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画‐かく‐  作者: 芳野 喬
3/3

画を越えて

第5章 東京工場

1.画外仕様

 エレベータの扉が開いた。目の前にはホテルのロビーが広がっている。中庭に面した大きな窓ガラスを通して朝の陽ざしがぬくもりを届けている。欧米系、アジア系、アフリカ系などビジネススーツ姿の客が数組立って談笑している。窓際のソファには日本人らしい初老のグループが座って静かに談笑している。派手目のダウンジャケットやフリースを着たアジア系の観光客のグループが賑やかに行き交う。

 ロビーの中ほどに大理石の大きなオブジェが据えられており、その横に松田が立っていた。ガッチリした体躯の上にくたびれた作業服を羽織っている。あたりの華やいだ雰囲気の中でそこだけ暗く沈んで見えた。昨日は明るい感じのビジネススーツを着ていたはずだが?と思いながら近付いていった。松田もすぐに私に気が付いたが、一瞬「えっ」というような顔をした。

 

 「お早うございます。お待たせして申し訳ありません。今日はよろしくお願いします」

 「お早うございます。思ったより早く着いてしまいました。こちらこそよろしくお願いします。地下の駐車場に車を止めてありますので申し訳ありませんが駐車場まで歩いていただくことになりますがよろしいですか?」

 「もちろん。かえって手間をかけて申し訳ありません。ところで、さっき僕を見たとき、えっという顔しませんでしたか?」

 「いやあ、まいったな。バレましたか。なんでもすぐ顔に出てしまう」

 「どうかしましたか」

 「実は芳野さんがスーツを着て来られたので、ちょっと」

 「スーツがまずいの?」

 「そうですね。画から出る時はスーツじゃない方がいいですね」

 「でも、昨日森下君はスーツ着てプレゼンに行くようなこと言ってたけど」

 「ええ?森下君に会われたんですか?彼いい奴でしょ。私たちも助かってます。社長と一日一緒にいるとさすがに疲れますからね。僕なんかずっと怒られっぱなしですよ。彼は社長の扱いが上手いからなあ」

 「そりゃ期待度が違うもの。森下君はバイトだから少しくらい甘くてもいいけど、社員の皆さんはそうはいかないんじゃないの。厳しく言われるのは当たり前だよ。でも神村は松田さんのことほめてましたよ。期待されてるんだよ。これは内緒だけど」

 

 「いやあ、まいったな。で、スーツの話ですけど、社長と森下君が行くときは行き帰り車ですからいいんです。社長って面白いんですよ。運転が好きで結構自分で運転するんだけど、クライアントの家の近くまで来ると運転代わって自分は後部座席に座るんです。KPWの社長はえらいんだと思わせなきゃいけない。これも品質のうちだとかおっしゃってます。だからスーツは当たり前なんです。しかも仕立てのいいブランドのスーツが。でも、電車を使うときはスーツはやめた方が無難ですね。画内から来たことがバレバレですから。今日は行きは私がお送りしますけど、帰りは電車でしょうから。ちょっと心配ですね。帰りも私がお送りできればいいんですけど。内藤さんところで現物を確認したら、とんぼ返りでオフィスに戻らなきゃいけないんで」

 「大丈夫ですよ。女の子じゃあるまいし。それに、そんなに遅くならないから。でも、そんなに治安が悪いの?そういえば昨日ホテルでも注意されたけど」

 「そうですね。あまり言いたくはありませんが、画内と画外じゃ空気が違います。画内が安全すぎるんで余計感じるのかもしれませんが。特に画外の人の中には画内の人間を良く思わない人も結構いるんで。私も目立たないようにこの姿です。これだと比較的安全ですから。オフィスではスーツを着てますが、通勤は画外らしいラフな格好ですよ。スーツはオフィスに置いてあるんです」

 「服装に気をつかわなきゃ外も歩けないなんて変な国になっちゃたな。もっとも北海道じゃ考えられないけど。まあ東京だけかもしれない」

 「今は慣れて何とも思わないけど、言われてみれば確かに変ですよね。でも、こういうラフな格好の方がいいところもあるんですよ。何というか解放されるんですよね。鎧兜を脱ぐという感じかな。画内ってなんだか皆気取ってて、型苦しくて。何か息苦しい感じしませんか」

 「昨日来たばかりだし、ホテルと飲み会だけだからあまり気にならなかったけど」

 「そうですよね。でも長くいると感じるかもしれませんね。画内って安全だし、綺麗だし、便利なんですけどなんかいつも監視されてるみたいで居心地悪いんですよね。画外はちょっとがさつで荒っぽい感じはするけど、自由というか人間臭いというか、本当に気楽なんですよね。この姿ならしっくりとその雰囲気に溶け込めますから。慣れれば画外の方が絶対暮らしやすいです。高級レストランはないけれどうまくて安い居酒屋は沢山あるし、おいしいビストロなんかも結構あります。物価も安いですしね。画内にこもってお高くとまってるのと画外で自由にやるのと、どっちが幸せかわからないですよ」

 

 話している間に地下駐車場の松田の車の前に着いた。車は白い背の高い四駆だ。バンパーは所々凹んでいて、ドアにも何本か引っ掻いた傷がある。取っ手を握って助手席に乗り込む。

 松田が慣れた手つきで車を操り、第一京浜に入っていく。車の数は思ったより少ない。流れはスムーズだ。

 「ボロい車ですみません。でも一応掃除はしておきましたから」

 「いやいや全然構いませんよ。この車も画外仕様なの?」

 「あっ?いえ、これは画外仕様ということじゃないです。原木を見に森に出かけることが多いんで。でも、確かに画外仕様と言われればそんな感じがしてきますね。芳野さん面白いこといいますね」

 「はは。ところで、松田さんはどこに住んでるの?画外みたいなこと言ってたけど」



2.準常任理事国

 納税額比例選挙権制度と国会一院化に関する法律が施行された2024年、日本は国連の安全保障理事会の「準常任理事国」になった。

 さすがに常任理事国にはなれなかったが、日本政府とりわけ外交省が長年抱き続けてきた念願がこの年ついに叶った。

 

 ところで、国連を運営するにはお金が必要だ。そのお金は国連加盟国が分担金として支払っている。最も多くの金額を負担しているのはどの国だろうか?それは勿論アメリカだ。ニューヨークに国連の本部を置かせ、自他ともに認める国連の胴元として振舞っているのだから。では、二番目はどこか?ロシアか?フランスか?それとも中国か?

 それは日本だ。では、三番目はどこか?ドイツだ。日本は1956年に国連への加盟を許され、ドイツは1973年に加盟を許された。国連が設立されたのは1945年だから、設立後11年目に加盟を許された日本と、18年目にようやく許されたドイツが二番目と三番目なのだ。アメリカは予算の22%、日本は11%、ドイツは7%を負担している。   

 アメリカ以外の常任理事国である英国、フランス、中国はいずれも5%だ。いつもアメリカに敵対し、いかにも準主役のような顔をしているロシアは2%しか負担していない。


 なぜか?何故、常任理事国でもない日本とドイツが多額の負担をしているのだろうか?その答えは簡単だ。先の第二次世界大戦で負けたからだ。立派な理想を掲げて、私利私欲なく世界のために尽くしているように見える国連だが、何のことはない国連というのは先の大戦の「戦勝国クラブ」にすぎないのだ。だから大戦で負けた側はせっせと貢がないと仲間に入れてもらえないということだ。

 

 しかし、先の大戦からは既に半世紀以上が過ぎた。日本もドイツもこれまで品行方正、平和に尽くし、国連を運営する予算についても大きな貢献をしてきた。もうそろそろ「敵国扱い」は止めてほしい。一人前に扱ってほしいと思うのは当然だろう。そこで、外交省は21世紀に入り、国連の安全保障理事会改革すなわち日本の常任理事国入りに真剣に取り組み始めた。


 さて、日本が常任理事国になるためにはどうすればいいのだろうか?

 それには、国連が存在する根拠である「国連憲章」という法律のようなものを改正する必要がある。具体的には国連憲章のうち安全保障理事会について定めた第5章を改正することだ。

 では、国連憲章はどのようにすれば改正できるのだろうか?

 第一のハードルは国連総会だ。国連総会で2/3の国から賛成してもらわなければならない。過半数ではない、2/3だ。これだけでもハードルは高そうだ。

 次のハードルも結構高い。国連加盟国の2/3に「批准」してもらわなければならない。批准とは聞きなれない言葉だが、平たくいえば2/3の国が憲章の改正をそれぞれの国で承認する手続きが必要なのだ。これは確かに面倒くさそうだ。日本がいくら焦ってみても、相手にとっちゃ所詮他人事だから、後回しにされることも多い。ただ、そうは言っても一度総会で賛成してくれた国ならいずれは手続きをしてくれるだろう。単純にいえばこれで国連憲章は改正できるということになる。

 何だ?そういうことなら粘り強く頑張れば何とかなりそうじゃないかと思うが、実はもっと大きな壁がある。

 

 大きな壁とは2/3の中に5つの常任理事国すべてが入っていないといけないということだ。例えば2/3をはるかに上回る国が賛成してくれたとしても、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の5か国のうち、どこか一つでも反対する国があれば絶対に国連憲章は改正できない、つまり常任理事国にはなれないということだ。



3.田園調布

 「今は二子玉川に住んでます。画内には住めません、まだ居住権ありませんから。一生持てないかもしれません。でも、仮に居住権が取れたとしても住まない可能性の方が高いでしょうね」と松田が答える。

 「居住権か。そうだったね。でも、いいところに住んでるじゃない」

 「そうですね、画外ではいい方かもしれませんね。ただ、芳野さんの知ってる二子玉川とは違うと思いますよ」

 「どうして?」

 

 「画が出来てから二子玉川のような郊外型の高級住宅地と言われるところが一番微妙な雰囲気になっちゃったみたいです。隣近所で居住権を持てた人と持てない人ができて。居住権を持てた人は徐々に画内に移っていくし、持てない人は取り残されたようになって。画内に移った人の家には私たちみたいな新住民が越して来るし。以前住んでた人たちと私たちとは年収が違うから、残された人たちとは初めのうちお互い馴染めなくて。特にギリギリの線で居住権を持てなかった人たちは取り残されたという思いが特に強いようで。隣近所と付き合わなくなったり、家に閉じこもったままという人も結構いるようです。人間関係って難しいですよね」

 「なるほど。画が生み出す人間ドラマだね」

 「私は新住民だし、そもそも鈍感な方だから気になりませんけど。多摩川がすぐそばでジョギングしても気持ちいいし、高級住宅地の名残で生活は便利だし、それに通勤も便利だから気にいってます。画が出来る前なら絶対住めなかったところだから画のお蔭ですかね」

 「なるほどね。じゃあいっそのこと田園調布に住めばいいのに。あそこも画外じゃない。自慢できるのかできないのか分からないけど」

 「それがですね。あそこは特別なんです。二子玉川は住宅地のエリアが広いからまとめられなかったんですけど、田園調布の豪邸のあるエリアは一つ所にまとまってるでしょ。だから、その一帯をぐるりと城壁のような高い壁で囲っちゃったんですよ。勿論城壁の入り口には門番もいます。回りからは隔絶された世界です。逆にその周りが以前より格落ちしちゃって。とにかくあの辺りはちょっと異様な感じがして住みたいとは思いませんね」

 「へえ。難しいもんだね」

 


4.贖罪

 日本は、戦後、自国の復興を終えると、戦争への償いの思いを込めて、かつて侵攻した南の国々をはじめとする発展途上国に対して様々な援助を続けた。代表的なものは「円借款」だ。これは「えんしゃっかん」と読む。何ともへんな言葉だが、要するにある国に対して超低金利で長い期間お金つまり円を貸してあげますよというものだ。お金を借りた国はその金を使って発電所、ガス供給設備、鉄道などの社会インフラを整備することができる。但し、借りたお金なので返さないといけない。

 何だ、貸すだけかと思うかもしれないが、発展途上国は社会の信用が低いので貸してくれるだけでも十分有難いのだ。また、せっかく借りたお金だから無駄使いしにくい。だから、結果的にその国の自立を促すことになるという理屈だ。要するに超がつく低金利で長期間お貸ししますよというのがミソだ。このように返済を条件とする協力のことを「有償資金協力」という。

 もう一つ「無償資金協力」というのもある。これは特に貧しい国に対して行うもので、病院、学校、道路などの建設や医療機材、教育訓練機材などの購入に充てる費用を日本が全額負担するというものだ。この場合は勿論返済しなくていい。

 このほかにも日本の進んだ技術を日本が費用を負担してその国の国民に教える「技術協力」というのもある。

 このような援助を長年続けてきた結果、発展途上国はその名のとおり発展を続け、中には新興国といわれるほどに経済が発展した国も現れた。援助に汗を流す日本人の姿を目の当たりにして、多くの国は戦後の日本の変化を信じ、平和国家としての日本の歩みを支持してくれるようになった。当初、戦争への償いを目的として始まった援助も、半世紀ほど過ぎた頃には日本を赦し、友情と共感を醸成するものに変わっていった。



5.勝どき関所

 いつの間にか車はJRの高架下をくぐり、新橋駅の東側を通過して、正面に銀座通りが見えてきた。銀座通りも新橋駅周辺も以前に比べてビルが随分と高くなった。その分、道路が少し狭くなったように感じる。この辺りも走っている車の数は少なく、スムーズに流れていく。

 ここで車は右折して昭和通りに入った。緩やかにカーブしてしばらく直進し、東銀座の交差点でまた右折した。晴海通りだ。左に歌舞伎座が見えた。13代目団十郎は得意の荒事をちょっと艶っぽく演じているのだろうか。しばらく走ると築地の交差点だ。左手のエキゾチックな築地本願寺を見ていたら車が止まった。渋滞だ。

   

 「渋滞してますね」

 「いえ渋滞じゃなくて、この先に勝どき関所があるので」

 「ああ、関所ね。始めてだな。関所通るの。緊張するね」

 「いえ、高速の出入り口と変わりません。大したことありませんよ。密入画者とかでなければ何も問題ありません。あっそうだ。芳野さん、すみませんが国民カードをそこのカードリーダーに入れてもらえますか?挿入口が5つあるんですけど。上の段の左側にお願いします。カードの向きとか裏表は関係ありません」

 ダッシュボードの上、真ん中より少し助手席側に寄ったところにカードリーダーが置かれている。上の段に2個。下の段に3個挿入口がある。上の段の右側には既に一枚カードが挿入されている。松田のものだろう。

 「ここね。面白いなあ。ETCみたいだね」

 「そうですね。関所を通るのはETCとほとんど変わりません。実際、私のカードはETCもつけてますので高速道路ではそのまま使えます。今日は一般道だから関係ないですけど確かに便利ですよね」

 「でも、ETCのようなものでちゃんと管理できるんだろうか?」

 「私も詳しいシステムは分かりませんが、ゲートに入ると1、2秒で乗車している人数を確認して人物も特定できるそうです。同時に車内に不審物がないかもX線か何かで検知するらしいです。ですから、バーの開くのがETCに比べると少し遅いですね」


 車は徐々にだが動いている。途中から道路は2階建てになった。私たちの車線が2階、対向車線は1階だ。2階建てになってからしばらく行くと道路が扇型に広がった。扇の要を過ぎて、全部で6ある列の右から2番目の最後尾に松田が車を付けた。

 「どの列に付けるのかはちょっとしたギャンブルなんですよ。車が少ない列の後に付けてラッキーと思っていたら先の車が出画審査でトラブって、延々と待たされたりするんで。逆にトラブった列を横眼に見ながらスムーズに抜けられるとちょっと得した気分です。人間小さいですかね」

 「分かりますよその気持ち。今日はうまくいくといいですね」

 「私は、勝どき関所ではいつもこの2列目ですね。ここでは引っかかったことがない。ゲンがいいんです」

 「なるほど。ところでゲートは6か所なんですか?」

 「勝どきは下りは6か所ですね。別にシャトルバス専用のレーンがあります。シャトルのレーンはゲートではなくてただのレーンですけど。上りは一般車両用のゲートが11か所あって、シャトルのレーンが1か所あります。上りは通勤時間帯に入画する車が集中するのと、入画の方がトラブルが多いからゲート数を多くしてあるらしいです。下りは時間帯が分散するし、トラブルも少ないからゲートも少なくていいんでしょうね」

 

 話している間にゲートが近づいてくる。ゲートの横に今は見かけなくなった高速道路の料金徴収員が入るボックスより少し大きめのボックスがあり、中に人が2人入っているのが見える。勿論料金の徴収などしていない。座っているだけだ。

 前方の車がゆっくりとゲートを通過していく。止められている車はここからは見えない。ゲートが近づいてくる。何だかドキドキしてくる。空港では何ともなかったのに不思議な気分だ。松田の車がゆっくりとゲートに入っていく。高速道路のETCよりも遅い。ボックスの警察官は二人とも無表情だ。カードリーダーがピッと鳴る。同時にゲートのバーが開く。これで終わりだ。ゲートを抜けた車は加速し扇の要に向かっていく。

 

 「あっけなかったですね」

 「でしょ。あんなもんです簡単でしょ。今日もついてました。プチハッピーという気分ですね」

 「でも、何かあったらあの警察官が出てくるんだよね」

 「そうですね。飛び出してきます。運転者や同乗者を職質します。車の中の検査はそのときはやりません。渋滞が起きますから。詰所から代わりの警察官がやってきてボックスに収まったら、車を詰所に連行していきます。結構手際よくて5分くらいで連行していきます。私の前の前の車が捕まったのを別の関所で見たことがあります。実際に見たのはそのときだけですね」

 「事件ぽかったんですか?」

 「よく分からないですけど。警棒持った警察官が怖そうな顔で運転者に怒鳴ってましたから。こっちは変に巻き添えを食いはしないかと冷や冷やでした」 

 「へえ。何だか物騒だね。考えたら現代の関所破りだもんな。江戸時代なら下手すりゃ獄門さらし首だ。とにかく今日は無事関所を通れて良かった。面白かった」

 

 車は隅田川を超え勝どきに入った。まだ晴海通りを走っている。正面の高層マンション群に圧倒される。橋を渡ると晴海だ。高層マンションの谷間の大きな交差点を左折する。谷間が続いている。

 「すごいマンション群だなあ。この辺りのマンションは値段も結構高かったんだろうけど画外になってガッカリしたんじゃないかな?」

 「ところが、このあたりは画外ではうまく対応した方ですね。もともとセキュリティー機能の高いマンションが多かったんで、機能を強化して簡単に要塞化できたみたいです。しかもこの辺りは水路で区切られてて、住民の所得レベルやマンションのグレードが大体同じくらいなので町ぐるみで警備会社と契約してしっかりと治安が維持されています。それに、都心に近くて便利だし、画内と違って自由な雰囲気も残ってるので居住権があっても画内に移らないで住み続けている人が多いようです。画外では珍しく成功している場所じゃないかな」

 

 車は緩やかに右に曲がって橋を渡り、さらに右折して直進するとまた橋を渡る。橋以外は埋立地特有の平坦な道だ。両側は高層から中層のマンション群に変わり、大型ショッピングモールの横を通り過ぎる。やがて正面に首都高湾岸線の高架が見えてきた。首都高の下をくぐって左折する。この辺りまで来るとさすがに風景が一変した。物流倉庫や低層のオフィスビルが並び、海側にはトラックヤードや資材置き場が広がっている。いい天気だ。

 「もうすぐ新木場に着きます。お疲れ様でした」

 「いやいや、疲れたのは松田さんの方だよ。僕は外を眺めていただけだから。お蔭で予定より早く着けて良かった。久しぶりに東京見物もできたし、関所も体験できたしね。本当にありがとうございました」

 左手に新木場駅が見えてきた。向かい側には高いオフィスビルが建っている。そこを過ぎると道の両側に倉庫や低層のビルが延々と並んでいた。その中に目指す東京工場があった。松田が慣れた調子で車を駐車場に入れた。



6.駆け引き

 国連は一国一票だ。超大国のアメリカやロシアも一票、南太平洋に浮かぶ人口1万人にも満たないツバルという国も一票だ。票の効力は平等だ。日本が長年援助を続けてきた発展途上国は日本に味方してくれる可能性が高い。2/3の国が賛成してくれる可能性も十分期待できる。


 ところがどっこい、そうは問屋がおろさない。日本に好意的な国ばかりではないからだ。ましてや日本が常任理事国になるなどもってのほかという国がある。例えば中国だ。その中国は常任理事国だ。中国一国でもその壁はとてつもなく高い。

 他の国はどうか?常任理事国のうちアメリカは日本が常任理事国入りすることは賛成だ。何故か?それは日本がアメリカの言うことをよく聞いてくれるからだ。いつも賛成してくれる従順な見方なら多い方が良い。

 イギリスはどうか?イギリスは基本的にアメリカが良いなら特に反対しない国だ。しかも国王、天皇と違いはあれ同じ立憲君主制をとる国同士、日本に対して好意的だ。

 フランスは微妙だ。日本のような東洋の島国がどうなろうと知ったことではないが、もし日本を認めてしまうとバランス上ドイツも認めざるを得なくなる。もしドイツが常任理事国になったら、これまで保たれてきたフランスとドイツのバランスが一気にドイツの方に傾いてしまう。これは嫌だ。

 最後にロシアはどうか?もちろん反対だ。アメリカの味方というよりアメリカの子分が一匹増えるのだ。賛成するはずがない。こんな状況だから常任理事国への道は険しく遠かった。


 東京オリンピックの翌年、新彊ウイグル自治区とチベット自治区で中国政府は広範囲で強硬な弾圧を開始した。大選手団をオリンピックに送り込んで国の威信を見せつけた中国だったが、国の財政事情は軍事費の増大が重石となって極めて深刻な状況に陥っていた。

 公表された数値を見る限り特段の問題はなく、経済もそこそこ順調に推移しているように見えた。しかし、無理に無理を重ねて膨張した経済はいつ弾けてもおかしくないまさに臨界状態だった。

 都市部では、バブル崩壊が秒読み段階に入り、政府関係者、国営企業、産業界、投資家、小金持ちたちの疑心暗鬼が渦巻き、国全体を暗雲が覆っていた。地方、農村部はさらに深刻だ。長年の農薬、化学肥料の大量投入と地球温暖化の影響で収量が激減し、飢餓が常態化していた。

 中国政府は、辺境のウイグル族、チベット族の土地に活路を見出すべく飢餓に苦しむ漢民族を大量に移住させ、権益の拡大を図った。同時に、民族の誇りである独自の言語や宗教を圧殺し、着々と中国化を進めていった。

 弾圧された側だって黙って見過ごせるはずがない。平和的なデモもあれば少々過激なものもあった。しかし、何らかの抵抗活動を行えば中国政府は彼らにテロリストのレッテルを貼り、容赦のない取締りと拷問で応酬した。弾圧と抵抗の連鎖が始まった。

 

 中国政府のあまりに強引なやり方にアメリカをはじめとする西側諸国はついに口を開き始めた。これまでは、対中貿易に影響が出ないように穏便にことを済ませてきた。しかし、インターネットを通じて世界に流出する人権侵害、人権弾圧の動画の多さにさすがに見て見ぬふりができなくなったのだ。

 しかも、経済の失速によって中国国内の市場としての魅力が薄れ、同時に人件費の高騰と相次ぐ労働争議で世界の工場としての地位も低下し、経済面で過度に配慮する必要性がなくなっていた。遠慮する必要がなければ人権問題に敏感な西側諸国は一斉に文句を言い始めた。

 国連、APEC、アセアン拡大外相会議、G7サミットなど様々な場で中国叩きが始まった。勿論中国も「明らかな内政干渉だ」として猛烈に反攻したが、経済の凋落とともに勢いは低下するばかりだった。


 この機を逃す手はない。日本政府は同じく常任理事国入りを狙うドイツ、インド、ブラジルと結束して国連加盟国への説得工作を開始した。多くの発展途上国は日本やドイツには借りがある。インド、ブラジルが入ることは発展途上国の仲間と思えば反対はしにくい。一つ一つ賛成してくれる国を増やしていった。

 一方、反対する国は中国ばかりではない。隣国だ。日本に対する韓国、ドイツに対するイタリア、インドに対するパキスタン、ブラジルに対するアルゼンチンなどだ。彼らは彼らで反対の説得工作を始めた。


 日本にとってもう一つ厄介な国があった。ロシアだ。日本とロシアの間には北方領土という避けて通れない難問があった。戦後のドサクサに紛れて手に入れた領土だったが、半世紀以上も占拠し続ければ領土と同じだ。簡単に返すはずがない。

 しかし、ロシアにしてもシベリア、極東地方の開発を進める上で日本の技術や投資は魅力的だ。これまでシベリア、極東開発では中国の力を利用してきたが、中国の侵食力は猛烈で下手をすると領土まで持って行かれかねない。ここは日本と中国を競わせてロシアがおいしいところを頂くというのが得策だと考えた。そんな思惑から領土の返還をチラつかせながら平和条約交渉を断続的に続けてきた。

 そうした中2023年、日本が画期的なメタンハイドレートの採掘技術を開発し、日本経済は復活を始めた。欧州経済崩壊の影響をもろに受け国民生活が困窮していたロシアにとって、日本は眩しく輝く国になった。

 中国にかつての勢いはない。何としても日本に接近したい。沿海州の沖合やカムチャッカ半島北部の沖合にはメタンハイドレートが大量に眠っている。日本から技術と投資を呼び込むことができれば、極東だけでなくロシア経済の復活につながるかもしれない。北方4島すべてを返す気などさらさらないが、歯舞群島と色丹島くらいなら返してやってもいいだろう。それに拒否権のない常任の理事国にしてやると言えば文句はあるまい。そう考えた。


 これで日本の準常任委理事国への流れができた。先ず常任理事国5か国によるハイレベルの非公式会合が始まった。

 アメリカとイギリスは歩調を合わせていた。日本とドイツは先の大戦後、民主主義国家として着実に発展してきたこと、国連に対して財政面をはじめ多大な貢献をしてきたことを考慮すれば常任理事国とすることに反対する理由はないというものだった。

 一方で、インドとブラジルに関しては、常任の理事国とすることに敢えて反対はしないが拒否権は与えられないというものだった。その理由は両国とも政治体制がいまだ不安定であり、責任能力も貧弱であるということだ。つまり常任理事国ではなく準常任理事国が妥当であるというものだった。


 ロシアは正反対だ。インド、ブラジルは常任理事国として認め、ドイツと日本は準常任理事国とすべきであるというものだ。理由は常任理事国の中に発展途上国の代表が中国以外に入っていないということだ。一方で、先進国はアメリカ、イギリス、フランスの3か国が入っており、現在の国連加盟国の構成割合からすると3か国でも多すぎるくらいで、ドイツと日本は準常任理事国で十分だというものだ。

 ロシアとしては、BRICSの盟主としてインド、ブラジルを常任理事国に加え、安全保障理事会での影響力を一層強める狙いがあった。


 中国はロシアとほぼ同じ主張だった。ただ一つ違うのはドイツはともかく日本が準常任理事国になることは絶対に認められないというものだ。理由は、日本は先の大戦の反省をしていないというものだ。

 最後まで態度を保留していたのはフランスだった。他の3か国に特に興味はないが、ドイツの常任理事国入りは絶対に阻止したい。しかし、そのような思惑は絶対に悟られたくない。結局4か国すべてを準常任理事国として認めるという決断をした。理由は、4か国ともそれ相応の力量は認めるが、拒否権を持つ国が一挙に4か国も増えてしまうと、ただでさえ混迷状態に陥りやすい安全保障理事会が完全に機能しなくなるというものだった。


 フランスの提案は、アメリカ、イギリス連合の提案とロシア、中国の提案の間を取った案でもあった。流れはフランス案でまとまるかに見えた。しかし、これに猛反対したのは中国だ。日本だけは嫌だ。準常任理事国とはいえ安全保障理事会に毎回日本が顔を出すことなど想像したくもない。そこで、アメリカ、イギリス、フランスに対して説得工作を続けた。先の大戦で日本はどれだけ極悪非道な行為をしてきたか。こんな鬼のような国を安全保障理事会の構成メンバーにしてはいけないと。ロシアは日本が準常任理事国になること自体好ましいとは思わないが、極東開発を考えると日本を敵に回したくはなかった。そしてダンマリを決め込んだ。


 中国は執拗に説得工作を続けた。しかし、ウイグル族、チベット族の問題を抱える中国の説得はなかなか功を奏しない。逆に「貴国の国内の混乱がこのまま続くようなら国連としても見過ごすことはできなくなる。民主的手段を用いて早急に問題を解決してほしい」と要請される始末だった。

 そして、2023年秋、常任理事国5か国のハイレベル協議においてフランス案が承認された。後は総会で2/3の賛成を得るだけだ。韓国、イタリア、パキスタン、アルゼンチンなど抵抗勢力は反対の説得工作を続けたがすでに勝負は着いていた。

 2024年の国連総会で国連憲章の改正、すなわち安全保障理事会の理事国の総数を4増やすとともに4か国を準常任理事国にすることが決議された。

 また、4か国が正式に準常任理事国となるのは2/3の加盟国が批准したときとするが、4か国については直ちに非常任理事国として選任し、安全保障理事会の主要メンバーにすることが併せて決議された。



7.東京工場

 「着きました。よろしければ挨拶だけさせて頂いて、それから内藤さんのところに行こうと思いますがいいですか?」

 「勿論。とはいえ僕も初めてなんで勝手がわからない。とにかく一緒に行きましょう」

 勝手を知った松田が先導し、駐車場に面した鉄骨造りの質素な3階建ての事務所に入っていく。事務所の横は大きな倉庫だ。工場らしい建物は見えない。

 

 「お早うございます。いつもお世話になっております。KPWの松田です。今日は芳野専務をお連れしました」松田が良く通る声で事務所に入るなり挨拶した。まるで秘書のようだ。事務所内の全員が振り向き、立ち上がった。

 「お早うございます。旭川の芳野です。皆さんには日ごろからご尽力いただき感謝しております。また、今日初めて東京工場に伺うことができて、皆さんのお顔を拝見でき嬉しく思っています。どうかよろしくお願いします」心の準備もないまま挨拶をした。

 事務所には中年の男性職員が2人、若手の男性職員が2人、中年の女性職員が1人、若い女性職員が2人いた。痩せた方の中年の男性職員が近づいてきた。作業服を着ている。私と同い年くらいだろうか。もう一人の太めの中年は電話中だ。私より若そうだ。

 「お早うございます。総務部長の三浦です。よろしくお願いします。今、工場長のところにご案内します。松田さんありがとうございました。ご一緒にどうぞ」

 「改めまして芳野です。よろしくお願いします」

 「ありがとうございます。じゃご挨拶だけさせて頂きます。このあと内藤さんのところに行かないといけないので」

 三浦が私たち二人を事務所奥の工場長室に連れて行ってくれた。工場長は白髪、長身の男だった。工場長だけは背広を着ていた。ニコニコ笑っている。社長の話では来年定年を迎えるとのことだが元気そうだ。

 「ようこそお越しくださいました。工場長の門脇です。お待ちしておりました。さあお座りください。松田さんもどうぞ座って」我々にソファを勧めたが、松田はこれから内藤木材に行くのでと言って挨拶だけして退出した。入れ替わりに太目の中年が入ってきた。作業服だ。

 「ご挨拶遅れました。営業部次長の市川です。よろしくお願いします」

 「こちらこそ、芳野です。よろしくお願いします」

 門脇工場長、三浦総務部長、市川営業部次長と私の4人がソファに座り、一通り世間話をして場が和んだところで、門脇が東京工場について説明をし始めた。

 

 東京工場という名前ですが今は工場はありません。勿論以前は工場がありました。主に北米産の丸太、特にカナダ産の丸太を製材していました。今は全て現地で製材して人工乾燥したものが北米から入って来ますので、製材を仕入れて販売するというのがうちの事業の柱になっています。木材問屋と言った方が実態に近いです。今のところ赤字は出していませんが業績は胸を張れるものではありません。

 東京工場の沿革については、本社でお聞きになっているかもしれませんが、昭和30年に東京支店として置かれたのが始まりです。わが社は北海道の会社ですから、最初のうちは北海道で製材したトドマツ、エゾマツとフリッチという広葉樹を粗挽きしたものを首都圏で販売する拠点として先代が出店を決めました。

 その後、首都圏の木材需要が爆発的に拡大しまして、木材の輸入が自由化されたので、北米から丸太を輸入して製材する事業に転換しました。そのとき名前も東京工場に変更したのです。

 しかし、その後、ご承知の通り製材での輸入が拡大し、国内で製材するメリットがなくなってきましたので製材工場を売却しました。その時に東京支店に戻した方が良かったのかもしれませんが、当時は東京工場という名前が定着していましたので、敢えて変更することもないだろうとそのままにして今日まできました。

 ただ、今後の首都圏の木材需要、特に住宅用の柱や梁の需要を考えると、画内で木造住宅が建つことは99%ありませんし、画外でも近郊は高層化が進んでいます。ですから、柱や梁を扱っていてもこの先商売になりません。その上で、今後の首都圏の事業戦略を考えないといけない。

 そこでわが社は何が自慢できるかと考えると北海道が母体であるということでしょう。幸い北海道産の広葉樹は内装材として今も根強い人気があります。また、トドマツ、エゾマツも内装材としては使いやすい素材だと思います。わが社には北海道という良いブランドイメージがありますので、これをうまく活用した事業戦略を立てられないかと思っています。

 また、本社で始めた住宅販売事業は出足が好調なようですが、首都圏でも画内に入ることを嫌う富裕層は結構います。彼らを主なターゲットにして、セキュリティー機能を備えたリゾート型住宅団地の建設が進んでいます。エリアとしては新幹線を利用して東京までのアクセスがドアツードアで2時間以内に限られますが、こういったところは有望な市場になるんじゃないでしょうか。そんなことを考えています。

 東京工場の名前については、今後の事業戦略の方向が定まってからそれにふさわしい名前に変えればいいと思っています。

 私は来年定年ですので、次の代で考えてもらうのが良いのですが、着手するなら早い方が良いし、幸い今は本社の業績が良いので、ある程度冒険も出来ると思います。

 私が東京工場にいる間に出来る限りの準備はしておきたいと思っていますが、私はこう見えて石頭なので、やはり新しい発想で臨んだ方が良いと思います。芳野専務は入社されて日は浅いですが、森や木材のことは詳しいでしょうし、業界の慣習に染まってらっしゃらないので、きっと良い方向を示して頂けると期待しています。どうか我々の力になってください。

 

 太宗このような内容だった。それに関連して三浦、市川が補足的に説明してくれた。その後、本社のこと東京工場のこと、今後の東京工場の事業の戦略について熱心に情報交換、意見交換を続けた。すぐに正午がきて、出前の鰻が届き、食べながら意見交換を続けた。

 2時近くになって、三浦が時計を見て「そろそろ挨拶回りに出かけて頂かないと」と門脇に伝え、門脇が「そうだ忘れてました。芳野専務には主な取引先だけですが、挨拶回りをお願いできますか?それから夕方6時半から工場の者全員で顔合わせ会を予定していますのでご参加をよろしくお願いします」と問うてきた。

 東京工場の概略はある程度頭に入り話も少し散漫になってきたころだった。頻繁に来られる訳ではないので、この機会に挨拶回りすることに異存はない。ひとまず会議を終えた。



8.派兵

 準常任理事国となった日本とドイツには当然のことながら拒否権はなかった。そのため、常任理事国と同等の絶対的な権限は得られなかった。しかし、当時国連の予算の11%と7%を負担する両国は、PKO予算の分担金を盾に、事実上の拒否権を手に入れることができた。一方、同時に準常任理事国となったインドとブラジルは、安全保障理事会に恒常的に議席を持つという名誉ある地位は得ることはできたが、権限は他の非常任理事国と大差はなかった。


 日本とドイツは先の大戦から80年を経てようやく国連で枢要な地位を得た。常任理事国と同等とはいかないがそれに次ぐ地位だ。両国に対する世界各国の見る目が変わった。国連の主要な会議には必ずメンバー国に加えられ、発言を求められた。日本の地位が一気に向上した。中国や韓国の苛立ちは如何ばかりだったろう。

 しかし、尊重される地位を得るということは、同時に責任がこれまでとは比較にならないほど重くなるということだ。これまでは分担金さえ支払っておけば良かった。しかし、これからは軍事的な責任まで負わなければならない。つまり世界のどこかの国の平和が脅かされ、平和が破壊され、又は侵略行為が始まったときに、日本とドイツは率先してこれに立ち向かっていかなければならない。見ず知らずの国の国民を守るために自国民の血を流す覚悟を求められるようになった。


 2001年9月11日に起こったワールドトレードセンタービルへの自爆突撃は世界に衝撃を与え、これを実行したイスラム系国際テロ組織アルカイダとこれと連携するタリバンの名が世界の人々の心に焼き付けた。同じ頃に組織されたISILは2010年代にはイラクからシリアの国境をまたぐ広範囲な地域を支配し、戦力の強大さ、行動の残虐性が世界を震撼させた。

 その後も、彼らイスラム系テロ組織は、米、英、仏、ロやアメリカが支援するイラク政府軍、ロシアが支援するシリア政府軍や反政府勢力と対峙するなかで盛衰を繰り返し、テロ組織同士の合従連衡を重ねていった。そして、2020年代中頃には世界各地に中小の組織が乱立する状況に陥った。

 一方、2010年代に混迷を極めたイラクは2020年代も混迷したままかと思われたが、2021年シリアの独裁政権が崩壊しシリア国内が大混乱に陥ると、主戦場がシリアに移り、ようやく小康状態が訪れた。

 

 2025年、日本政府はシリアに自衛軍を派遣した。国連平和維持軍PKFとして、武器を携行しての初めての本格的な派遣だった。日本が準常任理事国になるのと前後して自衛隊は国際的な呼び名と整合性を取るため自衛軍と名称を変更していた。

 以前なら、自衛隊を非戦闘地域に派遣するだけでも国会の内外で大もめにもめたものだが、この頃参議院は既になく衆議院一院で決議すればことは済むようになっていた。しかも衆議院は与党が圧倒的な議席を占めていた。自衛軍の派遣は即断即決で承認された。


 シリア第二の都市アレッポに入った自衛軍は、規律正しく秩序立って行動した。積極的に現地の言葉を覚え、現地に溶け込む努力を惜しまなかった。欧米の部隊のように現地人を見下すような態度は一切取らなかった。同じアジアの仲間を救うためにやってきたのだから。

 自衛軍の隊員の大半は、日本では貧しい家庭の子息だった。日本では活躍する場、自己の存在を確かめられる場所は見付けられなかった。しかし、シリアには自分たちを心から歓迎してくれる人たちがいた。頼りにしてくれる人たちがいた。隊員たちの意気はさらに上がった。

 「彼らは仲間だ、同胞だ。十字軍ではない」長きにわたる戦禍に疲れた現地の人たちにとって自衛軍は一筋の灯りだった。

 「ヤバニ(日本人)!ヤバニ(日本人)!」現地の子供たちは日本の兵士に手を振り、笑顔で兵士を取り囲み、仲良く写真に納まった。

 自衛軍は、高性能の武器と高度な技術力をもってテロ組織の支配地域を次々と奪還し、同時に現地の一般市民に食料を与え、住居を修理し、インフラを復旧していった。まさに和戦両様、大車輪の働きだった。自衛軍の存在感、期待感は日を追うごとに増大していった。


 日本軍は欧米の部隊以上に手ごわい。テロ組織は当然のこと危機感を覚えた。

 アレッポ近郊の村に進駐し、休息を取っていた自衛軍の兵士のもとに「ヤバニ!ヤバニ!」と手を振りニコニコと笑いながら母娘が近付いてきた。兵士は手元の黒糖飴の袋に目をやり、現地の人の口に合うだろうか?と思った。瞬間、高音と閃光が兵士を襲った。兵士の姿は消えた。母娘も消えた。自衛軍最初の犠牲者だった。

 これからは安易に地元民を近付けてはならない。安易に彼らと接触してはならない。近付く者はまず持ち物を検査し、危険な物を所持していないことを確認せよ。事件後数日してから出された司令部の指示だ。方針は大転換された。

 しかし、司令部の指示が出るまでもなく、兵士たちの現地人を見る目は変わっていた。いつ自爆テロに遭うか分からないのだから。今や現地人は全て自爆テロに見える。とにかく現地人を近付けないようにすることが一番だ。


 最初の犠牲者が出た4日後、アレッポ市街で警備に当たっていた自衛軍兵士たちのもとに3人の男の子が「ヤバニ!ヤバニ!」と叫びながら走ってきた。彼らは手に何かを持っていた。それを兵士たちに向けた。「撃たれる!」兵士たちは咄嗟に自動小銃をかれらに向け、引き金を引いた。3人が崩れた。手には現地の人たちの好物のパイ菓子の包みが握られていた。

 警備に当たっていた兵士の中に1週間前にチョコレート菓子をくれた親切な日本軍のお兄さんがいた。彼らは母親が焼いた自慢のパイ菓子をそのお兄さんに食べてもらいたかっただけだ。それなのに殺された。日本人に。

 「日本人も十字軍の仲間だった。結局彼らは自分たちの敵なのだ」自衛軍に対する現地の人々の視線が親しみから疑い、疑いから憎しみに変わっていった。日本人兵士と現地住民双方の疑心暗鬼が増幅していく。自衛軍が進駐した土地では、現地住民との小競り合いが起こるのが当たり前のようになった。ときには衝突に発展し、回数は少なかったが自爆テロも起きた。そして、シリアから遠く離れた太平洋に浮かぶ島国日本をテロリストが標的として捉えはじめた。



9.市川次長

 挨拶回りは市川が同行してくれた。市川は営業部次長だが、門脇が営業部長を兼ねているので、実質営業部を取り仕切っているようだ。明るくて屈託のない男だ。

 「市川さんは北海道出身なの?」と聞いてみた。

 「いえ、東京です。中野ですから東京っ子ですね」

 「へえ。うちは北海道の会社なのに珍しいね。どうして入ったの?」

 「オヤジが北海道の旭川出身で、会長とは遠い親戚筋にあたるらしくて、その縁ですね。私は自分でいうのも何ですが都内の三流大学を出てまして。卒業してすぐに関東圏を地盤とする中堅食品スーパーに就職しました。私の性に合っていたのか仕事が面白くて、やり甲斐があって、売り上げを伸ばして、同期の中で一番最初に店長になりました。まあ同期と言っても高卒6人、大卒3人だけですけど。で、33歳になったときに結婚しまして。相手は高校時代に付き合ってた彼女です」

 「えっ?初恋の相手とそのまま?純情だなあ」

 「そんなんじゃないんです。私もいろいろありました。自慢じゃないですが都内某三流大学ですから。純情と言われると沽券に関わります」

 「それって沽券というのかな」

 「そうですか?まあいいや。それで、大学時代もいろいろあって、食品スーパーに勤めてからも取引先の女の子とか、店のレジの女性とかとも・・あんまり言うと評価下がりそうだ。危ねえ。なんか芳野専務って話しやすいですね。ついつい余計なことまで言っちゃう」

 「まあ何でも言って。今は真面目にやってんだろうから。昔のことはあまり気にしなくていいよ」

 「そうですか?ありがとうございます。今は一所懸命にやってます」

 

 「それで、結婚したという話の続きだけど」

 「そうそう。それですよね。で、仕事の方はわりかし順調で、北関東でも売り上げの大きい店を任されて頑張ってました。それでそろそろ身を固めようかなと思い始めた頃に、久しぶりに中野の実家に帰ったんです。その時中野の商店街でバッタリ彼女と鉢合わせて。何しろ高校出てから二度くらい会って、そのまま何となく別れて、それから11年振りくらいですから。お互い「あっ!」って言って、その後「久しぶりっ!」って言って、お茶して、自分のこと彼女のこと話して。聞いて、話して、聞いて、何だかいいなと思って。でも、彼女一度結婚してて、その後離婚してて。前の旦那との間に男の子が一人いて、その頃は中野の実家に子連れで居候してるっていうような話をして」

 「うんうん。で、市川さんは悩んだわけだ」

 「いえ大して悩んでません。三流大学ですから」

 「じゃ一気に結婚?」

 「まあ、大体はそうなんですけど。彼女が離婚したのは前の旦那の浮気なんです。単身赴任中に女作って、あっちに子供まで作って。その後はよくあるドロドロですよね。結局別れてひと段落したんですけど。だから結婚するなら単身赴任は絶対嫌だということで」

 

 「そりゃそうかもね。でも難しいよなあ、ずっと東京という訳にもいかないだろうしね」

 「でしょ。それにあの頃、食品スーパーの襲撃事件が全国で起こったでしょう。私の会社も何店舗かやられました。私の店は大丈夫だったんですけどね。その分すごく気を使いました。私が苦情処理を専門にやって、円形脱毛症になって激ヤセして。でも、食品スーパーっていう仕事は嫌いじゃなかったんで死に物狂いで頑張りました。まあそんなこともあって、この際東京で腰を落ち着けて人生やり直そうかと思いだして、なんていうとちょっと大げさですけど」

 「なるほどね。そういえばあの頃そんなことがあったね。一時的だったけど。このままいくと飢え死にする人が出るんじゃないかと心配になった。僕は森林局だからあまり関係なかったけど、食料関係の部局の人間は大変だったね。農務省の周りは連日デモ隊に囲まれるし、街宣車は走り回るし、庁舎に火炎瓶が投げ込まれたり、異臭騒ぎがしたりで。担当の何人かが追い込まれて亡くなったなあ。今じゃすっかり忘れて、またノー天気にやってるけど、本当に日本人て学ばないよね。それはそうと、何でうちの会社にしたんだっけ?」

 

 「そうそう、それでしたよね。で、東京で勤め口を探そうということになったんですけど、あの頃はめっちゃ景気が悪くて。三流大学卒の中途退職者を採用してくれるところなんてそう簡単に見つからないでしょ。そしたら、オヤジが新木場の材木屋さんで営業ができる人間を探してるのでお前行ってみないかって言ってきて。材木なんて分からないって言ったら、そんなもの行きゃあわかる。そんなこと言ってられる身分かって言われて。で、まあどんな会社か見に行くだけは行ってやろうということで来てみたら。何とも地味な場所に地味な会社があって。こんなとこで営業?って思ったんですけど。町中に木の匂いがしてて、なんかいいなって思って。私は物を売るのが性に合ってるんで、こんな地味なとこで材木みたいな地味なものを売るってどういうことなんだろうって少し興味が湧いてきて。で、工場長、その時は営業部長でしたけど、本当に木が好きな人なんですよね。木のことをいろいろ教えてくれて、そんなこんなでやめるにやめられなくなっちゃったという訳です」

 「案外そんなものかもね。で、入って良かった?」

 「ええ。大会社じゃないけど、皆さんいい人ばかりで。お得意さんも面白い人多いし。まあ給料は安いですけど」

 「どこに住んでるの?」

 「今は、東陽町に住んでます。会社に入ったころは中野だったんですけど、画ができて通勤が不便になったんで越してきました。職場が近くて助かってます。女房と子供と3人仲良く暮らしてます。でも、子供ももうすぐ一人前になるんで、そうなったら、せっかく北海道の会社に入ったんだから、一度は北海道で働かしてもらえるようにお願いできないかなって思ってます。もちろん女房も連れて行きます。彼女も北海道なら一度は暮らしてみたいなんてのんきなこと言ってます」

 「そりゃ頼もしいね。是非おいでよ」



10.ハロウィーン事件

 2026年10月31日ハロウィーンの夕刻、汐留にある高層マンションで死者214名に及ぶテロ事件が起こった。このマンションには米国系企業の幹部や自衛軍の幹部が複数居住しており、そのことがテロの標的になったと考えられている。しかし、居住者に占める米国系企業や自衛軍の幹部の家族の割合は数パーセントにすぎず、犠牲者の大半は彼らとは何の関係もない家族だった。


 このマンションに米国系企業や自衛軍の幹部が居住していたのは、施設のセキュリティー機能が高く、管理体制も群を抜いて厳格だったからだ。しかし、これまで日本国内で大規模なテロ事件が発生したことはなく、いかに厳重な警備体制を誇ったとしても、どこかでテロの脅威を甘く見、隙があったのかもしれない。

 テロリストたちは、この日が電気系統の定期的な点検日であったことを事前に察知していた。当日、マンションに向かう電気設備会社の作業員の乗った車を3人のテロリストが襲撃し、彼らを別の場所で殺害した後、作業員に成りすまして易々とマンション内に侵入した。いつもは静かなマンションで、仮に不審な行動があれば容易に気付いたはずだが、この年のハロウィーンは土曜日と重なっており、いつもの年以上に仮装した子供達や若者がマンション内を行き来し、注意が行き届かなくなっていた。

 3人は、地下の電気室、機械室、倉庫などに時限爆弾と発火装置を仕掛けた。3人がマンションを退去した30分後に爆弾が破裂し、火焔が立上った。火災による有毒ガスも館内に充満していった。爆弾には建物を崩落させるほどの威力はなく、地下室の壁の一部と1階フロアのドア、窓ガラスなどを吹き飛ばしたくらいだったが、館内の電気設備、水道の配管等の機能を完全に停止させた。

 このため、爆発による直接的な犠牲者は10人前後だったが、館内に充満した炎と有毒ガスが土曜日の楽しい夕食を待つ多数の善良な市民を犠牲者にした。


 事件後、警視庁は直ちに地元の愛宕警察署に特別捜査本部を設置し、公安部と刑事部から大量の警察官を投入して大規模な捜査を開始した。すぐに電気設備会社の車が作業員の遺体とともに豊洲ふ頭の海底から発見された。電気設備会社社員に扮した犯人と思われる3人の顔もマンション内に張り巡らされた防犯カメラがはっきりと捉えていた。現場検証では時限装置とみられる時計や乾電池も発見された。使われたプラスティック爆弾の種類も特定できた。犯人を特定するのは時間の問題と思われた。


 事実、犯人はすぐに特定できた。犯行の3日後に犯行声明がインターネット上に掲載されたからだ。遠い異国の地シリアでアップされたものだった。声明を出したのは政情が不安定な複数の国で勢力を伸ばしていたイスラム系テロ組織ムスリム連合MCだった。

 「日本は愚かにも十字軍の仲間になった。お前たちは我々の国に攻め込み、罪のない子供たちや女を殺した。我々はお前たちを赦さない。これはジハードだ。日本人たちよ思い知るがよい。これは始まりにすぎない。お前たち日本人が本当の恐怖を味わうのはこれからだ」

 MCが掲載した映像の中に爆弾を仕掛けた現場のものが挿入されており、その映像を分析した結果爆破されたマンションに間違いはなく、犯行はMCの手によるものと断定された。



11.新宿

 市川の話を聞きながら東京工場周辺のお得意先を回り、さらに木場から浦安に足を向けた。

 「芳野専務、新宿って最近行ってないでしょ」

 「なんだよ出しぬけに。真面目にやってんじゃなかったのかよ」

 「いやいや真面目な話なんです。画ができたでしょう。それでどこが変わったって言っても新宿ほど変わった場所はないですよ。昔はあっちの方で結構お世話になったんですけどね。今はそんな面影はまったくない。静かな年寄りの町になっちゃった」

 「なんだそりゃ?あの新宿が年寄りの町?」

 「特に歌舞伎町界隈ですね変わったのは。画ができて画内の風俗の取り締まりは無茶苦茶厳しくなりましてね。しかも、画内はどちらかと言えば品行方正なお金持ちしか住めなくなったでしょう。画外のやんちゃな人間は夜遅くまで画内でウロウロできないし。それで歌舞伎町界隈の風俗とか飲食店はあっという間につぶれるか画外に出ていきました。それが歌舞伎町の周辺にまで広がって」

 「なるほど。ある意味画の被害者だな」

  

 「そうですね、ボラれた経験のある連中にしてみたらざまあ見ろと言うでしょうね。で、跡地の再開発計画ということになるんですけど、何しろ歌舞伎町はあのイメージですからオフィスビルを建てたってテナントが入ってくれるかどうか分からない。ということで、3種の金持ち年金グループを当てにしたマンションが次々と建てられましてね。今では歌舞伎町は健康老人たちの朝型の街になっちゃった。朝早くから公園でラジオ体操とか太極拳やってるし、昼間はウォーキングに犬の散歩。夜も8時頃までは結構賑やかですよ。ただ、年寄りは寝るのが早いから9時過ぎれば一気に静かになります。画内だから安全だし、都内のどこに行くにも便利だし、まさに年寄り天国ですよ」

 「そういえばKPWの社長も山谷に住んでるって言ってたよ。今は北斗って町名らしいけど。昔なら山谷で暮らしてるなんて言ったら、借金踏み倒して身を潜めてるのかって思うよな」

 「そうですよね、画が出来て一番変わったのは、歓楽街とか風俗の街とか山谷のようないわく因縁のある街でしょうね」


 木場、浦安方面のお得意先を5社ほど回って新木場に戻ってきた。市川はどこの社に行っても人気者だった。良い人間関係を築いているようで一安心だ。

 「今日で主なところは全部回れたと思います。お疲れ様でした。しばらく事務所でお休みになってください。このあと皆でタクシー分乗で門前仲町の居酒屋に行きますので」



12.捜査 

 MCが関与していることは判った。次は3人の実行犯を特定し逮捕することだ。そして、実行犯に犯行を指示した者、犯行に加担した者たちを一網打尽にしなければならない。

 マンション内の防犯カメラに映っていた3人は、勿論目だし帽などかぶってはいなかった。ただ、3人とも帽子を深めにかぶり、メガネをかけひげを生やしていた。

 この3人とはマンションの管理人が応接していた。電気設備の点検にはいつも3人のスタッフが来ていた。3人はいつも同じメンバーという訳ではなかったが、リーダーはいつも田畑という男だった。

 しかし、この日は3人の中に田畑の姿はなかった。3人の中の一人が「田畑さんたちは別のオフィスビルで大きなメンテが入ってそちらに応援に行ってまして。今日の定期検査は我々3人でやることになりました。私、庄田と申します。ここは始めてですが、勿論免許は持ってますし、ビルは1年、マンションは3年の経験がありますので検査はしっかりやらせて頂きますので安心してください」と丁寧に挨拶してきた。

 3人は電気設備会社の制服を着て、帽子をかぶっていた。庄田という男は愛想が良かったが、残る二人は不愛想だった。ちょっと嫌な感じがしたが、今時の若者らしいとも思った。ただ、その日がハロウィーン当日で、昼過ぎからは仮装した子供たちや若い母親の出入りが激しく、どうしてもそちらの方に気を取られてしまっていた。3人と接触したこの管理人は、爆発があったとき偶然1階詰所の奥で夜勤の管理人への伝言メモを整理していたため、爆発の被害には遭わず有毒ガスを少し吸っただけで済んだ。

 

 帽子をかぶり、メガネをかけてひげを生やしているとはいえ、防犯カメラには顔が明瞭に映っていた。管理人の記憶もしっかりしていた。このため3人の似顔絵はかなり正確なものが描けた。また、庄田と名乗る男は、訛りのない標準語をしゃべり、外国語訛りなど全くなかったと管理人が証言した。残る二人についても管理人の印象は日本人に間違いないだろうというものだった。

 3人は日本人である公算が大きい。また、今のところ国外に逃亡した形跡はなく、事件の後、首都高や都内の防犯カメラからも不審な車は察知できなかった。捜査当局は、犯人は多分首都圏、しかも犯行のあった港区からそう遠くないところに潜伏しているとみて、東京の都心部から23区及びその周辺に大規模な捜査を展開した。

 また、MCに関連するサイトへのアクセス履歴などのデータが捜査当局に提供され、調査、分析が進められた。その結果、アクセス履歴が複数回あった200人弱が浮かび上がり、アクセスの頻度、職業、経歴、年齢等をもとに30人の人物が絞り込まれ、極秘裏に周辺への聞き込みや尾行、盗聴が行われた。

 

 事件が発生して15日後、3人の身元が特定され、即時、逮捕状が請求され、治安に重大な影響を及ぼす者として特別指名手配された。

 庄田と名乗っていた男の年齢は33歳、勿論本名ではなく、住所は杉並区内のアパートになっていた。アパートは田坂という偽名で借りていたが家賃の滞納などの問題は起こしておらず、隣近所とのトラブルもなかった。というよりも隣人は全て独身または単身の学生かサラリーマン、アルバイトなので日中顔を合わせること自体無かった。聞き込みをするにしても日中は誰もおらず、夜間でも反応のない部屋が多かった。

 庄田と名乗った男は、東京23区内の新興下町で生まれた。子供の頃から成績は良く運動もできる活発な子供だった。しかし、小学6年生の時に父親を労災事故で亡くし、その影響で母親が情緒不安定になった。しかも、労災事故に対する十分な補償がされなかったため家計は相当苦しかったようだ。

 それでもアルバイトをしながら都立高校を卒業して都内の国立大学に進学し、奨学金とアルバイトを糧に5年かけて無事卒業した。しかし、卒業したときに志望していた企業のどこからも内定の通知はもらえなかった。

 やむなく塾の講師のアルバイトを続けながら就職活動を続けたが、事実上の門前払いを受けることが多く、いつの間にか塾の講師が正業のようになっていた。そして、30歳の誕生日に突然塾を辞め、語学留学を目的としてロンドンに渡った。そして半年前に帰国していた。

 なお、ロンドン滞在中に、観光目的でヨルダンに3回渡航していたが、その間の行動については把握できていない。


 残る二人のうちの一人は千葉県市川市で両親、妹と暮らす26歳のアルバイト、もう一人は埼玉県和光市在住の学生だった。市川市在住の男は、千葉県内の工業高校を卒業して一度県内の中小企業に就職したが3年後に会社が倒産した。その後は長期短期のアルバイトを転々としていた。目立ったところのない男で、職場でトラブルを起こしたこともなかった。辞めるときも特に理由は言わずにただ辞めさせてほしいと言って辞めていったそうだ。当時の同僚に聞いてもほとんど記憶がなく、一緒に働いていたことすら忘れている者もいた。


 和光市在住の男は、福岡県出身で東武東上線沿線のアパートに一人で暮らしていた。東京都内の私立大学に籍を置いていたが、近ごろは殆ど大学には来ていないようだった。家は裕福な方ではなかったが、第一志望の大学に合格できたため、上京してすぐに住み込みのアルバイト先を見つけ、大学に通い始めた。演劇サークルに所属し、舞台の設営なども先輩の指示に従い真面目に取り組み、出番のほとんどない端役でも熱心に役作りに励んでいた。

 しかし、2回生の春休みに中東に3週間ほど旅行に出かけ、帰国後しばらくしてサークルを辞めた。サークル仲間には演劇への興味を失ったと言っていたが、辞める理由は具体的に言わなかった。仲間は中東への旅行が彼を変えたに違いないとは思ったが、本人が何も言わないので、引き止めることもしなかった。その後、学内で彼の姿を見ることもなくなった。


 3人の接点はすべてがインターネットだった。MCに関係がありそうだということを除けば3人の間に共通するものは何もなかった。犯行前に一度顔を合わせただけで、それ以前にどこかで一緒に何か行動したという形跡は確認できなかった。

 3人に逮捕状が請求され、家宅捜索を行ったときに市川市の男の自宅からパソコンが押収された。パソコンの解析から、事件は庄田と名乗る男がMCジャパンの幹部二人と共謀して計画を練ったこと、市川市の男と和光市の男の二人は事件の2日前にMCジャパンの指示を受けて杉並区の庄田のアパートに出向いたこと、そこで初めて3人が顔を合わせたこと、その時、MCジャパンの幹部は同席していなかったことが判った。


 捜査当局はMCジャパンの幹部二人も特定した。そして、即刻特別指名手配した。庄田はナンバー3だった。トップは在日ムスリムで、13年間日本で暮らし日本人の妻がおり永住権も取得していた。ナンバー2は首都圏の私立大学の文学部史学科で中東の近現代史を教える助教だった。3人はいずれもイスラム教徒だった。ただ、どこかの時点でイスラム教の教義から大きく外れてしまったのだ。残る実行犯の2人がイスラム教をどの程度信奉していたのかはわからない。しかし、アクセスの履歴を見る限りMCに傾倒していたことは違いないだろう。

 実行犯の二人以外にも、MCの関連サイトに頻繁にアクセスしていた者28人の周辺を捜査したが、このうち21人については事件に直接結びつくような証拠は得られず不審な動きも見られなかった。残る7人は所在が確認できなかった。7人全員かそのうちの何人かは事件に関与している可能性が高かった。ただ、7人に対して逮捕状を請求するだけの裏付けは得られなかった。



13.門前仲町

 事務所で工場長と雑談しているとすぐに6時を過ぎた。事務所のメンバー8名と私の総勢9名がタクシー3台に分乗して店に向かう。門前仲町といっても駅からはかなり離れたところにその店はあった。居酒屋ということだったが店構えは料亭のようだった。立地は少々悪いが魚料理に定評のある店らしい。

 工場の人たちと酒を酌み交わし、全てのスタッフと自己紹介をし合い、楽しい時間が過ぎていった。 

 いつの間にか時計の針が9時を回っていた。ホテルのフロントの女性は10時頃には画内方面行きの電車が無くなると言っていた。今夜は一人で入画しなければいけない。なにしろ経験のないことだからそろそろホテルに向かった方が無難だろう。工場長に断わってから、皆に挨拶する。

 「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、終電の時間が心配なのでそろそろ宿に戻ろうと思います。今日は工場長をはじめ皆さんと親しく歓談できて本当に楽しかった。ありがとうございました。まだ、料理もお酒も残ってますので、皆さんはどうぞごゆっくりしていってください」と言って腰を上げた。

 「大丈夫ですか?この辺りは人通りも少ないので心配だな。送っていきますよ」市川が言う。

 「大丈夫、大丈夫。門仲は何度か来たことがあるし。店の前の道を真っ直ぐ行けば大通りに出るし、そこを左に曲がれば門仲の交差点が見えるでしょう。女の子じゃないんだから。それに市川さんが抜けたら場が白けてしまう。大丈夫だから」

 「そうですか?心配だなぁ」

 「大丈夫、大丈夫。ところで会費は?」

 「会費は工場長持ちです。というか工場の経費で落とします。今日は特別です。社外というか工場のメンバー以外のお客様との懇談はオッケーです。でも、一応本社には内緒にしておいてください」

 「それは申し訳ない。でも本社も同じようなルールでやってるから問題ないよ」

 

 心配する市川を振り切って外に出た。酒に火照った顔に3月の夜気が冷たい。挨拶回りの途中、車の中は少し暑く感じたくらいだったが、夜になると冷え込んでくる。暗い夜道を大通りに向かって足早に歩く。

 突然、横の路地から若い男が二人出てきて道をふさいだ。横をすり抜けようとすると胸をドンと突かれた。転びそうになるのをこらえて体勢を立て直した。片方の男の手元が光っている。ナイフを持っているようだ。

 「何だ、君たちは。何の用だ」

 「お前は画内の人間だろう。ここはお前らの来るところじゃない。目ざわりなんだよ」

 「君たちに文句を言われる筋合いはない。しかも私は画内の人間でもない。北海道だ。君たちこそ邪魔するんじゃない」

 「ダメだね。スーツなんて着やがって。何様だあ?金持ってんだろ。出せよ。通行料だ」

 「何が通行料だ。馬鹿を言うな。それに私は現金なんて持っちゃいない」

 これ以上関わりたくない。とにかく店に戻った方が良さそうだ。ゆっくり後ずさりを始めたら、背中をドンと突かれた。後ろにも悪いのが二人いた。

 

 不味い、はさまれている。どうやって逃げるか。前後どちらかに強行突破するしかなさそうだ。前はナイフを持ってるからリスクは大きい。やるなら後ろの奴らを突き飛ばして店まで一気に走れば何とかなりそうだ。

 

 「こらっ!お前ら何やってる!警察だっ!」良く通る市川の声だった。事務所の若手二人も一緒だ。「覚えてろ!」月並みな捨てゼリフを吐いて四人が逃げて行く。助かった。

 「やっぱり送って行けば良かったですね。何となく気になって出てきたら遠くで芳野さんが囲まれてるんだもの。若い衆二人を引き連れて助太刀参上つかまつったという訳です。やっぱり気を付けないと。あいつらはチンピラだから可愛いもんですけど。スーツ姿はやっぱり狙われるんだなあ。まあ、何事も無くて良かったです。もう大丈夫でしょうけど門仲の駅までお送りします。君たちは戻っていいよ」若手二人を返す。

 

 「いや、申し訳ない。今朝もKPWの松田さんから注意されたんですが、まさか自分がこんな目にあうなんて。僕も甘いな。でも、スーツ着てるだけで何でこんな目にあわなきゃならないんだろ。高級品でもなんでもないのに」

 「以前はこんなことなかったんですけどね。画が定着してからは画外の人間にとって画内は自分たちには縁のない天国のような場所になっちゃったんですよね。その分画内の人たちに対する反感も芽生えてきて。この辺りも画内で働いている人は沢山いるけど、彼らは画内に住んでる人間から顎で使われてるって、しかも安い賃金でこき使われてるって感じるみたいです。中には、まるで奴隷扱いだっていう奴までいる」

 「そんなにひどいのかなあ?」

 「実際は画内も画外も給与水準は変わりません。むしろ画内の方が少し良いみたいです。でも、画内に住んでいる人たちは給与水準が高いから、格差についつい目がいってしまうんでしょうね。それに、画内で働いている人間の中には、不満があるくせに画内で働いてることを自慢するところがあって。画内に入ったことのない人たちに、画内は豪華な高層ビルが林立してて、高級ブティックが並んでて、公園は綺麗に整備されてて、カフェでお茶してるのは美人ばっかりで、街を歩いている連中は高級スーツを着てて、皆美味しいものばっかり食べて、高い酒を飲んでなんて、断片的な情報を大げさに話すものだから。それで、羨ましさとか憧れとか憎しみとか色んな感情が段々と膨らんでいくんでしょうね。特に10代後半から20代始めの人たちは。確かに彼らが画内の住人になる確率はほとんどゼロですからね」

 

 しゃべっているうちに門前仲町の駅に着いた。時計を見ると10時近い。電車はまだあるだろうかと心配になる。

 「今日は最後の最後までお世話になりました。今度来るときは画外仕様できめてきますよ。市川さんも奥さんや子供さんを連れて是非一度北海道に遊びに来てください。歓迎しますよ。じゃ、終電に乗り遅れるとまずいのでこれで失礼します。工場長や皆さんによろしくお伝えください」



 14.カラマツ林

 最初の特別指名手配が出て10日後、11月24日の火曜日、奥多摩山中で二人の男の遺体が発見された。登山者が近道をしようと通常の登山道をそれた踏み跡を10mほど入ったところに大きく埋め戻された跡を発見し、不審に思って近くの派出所に届け出たのだ。二人は裸の状態で所持品はなく、身元確認に手間取るかと思われたが、埋められてから発見されるまでの時間が短かったため身元確認が迅速に行われ、3日後には実行犯の二人であることが確認された。周囲に庄田の遺体はなかった。


 その後、首都圏を中心に捜査が全国的に展開されたが新たな発見はなかった。MCのサイトもその後しばらくはこの事件に関する発信はしなくなった。捜査は膠着状態に陥った。

 初期の捜査で所在のつかめなかったのは7人だったが、そのうち4人はその後所在が確認され、MCとの関わりは否定できないものの事件との直接的な関係は無いものと断定された。残る3人は依然所在不明のままだった。 

 一方、初期の捜査で網に掛ったものの関係なしとされた21人について洗い直しが行われた結果、二名がその後の行動、インターネットの通信履歴、スマホの通話内容から事件に関与している可能性が極めて高いことが判明した。

 捜査当局は、この二名に任意同行を求めるとともに、所在のつかめない三名の逮捕状を請求した。

 まず、所在のつかめない三名の自宅を家宅捜索した結果、一人の家の倉庫に爆弾を作るのに必要な薬品が保管されていることが確認された。また、離れで爆弾を製造したと推定される化学反応が検出された。残りの二人の自宅からは爆発事件に直接関与していたことを裏付けるものは出なかったが、動静を把握されている二人とは面識があることを裏付ける証拠が出た。捜査の結果、彼ら4人はMCジャパンの活動資金の調達を任されるとともに、兵士としての訓練を山梨県の山中で受けていたようだった。

 任意同行を求められた二人に対する取り調べは苛烈を極めた。国家の威信がかかっていた。任意同行とは名ばかりで、情け容赦ないとはこのことだ。一人が、警察官が5分ほど部屋を空けたすきに隠し持っていた青酸カリを飲んで自ら口を閉ざした。取り調べが集中したもう一人が決定的な証言をした。知り合いの別荘が山梨県内にあるという。奥多摩からもそう遠くないところだった。

 6人全員か少なくとも一部の者が潜伏している可能性が高い。当然、武装していることだろう。


 12月28日月曜日の早朝、カラマツ林は既に葉を落とし地面にはうっすらと雪が積もっていた。曇り空に小雪が舞っていた。別荘を機動隊が幾重にも取り囲んだ。勿論別荘からは見えないように。

 電力会社の車が新雪に轍を付けて別荘に近付きそして止まった。制服を着た二人の中年男がツールボックスを片手に別荘に向かう。一人がドア横のインターホンを押した。応答はない。もう一度押す。応答はない。別荘のなかに人の気配はなく灯りも点ってはいない。二人はゆっくりと別荘の裏手に回る。薄く積もった雪に足跡が付く。勝手口を見つけ、ドンドンと叩く。静かなままだ。勝手口の右上に電力メーターがあった。メーターの円盤は回っていた。中に人がいる可能性が高い。別荘の持ち主の名前を大きな声で呼ぶ。「お留守ですか?東京電力ですが。どなたかいらっしゃいませんか?」ガチャガチャとドアノブを回す。鍵が掛っている。「いらっしゃいませんか?また、明日伺います」と大声で言って表側に回り、電力会社の車に乗って元来た道を帰って行った。


 電力会社の制服を着た男が6人歩いて別荘に近づいてくる。その中に先ほど来た二人もいる。6人とも大きなツールボックスを持っている。3人ずつに分かれ玄関と勝手口の前に立つ。同時に両方のドアを蹴破った。中からダダダダッ!!ダダダダッ!!と弾が飛び出してきた。玄関で先頭にいた制服の男が弾き飛ばされた。勝手口で先頭にいた制服の男は咄嗟にドアを離れて撃たれずに済んだ。制服が玄関、勝手口、窓、ベランダから中に向かって応戦するパンッパンッパンッパンッ!!!いつの間にか別荘の周りをジュラルミンの盾が取り囲んでいる。中からダダダダッ!!と乱射してきた後、ドンッ!!という轟音とともに別荘が膨らみ、窓やドアから火炎が噴出し、破片が四方に飛び散った。ジュラルミンの壁が吹き飛ばされた。

 

 この事件で、警察官6人が死んだ。後日DNA鑑定の結果、別荘に潜んでいたのはMCジャパンのトップの在日ムスリムと所在がつかめなかった三人のうちの一人だった。

 残りは4人だ。別荘近くのコンビニや周辺道路の防犯カメラの画像を解析したところ1台の車が頻繁に映し出されていた。車種が特定された。この情報は極秘中の極秘とされた。年が明け、お屠蘇気分を締め括る成人の日の1月11日。ハッピーマンデーの午後、首都圏で一斉検問が行われた。狙いは表向き飲酒運転撲滅だ。

 網にかかった。車のシートの下から爆弾が発見された。運転していたのは同じく所在をつかめなかった三人のうちのもう一人だった。助手席にはナンバー2の助教が座っていた。抵抗する術はなかった。

 二人を徹底的に締め上げた。前回の失敗があるので所持品検査は尻の穴までしっかりとやった。残る二人の行方をなんとしても掴まなければならない。あと二人を逮捕できれば、この大事件は一山越える。しかし、二人は口を割らなかった。二人とも同じ言葉を発した以外は黙秘を続けた。「恐怖はこれからだ」残る二人、庄田と名乗る男と爆弾を製造していた男は完全に姿を消した。



15.シャトル

 手短に挨拶を済ませ、お気をつけてという市川の声を背中に受けながら階段を駆け下りていく。電車は間に合うだろうか。改札口の発車票を見る。間に合った。永代橋駅行の最終は10時13分発だった。時計は10時を回ったところだ。改札口で国民カードをタッチしてホームに向かう。改札口付近には人影がない。先ほどのことがあったので不安になるが、駅事務所の窓越しに駅員が二人見えたので少し安心する。エスカレータでホームに降りていく。門前仲町の駅は永代橋行きと西船橋方面行きはホームが異なる。永代橋行きホームには30人くらいの人がいた。さすがに最終だ。人の多さに少しほっとした。ほとんどが画内に行く人だろうか?皆静かに電車を待っている。なんとなく穏やかだ。お酒が入っていそうな人が半分くらいいた。

 

 電車が入って来た。永代橋駅はすぐ隣の駅だ。歩いても簡単に行ける距離だが、画が設けられて、境界を越えるためにできた新駅の一つだ。だからこの駅には画外駅と画内駅がある。私の乗った電車は勿論画外駅行きだ。発車したと思ったすぐに永代橋の画外駅に到着した。駅には改札口が二つあり、その一つが入画ゲート方面改札口になっていた。迷わず入画ゲート方面に向かう。まだシャトルはあるはずだが何となく心細い。改札口を急ぎ足で抜ける。20mほど先に入画ゲートが見えた。改札口と同じような形をしたゲートが10ほど並んでいる。ゲートの両側には警察官が立っている。ゲートの読み取り機に国民カードをタッチすると1~2秒後にゲートのランプが緑色に点りバーが開いた。警察官は無表情なまま閣外駅改札口の方を見ている。いちいちこちらを見ない。機械まかせだ。あっけなくゲートを通り過ぎ、矢印に従って進むとシャトル便のホームだった。シャトルはまだ来ていない。終電間近なのかホームには100人近い人がいた。ホッとした。シャトルは単線だった。200mほどしかない距離を行ったり来たりするだけだから当然か。線路をはさんで向かい側もホームになっている。到着専用のホームだろう。誰もいない。

 

 しばらくすると画内方面からシャトルが入ってきた。運転手はいない。無人だ。車内は混んでいる。立っている人も多い。向こう側のドアが開いた。こちらのドアは開かない。疲れた顔、放心したような顔が多い。笑顔はほとんどない。皆無言で降りていく。車内は空になった。ドアは開かない。警備員が最後尾の車両から順番に車内を点検していく。

 

 ようやく、ドアが開いた。ホームにいた人たちが一斉に乗り込む。車内はベージュ色だ。座り心地の悪そうなプラスティックのシートが並び、つり革がぶら下がっている。天井には4mおきくらいにカメラが設置されている。シートに座る者はいない。つり革を持つ者もほとんどいない。スマホを見ているか、仲間うちで話しているか、ただぼんやり立っているかだ。車内に死角になるような凹凸や構造物はない。網棚もない。広告もない。監視し易いように設計されているのだろう。機能的だが殺風景だ。くつろぐ場所ではないし、走行時間が数十秒のことだから良いようなものだが、毎日乗ると気が滅入りそうだ。画ができてから整備された物だから、どこのシャトルも同じような構造なのだろう。

 

 ドアが閉まりおもむろに動き出した。と思ったらすぐに到着し、乗ったときと同じ側のドアが開いた。皆一斉にホームに出て入画ゲートに向かっていく。ゲートを抜けると画内駅の改札口が見えた。まだ電車は走っているのだろうか?ちょっと気になったが、万が一電車が無くても取りあえず画内に入ったので何とでも対応できる。ホッとする同時に画内の有難さを感じる。

 


16.背景  

 ハロウィーン事件は日本の歴史上最大のテロ事件になった。事件発生直後からマスコミは連日連夜、関連するニュースを流し続けた。また、多くの学者や評論家たちが事件について論じた。国民の眼はこの事件に釘づけになり、犯人たちに対する怒りが膨らみ、それ以上にテロ再発に対する恐怖心が膨らんでいった。

 事件はどの様にして起こったのか?爆弾はどこに設置されたのか?犠牲者が多く出たのは何故か? 

 何故あのマンションが狙われたのか?命を絶たれた人たちはどのような人たちだったのか?

 また同じような事件が起こるのではないか?次に狙われるのはどこか?

 MCとはMCジャパンとはどんな組織なのか?日本国内にまだMCの関係者がいるのか?

 国連PKFに派兵したのが間違いだったのではないか?

 ハロウィーンなんかで浮かれているからやられたのではないか?

 真摯な疑問、感情的な疑問、興味本位の疑問が次々と湧き出し、マスコミは有頂天になって様々な疑問に答えを出し続けた。そして、11月末に奥多摩で実行犯二人の遺体が発見されるとニュースは沸騰し、12月末の山梨県の別荘爆破事件で年末の特番を独占した。しかし、年が明け、成人の日に爆弾を隠し持ったメンバー二人が逮捕される頃になると、国民は事件報道に慣れっこになり、恐怖心も徐々に薄れてきた。二人が逮捕後に「恐怖はこれからだ」と発言していたことは公表されることはなかった。


 3月に名古屋と大阪で大規模な爆発が起こった。爆破された場所はいずれも軍需産業に関連した施設だった。自衛軍と企業のダメージは計り知れないものだった。しかし、狙われたのが深夜の工場と倉庫だったため死傷者はおらず、国民にはそれらの施設が軍需産業に関連したものであることが伏せられ、爆発にテロ組織が関与している可能性が高いことについては曖昧にされた。そのため、大半の国民は工場と倉庫で大きな爆発が連続して起こっただけだと感じた。ただ、爆発の二日後、MCから犯行声明が出されるとハロウィーン事件の記憶が戻り、事件が未解決のままであることを思い知らされた。

 「これは寛容な予告だ。今すぐイスラムの地から軍を引き上げろ。さもなければ今度は真の恐怖を味わうことになるだろう」

 その後も小規模な爆弾騒ぎが3件続いたがMCは声明を出さなかった。3件とも爆薬の種類が異なり模倣犯の仕業と断定された。

 

 何故あのような凄惨なテロ事件が起きたのだろうか?元凶はMCとそれに連なるMCジャパンであることは間違いない。あのような凶悪な組織が存在しなければあのような残虐な事件は起きなかった。

 しかし、本当にそう言い切れるのだろうか?MCがやらなかったとしても別の組織が別のテロ事件を起こしたのではないか?

 テロ事件を生む温床、テロ事件が起こる背景があるのではないか?あるとすればそれは一体何なのだろうか?そのことを明らかにして、有効な対策を取らないとテロ事件がまた起こるに違いない。テロを再発させないためには何をすれば良いのだろうか?


 大規模な工場爆発や小規模な爆弾騒ぎが続く中、ハロウィーン事件が発生した当時の熱気は徐々に収まり、恐怖に向き合う中で国民は自問自答し始めた。

 やはりPKFで派兵したことが間違いだったのではないか?日本に止まっていれば石油を買うくらいしか縁のない中東の訳の分からないテロ組織から恨みを買うことなどなかったはずだ。

 平和ボケの日本だから狙われたのではないか?テロはどこでも起こる。PKFに派遣しようがしまいが、テロの脅威は迫っていたはずだ。日本は安全だと高をくくっていたからすきを突かれたのだ。国内の治安機能を高めておけばそんなに簡単にテロ事件など起きなかったはずだ。

 貧しさが原因ではないか?狙われたマンションは富裕層が暮らす高級マンションだった。狙ったのは金銭的に恵まれず、将来の希望が見えない若者たちだった。彼らが世間に対する不満を膨らませ、富裕層を狙ったのだ。テロが多発している国にはどこも貧困問題がある。

 景気が少し良くなったくらいで浮かれているから罰が当たったのではないか?宗教に対してもあまりにも鈍感だ。ハロウィーンの日に狙われたのが象徴的だ。何がハロウィーンだ。何でもかんでもミーハーに飛びつくからだ。


 庄田と名乗る男と爆弾を製造していた男の二人は未だ消息を絶ったままだったが、事件の全容がある程度明らかになり、同時にMCジャパンのメンバー構成も明らかになった。

 MCジャパンのナンバー1は在日ムスリムの男で、この男は山梨の別荘で爆死した。ナンバー2が私立大学の助教で、爆弾を隠した車に乗っていて検問に遭い逮捕された。ナンバー3が実行犯を率いた庄田と名乗る男で今も逃走中だ。実行犯の二人は何者かに殺害された。爆弾を製造していた男も逃走中だ。このほかに事件に関与していた者が四人いたが、一人は青酸カリを飲んで死に、一人は別荘で爆死した。残る二人は逮捕され拘留中だ。

 この中で、曲がりなりにもイスラム教徒といえるのはナンバー1からナンバー3までの三人だ。あとは良く分からない。MCに強く惹かれていたことは間違いなさそうだが、果たしてイスラム教を信奉していたのかどうかはわからない。

 何が彼らをテロ行為に走らせたのか。昼夜を問わずテレビ番組では評論家や学者たちが喧々諤々、自説を声高に語っていた。



17.大手町

 電車は永代橋画内駅に既に停車していた。始発駅らしく車止めがある。まだ発車しそうない。ホームの時刻表を見るとすべて西中野行きだ。夜の10時台までは8分ごと、11時台でも大体10分ごとに電車があった。12時台も15分から20分ごとに運行され、深夜も1時間に2~3本は運行されている。ホテルのフロントの女性が画内に入る終電の時刻は早いが、画外に出る電車は遅くまで走っているようなことを言っていたが、画内に限っては終夜運行されていた。

 

 西中野も画が設けられてから出来た新駅に違いない。永代橋の画内駅と西中野の画内駅の間なら深夜も移動が可能ということだ。神村がメトロの画内線とJRの山手線は昨年から全て無人運転になったと言っていた。それだけ画内では安全が保たれているということだろう。駅構内は勿論、駅周辺もガチガチのセキュリティー機器で監視されているに違いない。

 発車のサイン音が聞こえたので電車に乗る。先頭車両に乗ってみた。運転席の中を覗き込んでみる。まるで子供だ。計器がいくつか並んでいた。手動で運転ができるようにイスがあり、レバーの取り付け部やペダルは設置してある。勿論今は運転手はそこにはいない。

 男の声で「西中野行きが発車します。閉まるドアにご注意ください。次は茅場町に停まります」とのアナウンスがあった。車掌もいないので勿論合成された声だ。運転手も車掌もいない電車が暗いトンネルの中をゆっくりと進んで行く。トンネルの暗闇の先に伸びるレールの輝きを眺めていると、遠くに駅のホームの灯りが見えた。茅場町の駅だ。大勢の人がホームに立っていた。電車が停まりドアが開くと一斉に乗り込んできて空席がすべて埋まり、つり革も半分近くが埋まった。次の日本橋駅でつり革はすべて埋まった。

 仕事を終えて、これから西中野まで行き、そこでシャトルに乗り換え、画外駅からそれぞれ画外の自宅に帰っていくのだろうか。車内には疲れと安堵が充満していた。

 

 大手町駅でメトロを降りた。久し振りの東京なので、地上に出てJR東京駅に向かうことにした。冴えた冬の大気を感じる。風はないが冷え込んできた。高層のオフィスビルが整然と並んでいる。見上げるとどのビルも10階あたりまでは石彫の装飾が施されているが、そこから上は無機的な機能本位の造りだ。窓の半分くらいには明かりが灯っている。夜空に下弦の月が浮かんでいる。

 歩道に面した一階は高級ブランドの店が入り、どの店もダウンライトが春物のワンピースやスカートスーツ、バッグや靴を照らしている。閉店後の静けさが無人の店を感じさせる。レンガ敷きの歩道にはオレンジ色の街灯が点り、その下をビジネスマン、ビジネスウーマンが姿勢を正し、談笑しながら東京駅の方向に向かっている。決して急ぐことはしない。私もそれにならって歩いていく。街の一角に終夜営業のコーヒー店が見える。8割方席が埋まっている。深夜まで働く人たちが休息しているのだろう。



18.貧困

 「自衛軍をPKFに派遣したのが間違いだった」こうした意見が大勢を占めた。これを否定する者はほとんどいなかった。しかし、今さらこんなことを言ってみても意味がない。もう派遣してしまったのだから。

 また、間違いだったと気付いても、では今から撤収しますなどとは国の威信に掛けてできない。遠い他国に派遣した部隊だ。周辺には日本以外の国から派遣された部隊もいる。撤収を決めたとしても、実際に撤収するまでには多くの制約がある。

 しかも、この国の政治家は、事柄が重大であればあるほど、緊急を要すれば要するほど、方針の転換ができない。要するにtoo lateなのだ。これがこの国の政治の常だ。

 重い代償は払ったが、「派遣は間違いだった」という貴重な教訓を国民は得ることができた。


 「PKF派遣はきっかけであって、原因は日本の社会のあり方だ」

 PKF派遣で、偶然とはいえ自衛軍の犠牲になった人たちの親類縁者が事件を起こしたのなら復讐ということで理解できなくもない。しかし、事件を起こしたのは中東から遠く離れた日本に暮す日本人たちだった。日本人が自国を攻撃したのだ。イスラム諸国へのシンパシーはあったにせよ、日本に対して、日本人に対して恨みや怒りを持っていたから標的にしたのだ。


 では、恨みや怒りの原因は何だったのか?犯人たちは皆貧しき者たちだった。実行犯たちは3人とも裕福な家に生まれてこなかった。皆相応の能力と希望があった。若者らしく未来に向かって挑戦した。しかしいつかの時点で社会の壁にぶち当たった。大きな壁だった。勿論本人たちの能力不足もあっただろう。だから社会が悪いと言い切るのは早計だ。しかし、貧しさが足を引っ張ったことは事実だろう。

 MCジャパンの他のメンバーも貧しき者たちだった。在日ムスリムは平和で豊かな暮らしを夢見て日本にやってきた。日本人の妻を得て平和な暮らしは手に入れることができたが、何年経っても日本人として扱ってはもらえず、常に偏見と格差にさらされ続けた。

 助教はMCジャパンの中では経済的に恵まれていた方だ。だが、大学の教官といっても世間が想像するような高給取りは有名大学の教官だけだ。しかも、この男の場合40歳を過ぎて教授どころか准教授の目もなかった。恨みは経済的なものだけではなかっただろう。

 それ以外に事件に関与したメンバーも似たり寄ったりだ。年収300万円から600万円の家庭の出身者が多かった。幼少期は皆学業成績が良く真面目な子供たちだった。しかし彼らの才能、能力を思う存分伸ばす機会に恵まれることはなかった。

 事件当時年収が辛うじて600万円を上回っていた助教を除き、全員が年収600万円以下の階層の出身者で、事件当時もその階層に留まったままだった。

 

 マスコミや大衆が導き出した結論は貧困であり格差だった。貧しい者たち、貧しいが故に将来に夢を描けない者たちが、社会や国家に対して恨みや怒りを増幅させ、富める者たちを襲撃したという構図だ。

 その根拠とされたのが犯行に加わった者たちのうち助教を除いて全員が年収600万円以下の階層だったからだ。もっとも助教にしても600万円をわずかに上回っていただけだが。

 しかし、仮に全員が600万円以下の階層だったとしても、そのことが貧困を要因とする根拠にはなりえない。何故なら、国民の7割近くがその階層に入っていたからだ。貧困が要因だとすれば、半分以上の国民がテロリスト予備軍になってしまう。また、MCジャパン関係者の中に、今回の事件には加わらなかったが年収1200万円を超える者も2名いた。邪悪なテロリスト集団といえども所得階層は日本全体の構成を反映したものだった。但、彼ら2人のことに触れるマスコミや評論家、学者はいなかった。折角見つけた答えを揺るがせたくはないから。



19.山手線

 ビルを曲がると東京駅が見えた。レンガ造りの駅舎がライトアップされている。駅構内に入り、高く広いドームを見上げながら改札口に向かう。改札口を抜けるとコンコースだ。山手線ホームに向かう階段を昇る。駅構内は驚くほどに明るく綺麗になった。昔のように混雑もしていない。ビジネススーツにコートを羽織った人たちが多い。

 ホームはベージュ色に塗装され汚れが見えない。電車を待つ人の数も多くない。朝晩は少しは混雑するのだろうか。駅員の姿は見えない。ただ、無数のカメラがホーム天井に設置され、死角はなさそうだ。

 5分ほど待つと外回り電車が入ってきた。もちろん運転手はいない。アルミのボディーに緑のラインは健在だが、車両が幾分小さくなり、凹凸がなくなってシンプルだ。ホームドアと車両のドアがほぼ同時に開いた。降りてくる人はほとんどいない。

 27年に開業した中央リニア新幹線の最終が出た後だろう。大阪や博多の画内間を結ぶ長距離新幹線も到着列車があるだけだ。以前なら東京始発の東海道線や東北本線、中央線があったが、今は在来線の東京駅始発はなくなり、全て画内の端から端を行き来するだけだ。

 だから、この時間に東京駅で降りる人は、画内間の長距離新幹線やリニアで到着して画内の自宅に帰る人たち、駅周辺のホテルに泊まる人たち、駅に近い超高層マンションに暮らす人たちくらいだ。

 

 山手線の車内は空いていた。乗り合わせた車両には30人くらいしか乗客はいない。外装に負けず車内もシンプルだ。クリーム色に統一された車内に濃紺のシートが据えられている。但し、この車両も凹凸が少なく死角がない。棚はあるがパイプの隙間が広くて不審物が置かれても判かりやすくしてある。カメラが至る所に取り付けられている。ディスプレイが大体1mおきに設置され広告が流れている。中吊り広告はない。

 窓の外を眺めると、昔あったようなネオンサインや蛍光灯に照らされた広告看板は一つもない。高層ビルの壁に巨大なディスプレイが並び、高級そうな酒やリゾート地の広告が流れている。

 有楽町駅で何人かが静かに降り、何人かが静かに乗ってきて、同じように新橋駅でも人が降り、乗ってきた。浜松町駅、田町駅、泉岳寺駅でもそれを繰り返し、品川駅に到着した。

 

 時計の針は11時を少し回っていた。駅前は街灯が程よい間隔に点され、カフェや飲食店の多くが賑わっていた。30代から40代のサラリーマンや外国人旅行者が寒さをものともせず楽しそうに会話し盛り上がっている。これも山手線の終夜運行の賜物か?

 賑わう店々の前を通りすぎホテルに向かう。ホテルのロビーは、土産物らしい大きな包みを抱えたアジア系の人たち、酒で頬を赤くした白人のビジネスマンたち、少し派手目のジャケットを着た日本人男性のグループなどが行き交っていた。そんな彼らの横をすり抜けてフロントに行き、ルームキーを受け取ってそのまま部屋に上がった。

 

 カーテンを開けると、JR品川駅をはさんだ対岸に超高層のビル群が並んでいた。3月の冴えた夜気のせいでビル群の窓の灯りが鮮やかだ。半分以上の窓に灯りが点っている。この辺りはグローバル企業や外資系が多いので、業務は24時間体制なのだろう。そのため深夜に働く人も大勢いるに違いない。

 窓のはるか下、品川駅の10本のホームがLEDの冷たい灯りに照らされている。人の姿はホームの屋根に遮られて確認できない。電車が何本か到着し、発車して行った。もう少しすれば終電だ。終電を見送ったホームには束の間の安息が訪れる。

 ただ、終夜運行の山手線ホームだけは別だ。24時間、働く人たちを迎えて、そして送り出す。山手線は今夜も静かに画の中を回り続ける。そして朝を迎え、昼になり、また次の夜が来る。



20.フィールド

 貧困にテロの要因を求めることは安易に過ぎるが、貧困自体が大きな問題であることに変わりはない。貧困であるが故に将来の夢を絶たれる子供たち、若者たちがいる。

 貧困は大きな要素だが、それ以上に大きな闇がある。この国には奪う者たちと奪われる者たちがいるという事実だ。支配する者たちと支配される者たち、富める者たちと貧しき者たちがいるという事実。

 これを格差というのだろうか?多分違う。最初は格差だった。格差とは同じフィールドに立って、その中で優劣が生まれることだ。しかし、今、この国にあるのは分断だ。プレーできるフィールドは生まれ落ちた時から既に決まっている。

 奪う者たちのフィールドと奪われる者たちのフィールド、支配する者たちのフィールドと支配される者たちのフィールド、富める者たちのフィールドと貧しき者たちのフィールドだ。

 運悪く後者のフィールドに生まれ落ちれば死ぬまでそのフィールドでプレーし続けることになる。そのフィールドでいくら活躍しても得られる果実の大きさはあらかじめ決められている。しかし、運よく前者のフィールドに生まれ落ちれば、無限の可能性が用意され、実力により優劣は生じたとしても、欲をかかなければ相応の暮らしが保障されるのだ。


 ある時、後者のフィールドに立つ一部の者が気付く。自分たちのフィールドが狭いこと、雨が降ればぬかるんで足を取られること、晴れれば雑草が生えた凸凹の地面に砂ぼこりが舞い立つことを。そして、彼方に広大で光あふれ緑したたるフィールドを見る。自分たちが決して立ち入ることの許されないフィールドだ。同じ人間なのに同じ日本人なのに何故フィールドが違うのか?

 この国には二つのフィールドがあった。2種類の国民が生きている。前者と後者だ。同じ国に住み、同じ空気を吸い、交りあって暮らしてはいるが、立っているフィールドだけが違う。上位のフィールドと下位のフィールドは決して交り合うことはない。

 こんな悪夢のような国を存続させておく訳にはいかない。上位のフィールドを粉々に破壊しない限り、下位のフィールドに立つ自分たちに陽が射すことはない。


 マスコミや学者、官僚たちの結論は今回のテロ事件を貧困問題、格差問題の果てに生み出された惨劇であると結論づけた。マスコミや学者はこの国の深層、病巣に迫ることはなかった。それは彼ら自身が上位のフィールドに立ち、下位のフィールドを慈悲深く見おろしていたからだ。

 富める者たちは貧しき者たちを救済しなければならない。貧しき者たちに手を差し伸べ、少しでも生活を豊かにしてやらねばならない。そうすれば貧しき者たちは日々の不満を和らげ、小さな幸福に感謝し、この国を受け入れるようになる。そして過激な行動に走ることはなくなるだろう。


 しかし、それだけで十分だろうか?貧しき者たちを救うことはテロや犯罪を減らす上で効果はあるだろう。だが、世の中には不満を持ち続ける輩はいる、常識から外れた連中もいる。救済するのは良い、援助するのも良い、しかしそれだけで安全な暮らしは保障されない。もし、本当に安全な暮らしが守られるのなら少しくらいの負担は惜しまない。身の回りからテロや犯罪の恐怖を排除してほしい。テロや犯罪のない安心して暮らせる場所を造ってほしい。


 上位のフィールドの中心に身を置き、上位のフィールドの代弁者である政治家や官僚は、富める者たちの声に押され、または国外に逃れようとする富める者たちを引きとめるため、上位の者たちに「安息の地」を創ることを決めた。

 上位の者たちが、安息の地で暮らし、安息の地で働き、世界を相手に金を荒稼ぎし、この国を富める国にしてくれれば良い。勿論、安息の地の住民になるためには応分の負担はしてもらう。つまり税金だ。富める者たち、富める企業にはしっかりと税金を払ってもらう。集めた税金の一部は勿論貧しき者たちへの救済、扶助に充てる。富の分配だ。そうすれば、すべての国民が満足するに違いない。日本はさらに繁栄し、さらに富める国になるだろう。

 上位の者たちのためだけに創られた安息の地、極限までセキュリティー機能、情報機能を高め安全と安心と利便性が約束され、惜しげなく予算を使って整えた美しく快適な楽園、それが画だ。





第6章 再生

1.相模原 

 ホテルで朝食を済ませてから五反田に行き、「U&Q」でジーンズとブルゾンを買った。相模原に行くのにスーツではまずい。予想外の買い物になったがトラブルを避けるためには仕方がない。靴はいま履いているのが黒のウォーキングシューズだから問題ないだろう。

 保坂と落ち合うのは相模原市の橋本駅で午後1時だ。五反田から一度ホテルに戻り、画外仕様に着替え、すぐに橋本駅に向かう。何線を使うか少し考えたが、品川からならJR線が早いだろう。途中で境界を越えなければならないので余裕を見ておいた方が良いだろう。早めに橋本駅に着けば、駅前でかるく昼食を取りながら保坂を待てばいい。

 

 京浜東北線で新大井行きに乗る。新大井駅も画が設けられてから出来た駅だ。画内駅で降りて、出画ゲートを通過し、シャトルで境界ゾーンを越え、もう一度出画ゲートを通れば画外だ。昨夜のことを思い出して少し緊張する。服装は大丈夫だろうか?上手く周りの雰囲気に溶け込めているだろうか?周囲を見回す。何も変わったことはない。私を見とがめるような視線は何処からも感じない。当たり前だ、サファリパークに裸で飛び込んだ訳じゃないんだから。


 新大井の画外駅には大船行が停車していた。始発なので座ることができたが、発車間際には立っている乗客もいた。スーツ姿が一人だけいた。相当くたびれたスーツだ。あれくらいなら問題ないのだろうか。そのほかの男はダウンジャケットやブルゾンだ。下はジーンズかチノパンか。作業着の上下という人も結構いる。勿論制服を着た学生もいる。女も同じようなものだ。画内に比べるとはるかにラフな感じだ。自分の服装が周りと変わりないので随分リラックスできる。今日も良い天気だ。昨日よりさらに暖かく感じる。先ほどの緊張感はどこへやら眠気が襲ってきた。私もいっぱしの画外人だなと少し嬉しくなる。

 電車は各駅に停車し、乗客が乗り、降りていった。のどかな早春だ。窓の外には住宅が密集し、小ぶりなマンションも見える。小さな公園があり、子供たちが遊び、母親が子供を眺めている。町工場があり、トラックが行き交い、乗用車が走っている。駅前には商店街があり、日々の営みがあり暮らしがある。そういえば森下君たちのアパートもこのあたりだろうか。案外住みやすそうじゃないかと思う。


 電車が東神奈川駅に到着した。ここで横浜線に乗り換える。少し待っていると八王子行きが来た。ここまで来ると、そこが画外であることを全く意識していないことに気付いた。横浜線は京浜東北線に比べて少しローカル色があった。春の陽気に包まれた郊外電車の小さな旅だ。いくつかの駅で停車と発車を繰り返し橋本駅に到着した。

 駅周辺は想像していたようなのどかな田園風景ではなかった。商業ビルやビジネスホテルが立つ郊外のちょっと賑やかな街の佇まいだ。少しがっかりした。時計は12時25分を指していた。駅前にハンバーガーショップがあったので入り、ハンバーガーとコーヒーを注文した。ハンバーガーとコーヒーはお世辞にもおいしいと言える代物ではなかったが、空腹を満たし時間がつぶせれば十分だった。

 1時を少し回った頃に白い軽トラックが唸りを上げてやってきた。手を振ると、窓が開いて日焼けした保坂が顔を出して手招きをした。軽トラックのところまで走って行き素早く助手席に乗り込んだ。座るや否や保坂が軽トラを急発進させた。危うくむち打ちになりそうだった。床には乾燥した泥と草がこびりついていた。シートもザラついていた。私の服装も画外仕様だから構いはしないのだが、保坂の日焼けした横顔を見ながら、人生と同様に運転も乱暴な奴だなと思った。



2.保坂

 「久しぶりだな。真っ黒で元気そうだ。商売は繁盛してるんだろう?」

 「ああ。商売の方は順調だ。芳野も元気そうじゃないか。北海道の水が合ってそうだな。3年振りかなお前に会うのは?」

 「そうだね。僕が農務省を辞める前だから」

 「遠路来てもらって悪かったな」

 「いや、丁度上京する用事があったからね。しかし、君の顔を見てると昔バンカーだったとはとても思えないな」

 「ははは。俺自身昔バンカーだったとは思えないよ」

 「一度聞こうと思ってたんだが何で辞めたんだ。まあ銀行なんてところは色々といわく因縁がありそうだけど、君は結構うまくやってると思ってたけどね」

 「ああ。自分で言うのも何だが有能なバンカーだった。小さな支店だったが30代の後半で支店長になった。当然同期入行組で一番だ。鼻高々だったと思うだろう?それが違うんだな。その頃にはもう金融というものに絶望していた。でもな、負けるのは俺のプライドが許さないからな。業績だけは上げ続けた」

 「へえ。そうなのか」

 「俺はな、最初は金融に期待していたんだ。世の中を動かすエネルギーだ、つまり石油みたいなものだと思ってた。金を上手く回すことで社会に富が生まれ、人々の暮らしが豊かになるとな。俺は世の中を豊かにするために金融をより効果的に運営する夢を持っていたんだ」

 「確かに一面ではそうだ。取引するにも金がなきゃどうにもならないからな」

 「そうだ。物々交換に限界が生まれ、貨幣を介在させることで物の流通、売買が一気に効率化したところまでは貨幣は極めて優れたエネルギーだった。そこまでは良かった。しかし、今は金だけが独り歩きしている。物やサービスに裏打ちされた貨幣には意味がある。しかし、いつの間にか金が金を生む時代になってしまった。金を持っている者たちは、金を持っているだけで何の苦労もせずに金が増えていく。金のない者たちは、いくら頑張っても金は増えない。減っていく一方だ。そのお先棒を担いでいるのが銀行という訳だ」

 「確かに。僕が預けている金額なんてたかが知れてるから銀行も相手にしてくれないけど、富裕層は大事にされてるみたいだしな」

 「知ってのとおり俺は昔から趣味で百姓をやってたろう。無から有を生み出す。太陽や水や大地の力を借りて物を生み出すダイナミズムが好きだった。実は金融も同じように考えていたんだ。金を本当に必要としているところに上手に注ぎ込めば、その金を使って事業が始まり、発展し、進歩し、人の世を豊かにすることができるとな。確かに、今も無から有を生み出しているように見えるが、実際は無というより幻の中で金がいくら増えた減ったと数え合って喜んでいるだけだ。そんなものは生きた金じゃない」

 「それで農業か?」

 「簡単に言えばな。でもな、俺は物を生み出すことの意味まで考えて農業をやってる。自分で言うのも何だが志は高いぜ。美味しいもの、身体に良いもの、もっと言えば生きていることが素晴らしいと感じられるような作物を提供したいと思っている。しかもそれがビジネスとしてちゃんと成り立つようにしてな。世捨て人の道楽じゃないんだから。お蔭で最近はファンが増えて保坂ファームの売り上げは上々だ」

 「そりゃ何よりだ。じゃ何も問題ないじゃないか」

 「ビジネスに関してはな」



3.木下

 「それなら用件は何なんだ。君が北海道まで訪ねて来るということは余程のことだろう?」

 「お前が余計なこと聞くから横道にそれちゃったじゃないか。まあ時間はあるから良いがな。実はお前に折り入って頼みがある。頼れるのはお前しかいない。それで、これからある人に会ってもらいたい。勿論俺も同席する。政治の話だ。具体的には3人揃ってから話す」

 「せ、政治っ?何だそりゃ」一瞬息が詰まりそうなった。

 「僕は田舎の中小企業の雇われ重役だよ。全然役に立てるとは思わないけど」

 「まあな。驚くのも無理はない。でもお前しかいないんだよ。巻き込んで悪いがな」

 保坂が軽トラをとある屋敷の門前に停めた。やはり急停車だった。大きな屋敷だ。綺麗に刈り揃えられたイヌマキの生垣が屋敷を取り囲んでいる。戦前に建てられたと思われる2階建てのしっかりした木造の住居が見える。表札には木下とある。知らない名前だ。

 保坂が呼び鈴を押して名前を告げると「お待ちしておりました。今すぐ参ります」と上品そうな婦人の声が聞こえてきた。待っていると門扉が開き初老の婦人が出てきた。保坂が友人の芳野ですと私を紹介し、木下さんの奥様だと紹介した。私が挨拶をしている間に、保坂が軽トラに戻って屋敷の中に入れた。

 簡素だが丁寧に造り込まれた和風建築だ。屋敷の後ろの庭も良く手入れされているようだ。夫人が門扉を閉めて玄関先に戻り、玄関の引き戸を開けて中に入るよう促してくれた。古い家の匂いがした。上がり框に腰掛け靴を脱いでいると、奥から老人が出てきた。お邪魔しますと挨拶をしながら顔を見て息をのんだ。与党のご意見番、元参議院議員の木下がそこに立っていたからだ。


 「よく来てくれました。お待ちしていました。芳野さんと仰いましたね。木下です。どうぞ奥へ」

 「芳野と申します。お邪魔します」こんなことなら事前に言っといてくれよと保坂を恨めしく思う。

 保坂はいたってのん気なもので「木下さん、この前お持ちした菜の花とふきのとうはうまかったでしょう。お酒が進み過ぎたんじゃないですか」などと軽口をたたいている。

 良く磨き上げられた廊下を進み、応接室に通された。大きな部屋だ。ソファも大ぶりで12~3人がゆったり座れそうだ。さすが元政界のご意見番の応接室だ。木下が一番奥の一人掛けのソファに座り、木下を挟んでコの字型に保坂と私が座った。

 夫人がお茶を持ってきた。玉露のいい香りがした。

 「芳野、おどろかせて悪かったな。木下さんのことは知ってるよな」

 「勿論だよ。でも僕みたいな凡人に用があるとは思えないけど」

 「いやいや、保坂さんから芳野さんのことは聞いています。貴方なら私たちの力になって頂けると確信しています」

 「さて、私のようなものが木下さんたちのお役に立てるとはとても思えないんですが、用件は一体何なんでしょうか?」

 「じゃあ、私から説明します」保坂が口を開いた。



4.管理された社会

 「芳野、今の納税額比例選挙制度をどう思う?」

 「変な制度だと思う。明らかに憲法違反だ。法の下の平等に反する。でも皆あまり疑問に思わなくなった。正直僕も同じだ。情けない話だがいつの間にか慣れてしまった」

 「そうなんだ。日本人の良いところでもあり悪いところでもある。順応性が高いんだな。それとお上の決めたことには実に従順なんだよ日本人って奴は。それは事実として仕方ない。日本人の性格を嘆いてみてもな」

 「全く、情けない話だが」


 「しかしだ、その結果今の日本はどうだ。画のようなグロテスクなものが出来上がって、国民を完全に分断してしまった。画の内側と外側だ。でもな、画は目に見えるから分かりやすいが、画は象徴であって画だけが問題じゃない。要するに金を持っているかいないかで日本人を分断しているということが問題なんだ。たかが金ごときで人間を振るい分けするなんて最低じゃないか。勿論、金を卑下している訳じゃないぜ。ただ、人間の価値を金で測るということが許せないんだ」

 「確かにその通りだな。変な国になったもんだ。一昨日から画の中で寝泊まりしてるけど、確かに安心といえば安心だし、清潔だし、快適といえば快適だ。何の心配もいらない安息の地だ。電車は24時間動いているし、グローバル対応というのかな、24時間都市機能が動き続けている。機能的で効率的だ。でも落ち着かない。人間の匂いがしない。見事に制御され管理された空間だ。仕事で短期間滞在するなら悪いところじゃないが、住むのは御免こうむりたいね。今日、画から外に出て、最初は少し緊張したけど、今は何だか自由で開放された気分だ」

 「そりゃそうだ。でも問題はそうした情緒的なことだけじゃない。本質だ。政治のな」


 「というと?」

 「政治は何処でやってる?勿論中央政府の政治だ」

 「そりゃ、永田町と霞が関だろう」

 「そうだ。画の中だ。画のど真ん中だ。ど真ん中の人間たちが政治をやってる。政治家も役人も。だから画の外のことなんかちっとも分かっちゃいない。分かろうともしない。画という安息の地にこもって、耳ざわりのよい報告や抽象的なデータを眺めて政治ごっこをしているだけだ」

 「そりゃそうだな。旭川はまだましな方だが、地方の実情は惨憺たるものだ。二三日画にいるとそんなこと忘れちゃうけどな。確かに中央政府から完全に見捨てられてる感じがしないでもない。勿論、根性のある一部の地方は逆に中央政府なんて当てにしないで勝手にやってるけどね」

 「何故だか解るか?例えば政治家が画外に視察に行くとするだろう。中央官庁の役人は都合の悪いところは政治家には絶対に見せない。自分たちが考えた政策が誤っているところなんて見せるはずないよな。だから見せるのは自分たちの都合の良い所だけだ。役人たちが描くストーリーに沿って成功している事例を見せる。もし成功している事例がなければその時だけでっち上げる。そして自分たちの都合のいいように現場の人間にしゃべらせる。政治家たちはそれでご満悦だ。自分たちはうまく政治をやっている。この国をうまく運営しているとな。政治家たちは深く追求するようなことはしない。そもそも関心がないからだ。現場で苦労している者たちの大半は票にならないしな」

 「なるほど。じゃ野党はどうなんだ?少数派とはいえ野党だっているじゃないか」

 「野党は当てにならん。彼らも納税額比例のお蔭で富裕層に逆らえなくなった。庶民の味方をしても0.2票か0.4票だ。手っ取り早く票を取るなら富裕層を軽視はできない。結局富裕層を怒らせるようなこと、大企業を怒らせるようなことはしない。だから本質は与党と変わらない」

 「なるほど。じゃマスコミはどうなんだ?まあ最近のマスコミなら期待しても無理か」

 「その通りだ。特に全国ネットのマスコミはひどい。戦前戦中じゃあるまいし、別に言論統制がある訳じゃないんだが、自己規制ってやつでな。下手に社会の暗部に手を突っ込んで、中央政府や大企業に睨まれたくないんだろう。それに東京に住んでる業界人は皆画の中の安息の地に身を置いているから本質は何も見えちゃいない。要するに彼らも支配する者たちの側、富める者たちの側の人間なんだよ」

 「そうかもな」

 「勿論中には気骨のある人物はいるし、俺もそんな連中を何人かは知ってる。でもな、そんな奴らは皆会社からマークされて閑職に追いやられ、結局フリーランサーになるしかない。そうなったら発言する手段はインターネットを使うしかない。大手の出版社や流通業者は中央政府や大企業が怖いからそんな危ない連中とは関わりたがらないからな。で、インターネットなんだが、ネットは中央政府が巧妙にコントロールしている、実に巧妙にな。政府に都合の悪い情報を流したからといって摘発なんて勿論しない。警告もしないし削除要請もしない。ただ情報が何故か広がりにくいだけなんだ」

 「恐ろしくなってきたな。で、これからどうしようというんだい」



5.復活 

 「この国をもとの姿に戻したいんです」木下が口を開いた。

 「11年前私たちは大きなあやまちを犯しました。言うまでもない納税額比例選挙制度の導入と国会の一院化です。勿論私たちは反対した。しかし流れを食い止めることはできなかった。力不足を痛感しました。私は参議にはならず国会を去りました。民主主義の何たるかを忘れた、あのような腐りきった国会に一時でも身を置きたくなかった。金の亡者のような長田君の顔も見たくなかったし」静かな口調だ。しかし木下の眼には決然とした怒りが宿っていた。


 「参議院を復活させるということですか?」

 「いや、参議院を復活させることはできんでしょう。残念ですがこの国の人間は二院制を上手く使いこなせるほど成熟していませんから。二院制を復活させても、またカーボンコピーの二の前でしょう。一院ならなんとかうまく機能させられるでしょう。勿論真っ当な選挙を経た上でのことですがね。一度こんな馬鹿な国にしてしまったんだから、今度こそ頭を冷やして選挙というものをまじめに考えるんじゃないでしょうか。一院なら解りやすいでしょうし」少し表情が明るくなった。

 「ということは納税額比例選挙制度を廃止してもとに戻すということですか?今さらそんなことが可能なんでしょうか?」

 「難しいでしょうがやらなければいけません。このままだとこの国は本当にだめになってしまいます。それでは死んでも死にきれない」悲しげな眼になった。

 「ついでに画というあのグロテスクな代物も無くしてしまう。自分の国を自由に往来できないなんて民主国家って言えるか!」と保坂。

 「その通りだけど、せっかく出来たのに勿体ないな」

 「グリーンベルトのことか?あれは除草剤なんか撒かずにそのまま放っておいたらいずれ自然に帰るさ。鳥も虫もイタチもキツネもいるすばらしい緑の回廊になる。それで充分じゃないか」


 「我々の考えていることが少しは解ってくれたか?」保坂が聞いた。

 「ああ。でもどうしたらいいのかな。何から手を付けたらいいのか。あまりに話が大き過ぎて戸惑うばかりだ」

 「そうだな。こんなこと突然言われて驚かない方がどうかしてる。俺も最初、木下さんから相談されたときは腰を抜かしそうになった。さすがに芳野は大物だ。あまり動じた風でもない」

 「話が突飛すぎて着いて行けないだけだ」

 「俺と木下さんとは百姓仲間でね。百姓に関しては俺の方が先輩だ。木下さんは前から自分の目の黒いうちにこの国を元に戻したい。希代の悪法を一刻も早く葬り去りたいと願ってらしてね。色々と構想を練ってこられた。で、俺もへそ曲がりだから2年くらい前に仲間に取り込まれたという訳だ。表には出ていないが国内に大きなネットワークが出来ている。勿論法に触れるようなことは一切していないし、決して怪しい組織じゃない。ただ、今の政府与党にしてみれば危険極まりない組織であることは間違いないがな」

 「へえ。そんな組織があるとは思いも寄らなかった。勝算はあるのか?」

 「あまり勝ち負けを言うなよ。ただ、我々も思い付きでこんなことをやってる訳じゃない。俺も今でこそ百姓だが元は法学部だ。当然戦略、戦術はある。元役人の芳野にとっちゃあそんなに難しい話じゃない」

 「僕に解るかねえ」



6.三本の矢

 「選挙制度を変えるからにはそれに関係する法律を改正しなければいけないよな。参議院の復活は現時点では考えてないから憲法まで改正する必要はない。そうなればハードルは低くなる」

 「確かに。でも大変だ」

 「憲法なら絶望的だが少しはましだろう。で、法律の改正だから当然国会で議決する必要がある。ハードルは勿論高い。それは国会が衆議院一院で構成されているからだ。衆議院議員たちは今の腐った制度で当選してきた連中だから、みすみす自分たちが不利になるような法律改正をするはずがない」

 「そりゃそうだ」

 「では、どうするか?三本の矢を放つ。一本目の矢が参議だ。参議に働いてもらうんだ。かつて衆議院のカーボンコピーだ、有っても無くても同じだ、税金泥棒だなどと散々コケにされてきたんだから、ここで一つ良識の府、再考の府だった参議院の意地を見せてもらうんだ」

 「どうやって?」

 「参議の特権の一つに法案提出権というのがある。憲法の改正とか憲法に抵触する法案は認められないが、それ以外のものなら大抵は認められる。それを今年の4月の参議会に提出する。ビックリするぜ、今までロクな法案しか提出してこなかったんだからな。志を同じくする参議には根回し済みだ。我々に完全に同調してくれるかどうかは別にしても今の政府与党を良く思っていない参議は多い。何せ生首を切られたんだからな」

 「わかるわかる」木下の方をみると、木下は姿勢を正し目を閉じ、口を堅く結んでいた。

 「それにな、首長に転身した参議だって地方の窮状に冷淡な今の政府与党を良く思ってはいない。参議の多くが法案を支持すれば衆議院に対して大きな圧力になる。そして、参議会の動きに同調して全国で国民運動を展開する。これが二本目の矢だ」

 「なるほど。でも、衆議院議員だって自分たちの身分にモロに影響する話だよ。なり振りかまってられないよ。反対は必至だ」

   

 「多分な。そこで三本目の矢だ。地方議員だよ。既に全国に多くの同士がいる。現職の議員もいれば候補者もいる。彼らが全国で一斉にのろしを上げる。来月の統一地方選で勝負を掛ける」

 「統一地方選と言っても勝てるのか?」

 「勝算はあると思う。芳野が言ったとおり地方の多くは疲弊し、消滅の危機だ。しかし中央政府も与党も本気で地方のことなんて心配していない。何故かといえばGDPにほとんど寄与しないからだ。勿論、地方発展推進本部なんて作って予算をばら撒いてご機嫌取りはしてるがね。あれも富める者たちから貧しき者たちへの救済だ。本気じゃないね。大事なのは画内に本社を置くグローバル企業だ。彼らが海外に逃げ出さずにこの国に残ってガッポリ稼いでくれればそれで十分なんだ。画内の企業とか画内で安穏に暮らしている人間を相手にした方が行政は効率的にできるし税金も間違いなく入ってくる」

 「確かに効率的ではある。地方は面積も広いしな」

 「与党にしてみれば、地方なんてGDPにほとんど寄与しない割に教育や社会福祉は非効率極まりない。手間はかかるが税収の少ない厄介者だ。そんな地方の連中にサービスしても0.2票か精々0.4票だからな。どちらかと言えばお荷物なんだよ」

 「ひどいな。無茶苦茶だ」

 「そうだ。だから地方議員は必死なんだ。自分たちが暮らす地域の存亡が掛っているからな。いままで地方議員といったら教養のないヒヒ爺とか目立ちたがり屋の中小企業の若手重役というのが通り相場だったが、さすがに尻に火がついて、真剣に物事を考える議員が増えてきた。与党系の地方議員だって半分以上は党中央のことを内心快く思っていない。ただ縛りがきついから黙ってるだけだ。全国で火を放てば燃え上がる可能性は大だ」


 「ところで首都圏はどうなんだ?首都圏だけは画外も結構潤ってるんじゃないか?」

 「画外も不満は高まっている。地方とは少しニュアンスは違うがな。働き口は十分ある。画内に通勤している者の割合の方が高いがな。彼らは毎日ゲートを通って境界ゾーンを越えて画内に通ってるんだ。そりゃ画外で働くよりは給料がいいから無理して通勤する。でも、画内で暮らしている連中と画外から通っている連中の賃金格差は半端じゃない。半分諦めちゃいるが不満は溜まっている」

 「分かる。昨日画外でひどい目にあった。夜道を襲われた」

 「そりゃ芳野が酒飲んでノー天気にふらふらしてたからだろう」

 「よくいうよ。僕が何悪いことしたっていうんだ。スーツを着てただけだよ。しかも安物の。そんなの八つ当たりだろ」

 「まあそう怒るな。それだけ根が深いってことだよ。本題に戻るぞ。いいか、地方の怒りを結集させて、政府与党に圧力を掛ける。そのために同志となる地方議員を少しでも多く当選させたいんだ。勿論、これと並行して国民運動もガンガンやる。全国から中央政府、与党を包囲し圧力を掛けるんだ。そうなったら衆議院議員だってそう簡単に反対できなくなる」



7.久田

 「なるほど、よく分かった。で、僕は何をすればいいんだ?」

 「そうこなくっちゃ。見込んだ甲斐があった。では、いよいよ本題に入ろう。旭川の参議で久田というのがいるだろう」

 「え、久田?いるよ。毎週日曜日の昼頃、旭川の駅前で街頭演説をしているじいさんだろう?」

 「そうだ」

 「北海道は東京政府に支配されている。東京政府の植民地にされている。北海道は独立しなければいけないとか北海道で徴収した税金は全て北海道で使うべきだとか、過激な演説をしている変なじいさんだ。普通の人は立ち止まって話なんて聞いちゃいないよ。ただ、話が過激な分だけ面白いといえば面白いから発車時刻まで時間のある人や近所に住む暇な老人がベンチに座って聞いてるくらいだ」

 「間違いない。彼も同士だ」

 「えっ久田がか?ピンと来ないな。久田は旭川では変人扱いだよ。ようやく参議院議員になったと思ったら一期目の途中で突然参議にさせられたから無理もないが。それでも責任を感じているのか、聴衆のほとんどいない駅前で一所懸命演説してるんだ。そんな老人の姿を見るのは正直つらいよ。市民の中にはろくな仕事もない参議になって給料だけ貰ってる税金ドロボーだなんて陰口をたたくのもいるしね」

 「確かに久田という人物は少々過激ではある。労働組合上がりだから当局を追求するのは得意だ。与党も当局みたいなものだから。でも大目に見てやれよ。晴れて参議院議員になったと思ったら参議院が廃止になったんだから。恨み骨髄だろう。でもな、偏屈そのもののじいさんだが人間は悪くない。話せば分かる意外と魅力的な人だ。なにしろ一度は参議院議員まで務めた人物だからな」

 「確かに人物は悪くなさそうだけど。で、僕は何をすればいいんだ?」

 「彼を助けてやってほしい。議員時代は何人か秘書がいたが、参議になってからは一人減り二人減りしていった。で、ただ一人残った秘書が昨年末急に亡くなってな。手足となって動ける人間がいなくなった。見てのとおりのじいさんだ。気骨と気迫はあるが体力は今一つだ。それと、労働組合あがりで弁は立つが、如何せん法律とか行政とかの知識はお寒い限りだ。これまでは秘書がカバーしてきたんだ」


 「秘書なんて僕にできるかな?」

 「お前も元は役人だから法律や制度くらい少しは分かるだろう。お前はじいさんの世話をしながらシナリオを書けばいいんだ。演説はじいさんに任せて黒子に徹すればいい。しかも、長くやれとは言わん。参議会と統一地方選挙のある4月一杯頑張ってもらえば十分だ」

 「なるほど」

 「それから、もう一つ統一地方選がらみで大事な仕事がある。地方議員たちの世話をしてほしい。もっとも、地方議員の秘書までやれとは言わん。地方議員だって有力者なら秘書が何人もいるし、基本的に彼らは自分たちで動く。細々したことをやる必要はない。要するに今回の件に関しては久田が選挙区内の地方議員の束ね役をしているから、地方議員たちの演説内容のすり合わせとか、公約の内容のチェックをしてもらいたい。それから、地方議員たちが法律改正の請願を地元の議会に提出するから、その内容とかタイミングとか、そんな諸々の調整役をやって欲しいんだ」

 「なるほど。何とかできそうだな」

 「ただ、気を付けてくれ。じいさんは頭が切れる方ではないが弁は立つ。しゃべり過ぎるのが怖いんだ。今はじっと我慢して貰わないと。それに地方議員たちの勇み足も怖い。俺も木下さんとここで地方議員たちの船頭をやってるが、彼らは血気盛んで頼もしくはあるが、時に暴走するんじゃないかと内心冷や冷やものだ。もし、政府与党や衆議院の連中が我々の動きを察知したら、これまでの苦労が全部水の泡だ。間違いなく潰される。今回失敗したら二度とチャンスは来ない。やるときは一気呵成にやらなきゃ絶対に成功しない。今は何があってもじっと我慢だ。じいさんたちにブレーキを掛けるのがお前の一番大事な役目かもしれないんだ」


 とんでもないことになった。とんでもないことを引き受けてしまった。保坂の情熱と木下の真摯な態度にほだされて。迂闊だった。保坂はこんなことも言っていた。

 「最近国民カードの紛失が増えたのを知ってるか?昔はカードを拾って警察に届けたら皆5万円の報奨金をもらってた。50万円分の税額控除というのもあるにはあるがもらう奴はほとんどいない。そんなに税金払ってないからな。ましてや投票権0.2ポイントをもらう奴なんて変人扱いだ。ところが最近選挙ポイントをもらう奴が増えてきたんだよ。不思議だろう。テレビやネットでは国民の政治に対する意識が少しづつ高まってきたのかもしれない。ようやく先進国らしくなってきたって喜んでいる学者もいたな。景気が良くなって5万円もらうより、束の間のステータスが欲しくなったんじゃないかっていう評論家もいた。与党の政治家は、景気が良くなって国民の考え方も洗練されてくればそれに越したことはない。これで日本は経済も国民意識も超一級の国になったなんてノー天気に喜んでたけどな。支配されている者たち、貧しき者たちの怒りに気付いちゃいない。そんなに急にカードの紛失なんて増える訳ないだろう。おかしいと思わない方がおかしい。今に分かるさ。統一地方選挙の結果をみればな。地方選挙だって大半が納税額比例を採用しているんだから」

 これって犯罪じゃないのか?公職選挙法に違反してないんだろうか?怖くなってきた。

 「なあに、知ったこっちゃない。単なる社会現象だし一回限りだ。ちょっとスリリングなゲームが一時期はやったと思えばいい」

 この話は聞かなかったことにしておいた方が良さそうだ。私は久田の黒子に徹すればいい。


 その後、木下の家で宴が始まった。酒は木下の人徳が集めたものだろう。全国各地の銘酒から選りすぐりをいただいた。酒のさかなは勿論保坂自慢の旬の野菜を木下夫人が丁寧に調理したものだった。暴走気味の保坂を木下は時に頼もし気に見つめ、時には静かにたしなめた。初対面の私に対しても木下は以前からの友人であるかのように接した。酒の勢いもあったろう完全に取り込まれてしまった。

 午後9時を回ったので保坂と私は木下家を辞去することにした。帰り際、木下は私によろしく頼みますと深々と頭を下げた。分かりました、何とかやってみますと応えた。木下の気迫と酒の勢いがそう言わせた。

 

 車は明日取りに来ますと保坂が夫人に告げ、夫人が我々に丁寧に挨拶をし、門を閉めると保坂が「うちに泊まっていけ」と言った。タクシーが門前に待っていた。保坂を先に乗り込ませ、その後から私が乗り込んだ。

 「そうしたいのはやまやまだが、明日の朝一番に森林局長のところにアポイントを取ってある。以前局内のプロジェクトチームで一緒に汗をかいた先輩だ。ただの表敬の予定だったが、こんなことになるとは思いも寄らなかった」

 「まさか今日の話をする訳じゃないだろうな」

 「当たり前だろう。ただ、僕もこれから少し厄介なことに手を染めるし、OBとはいえ森林局に席を置いた人間として、局長に迷惑が掛かるとも限らない。阿吽の呼吸で仁義だけは切っておく」

 「お前がそう言うなら解った。今度のことがひと段落したら一杯やろう」

 「そうだな。こんどこそ北海道に遊びに来いよ。君の作る野菜にはかなわないかも知れないが北海道の野菜はうまいぞ。魚は文句なしだ」

 「そりゃ楽しみだ。うまい酒を飲むために絶対に勝たないとな」

 タクシーが橋本の駅に着いた。保坂は少し名残惜しそうだったが、お互いの健闘を誓って固く手を握りあい、再会を約束して車を降りた。後部座席の保坂に手を振り、車が見えなってから改札口に急いだ。



8.表参道

 電車は間に合うだろうか?駅員に聞くと、JRなら東神奈川駅まで行って京浜東北線に乗り換えることになるが、新大井の入画時刻には間に合わないだろうとのことだった。残る方法は9時40分発の小田急線の西北沢行きの最終か9時35分発の京王線の新笹塚行きだが、京王線は間に合いそうになかった。小田急線の最終が発車するホームに急ぎ、停車中の電車に飛び乗った。最終電車だというのにガラガラだった。電車はすぐに発車した。私の乗った車両には10人ほどしか乗っていなかった。皆風采の上がらない身なりだ。女性はいない。スーツ姿も見えない。皆作業服やらブルゾンを着ている。途中の駅で何人かが降り、何人かが乗ってきたが、乗客が増えることはない。皆静かにスマホを見ているか居眠りをしている。途中、何台か下り方面に向かう電車と行違った。大勢の人が乗っていた。立っている人も多かった。今日一日画の中で働き、いろいろなことがあり、ようやく勤務を終えて、境界を越えて自分たちの住処に帰っていくのだろう。明日もまた境界を越えて画の中で働く。そのくり返しだ。画は働く場、暮らしは画の外だ。


 電車が西北沢に到着した。降りたのは15人ほどだ。橋本駅からの乗客も5人ほど混じっていた。不思議と親近感が湧いた。ゲートを通るのには慣れた。戸惑うことはない。シャトルに乗るのにも慣れた。その後またゲートを通るのも。こうして皆画のある世界に慣らされてきたのだろう。

 ゲートを出ると西北沢始発の新荒川行きが停車していた。新荒川も新駅だ。この電車に乗れば代々木上原から地下鉄千代田線に入っていく。山手線への乗り換えを考えるとラッキーだった。

 この辺りは以前若者に人気の街だったが、画ができてからは若い人たちが住める街ではなくなった。今この街で暮らしているのは、かつてこの街で暮らし、運よく居住権を手にすることができた人たちか、富を得てこの街を気に入った人たちだ。だからこの辺りは、画の中では比較的年齢層が低く少し画外の香りがする。

 いくつかの駅で停車と発車を繰り返し電車は明治神宮前駅に到着した。ここで山手線に乗り換える。隣接しているJR線の駅名は原宿だ。この辺りも以前は若者の街だった。下北沢よりもさらに若い人たち、十代の街だ。ローティーンが奇抜な服装でたむろし、ハイティーンがちょっと気取って我が物顔で歩いていた。だから特別な用事でもない限りおじさんたちには縁のない街だった。そんな街が、画に飲み込まれてどのように変化したのだろうか?俄然興味が湧いてきた。山手線は深夜も休まず運転しているから急ぐことはない。


 しばらく東京に来ることはないだろう。画に守られた繭のような東京を再びこの目で見ることはできないかもしれない。画が滅びるかもしれないのだから。

 いや、滅びるのは運命だ。本来存在してはならないものだった。だから画を葬る一員に私も加わった。安全で快適で美しく機能的な未来都市、緑の壁に守られた楽園、無菌培養のゆりかご、選ばれた者だけに許された安息の地、金がすべてを統べる世界、富と分断の象徴、歴史の一瞬に咲いたこの奇妙なあだ花をもう一度だけこの目に留めておこう。あと少しだけこの街を歩き、その空気に包まれたいと痛切に思った。


 地下鉄の駅から階段を昇る足取りが早くなる。キンとした冬の夜気が降りていた。昼間の温もりは微塵も残っていない。表参道のケヤキ並木は冬枯れた枝を大きく左右に広げていた。空にはうす雲もなく多くの星が輝いていた。街灯は控え目にレンガ敷きの歩道を照らしていた。高級そうなブランドショップは既に営業時間を終え、ライトが商品だけを照らしている。

 通りの一角に明るい光を放つ食品スーパーがあった。深夜まで営業している高級食材を扱う店だった。地下駐車場に高級外車が入って行く。この一角にはカフェが多く立ち並び、どこも賑わっている。歩道に面したテーブルの間に置かれたストーブの煙突からは白く湯気が立上っている。画の中ならどこにでもありそうな風景だが、この辺りは通りの奥が住宅街になっているためか、皆時間を気にせず夜を楽しんでいる。

 かつての主役だったティーンエージャーたちは勿論いない。若くても20代の後半だろう。ウールのコートを着た男、毛皮を羽織った女、長いダウンコートの男、トレンチコートの女が行き交う。スーツにマフラーを巻いた男、ワンピースにカーディガンの女は寒そうだ。


 宴席を始める前、木下が久田に電話を掛け、時候の挨拶と簡単な情報交換をした後、私に受話器をよこした。私から簡単に自己紹介をした。久田は大層喜んでいた。秘書が亡くなって心細かったと素直に語った。話せば変人でないことがすぐに分かった。久田とならうまくやっていけそうな気がした。

 明日の午後、旭川に帰ったら先ずは事情を会社に説明しなければいけない。簡単に了承してもらえるような話ではない。明後日まで話は持ち越しだろう。そんな事情を話し、早ければ明後日の午後、遅くても夕刻には直接会って話を聞きたい。もし関係者で会うべき人がいれば同席してもらってもかまわないと久田に伝えた。

 

 表参道を青山通りに向かって歩きながら思いを巡らせる。会長と社長にどう説明するか。会長も社長も偏狭な人ではないが、雇われ重役3年目の身だ。勝手なことを言える立場ではない。おまけに東京工場の対応という課題も出てきた。そんなときに出しぬけに2か月近く休ませて欲しいと言ったらどう思うだろうか?しかも理由が政治家の臨時秘書だ。不安が膨らみ胃が痛くなってきた。これから一生に一度の大仕事に挑もうとしているのになんと小心なことか。我ながら情けなくなる。

 何度が夜気を吸い込み、冷静になるよう努力する。先ず、2か月間会社を休んだとしたら仕事は上手く回るだろうか?幸い、新年度の事業計画案は既に仕上げてある。その息抜きが今回の上京だった。実務の方は部下がやってくれるし、特に厄介な懸案事項も思い当たらない。突発的な問題が起こらない限り私の出番はなさそうだ。政治家の秘書と言っても黒子に徹するつもりだし、走り回るといっても旭川の近辺だろう。何かあっても部下のフォローくらいはできそうだ。東京工場の方は工場長に頼み込めば2か月の猶予はもらえるだろう。業務の上では問題なさそうだ。


 次は政治嫌いの会長が許してくれるか?会長は地元の経済界の活動や会合にはマメに顔を出し、それなりの役職をこなしてきたが、経済人に徹し政治とは一線を画してきた人だ。反対する可能性は大きい。首を覚悟しなければいけないかもしれない。しかし、一生に一度の決断だ。首になっても命まで取られることはないと腹をくくった。と同時にヤバくなったら叔母がフォローしてくれそうな気がした。また弱気の虫がうごめく、情けない。

 社長はどうか?合理的でリベラルな人だから業務に穴が空かないことが分かれば反対はしないだろう。しかも、今、私たちがやろうしいていることは、「効率」を旗印に社会の連帯や人々の心を蔑ろにし、「競争力」を旗印に弱者を顧みず、「グローバル」を旗印に地方を切り捨てるこの国の政治のあり方を正し、誰もが自由に、自らの可能性を信じて生きていける国に再生させる戦いなのだ。社長ならこのことの意味を理解してくれるだろう。むしろ会長を説得してくれるかもしれない。いや、会長にしても一本気な人だから応援してくれるかもしれない。自分に都合の良いように想像を膨らませ勇気づける。

 妻はどうか?妻は反対しないだろう。妻は私が何をしても文句を言ったことがない。鈍感というより私には悪いことができるほどの度胸はないと高をくくっているのだろう。今回のことは私にとって相当思い切った決断ではあるが人様に恥じるようなことではない。問題ないだろう。


 いつの間にか青山通りの交差点まで昇って来た。体が少し温まり、心も少し軽くなってきた。この辺りのレストランやカフェもまだ賑わっていた。熱いエスプレッソでも飲んで帰ろうかと思い時計を見ると12時を少し回っていた。

 明日の予定を考えればこのまま原宿駅に戻った方が良さそうだ。今度は原宿駅に向かって緩やかな坂を下りていく。歩きながら木下の眼差し、保坂の拳の暖かさ、電話越しに聞いた久田の言葉を思いだし、そして先ほどの思いを反芻する。

 勇気が湧いてきて、それが身体の隅々に行きわたり、胸のあたりで強い塊になった。頭が冴え、魂の高ぶりを感じた。

 突然、身体がブルブルッと震えた。少し歩き過ぎて体が冷えたのか?いや、この国を再生する戦いへの武者震いに違いない。心が熱くなり、目が熱くなりケヤキ並木が少し滲んだ。 

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