の意思で帰るのは初めてだ。今思えばあの少女の玉が戻る為のカギなのだろう。どうやら逃げようとする事はお見通しでそれは許されない様だ。ならばもはや違うかもしれないけど自分の意思と思えるものであの廃墟の主の下へ行こうと思い僕はゆっくりと立ち上がった。
壁の隙間から外を見ると街はトワイライトな雰囲気に包まれていた。全体が薄暗くぼやけて見えて僕にはとても好ましい雰囲気だった。少しだけ楽な気になったし何時迄もここにいてもしょうがないので、この世界に来て初めて廃墟の外に出てみた。外から見るこの廃墟は三方を鉄の矢板で囲まれている古い時計台の一部のだった様に感じられた。前面には道幅の広い二車線の道路が矩形型の廃墟の長い辺に平行して伸びている。道路の向かいには一階に公共施設の役所らしき場所とスーパーマーケットがあり二階にはボーリング場や図書館等が設置されている大きな建物が見えた。道路沿いにはガソリンスタンドや一階がレストランのホテル等もありこの辺りは繁華街の様に見えた。しかし全ての道路の延長線上の交点には何処よりも低い場所から高くそびえるあの廃墟があり、そこから観ればこのエリアは城下町の様に見えるのかもしれないと思っていた。すると僕はだんだんイラついてきた。どうしてちょっと気にしただけで勝手に戻れなくされてあの廃墟の奴に合わなくてはいけないのだろう。自分の都合を僕に押し付けてどんだけ偉い奴なんだよ、あーなんかムカムカしてきた!気が付くと僕の臆病で慎重な内なる者が人型になっていた僕の影にされそうになっていた。僕は慌てて廃墟の中に戻ると苛立ちが消えて急に怖くなると共に臆病で慎重な僕が戻ってきた事に嬉しさを覚えた。しかしこんなトラップを数多く仕掛けられたら僕はどんな自分になってあそこにたどり着くのだろうか?僕は不安になって無理にでも変な理屈でも良いからと内なる僕に話すように考えた。すると「僕には友達はいない。相談は基より会話をする相手さえもいない。しかしあの少女と会話をした時には初めての事ではなく何処か懐かしい感じがしていた。曖昧さは残るが僕は本当に一人だったのだろうか?」僕は僕が覚えている精一杯の記憶を頼りに思考を巡らせてみたがやはり解らない。ならば僕は何が解らないのかを考えてみた。小さい疑問は沢山あるが、こういう時は日本人が得意とする三大疑問にして考えてみようと思った。とにかく日本人は三大何かにするのが好きな種族である。なぜ日本人がそうするのかは解らないが、人が主な生物の世界にいた僕は心の繊細さでは日本人が最も優れている様に思えたのでマネしてみようと思ったのだ。まず一つ目の疑問はなぜ僕はあの世界とこの世界の二つの世界にいたのか?二つ目はなぜモノを運んで何を持ち帰っていたのか?3つ目には僕は本当に初めから一人だったのか?これ以上解らない事を嘆いても時間だけが過ぎるので取り敢えず考える事にしてみた。まず一つ目としてはと思った刹那自分の足が廃墟の扉に向かい手が勝手に扉を開けるとその先には先程とは違う景色と一人の僕と同じシルエットのモノが立っていた。
呆気に取られた僕は不意に「初めまして」と口にしていた。少し寂しそうにそのものは首を小さく左右に振ると一歩僕の方へ踏み出した。すると同時に僕も無意識に踏み出していた。「思い出したかな」と言われると僕の記憶のピースが一つカチリとはまっている事に気がついた。僕は昔彼と共に暮らしひたすら彼と同じ事をしていた只の彼の影だった。「ここはあの廃墟の中なんだね」と聞くと彼は「君には廃墟に見えるんだ、しょうがないか....」僕が唯一覚えていた言葉のあの廃墟とは彼のいる場所の事だと思っていたのだが、しかし会話をして更に辺りを見渡すとここは廃墟とは全く違った場所に感じてきてしまい、何が正しいのかさっぱり解らなくなってしまった。しかしなんとか冷静さを保つ事が出来たのは、なぜかここはあの少女の時と同じ何か懐かしい感じがしているからであった。もしこの気持ちも否定され消えてしまったら僕は全ての肯定も否定も記憶も今思っている事も何も無いモノになってしまうだろう。「影に戻るつもりかい?」彼は心配そうに僕を見つめる。やはりこのタイミングできたかと僕は思った。少し思い出してきた。僕もあの世界のモノや記憶を影にしてきた。そしてその影が持つ全てをこの世界に略奪させていた。辛い記憶の影は解放されたかの様に晴れやかに無となった。強欲の影も従順な影も何かを得たかった本体と同じ量にあたる反対の何かを得て無となった。本体が無に近いモノはここを約束の地として厳かに無となった。そして全ての無は彼へと帰った。無は全ての有を例外なく引きつける。大は小を求める。高いは低いへ、プラスはマイナスへ、命は死へ、そして当然全ての有は無に進む事を求める、無が求める彼は求めず与える永遠の者、そしてぼくは永遠に無になれない哀れなモノであった。だから僕は知っていた。彼は常に満たしておかなければならないとても怖いくて危険なモノである事を。無から始まる全ての有も無になる事を恐れる位は覚えているかも知れない。そして僕も恐怖と共に自分を思い出していた。