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画‐かく‐  作者: 芳野 喬
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第1章 入画審査

1.入画審査

 ボーディング・ブリッジを抜け空港ビルの通路を歩き始めたときにスマホが震え、メール着信音が鳴った。同期会の幹事をしている神村からだった。同期会は今夕予定されている。同期会の場所と時刻は早くて前々日、大抵は当日になって幹事がメールで知らせてくるといういつものパターンだ。

 時計は午後3時を少し回ったところ。まずはホテルに行ってチェックインを済ませ、その後、神村のオフィスに行って幹事の労をねぎらい、昨今の東京の情勢でも聞かせてもらおう。とはいえそうそう長居もできないだろうし、同期会まで時間を何処でどうつぶすかと考えているうちに「入画審査カウンター」への分岐点を通り過ぎ「画外出口」に向かっていた。

 

 妙に人が多くてザワついている。何となく落ち着かない気分を感じると同時に分岐点を通り過ぎていたことに気付いて立ち止まった途端、右足のすねに衝撃を受けた。

 右横を赤い大きなキャリーバッグを引いた化粧の濃いミニスカートの若い女が追い越し、後ろを振り向きニヤリとしながらわずかに頭を下げ、すぐに前を向き直して立ち去って行った。何か言ってやろうかと思った途端、後ろから「早く歩けよ!」と若い男の怒鳴る声。あわてて人の群れをかき分け窓際に逃れた。

 

 早春のすこし霞んだ青空の下、駐機している飛行機の間をコンテナを何個も連結した牽引車が器用に直角に曲がりながらせわしなく走り回っている。ガラス越しに光の温もりを感じながら、しばらくの間午後の空港を眺めていた。

 背後のザワつきが収まったようなので、人影のない通路を入画審査の分岐点まで戻り、そこを右に折れて30mほど歩いてようやく入画審査場に着いた。同じ飛行機に乗っていた人たちの姿は既になく、冷たい静けさが漂っていた。

 審査場入口には天井から「画内居住権所有者又は入画許可所有者Inner resident /  

 Entry approved」と表示された青い誘導灯と「外国人又は短期特別入画者 Foreigner / Temporary entering nation」と表示された赤い誘導灯が下がっており、短期入画者である私は赤い誘導灯の方に進む。

 

 カウンターでカード読み取り機に「国民カード」をタッチする。審査官から「宿泊先と滞在期間は?」と問われ「品川パレスホテルに3月9日まで4日間」と答える。

 審査官はパソコンの画面を見つめながら「もし滞在期間が伸びるようならホテルで延長手続きができますので必ず手続きをお願いします。では、カメラを見てください」と指示した。カメラに顔を向けて3、4秒待つとカメラの横のスタンドに緑のランプが点って入画審査が終了した。

 

 東京には「画」がある。画は「区画」の画だが今では区を省略して画と呼ばれている。今日は2035年3月6日。画の制度が始まって6年近く経つ。画に関係する施設は一部の区間を除いて着工後4年でほぼ全域が整備されたが、全ての区間が完成したのは昨年の夏だ。

 画は皇居を中心としたほぼ楕円形の区域で、幅100mの緑地帯と隅田川で囲まれている。画の内側は通称「画内」と言われているが、画内に居住できる者、画内に立ち入ることのできる者は一部の国民に限られ、居住や立ち入りは政府により厳重に管理されている。

 

 私の名前は芳野喬、3年前まで農務省森林局に勤務し東京都内のマンションに妻と二人で暮らしていた。子供はいない。

 私が東京を離れたのは、画の境界線となる緑地帯の建設が急ピッチで進められ、ほぼ全ての区間でその全貌が露わになってきた頃だ。峠は越えたものの建設工事の反対運動は随所で続いており、都内全域にヒリヒリとした緊張感が漂っていた。また、壁のない城壁が次々と完成していく中、得も言われぬ息苦しさが都内を覆っていた。

 丁度その頃、妻の親戚筋に当たる北海道の木材会社の会長から北海道北部に所有している森林の管理を任せられる人間を探しているが、農務省を辞めて来てもらえないかというオファーがあった。

 当時、画内に居住できる権利は得ていたが、画という閉塞した空間で、この先心穏やかに暮らしていける自信が持てず、一方で北海道北部の広大な森林をこの手で管理するという願ってもない仕事に心動かされ、25年間勤めた森林局を辞め、北の大地に居場所を求めて旭川の中堅木材会社に飛び込んだという次第だ。

 そして、今日農務省を退職してから始めて、まさに3年振りの東京だった。入画審査を空港で受けられることは以前から知ってはいたし、機内でもアナウンスがあったので気を付けていたはずだったが、いつの間にか田舎暮らしが身に着いたのだろう。初っ端から手痛い歓迎を受けた。

 

 入画審査を終えて、手荷物受取場を抜けるとそこは画内だ。正確には画外に作られた「出島」のようなものだ。通路の壁面に並ぶ高級衣料ブランドや化粧品の広告パネル、メタンハイドレート関連やIT関連、セキュリティー関連など今をときめく企業の広告パネルを横目に京急線の駅に向かう。歩いているのはビジネススーツ姿の男女が7割ほど、ラフな格好をしている者も3割ほどいるが、着ているものがどれも高級そうだ。急ぎ足の者はいない。エスカレータも二人並んで静かに立っている。歩いて降りようとする者はいない。

 お土産物を売る店、コンビニ、ドラッグストア、カフェなどが並んだ明るく広い通路を抜けると、そこに京急線「画内駅」の改札口があった。改札口で国民カードをタッチし、しばらく歩いて階段を下りホームに着いた。

 

 

2.画内駅

 羽田空港の駅は画がほぼ完成した2年前に、画内駅と画外駅に分割された。分割の目的は、空港発の画内行き直通電車を走らせるためだ。つまり、画内駅から電車に乗れば画外の駅を全て通過してそのまま画内に入ることができる。新しくできた画内駅を使うのは勿論今日が初めてだった。

 

 電車は停車していなかった。駅が二つに分かれたためだろう、画内駅は以前と比べて格段に乗客が少なくなった。空港の発着便が少なくなる時間帯なのでよけいに静かな佇まいだ。ホームは清掃が行き届き、中ほどには大きな鉢植えに囲まれたベンチが数か所配置されていた。ベンチにはキャリーバッグを前に置いた老夫婦一組だけが座っていた。

 線路の向こうの壁面には高級衣料ブランドと高級車の広告パネルに挟まれて真っ青な海と空を背景にしたリゾートホテルのパネルが輝いていた。

 

 羽田空港にはモノレール、京急の2社に加え2023年からJRも乗り入れていた。画の境界がほぼ全域で完成した2年前に3社は相次いで国内線ターミナル、国際線ターミナルにそれぞれ画内駅と画外駅を設けた。だから羽田空港には駅は全部で12もある。

 画内行きの電車は、国内線ターミナルも国際線ターミナルも画内駅にしか停まらない。また、空港を出ると画内まではノンストップだ。

 一方の画外を走る電車は、国内線も国際線も画外駅しか停まらない。その後は画外の区間だけを走る。画内に入ることはない。

 また、入画審査を終えた者は自動的に画内駅に行くように、審査を受けない者は自動的に画外駅に行くように空港ビルがレイアウトされているので駅を間違えることはない。リムジンバスも同じだ。

 少し厄介なのは国際線ターミナルだ。画内に行く者は入国審査が終わった後に更に入画審査を受けなければならない。慣れない外国人は入国審査が2度あるのかと勘違いし、戸惑ったり不満を言う者もいるが、事前に機内でアナウンスされているのでそれほどトラブルは起きていないようだ。

 

 天井から下がった発車標を見ると次は各駅停車の成田空港行きのようだ。発車までまだ10分ほどある。神村からのメールを確認すると7時30分から新橋のけやきという料理屋だった。知らない店だが多分神村の行きつけだろう。

 

 時間があるので友人の保坂に電話を入れる。保坂は神奈川県の相模原で農業をしている。もとは大手銀行に勤めるやり手バンカーだったが、10年前に突然銀行を辞めた。そして有機無農薬の農業を始めた。

 若い頃から趣味で畑仕事をしていた男が脱サラして就農する典型的なパターンのように思われがちだが、綿密な営農計画と販売戦略に基づいて着実に業績を伸ばしていた。

 その保坂から先週突然電話があった。会いたいので今週北海道に来るという。私が今週上京することを告げ、東京での滞在を1日延ばして相模原で会うことにしていた。

 「保坂さん?お久しぶり。旭川の芳野です。少し前に羽田に着いたよ」

 「やぁ芳野か。久しぶり。元気そうな声だ。北海道で優雅に暮らしてるんだろう」

 「のんびりやってる。田舎はいいよ」

 「そうか、そりゃ何よりだ。早速だが明日会えるか」

 「いや、明日は無理だ。うちの東京工場に行かなければいけない。明後日なら何時でも大丈夫だ」

 「分かった。なら悪いが相模原に来てくれるよな」

 「いいよ。畑が忙しいのか」

 「いや、会って欲しい人がいる」

 「誰だ」

 「お前は知らないと思う。1時に橋本駅の駅前で待ってる。白い軽トラだ」

 「分かった」と答えるや否や、ではと言って保坂が電話を切った。いつもこんな調子だ。愛想というものがない。しかし、面と向かって話していると情熱と人間の温かみが伝わってくる不思議な奴だ。

 

 通話を終えてから、わざわざ北海道まで来ようとしていた理由を聞き逃したことに気が付いた。入画カウンターの分岐点は通り過ぎるし、今日はなんだかボケてるな。3年間の北海道暮らしで焼きが回ったか、それとも東京の一足早い春のせいか。まぁ保坂の件は明後日でいいか。バッグをベンチに置いて、思い切り伸びをしたらあくびとくしゃみが同時に出た。

 

 

3.首都強化法

 画は、いわゆる「首都強化法」、正確には「首都及び高度に産業が集積する都市における機能の強化に関する法律」という近寄り難い名前の法律に基づいて作られた。

 首都強化法は2028年に成立し、2029年に施行された。つまり私が農務省を辞める4年前にこの法律ができたことになる。

 法律の目的はその第1条に「この法律は、首都及び高度に産業が集積する都市(以下「首都等」という。)における産業、行政、通信、文教、その他の機能(以下「産業等機能」という。)の保全に万全を期すため、保全すべき区画を定めるとともに、区画内における居住、就労、学習、滞在、その他の活動に係る規制に関し必要な事項を定めることにより、首都等における産業等機能の高度な発揮を図り、もつて国民生活の安定と国民経済の発展に資することを目的とする。」と、まともな感覚を持つ人間ならとても読む気の起こらない言葉が並んでいる。

 もっともらしい事を言っているが、法律の目的はただ一つ、首都東京の、しかもその中心部の治安維持の強化にある。その証拠に、画は東京のほか札幌、名古屋、大阪、福岡にも作られてはいるが、画の出入りは東京ほどには厳重に管理されていないようだし、横浜、京都、神戸は区域の設定が難しいという理由で、仙台、広島は集積度が低いという理由で作られていない。


 画は何故できたのだろうか?何故こうまで東京の治安維持の強化が必要になったのだろうか?

 発端は2026年10月31日ハロウィーンの日の夕刻に起きた凄惨なテロ事件にあることは間違いない。

 テロ事件とはどのようなものだったのか?テロが起こった背景、テロ事件に至るまでの道のり、そしてその後のこの国がたどった道のりを、暗いトンネルの先を見つめながら思い出していた。



4.金融緩和

 2013年、今から22年前になる。当時、私は森林局の係長をしていた。

 その頃、日本の森は有史以来最も豊かな森だった。まさかと思うかもしれないが本当だ。ただ、大半の国民にとってそのようなことはどうでも良いことだし、関心を寄せることもなかった。

 何故なら、その頃日本で必要とする木材は7割以上が海外から船に乗って入って来ていたからだ。そんな日本に豊かな森林資源が眠っているとは思わないだろう。

 私の仕事は、その豊かな森林資源をいかにして計画的に活用するか?その対策を立案することだった。何故なら、その頃日本の経済は停滞し、特に地方の経済は疲弊していた。中でも山村の窮状は深刻で、人口が減り高齢化は極限状態、まさに消滅の危機にあった。

 そこで、森林資源が豊富な山村を新たなフロンティアとして位置づけ、森林資源を有効に加工・流通するシステムを創出することで新たな雇用の場を生み出し、山村に人を呼び戻して発展させようと考えたのだ。そのための戦略を作る。これが当時の森林局の最重要課題の一つだった。私はその戦略作りのプロジェクトチームの一員だった。とはいえ、チームで最も若い私は使い走りのようなものではあったが。

 

 丁度その頃、日銀が起死回生の景気回復策として、劇薬とも言える「異次元の金融緩和」を断行した。

 この金融緩和が功を奏して日本経済は劇的に回復した。失われた20年、その後に襲った東日本大震災に伴う経済の混乱を見事に克服した、表面上は。

 2015年には15年ぶりに株価が2万円台を回復した。日本経済は当面順調に拡大するものと多くの人が思っているようだった。

 しかし、好景気を実感できたのは金融資産や優良な不動産をもつ富裕層や大手企業の正規社員など一握りの層だけだ。時の政府は量的緩和と円安によって企業の業績は拡大する。そして、企業の利益の一部は当然労働者に還元される。しばらく待てば必ず賃上げに反映されると盛んに喧伝した。

 

 そして、大企業のトップを集めた会議を開いて社員の賃上げを強く迫った。円安の恩恵を受けた大手企業の売上は大幅に伸びていた。売り上げがさほど伸びなかった企業も財務状況は改善した。

 しかし、業績が伸び財務状況が改善しても経営側の財布の紐は固かった。今業績が良いといっても先行きの保証など何もない。来年、再来年は良いかもしれない。しかし5年先はどうなるかわからない。そんな中で大盤振る舞いなどできるはずがない。労働者は何の裏付けもない政府のプロパガンダに期待を寄せたが、与えられる果実はわずかなものだった。

 将来に自信を持てない経営者は、正規の労働者が定年退職するとパートやアルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規雇用に切り替えていった。正規社員として労働者を雇い入れ、労働者と力を合わせて困難を乗り越え会社を発展させていこうという気概や覚悟を持つ経営者は少数派だった。ただ、かりそめの好景気の影響で労働者が集まりにくくなると、仕方なく非正規労働者の賃金を少し引き上げた。

 政府は「ほら見ろ。賃金が上がっただろう」と胸を張った。強欲な経営者たちは安堵した。政府から強く要請された賃上げの約束を一応は果たしたからだ。しかも雇用の調整弁は維持できた。困ればいつでも首が切れる。

 

 大手企業にとって下請け業者も便利な存在だった。強欲な大手企業にとって下請けは従順な奴隷だ。「経済のグローバル化によってわが社は海外企業との間で厳しい競争を強いられている。残念だが発注先を安い海外に移さざるを得ない。国内にもお宅よりも安い価格で提供してくれる業者は他にいる」と脅せば文句を言う下請け業者などいない。いくら無理な要求をしても呑む。もし、文句を言うなら即刻取引を停止すればいい。それまでだ。こうして下請け業者もやせ細っていった。



5.画内居住権

 電車はまだ入って来ない。閑散としていたホームも少しずつ人が増えてきた。ただ、皆行儀がいいのか静けさは変わらない。ここにいる人たちの大半が画内に暮らす人たちで、あとは私のように入画審査を受けて画内に入る旅行者だろう。画外に暮らす人たちはほとんどいない。いるとすれば入画許可を得ている人たちだ。


 画内で暮らすことができる人たち、画内に入ることができる人たちとはどんな人たちなのだろうか?

 入画審査場で「画内居住権」という表示があった。居住権は正しくは「産業等機能強化区画内居住権」と言うらしい。しかし、誰もそんな面倒な言葉なんて覚えてはいない。画内も付けずに「居住権」で十分通じるし、役所だって普通は居住権と言っている。

 居住権は政府に申請すれば貰える。勿論、その人物が条件を満たせばの話だ。

 申請すると一次審査がある。先ずその人物の経歴、懲役や禁固刑の有無、過去の渡航歴など細々とした項目がチェックされる。

 次に、決定的な条件がある。1年間の収入と保有している資産の額だ。

 以前は、年収が9百万円以上で純資産が3千万円以上の世帯主とその家族か、年収が3百万円以上で純資産が5千万円以上の世帯主とその家族であることが条件だった。後者の年収3百万円以上というのは年金世代を想定したものだ。私は、辛うじて9百万円以上に引っかかるとができた。

 

 しかし、私が北海道に逃れる少し前から、治安の良い画内への転入を希望する人たちが急増したため、画内の人口過密を恐れた政府は、居住権を取得できる金額の下限を引き上げた。

 具体的には、年収が1千3百万円以上で純資産が8千万円以上ある世帯主とその家族としたのだ。

 それと同時に、私の様な引き上げ前の条件をギリギリ満たしていた階層は「2軍」扱いになった。

 つまり、新しい条件を満たす人たちは自分たちが望む時に画内に居住することができるが、新しい条件を満たせなくなった私たちのような階層は年に数回行われる抽選に当たるか、新しい条件を満たしている人たち5人以上の推薦がなければ居住できなくなった。

 このように居住権には3つの種別があり、新しい条件を満たす階層が1種、以前の私の様な階層が2種、年金世代の階層が3種という具合だ。

 

 もうひとつ「入画許可」というのがある。

 画内で暮らすことができるのは居住権を持つ人たちだけだ。しかし、1種から3種の人たちだけで都市は機能しない。そのため必要な労働力を画外から調達しなければならない。また、画内には大学などの文教施設が数多くあるから、画外から通学する人たちも多い。

 このため、居住権のない画外の住民が通勤、通学などの目的で画内に入ることができるように「入画許可」、正確には「産業等機能強化区画内立入り許可」が与えられている。

 入画許可は、勤務する会社や店が発行する勤務証明書や大学等が発行する在学証明書を添えて、地元の市役所に申請すれば取得できる。

 入画許可を取得している人たちは居住権がないので種別もありえないが、画内でなくてはならない存在になっており、いつの間にか彼らのことを「4種」と呼ぶようになった。今では少し差別的なニュアンスを含みながら一般的な呼び名になっている。また、4種に対して、居住権を得て画内に住んでいる者は種別にかかわらず「インナー」と呼ばれている。

 4種の者は原則画内に滞在することは認められていない。そのため、彼らは通勤や通学のために毎日画外から境界を越えて画内に入り、仕事や学校が終われば画外に帰っていく。

 

 年収や資産が人を選別する社会。これが今の東京だ。いや今の日本だ。東京はその象徴に過ぎない。

 


6.デフォルト

 2018年、ギリシャがついにデフォルトを起こした。債務不履行だ。2015年に一度デフォルトを起こしかけたが、ユーロ圏崩壊のきっかけになることを恐れる他の加盟国の思惑、地政学的な重要性とそこに足がかりを置きたいロシア、中国の影を巧みに利用して、一旦はその危機を乗り越えた。

 EUはその後も、ギリシャの身勝手な要求を飲み財政支援を続けた。しかし、いくら支援を続けても、約束したはずの構造改革は後送りを繰り返すばかり、財政の健全化は一向に進まなかった。

 財政支援の多くを負担してきたドイツやフランスの国民の不満は当然のこと高まる一方だ。自分たちは裕福な暮らしをしている訳ではない。毎日汗水たらして働いている。そんな自分たちの税金が、昼間からワインを飲み、優雅に日光浴を楽しむノー天気なギリシャ人たちを食わせているのだ。

 

 ドイツやフランスで大規模なデモが頻発し始めた。地方政府、連邦政府やギリシャの大使館にデモ隊が押し掛ける事件も起こった。当然国政も混乱した。財政支援策を打ち切らなければEUどころか自国の秩序も守れなくなる。もうこれ以上ギリシャを支えることはできない。

 そして2018年半ばにドイツが、その2週間後にフランスがギリシャへの財政支援の打ち切りを決断した。ギリシャのデフォルトが決まった瞬間だ。デフォルトの影響はギリシャ一国に留まらなかった。倒れたドミノがポルトガルを直撃する。デフォルトだ。その次はスペインか?スペインは何とかデフォルトを回避したが、一歩手前の状態であることに変わりはなかった。金融不安の暗雲は立ちどころに欧州全体を覆う。イタリアだって危ない。戦々恐々だ。

 

 まず、ギリシャやポルトガルの国債を多く保有していた欧州の銀行が相次いで倒産した。そして欧州域内で銀行間の資金融通が滞り始め、その波は世界の銀行間に拡がっていった。世界的な信用収縮が始まった。

 勿論問題は銀行だけではない。ドイツやフランスなどEUの主要国はギリシャやポルトガル向けの債権が焦げ付いた。スペイン向けの債権も多くを放棄せざるを得なくなった。綱渡りを続けてきた欧州各国の財政が一気に大幅赤字に転落した。そして欧州経済は長く暗いトンネルに入った。

 

 欧州の経済危機は当然日本にも大きな影を落とす。経済危機で信用を失った欧州通貨ユーロは急落し、対ユーロ80円という超円高ユーロ安をもたらした。対ユーロだけではない。米ドルに対しても超円高になった。円安を追い風に輸出を伸ばし、わが世の春を謳歌してきた日本の大手企業は急速に業績を悪化させ、赤字の坂を転がり始めた。欧州の後を追って日本も長く暗いトンネルに入っていった。

 早急な経済の立て直しを迫られた中央政府はお得意の公共事業を乱発する。滅多に車が通らない高速道路を山の中に建設し、採算の取れない新幹線を延伸する。国の借金はついに1400兆円を超えた。

 

 1400兆円の大台に乗ったころから財政破たんの影が濃くなってきた。1400兆円もの借金を返せるのか?日本政府は借金を返すつもりがないのではないか?徐々に、しかし着実に国債の金利が上がっていった。想像もしなかったデフォルトが現実味を帯び始めた。

 中央政府は焦る。財政を再建しなければいけない。すぐには無理だがとにかく何か手を付けなければならない。手っ取り早いのは歳出削減だ。早速、年金支給開始年齢を70歳に引き上げた。一方で、将来の世代に付けを残してはいけないと綺麗ごとを言って、物価が急上昇しているにも関わらず年金支給額は据え置くことにした。働かざる者食うべからずと生活保護費は切り下げだ。

 一方で、急速に業績が悪化した大手企業は、非正規労働者の解雇を始めた。既に非正規雇用の労働者数が正規雇用を優に上回っていた。働き口のない、行くところのない、やることのない失業者が町中にたむろする姿が目立ち始めた。

 間近にオリンピック開催を控えた国とは思えない風景が全国に拡がっていく。

 

 ギリシャに端を発した欧州経済の混乱が世界に伝播していた頃、気を吐いていたのが第三世界の新興国だ。

 旺盛な内需に支えられ着実に経済発展を続け、勢いは増すばかりだった。以前は先進国向けの輸出に大きく依存していた経済は、既に内需が主役になり始めていた。だから先進国経済が失速しても大きなダメージにはならなかった。

 急拡大する国内産業を支えるため新興国は大量のエネルギーや鉱物資源を必要とした。また、急速に発展する経済力を背景に新興国の国民は食料も大量に消費するようになった。そして、世界中の資源や食料を買い漁り、買い占めるようになった。

 

 2013年以降持ち直したかに見えた日本経済だが、2017年に入ると徐々に収縮し始めた。かつて経済大国と言われた日本の経済規模は、絶対額ではさほど縮小しなかったが、急拡大する世界経済の中では年々その影が薄くなり、いつの間にか非力な9番バッターになっていた。円高と高い購買力を背景に資源や食料を優位に調達できた経済大国日本の姿はすでに無かった。

 欧州の経済危機に始まる超円高は資源や食糧の輸入に若干有利に働きはしたが、貧弱な小金持ちの9番バッターは、猛烈な勢いで発展し旺盛な購買力を手に入れた新興国の敵ではなかった。

 日本は必要な資源や食料を徐々に調達できなくなっていった。資源も食料も大半を輸入に頼ってきた日本に物不足の時代が到来した。黒字の貿易収支と円高を背景に食料供給の多くを輸入に頼り、安価な食料品の山に埋もれ、必要以上の消費を謳歌し、揚句の果て食べ残しという大量のゴミを生産し続けた飽食の時代はついに終わる時がきた。

 

 

7.画内行き直通電車

 ようやく画内からの電車が到着した。各駅停車の成田空港行きだ。午後3時という時間帯だからだろう降りてくる乗客は少ない。

 各駅停車といっても各駅に停まるのは画内に入ってからだ。画外の駅は全て通過する。画内で各駅に停まった後は再び画外に出て、成田空港まではノンストップだ。成田空港には第1、第2、第3の3つのターミナルがあるが、どのターミナルでも停まるのは画内駅だけだ。

 2023年にJRが羽田空港に乗り入れると、京急はそれに対抗するため車両を大幅に改良した。特に画内行きの車両はシートの奥行きが深くなり座り心地も良くなった。それでもJR線に流れる乗客は多い。その分京急線は乗客が減り、結果的にゆったり座れるので京急線のファンは意外と多いようだ。運賃はJR線とほとんど変わらないが、私の場合ホテルが品川駅の近くなので品川に直結する京急線の方が若干早いし快適だ。

 

 電車が発車した。画内駅を出るとすぐに隣の画外駅が見えてくるが、勿論この駅は通過する。画外駅のホームには乗客が溢れていた。しばらく走って国際線の画内駅に停車した。私の乗った車両に欧米系のビジネスマン、ビジネスウーマンの5人組が乗り込んで来て、車内が少し賑やかになった。彼らも品川泊まりかもしれない。しばらく5人でしゃべっていたが、そのうちに3人がパソコンを開いて仕事を始め、2人だけが幾分トーンを落してしゃべり続けていた。

 電車はいつの間にか地上に出て、画外の駅を次々と静かに通過していく。蒲田駅で横浜方面からの本線に合流するが蒲田駅も静かに通過していく。車窓からはマンションや雑居ビルの連なりが見える。マンションのベランダには洗濯物やふとんが干してある。マンションや雑居ビルの間から家々の屋根の連なりが見える。沿線の人々の暮らしや営みを早春の日差しが包んでいる。穏やかな風景だ。

 心地よい振動についウトウトとしてくる。いくつかの駅を通過し、南立会川駅を通過した途端「グリーンベルト」が姿を現した。

 


8.襲撃

 物不足の影響は最初に庶民の暮らしを直撃する。首を切られ失業手当でしのぐ者、首切りは免れたものの首切りにおびえ賃下げ提案を飲まざるを得ない者、納入価格の引き下げを一方的に通告される下請け業者が増える中、じりじりと食料品や生活物資の価格は上昇していった。

 次いで粉ミルク、豆腐や納豆がスーパーの棚に並ばない日が出始めた。ほとんどすべての食料品と日用品の価格が毎月上がっていった。かつて庶民でさえ週に一度は口にできた牛肉は、年に数回の特別な日のご馳走になった。サバやイワシでさえ価格が倍になり以前の高級魚と変わらなくなった。スーパーは他店との価格競争をする余裕などなくなった。価格競争以前に、売るべき商品が手に入らないのだ。スーパーの経営者が考えることはただ一つ、いかにして商品を確保するか?それだけだ。

 

 万引きが当たり前になった。イタズラではない。買うお金がないのだ。正確に言えば手持ちの金で必要な物が買えないのだ。本来なら善良な隣人であった人たちが、空腹に泣き、あるいは涙を浮かべて空腹に耐える子供のためにやむなく万引きに走り始めた。もちろん万引きされるスーパーも必死だ。彼らだって仕入れるたびに商社やメーカーから仕入価格の値上げを迫られている。しかし、値段を上げればこれまで買ってくれたお客が買えなくなる。採算割れは日常茶飯事だ。ぎりぎりの綱渡りを続けていた。

 

 首都圏のとある食品スーパーで、店主が万引きをした若い母親を捕えた。母親は幼い子供にプリンを食べさせたい一心でついバッグの中にプリンを1個隠し入れてしまった。以前は150円で買えたものが350円になっていた。母親が許してくれと懇願した。しかし、赤字にあえぐ店主にしても簡単に許せるものではなかった。一罰百戒、警察に連れて行こうと母親の腕を掴む。母親は抵抗する。事情の分からない子供は泣き叫ぶ。

 騒ぎを見ていた客の中の一人が店主に許してやるよう促した。

 「お金払うって言ってるじゃない。ゆるしてやれよ。たかが1個のプリンじゃないか」

 たかがという言葉は、早朝から深夜まで休む間もなく商品の仕入れに奔走し、心身をすり減らし続ける店主の怒りを頂点に押し上げた。

 「たかがだとお?たかが1個のプリンだとお?このプリン仕入れるのにどれだけ頭下げたかも知らないくせに・・・こっちは生活掛ってんだ。1個盗んでも物を盗んだら泥棒じゃないか!」必死の形相で客に詰め寄る。

 「なにが生活だ。この母親だって生活掛ってんだ。悪いと知ってても止むに止まれないことぐらい分からないのか!この強欲オヤジ」

 「お前たちに俺の苦労が分かってたまるか。お前たちに文句言われる筋合いなんかない。泥棒は泥棒だ。お前たちもグルだ警察に通報してやる!」

 ついに客が店主の胸ぐらを掴んで引き倒し、近くの商品棚からパンを一つ掴んで袋を破って食べ始めた。

 「こんな強欲オヤジの店なんかつぶしてしまえ。元はと言えば俺たちがこれまで儲けさせてやったんだ。その恩も忘れて強欲なこと言いやがって。みんな食ってしまえばいい。持って行けばいい。元はと言えば俺たちの物だ。でもな、俺たちは泥棒じゃない。レジだけは絶対手を付けちゃだめだぞ。レジだけは触るなよ」

 この声をきっかけにして店内にいた客たちの略奪が始まった。レジは無事だった。店主は泣き叫び、客にしがみつき、振り払われ、また客にしがみつき、突き飛ばされ、そのあと気を失い、失禁した。

 この事件のあと、食品スーパーをはじめとして主に生活必需品を扱う商店への襲撃、略奪が全国に拡がっていった。不思議なことだがいかなる襲撃、略奪においてもレジだけは無傷だった。困窮する庶民たちのぎりぎりの矜持だったのか、免罪符が欲しかったのかは分からない。

 


9.グリーンベルト

 これがグリーンベルトか!

 私が東京を離れるときは建設工事が真っ盛りだった。この辺りは比較的順調に建設工事が進んでいた方だ。グリーンベルトとして整備される広大な更地が広がり、それを挟んで建設途中の集合住宅群が全貌を現し始めていた。そのとき既に画を感じさせるに十分な威圧感があった。それがついに完成したのだ。

 

 グリーンベルトは幅100mの芝生を敷き詰めただけの緑地帯だ。もっとも3月なので緑は薄く、灰色掛かっている。

 電車の進行方向左側つまり西の方向を車窓から眺めた。グリーンベルトはほぼ直線で、遠ざかるほどに少し右に曲がりながら彼方まで伸びている。目を凝らすが、春霞のせいで先の方は良く見えない。

 グリーンベルトの芝生はきれいに刈りそろえられている。そこに人の姿はない。鳥さえも飛んでいない。そこだけは時間が無いように静かだ。

 グリーンベルトの手前側、つまり南側が画外、北側が画内になる。今、境界にあたるグリーンベルトを電車がゆっくりと通過している。

 

 グリーンベルトの両側には中央分離帯のある片側2車線の車道が並行して延びている。車道とグリーンベルトの間に歩道はなく、人の胸の高さほどの金属ネットのフェンスが敷設されているだけだ。

 一方、車道の外側には画外側、画内側ともに街路樹のあるゆったりとした歩道が整備されている。

 歩道の外側には、画外側、画内側とも11階建ての集合住宅群がはるか遠くまで続いている。双方の住宅群は高さが統一され、歩道、車道、グリーンベルト、車道、歩道をはさんで整然と向き合っている。

 

 電車の進行方向の右側つまり東の方にもグリーンベルトはある。しかし300mほどで終わる。その先は海だ。ただ、海といっても見た目は運河と変わらない。岸壁から100mほど先が埋立地で倉庫街になっているからだ。倉庫街の遥か遠くに巨大なキリンを思わせるコンテナクレーンが並んでいる。

 

 グリーンベルトは総延長27.1kmある。品川区東大井から北区王子まで環七通りの内側にほぼ並行するように続き、首都の中心部を取り囲んでいる。品川区東大井では海岸に、北区王子では隅田川に突き当たって終わる。

 隅田川はグリーンベルトと同様の機能を与えられており、水の壁、お堀などと呼ばれている。

 

 幅100mのグリーンベルトのちょうど中間に高さ30m程の照明塔が並んでいる。照明塔は不審者が立ち入ったときに点灯されるらしいが、普段は夜間も点灯されることはない。照明塔には監視カメラと暗視カメラが取り付けられており、24時間監視活動が続けられている。

 

 グリーンベルトが出来た当初は、二月に一回くらいはグリーンベルトの横断を企てる者がいたが、グリーンベルトが定着した今では横断しようと考える者などめったにいない。

 車道に沿ってフェンスが設置されているが、人の胸の高さくらいなので、その気になれば子供でも簡単に乗り越えられる。しかし、今どき乗り越える者もいない。フェンスの目的は不注意にグリーンベルト内に立ち入ってしまうことを防ぐのとゴミのポイ捨て防止である。その点でフェンスは十分にその役目を果たしている。

 

 また、グリーベルトには芝生用の強力な除草剤が撒かれているらしく芝生だけがきれいに育つ奇妙な景観が常に保たれている。この除草剤は対人毒性が極めて強く、除草剤を吸い込んだり皮膚に付着したりすると失明する恐れがある、毛が抜ける、肝臓機能が低下する、インポテンツになるなど数多くの噂がある。真偽の程は定かではないが気持ちの良いものではない。当局が意図的に流していると勘ぐる人も多い。

 今も時々一部の環境保護団体が除草剤の散布に反対してグリーンベルト沿いの道路でデモ行進をしたり、隣接するマンションの住民に除草剤の被害者が出たといったニュースがネット上にアップされることがあるが、皆なれてしまったのか社会問題に発展することはない。ただ、除草剤の噂はグリーンベルトへの立ち入りを抑止する力にはなっているようだ。

 

 それでも時々グリーンベルトの横断を企てる輩はいる。グリーンベルトは、特に画外の人間にとっては目の前に広がる荒涼とした壁であり分断の象徴だ。反感を抱くに十分な代物なのだ。何かの拍子に突破する衝動が起きるのも無理はない。

 ただ、大半は酔っ払った上での暴走、学生の悪ふざけ、恋人にフラれた腹いせなど他愛のないものであり、テロまがいのもの、犯罪がらみのものはまず考えられない。

 なぜなら、画内と画外の行き来自体がそれほど難しいものではないからだ。例えば入画許可が入力された国民カードを何らかの方法で入手すれば、画内に入り、また画外に出ることなどたやすいことだ。テロや犯罪を目的に画内に入ろうとする者たちにとってグリーンベルトの横断を強行することはリスクはあってもメリットなど何もないのだ。

 


10.疑念

 商店への襲撃、略奪が中央政府に与えた衝撃は大きかった。戦後復興を終え、G7として先進国の仲間入りをして以降このような事件が日本で起こるとは夢にも思わなかった。まさに現政権の無為無策を象徴する出来事だった。現政権の、いや清貧の国日本にとっての恥辱であった。中央政府は急きょ全都道府県警の本部長を招集し、類似事件の防止と首謀者をはじめとする襲撃犯の逮捕を厳命した。

 また、遅きに失したとはいえ国内の農畜産物の増産と水産資源の漁獲量の拡大に取り組み始めた。

 

 類似事件の防止と襲撃犯の逮捕は容易なものではなかった。なぜなら、続発する襲撃は組織だったものではなく、どれも自然発生的なものだったからだ。組織的どころか首謀者がいなかった。

 襲撃の際リーダーのように振舞っていた人物を捕えてみると、本人は一切商品に手を付けていなかったということが往々にしてあった。彼らは義憤に駆られ困窮する者たちの逃亡を手助けする役回りを演じていただけだった。中には、かつて地元の警察署長から表彰を受けた善良な市民の典型のような人物までいた。

 政府は焦った。何度も都道県警本部長を呼びつけ激を飛ばした。巡回を増やし、襲撃の噂がある商店には警察官を配置した。困ったことに警察官の中には見て見ぬふりをする者まで現れた。県警本部の幹部や警察署長はともかく現場の警察官だって庶民だ。上司の命令には逆らえないが、庶民の生活が苦しいのは痛いほど分かる。いきおい現場の士気は上がらない。政府が檄を飛ばせば飛ばすほど、反感を買い、成果は得られなかった。

 

 ところが、襲撃は程なくして終息した。

 襲撃を受けた中小のスーパーのオーナーや商店の店主は商売の意欲を失い、商売に絶望して、あるものは廃業し、あるものは廃人同様になり、中には自ら死を選ぶ者さえ出始めた。 

 庶民はようやく気が付いた。自分たちが襲うべき敵は中小のスーパーや商店ではなく、庶民の生活など顧みない中央政府や中央官庁の役人であることに。役人も政治家も、景気動向が上向いてきたとか、消費者物価は横ばいで推移しているとか、失業率が改善したとか、物知り顔でしゃべっている。さも世の動向のすべてを詳細に承知しているかのように。とるべき対策、処方箋はすべて解っているかのように。

 しかし、彼らは現実など見ていない。高い報酬を得て、東京の高級住宅地といわれる快適で安全な場所に自宅を構え、国会や永田町周辺の事務所や赤坂、築地、青山あたりの料亭、レストランと自宅の間を往復し、御用学者や役人が作るきれいな数字をただ眺めているだけだ。

 怪しげな計算によって導き出されるきれいな数字、自分たちに都合の良いように細工された数字を眺めているだけなのだ。そしてその数字を拠り所にして明日の暮らしはきっと良くなる、もし明日がだめでも明後日はもっと良くなるから我慢しなさいと騙し続けてきたのだ。庶民が騙されるのも無理はない。明日が良くなると思えるような数字が並んでいたからだ。

 庶民はようやく気が付いた。中央政府や中央官庁の連中は自分たちの暮らしのことなど何も考えていないということに。敵は彼らだ。

 


11.画内

 電車はグリーンベルトを渡り切り、集合住宅群に分け入っていく。北立会川駅が見えてきた。静かに構内に入り、停車した。大きな駅だ。

 ホームには思ったより多くの人が電車を待っていた。ドアが開いたが降りる人はいない。ベビーカーを押した3組の母子のグループ、若いカップルと学生風の男が乗ってきた。ブランドで着飾った母親たちはドア付近に立ったままで、画内にある有名私立大学の付属小中学校の話題に夢中になっている。赤ん坊が一人キャッキャと言い、母親がニコリと微笑み、また会話に戻る。何度かそれが繰り返される。残る2つのベビーカーからは声は聞こえてこない。

 カップルはドアの脇に立ち、時々周りを見回し短い会話をする。二人ともダウンにジーンズというラフな服装だ。

 カップルと同じような服装でバックパックを背負った学生風はつり革を持ちスマホを見つめている。

 窓の外は春だ。外の空気にはまだ冷たさが残っているのだろうが明るい光が差し込む車内は少し汗ばむくらいだ。いくつかの駅に停まり、何人か降りたが乗ってくる方が多い。徐々に車内が混み合ってきた。ベビーカー3人組の居心地が悪そうになった頃に電車が品川駅に到着した。

 

 改札口を出て、第一京浜に架かるペデストリアンデッキを渡り、パレスホテルに向かう。ホテルが集中しているエリアだけあって外国人旅行者の数が多いのは昔と同じだが、行きかう人の数が減ったように感じる。ペデストリアンデッキが整備され第一京浜を横断する信号待ちが無くなったためだろうか。

 ペデストリアンデッキの整備に合わせて駅舎や駅前のショッピング街も建て替えられ随分歩きやすくなった。ただ、以前のように様々な国から来た人たちが大勢行き交い、混沌として活気あふれる独特の雰囲気は消え去り、画内の何処にでもあるよそ行きの顔をした駅前になってしまった。



12.農業

 この頃になって中央政府はようやく気付いた。すべての国民が食料に不安を抱かなくて済むこと、つまり食料の自給率を高めておくことが国政の大本であるということに。

 しかし、食料は工業製品ではない。工場の設備を増やせば事足りるというような単純な話しではない。一朝一夕に成果は上がらないのだ。

 数十年間にわたって大量に輸入された安価な食料品が国内農家を疲弊させ、廃業に追い込み、農地を荒れ地に変えていた。田や畑を地道に耕し作物を育てても金にならないのだから無理もない。農家の息子たちはさっさと農業に見切りをつけてサラリーマンになった。親もそれを引きとめることはしなかった。

 

 勿論、経営感覚を持った農家も一部にはいた。彼らは賃金の安い外国人の技能実習生を大量に雇用して収益性を確保しながら国内産であることを売りにして生産量を伸ばし、順調に業績を上げていった。彼らは日本の農業のリーダー、救世主として祭り上げられた。

 最初のころ、実習生たちは雇い主から様々な技術を教わった。実習生なのだから当然だ。しかし経営規模を拡大し生産量が拡大すると販売する量も増やさなければならない。雇い主は作物を育てるよりも販売先を開拓し、販売量を拡大することに時間をついやすようになる。生産は実習生に任せて営業活動が本業になる。そして農業技術の研修は先輩実習生に任されるようになる。先輩の実習生が後輩の実習生を教えるのだ。いつの間にか日本の農業の担い手は外国人実習生に代わっていった。

 ところが、新興国の経済が急成長し、それに伴って新興国の国民消費が拡大すると新興国の食料品市場の方が魅力的に見えてくる。経済が低迷し国内消費も伸びない日本よりも新興国の方が発展するに違いない。これまで過酷な労働を強いられ、差別的な言動や視線、労働条件に耐えて技能を習得した実習生たちに未練などあるはずがない。日本の洗練された農業技術を携え、自分たちの国か、もっと儲かりそうな国に新進気鋭の農業経営者として凱旋していった。

 

 そんな時に起こった食料危機だった。担い手は国外に出て行ってしまった。一度荒らした農地はすぐに元には戻らない。元に戻すためは時間も予算も必要だ。大急ぎで農地を復元しても、肝心の土づくりが待っている。作物が育つ土壌を一から作り直さなければならない。

 そして、担い手も育てなければならない。自然相手だから付け焼刃のマニュアルは役に立たない。家庭菜園なら栽培に失敗してもあきらめれば良いが、ことビジネスとなれば話は別だ。地球温暖化は着実に進行し、気象条件は苛烈さを増していた。作物や家畜を育てる条件の厳しさはひと昔前の比ではない。増産どころか国内の生産量を維持することすらままならない。

 どうしたら食料自給率を高められるのか。学者や役人は施策論争や技術論争を続けていた。だが、役に立ちそうな具体的な提案は一向に出てこない。万事休すかと思われた。

 

 しかし、起死回生の答えが見つかった。簡単なことだ。農家を一軒一軒回り、第一線を退いた高齢者に指導を仰ぐことだった。指導者として再登板してもらうのだ。勿論、期待した人たちのうち、かなりの数の人が既に亡くなったり、指導する体力を失っていた。

 それでも、気骨ある人たちは、これまで輸入品に頼って自分たちを蔑ろにし続けた仕打ちに不満も言わず、わずかに残った体力を振り絞り、情熱的に素人たちに技術を伝えた。そして、指導を受けた人たちがさらに技術を伝えて技術が徐々に拡がり、定着していった。そして、オリンピックが開催された年の3年後には食料自給率が7割を超え、ようやく庶民にも必要な量の食料が行きわたるようになった。

 ただ、オリンピック前後の数年間は、庶民にとって第2次世界大戦直後と変わらない飢餓の時代になった。しかも、一度飽食の時代を経験した人たちにとって、その苦しみはより深く鋭いもので、その後も長く記憶の底に留まり続けた。


 

13.国民カード

 ホテルのフロントは空いていた。フロントの女性に名前を告げ、国民カードを手渡す。女性がカードを見てクスッと笑い「実用的ですね」と言った。

 私のカードの裏面は私の名刺をそのまま印刷してある。表面はわが社自慢の北海道の自然林の風景だ。裏面の名刺は簡易な身分証明書として使えるし、紛失したときに戻って来やすいと考えたからだ。それに妙に凝ったデザインにするのも嫌だった。


 画内の居住権、入域許可は全て国民カードに入力されている。私のように画内に比較的自由に出入りできる権利があればその情報も同様だ。

 国民カードは2021年に第3世代のマイナンバーとして導入された。国民カードの導入を機に、カードの取得は全ての国民に義務付けられるようになり、出生届を出せば同時に発行される。そのとき交付された番号は死ぬまで変わることはない。カードの管理は18歳になるまでは親が責任を負うことになっている。ちなみに国民カード導入の少し前に成年年齢は18歳に引き下げられている。

 

 国民カードには住所、生年月日、家族構成等の基本的な情報のほか、社会保障、所得、納税額、首都強化法施行後は画内居住権の種類等の公的な情報、診療履歴などありとあらゆる情報が入力されている。さらに、所有者が望めば銀行カード、クレジットカード、鉄道のIC機能なども載せることができ、コンビニ、飲食店等のポイント管理までできる。

 カードは、表面の右下に生年月日と名前を漢字とアルファベットで入れることが義務付けられているが、表面、裏面のデザインなどの制約はない。公序良俗に反しない限り何でも良く、カードの表面の印刷は電気店、オフィス用品店等で簡単にできる。デザインが気に入らなければいつでも好きなように変えられる。デザインで多いのは、子供の写真、アイドルの写真、有名な絵画、風景、鉄道写真などだ。

 

 国民カード制度が導入された当初は個人情報が守られない、資産内容が明らかになるなどの批判が絶えず、国民の多くが抵抗感を持ったが、徐々に馴れ、1枚で全てのことが処理できる便利さに負けて、今では大半の者がカードに銀行カード、クレジットカードと鉄道のIC機能を載せている。

 

 また、カード決済が当たり前になったため現金を受け取らない店が増加し、現金を受け取る店でもお釣りを十分に用意していない店が増え、現金で支払おうとすると店員から露骨に嫌な顔をされることも多い。

 そればかりか現金で支払いをする者は何か特別な事情がある者ではと怪しまれかねない。そんな訳で今では、財布を持たないのが普通になり、福沢諭吉が何円札だったかすぐには思い出せなくなった。

 

 特に画内では、どの様な取引であっても国民カードに載せられた銀行カードかクレジットカードで行うことが法律で義務付けられており、現金は一切使えない。つまり、国民カードがないと宿泊はおろか、コンビニでの買い物も、食事も一切できないことになっている。

 

 その理由は簡単だ。国民カードに居住権か入域許可が入力されているからだ。もし、これらが入力されていないカードを使ったとすれば、そのカードの持ち主は即刻、違法入域者と断定され直ちに情報が警察署に伝達される。同時に、街中に張り巡らされた看視カメラがカードの持ち主を追跡し、たやすく逮捕されてしまう。つまり居住権か入域許可を持つ者以外は画内で生活できなくしてあるのだ。

 

 では、外国人の場合はどうなのか?彼らには「居住証明カード」が発行されており、彼らがクレジットカード決済する時に同時に証明カードを提示すればよい。また、外国人旅行者の場合はクレジットカードと同時にパスポート、日本人旅行者の場合はクレジットカードと同時に国民カードを提示すればよい。

 

 

14.格差

 平穏な国なら、オリンピックを間近に控えて国民は皆浮き立つ思いを膨らませていたはずだ。

 しかし当時の日本は、職を失った者たち、失業の恐怖におびえる者たち、倒産におびえる中小企業経営者たち、いわゆる庶民といわれる人たちに食料品や日用品、原材料の価格高騰が重くのしかかり、最低限の暮らしを維持することさえままならない状態に陥っていた。

 

 各地で大規模な集会が開かれ、デモ行進が日常茶飯事になった。但、スーパーや商店に対する襲撃は二度と起こらなくなった。敵は彼らではないのだから。

 敵は中央政府か、中央政府に守られた大企業だ。国会周辺でのデモが頻発し、首切りに精を出す企業はインターネットに実名がさらされ、それらの企業に対するデモもあちこちで起こった。

 早急に何らかの手を打たないと政権が転覆してしまうかもしれない。

 強欲な大企業も政府に泣き付いてくる。こんな状態が続けば本社も工場も海外に移転せざるを得ないと。

 ようやく与党、政府が危機感を覚えるようになる。庶民が喜びそうな政策を早急に打ち出さないとまずい。パンチのあるバラマキ政策だ。しかし、欧州の経済危機のあおりで超がつくほどの不景気だ。歳入は減る一方で、ここで赤字国債を増発したら日本も即刻デフォルトだ。

 

 ある時からマスコミが富裕層と低所得者層との格差問題を盛んに取り上げるようになった。庶民の貯蓄額の減少率と富裕層の資産の増加率が比例するという研究報告がニュース番組で報じられた。高額な食料品を飼い犬に与える富裕層の暮らしぶりがバラエティー番組に登場した。海の見える邸宅に住み昼間からワインを傾ける富裕層へのインタビュー番組もあった。

 確かに格差は拡大していた。しかし格差自体今に始まったことではない。それでも、報道の効果なのか庶民が富裕層に向ける眼差しが変わっていった。羨望から憎悪に。そして、その頃から高級住宅街でのピンポンダッシュが相次ぐようになる。夜間に屋外に駐車していた高級外車に対するイタズラが頻発する。リゾート地の別荘の空き巣ねらいも連続して起きる。誘拐をかたるいたずら電話で毎月のように逮捕される者が出る。そして、資産家を狙った強盗事件まで発生した。

 富裕層をターゲットにした嫌がらせや犯罪の発生は中央政府として好ましいことではない。それは安全、安心な日本への挑戦に他ならないからだ。しかし、庶民の不満のはけ口が富裕層に向いたと見るや、中央政府は富裕層に的を絞った増税策の実行に踏み切った。

 

 「私たちが愛する日本は戦後最大の危機に直面しています。今こそ全ての国民が力を合わせてこの困難を乗り越えなければなりません。皆さん働きましょう。苦しい時は我慢しましょう。力のある人は力のない人を助けましょう」大きな身振り手振りで力説する高級スーツに身を包んだ総理大臣の姿をテレビが映し出していた。

 画面を見る者は誰もいなし、話しに耳を傾ける者などいない。将来どころか来年の自分の姿、家族の姿を思い描けない労働者たちは暗い目で仕事に戻り、高齢者はわずかに残った蓄えを数え直してため息をついた。

 そして、富裕層と言われる人たちは国を捨てる準備を始めた。

 


15.チェックイン

 フロントの女性が国民カードを読み取り機にタッチし、パソコンの画面を見つめる。確認はすぐに終わり、滞在期間を延長する予定があるかと問われ、ないと答える。

 「滞在中画外に出られる予定はございますか」

 「明日新木場に行きます。明後日は相模原に行く予定ですが」

 「そうですか。ご存知だと思いますが画外は画内に比べますと治安は良くありませんので十分ご注意ください。夜間は特に。服装もあまり高級なものはお召しにならない方がよろしいかと思います」と言いながら私のスーツにさっと目をやる。

 「それからホテルに門限などはございませんが、もし電車で画外に出られるようでしたら、帰りの電車は大体10時には終わってしまいますのでご注意ください。それ以降でも勿論画内に入ることはできますが、相当なお手間が掛かりますので」

 

 「大丈夫だと思うけど、もし乗り遅れたらどうすればいいの?」

 「タクシーで最寄りの「24時間関所」の「入画ゲート」前まで行きます。タクシーを降りられましたら「入画ゲート」をお通りください。ゲートを通られましたら、シャトルバスが停まっていますのでそれに乗っていただきます。シャトルバスは境界ゾーンを越えるためだけのものです。シャトルバスを降りられましたらもう一度入画ゲートを通っていただきます。そこを出られますと画内のタクシー乗り場がありますので、それがよろしいかと思います」

 

 「関所?24時間?入画ゲート?」

 「はい画を越える道路は首都高を含め全部で131路線ありまして、それぞれに名前と番号が付いています。例えば首都高羽田線にあるゲートは首都高羽田ゲートでセクション1になります。関所はセクションをもじったものだと思いますが、普通はシュトイチ関所などと呼ばれています。そうですね、例えば木場の方面でしたら永代橋もゲートになっていますので永代関所ですね。番号は分かりかねますが」

 「へえ、セクションだから関所ね」

 「それから24時間と申しますのは、131の関所があると申し上げましたが、そのうち3分の2は通行時間が限られています。画内行きは朝5時から夜9時まで、画外行きは朝5時から深夜1時までです。それ以外の時間は閉鎖されます。残り3分の1だけが24時間通行できますので、これらを24時間関所と言っています」

 「あと、入画ゲートって言ってたけど」

 「はい、入画ゲートですね。ゲートと申しましても外観は駅のICカードの改札口とほとんど同じです。ちょっと大き目かなと思うくらいです。国民カードを読み取り機にタッチしていただければバーが開きます。駅と違うのはゲートの近くに駅員さんじゃなくてお巡りさんが立ってらっしゃるくらいです」

 

 「閉鎖時間が違うのはどうして」

 「維持管理の問題もあるんでしょうけど、夜間はなるだけ画外から画内に入る人を減らしたいんじゃないでしょうか。よく分かりませんが」

 「何となく分かったけど窮屈なんだね。それはそうと画外ってそんなに危険なの」

 「いえ、私も画外に住んでいますのでそれほど危険なところじゃないと思います。ですが、画内に比べると画外の方が犯罪が多いのは事実です。犯罪とかじゃなくても喧嘩みたいなものとか酔っ払って大声上げているオジサンとかはたまに見かけますね。画内にいると本当に静かで安全だなぁって思います。ですから長く画内に暮らしていらっしゃる方がたまに画外に出ると波長が合わないというか、変なトラブルに巻き込まれたり、身なりの良い人はタカられたりするようです」

 「それでもあなたは画外に住んでるんだよね」

 「私は4種ですから」

 「それは失礼」

 「いえ構いません。負け惜しみじゃないですけど画外の方がいろいろな方がいて人間らしくて断然面白いんですよ。食べ物も安くて美味しいですし、物価も安いでいすしね」

 

 彼女がルームキーと宿泊カードを手渡しながら、私の後ろに目をやった。いつの間にかチェックインの客が後ろに控えていた。キーを受け取り「貴重な情報ありがとう。じゃあ4日間お世話になります」といってエレベータに向かうとき、国際線画内駅から電車に乗ってきたビジネスマン5人組とすれ違った。私の顔を覚えていたのか中の一人がニコリと微笑んだ。

 

 

16.オリンピック

 2020年、東京オリンピックが開幕した。新国立競技場の建設は遅れに遅れ、細部は仮設の状態で済ませ、ぎりぎり開会式に間に合った。

 開会式に選手団が入場してくる。ギリシャとポルトガルには選手団を派遣できる財政的余裕などなかったが、オリンピック発祥の地の面子を掛けてギリシャは30数名の選手団を送り込んできた。一方のポルトガルは10数名、スペインは40数名という選手団だった。

 フランス、イギリス、ドイツも前回のリオデジャネイロ大会の2/3程度に選手団を減らさざるを得なかった。アメリカ、ロシアの選手団も前回大会を大きく下回った。これまで商業主義を武器に規模を拡大し続けてきたオリンピックだったが、先進国の経済がどん底に落ち込んだ中での東京大会は歴史に残る寂しい大会になるところだった。

 

 しかし、これを救ったのは経済成長著しいアセアン諸国と一部の中南米、アフリカの資源国だ。また、中国も地の利を活かし大型の選手団を派遣してきた。そして辛うじて4年に一度の祭典は体裁が整った。ただ、多くのアジア勢と一部の中南米、アフリカ諸国の選手ばかりが活躍する大会はまるでアジア・アフリカ大会のようであった。

 

 オリンピック期間中、銀座、新宿、渋谷などの都内の盛り場やオリンピック会場周辺に多数の物乞いが現れた。オリンピック観戦と観光に訪れた外国人を当てにする日本の子供たちや親子だ。裏通りには春を売る女たちも現れた。物乞いや春を売る女はオリンピックの前から出没し始めたが、オリンピックを機に爆発的に増えた。

 また、地下鉄や近郊を走る電車の車内、新幹線の駅構内、空港などで、多数の外国人がスリの被害に遭うようになった。安全で安心で清潔な日本の姿は懐かしい郷愁になっていた。

 とはいえ、日本経済はオリンピックに関連する需要に支えられてなんとか収縮は免れてきた。本来なら早急に手を付けなければならない多くの課題はすべてオリンピックが終わるまでは我慢、我慢と先延ばしにされた。

 

 しかしオリンピックは終わる。祭りは終わる。嫌でも宿題が目に入ってくる。国の長期債務は1500兆円を超えた。オリンピック閉幕直後から下がり始めた日経平均株価は6千円を割り込み5千円割れをうかがう様相だ。2013年当時の政府が目論んだインフレがここにきて日の目を見た。しかし、その時政府が想定していたような穏やかなものではない。年率15%を超える暴走だ。日本経済の信用は地に落ちた。投機マネーの日本売りは続く。首切りは日常茶飯事だ。失業率は20%をとうに超えた。

 

 サラ金、コンビニ、パチンコ屋、貴金属店や資産家の豪邸など現金がありそうなところへの襲撃、強盗事件が毎月のように起るようになった。そして、中には殺人事件に発展するものまで出始めた。狙われそうな店舗はガードマンを常駐させて警備体制を固めた。しかし、よほどの資産家でもなければ自宅にガードマンまではおけない。増税は我慢するとしても殺されてしまったら元も子もない。富裕層の国外逃避が始まった。






第2章 木の心

1.虎ノ門

 エレベータを降りて右側の廊下を進む。廊下の両側は法律事務所、公認会計士事務所、コンサルタントなど比較的小振りなオフィスが並んでいる。静かなビルだ。照明は控えめで無機的な内装だが清掃は行き届いている。突き当たりにすりガラスの自動ドアがあった。

 ドアが開くと正面と両側は暗いいぶし銀の壁だ。天井はダウンライトが逆光になって良く見えないが屋久スギのようだ。床は濃く着色したミズナラのフローリング。正面の壁の中ほどに床から天井まで幅1mほどの厚い木の板が据えられている。赤みを帯びた鮮やかな木目をダウンライトが照らしている。目の高さあたりに「KPW」の金属のロゴが配されキラリと輝いている。

 虎ノ門ヒルズ近くの25階建てビルの17階にある神村のオフィスだ。ホテルでチェックインした後、部屋に荷物を置き、神村に電話を入れてオフィスにいること、30分くらいなら時間が取れることを確かめ、ここに来た。


 ロゴを配した木の板の右横にインターホンがあった。ボタンを押すと女子社員の声がしたので「旭川の芳野といいます。社長にアポイントは取ってあります」と告げる。少々お待ちくださいとの応答があり、待っているとインターホン横のドアが開き、濃紺のタイトスカート、白いブラウス、黒いヒールを履いた背の高い女性が深くお辞儀をし「お待ちしておりました。どうぞお入りください」と招き入れてくれた。

 ドアの奥は応接室だった。誰もいない。左右の壁は漆喰で、腰板にブラックウォルナットがあしらわれている。正面も漆喰だが腰板はない。中程にジョルジュ・ブラックの絵が1枚掛けられている。床は同じくミズナラのフローリングだがオイル仕上げで少し明るい感じがする。黒いガラストップのテーブルの周りを黒い革張りの大ぶりなソファが据えてある。落ち着いた佇まいだ。ドアの方を振り返ると、ここも漆喰の壁だが、真ん中に大きなディスプレイが埋め込まれている。

 

 女性は私にソファを勧めることはせずそのまま応接室を通り過ぎ、奥にあるドアを開いて中に招き入れた。そこは事務室だった。男性社員3人と別の女性社員1人が一斉に立ち上がり、口をそろえていらっしゃいませと挨拶してきた。突然のことで一瞬言葉を失い頼りなく会釈だけをした。女性は事務室横のドアをノックし、芳野様がお見えになりましたと告げ、社長室に入るよう促した。

 社長室の床は灰色のPタイルだった。部屋の左手奥に少し大きめだが何処にでもあるようなスチール製の机が据えてある。その横から神村が笑顔で近づいてきて握手を求めた。


 「久しぶりだな、元気そうじゃないか。北海道はどうだ。まぁ座れ」

 肉つきの良い日焼けした顔で早口に話しかけ、隅が剥げた布張りのソファに座ったかと思うとすぐにタバコに火をつけた。

 「まだ吸ってるのか。いまどき珍しい人種だな。まあ元気はつらつって感じで何よりだけど」

 部屋を見回すと、机の上にデスクトップのパソコンが1台と灰皿。デスクの隣に大きな会議机があり、上に図面が広げられている。会議机の周りには車の付いた椅子が5脚。右側の壁際に応接室で見たものと同じくらいの大きさのディスプレイとスチール製の書棚がある。左側の壁に建設会社のカレンダーが吊ってあるだけで装飾は一切ない。

 「あっさりしたものだろう。社長室らしいのはドア横の看板だけだ。作業部屋だよ。何もない方がイメージが湧く。余計なものは要らない。頭の中がアトリエだ」

 「なるほどね」のっけから仕事の話、相変わらず仕事熱心な奴だ。

 「イメージが湧いてくるとな、紙に下手糞な絵を描く。あとは腕の良い専属のデザイナーがコンピュータを使って上手くまとめてくれる。俺はそれを確認して修正する。二人三脚だ。勿論現物にはかなわない。所詮イメージだ」

 レンズの上だけ金縁の眼鏡を掛けた、早口でしゃべるこの男が以前中央官庁の役人だったとはとても思えないなと妙な感慨が浮かぶ。

 

 私が3年前まで勤めていた農務省森林局で同期だった神村は、同期の中で最初に課長に昇格した。当時44歳だった。担当は木材の流通、加工に関係する部署だった。

 少々けれん味はあったが有能で将来の森林局長候補と周囲から一目置かれていた。課長に就く前から木材関係の業界に人脈を持っていたが、課長就任後さらに人脈を拡げ、この業界での地歩を固め、ゆくゆくは政界進出を目論んでいるのかとの噂もあった。

 しかし、課長を1年ほど務め、45歳になったとき突然農務省を辞めて、特殊な木材を扱う会社KPWを立ち上げた。周りの者は皆驚いた。森林局でバリバリ仕事をこなしていたし、上司の受けも良かったはずだ。与党の中堅、若手議員の無理難題も上手くさばいていた。誰も辞める理由が思い当たらなかった。しかも、立ち上げた会社が一部の好事家しか興味を持たない銘木という特殊な木材を扱うというものだ。誰もが首をひねった。

 一方、本人は至って冷静で、真剣そのものだった。上司に対してこと細かな説明はしなかったが「役所に対する不平不満は一切ない。また、任期途中に辞めることについては無責任の極みで大変申し訳ない。しかし、今なら安心して後を任せることのできる者がいるし迷惑を掛けることはない。一方で、この歳になってようやく自分のやるべき仕事を見つけたのでどうか理解して欲しい」といった趣旨のことを伝えたようだ。

 その後、神村は今の会社を立ち上げたのだが、勿論ただの材木屋にはならなかった。銘木を室内空間とともに売り始めた。つまり銘木の魅力を最大限引き出せる室内空間を創作し、大きな付加価値を付けた商品として売り始めたのだ。


 

2.メタンの灯り

 2023年。その年の2月、政府系の研究機関である先進技術開発機構と東都産業大学の共同研究チームがメタンハイドレートの採掘に関する革新的な技術開発に成功し、それを報じるニュースが日本国中を駆け巡った。当然この情報は世界にも瞬く間に広がった。

 メタンハイドレートは燃える氷ともいわれ、石油や天然ガスに代替できる未知のエネルギー源だ。しかもメタンハイドレートは南海トラフをはじめとする日本の周辺海域に豊富に眠っており、石油や天然ガスと違い日本が自給できるエネルギー資源として大いに期待されてきた。ただ、採掘が極めて難しいため利用することは夢物語と考えられていたのだ。

 ところが共同研究チームの成果を使えば商業ベースに乗る可能性が極めて高いという。その方法は、簡単にいうと海底のメタンハイドレートに熱を与えてハイドレートを分解し、ガス化したメタンをパイプで海上まで送るというものだ。

 

 具体的には海上の採集船から海底まで長いパイプを降ろす。パイプの先端部には加熱装置とポンプが装着され、その先は巨大なラッパ状の吸入口になっている。また採集船から先端の加熱装置までは別の細いパイプが繋がれている。

 始めに、細いパイプを通して加熱装置にメタンガスと空気が送り込まれる。メタンは装置内の燃焼器で燃やされ高温の二酸化炭素を発生する。これをメタンハイドレートに直接吹きかけて加熱する。

 加熱されたメタンハイドレートはメタンを気化し始める。気化したメタンを巨大なラッパ状の口から吸い込みポンプを使って海上の採集船に送り込む。

 気化が始まるとメタンのごく一部が加熱装置に取り込まれ燃焼に使われて気化を促すという仕組みだ。最初だけメタンと空気を海底に送り込む必要があるが、その後は空気だけ送り込めば自動的にメタンが噴出し続ける。採掘場所のメタンハイドレートの純度、水圧等を測定しながら燃焼をコントロールし、温度を制御すれば良い。


 研究成果が公表されると日経平均株価は直ちに反応した。1週間で1000円上げた。次の2週間でさらに1000円上げた。長く続いたトンネルの先に明かりが見えた。メタンの灯りだ。

 共同研究チームが研究成果を発表した8か月後の11月、大手石油精製会社であるジャパン石油が、高知県の足摺岬の沖合100kmの地点に研究成果をもとにした実験プラントを完成させ、実用化実験を開始したことが報じられた。

 日本の景気は底を打った。ジャパン石油は勿論のこと、プラントメーカー、造船、重機、化学、電力などメタンハイドレートに関連しそうな企業の株は軒並み高騰し、日経平均は1万2千円台を回復した。


 2024年、メタンハイドレートのロボット探査機が開発された。メタンハイドレートが豊富に埋蔵している区域を無人で探査し続ける潜水ロボットだ。ロボットは有望な埋蔵場所を次々と発見した。

 さらに、沖合に浮かべた船上でメタンを効率的に液化する技術も開発された。

 火力発電の分野でも発電ロスが極めて小さく排煙もわずかしか出さない高性能タービンが開発された。 

 この年、メタンハイドレートに関連する技術開発が爆発的に進んだ。その年の年末には日経平均が7年振りに2万円台を回復し、年明け後も一本調子で上げ続けた。



3.KPW

 「美人にお待ちしておりましたといわれると嬉しいものだな」

 「宅配業者とかOA機器のメンテ以外は、誰でもお待ちしておりましたと言って迎えるようにいってある。社員全員起立のいらっしゃいませの挨拶も同じだ。その方が気持ちいいだろう。彼女はなかなかの美人だがそれだけじゃない。俺が会社にいるのは多くて週に3日だ。しかも半日いることは稀だ。何とか回っているのは彼女のお陰だ。木のことには何の興味も持っちゃいないが、スケジュール管理と客のあしらいは天才的だ。言っとくが特別な関係は何もない。但し、あれだけの美貌と能力だから給料は奮発している。多分お前の給料の1.5倍くらいはいくだろうな」

 「へえ。そんなにか。といっても僕の給料はたかが知れてるけど」

 「それから応接室を見たろう。あれも金を掛けた。彼女と応接室でわが社のイメージは出来上がる。もっとも、あの部屋はお客様へのプレゼンくらいしか使わない。取引業者とかプライベートな客は皆この作業部屋だ。俺はこの部屋の方が落ち着く。根が貧乏性なのかもな」

 「でもあの部屋は落ち着いたいい感じに仕上がっている」

 「そりゃ俺の自信作の一つだからな。でもディスプレイが映ってればまだしも、あそこでただ誰かと話してると戦闘意欲が薄れて眠くなってくる。まあ、そういう意味では狙い通りの仕上がりとも言えるがな」

 

 「あのでかいディスプレイは?」

 「あれか?あれがうちの唯一の商売道具だ。あれでお客様に映像を見せる。うちの商売のやり方は、先ずお客様のリクエストを聞く。リクエストは別に何でもいい。具体的なものでなくてもな。勝手気ままなイメージだけでも。俺はお客様のリクエストとかラフなイメージとかを手掛かりに、お客様の希望を具体化するんだ。飛び切りの銘木を探し出してきて、その木の美しさを最大限引き出す室内空間を創作するという訳だ。とはいえ俺が創作するというより木が俺にイメージを与えてくれる。

 良い木というものはそれぞれに個性がある。いや主張してくる。このような空間にこのような姿で据えてくれというようにな。その声を聴いて俺が大体のスケッチを描く。後はデザイナーが画像にまとめてくれる。今時のIT技術は凄いよ。俺のイメージが実写したような映像になる。勿論、デザイナーのセンスと技術が一流で、俺の感性を良く理解してくれているからできるんだ。

 まあ、こんなやり方で商売ができるのはこれまでの実績がものを言うんだ。俺も商品には一切妥協しないし、絶対の自信を持ったものしか提供しない。それに宣伝は一切しない。上客の紹介しか仕事は取らない。それでも十分食っていける。殿様商売だ。いや、へたにお客を取りにいかないから上手くいくんだろうけどな」

 「なるほど、少し解ってきた。ところでKPWとはしゃれた名前をつけたもんだな」

 

 「KPWのKは神村でPはプレシャス、高貴だ。Wは勿論ウッドだ。神村銘木店じゃ年寄りの好事家くらいしか相手にしてもらえないだろう。勿論、うちは、銘木を売っている訳じゃない。銘木が創りだす空間を提供してるんだ。至宝の木と対話する、至宝の木に癒される、至宝の木に励まされる空間を創造している。プレシャスウッドスペースだよ。だからベンチャーの中堅や業績好調の大手の中間管理職あたりからの引き合いが多い。オフィスの内装を手掛けることも多い。この商売は目利きとセンスがなくちゃ終わりだが、ハッタリも大事だからな」

 「なるほど。しかし、出世街道の先頭を走っていた君があっさりと役所を辞めて社長になるとは思いもよらなかったよ。何故だ」



4.春

 2025年、日本経済に本格的な春が訪れた。

 景気が良いのはメタンハイドレート関連の企業だけでは無い。エネルギーひっ迫の影響をもろに受けていた自動車や電機、やや遅れて情報通信にもメタンハイドレートの果実が行きわたり始めた。メタン様々だ。生まれた子供にメタンと名付けた親もいた。エネルギー関連をはじめとする大手企業とその周辺の中堅企業の業績は急回復し、そこに勤める正社員にはベアや高額なボーナスが振舞われた。

 株価が上昇した。税収が増加し国の借金である長期債務も徐々に減り始めた。それを反映して国債の金利も下がり始めた。物価上昇も3~4%と若干高めだが落ち着いてきた。株価の上昇がさらなる上昇を呼ぶ。この世の春だ。

 

 一方で宿題は残ったままだ。減り始めたとはいえ借金は1500兆円を上回っている。政府としてはメタン景気に沸くこの時に少しでも借金を減らしたい。そのためには増税だ。国の信用を回復するためには避けて通れない道だ。

 まずは法人税だ。ただ国策として段階的に引き下げてきた手前、再び上げる訳にはいかない。そこで国家再生期間として5年間に限って現行の税率に3%上乗せすることとした。

 次は消費税。これは恒久措置として3%引き上げた。但し、庶民層に配慮して食料品の多くは増税を見送った。

 残るは所得税だが、これは難しい。貧困層に対して増税は言い出しにくい。もし増税を持ち出せば猛反対は必至だ。政治は大混乱する。しかも大混乱の揚句に徴収できる額は知れたものだ。

 中間層だって同じだ。もっとも、かつて労働者の中核を占めた中間層の人たちは大半が貧困層に落ち、一部が運よく富裕層予備軍になった。このため中間層と言える層はほとんどいなくなっていた。結局頼れるのは富裕層とその予備軍だけだ。幸いなことに景気は絶好調で、彼らの収入は増えるばかりだった。痛みは小さいと読んだ。

 

 政府は所得税の税率を3%アップさせた。しかし富裕層の反発を恐れ、すべての階層に均等に3%上乗せすることにした。国家再生のためには国民一丸となって汗をかこうという建前だ。だから表面上は中間層も貧困層も富裕層も同率にした。ただ、実際は中間層、貧困層には実害が及ばないように控除や交付金で工夫した。そして富裕層からしっかり徴税するようにした。

 しかし、富裕層は既にオリンピック前に税率で狙い撃ちされたことを当然覚えている。しかも、消費税にしても国民が均等に負担しているように見えるが、食料品の増税を見送ったため、食料品以外の支出のウエイトが大きい富裕層にとって負担がより重いものになっていた。

 

 中央政府は国家財政が厳しいと言うが、その原因は政権与党や中央政府の失政ではないか。今頃になって、その付けを国民に回すのは筋違いだ。富裕層にしてみれば、今ある富は自分か自分たちの親かその前の世代が必死に働いて築いてきたものだ。誰かに貰ったものではない。当然政府からも。

 たまたま今、多めの資産を持っているということだけで、何故国の借金の肩代わりをしなければならないのだ。富裕層の政治に対する不満、不信が増幅し、国外逃避しか道がないという雰囲気が醸成されていった。

 ただ、彼らを押しとどめたのは治安の回復だ。メタン景気のお蔭で犯罪が減少し始めた。そして、富裕層を狙った犯罪やイタズラも減少してきた。富裕層の人たちの緊張が少し和らいだ。できれば日本を離れたくはない。安全が保障され、自分たちの権利が守られるなら。



5.木の心

 煙草に火を点け、煙を深く吸い込み、吐き出してから神村が語り始めた。

 「本当に木が好きになったからというか、木の心が判ったからだろう。多分」」

 「木の心?哲学的だな」

 「お前も知っての通り俺は役所に入ってから何故か木材関係の仕事ばかりやらされた。鉄やアルミやセメントに負けないように木材の売込みを必死になってやってきた。品質で工業製品に負けないように。いや品質だけじゃない、生産コストも流通コストも追いつけ追い越せをモットーにやってきた。我ながらよく頑張った。挙句の果てに木材の利用を義務付ける法律まで作った。法律で無理やり木を使わせるなんて馬鹿げているよな。今になっちゃ赤面の至りだ。まあ、それだけ頑張ったということだ」

 「確かに暴走気味だったな。でも、よくやってた」

 「で、ある時出張で北陸のある町に行ったんだ。出張の合間、その町の木材商社の社長の自宅に招かれた。社長自慢の家だ。柱と鴨居、敷居は木曽ヒノキ、梁は地マツ、天井は秋田スギの柾目、床柱は黒檀だ。木材商社だけあって良い木を選りすぐって使ってね、なかなかの出来栄えだった。でも退屈なんだよな。仕事がら見慣れていることもあるしな」

 「確かにそうかもしれん」

  「社長は俺が退屈しているのが分かったんだろう。突然、先代が作った離れを見せましょうと言って俺を奥へ案内してくれた。社長は、自分は養子だが仕事はしっかりやって先代のときに傾きかけた会社を立て直した。そして地元でも一目置かれる中堅企業に育て上げた。そして集大成に家を建てた。良材を惜しみなく使って。しかし、自分は事業では成功したが肝心の木を見る目に関しては先代の足元にも及ばなかった。それが結局作った家に表れている。とにかくご覧になってくださいと案内してくれた」

 「うんうん」

 「離れは数寄屋造りの茶室を思わせるものだった。壁は土壁だ。柱はスギの面皮柱、桁は皮の付いたマツ、天井には竹の垂木にナタで剥いだようなスギの板が乗せられている。質素なんてもんじゃない世捨て人のあばら家だ。しかし違う。超越してるんだ。木が語りかけてくる。木が生きてきた年月が空間を満たしている。でも圧迫感なんてない。むしろ安らかな気配だ。木に寄り添われている感じだ。力むな。何も考えるな。自分のままでいい。そんな感じだった」

 「へえ。そりゃすごい」

 「それまで鉄やコンクリートと比べて強度は劣るが暖か味があるとか肌触りが優しいとか健康に良いとか御託を並べてきたが、自分は木のことを何も分かっちゃいなかったことを思い知らされた。これまでやってきたことは殆ど意味なかったんじゃないかとな」

 「そこまで言うかね」

 「その時思ったんだ。木の心というか、木の本当の魅力を伝えたいとね。それこそが自分のやるべき使命だと確信した。ただ、その時既に40代の半ばだった。やれる時間はそれほど残っちゃいない。とまあそんな具合で今の会社を作ったという訳だ」

 

 「なるほど、そんなことがあったのか。知らなかった。君も結構深いんだな」

 「お前もよくそんな失礼なことを言うな」

 「いや失礼。でも君の話は僕の琴線にも触れたよ、参ったな。僕はいまだに木を解っちゃいない田舎の材木屋のままだ。心中穏やかじゃないよ。でも木は好きだし、並の木は並の木なりに愛着はある」

「いやいや君の会社のような庶民相手の商売をしているところがあるから、うちの商売が引き立つというもんだ。感謝してるよ」

 「お前はもっと失礼だ。仕返しか?それはそうとエントランスのマツの一枚板は見事だな。僕でも判る」

 

 「あれか?あれは霧島アカマツだ。皇居に使われているのとグレードは変わらない。しかもあれだけ大きい1枚板はもう出てこないかもしれない。絶品だよ、高かった。うちは超が付くかそれに近い一級品しか扱わない。でも価格の問題じゃない品質だ。いや品質というと少し違うな。その木が持っている力、品格、歴史が混然一体とした何かだ。高くなるのは当然だ。木のことなんて何も知らなくても感性の鋭い人間、本物を見る目のある人間なら分かる。いい音楽を聴くようにな」

 「なるほど分かるような気がする。同じ木でも良い木目は音楽を連想させるな。シンフォニーもあればソナタもあるし、尺八の音もあればジャズのバラッドもある。いつの間にか木に慣れすぎて木を見ていなかったなあ。いい勉強になったよ」

 

 「とは言っても、木の良さを分かってくれるお客様ばかりじゃない。たまに、皇居で使われているものと同じ産地の一級品のスギを使いたいなんて言うお客がいる。そんな人間にはそこら辺りの見栄えのいいスギを使っても分かりゃしない。そういった類の人間はニューカマーが多いな。もっとも、彼らも大事なお客様には変わりない。会社の信用に関わるからご要望にはしっかり応えるし、手抜きは一切しないけどな」



6.日陰

 日の当たる場所があれば日陰がある。日差しが強ければ強いほど日陰は暗い。

 

 メタン景気に沸く2025年、その頃稼働していた原発は3基だけだ。福島の事故のあと全ての原発が停止したが、安全審査に時間がかり再稼働が遅れた。

 原発反対派は再稼働の遅れを歓迎したが、原発容認派でさえ長引く休止に慣れて期待度は徐々に低下していった。休止中の原発は、休止中にも関わらず軽微な放射能漏れ事故をしばしば起こした。廃炉を決めた原発の解体撤去作業は必要な予算が確保できず一向に進まなかった。原発に対する信頼はすでに失墜していた。

 

 そこに出現したのが自前のクリーンエネルギー・メタンハイドレートだった。国民の関心は当然メタンハイドレートに向く。かつてこの国に原発があったことなどとうに忘れてしまったかのように。

 長年原発に頼り切ってきた市町村は焦った。役場の収入は国からの交付金や補助金か電力会社が支払う法人事業税以外に目ぼしいものが無いのだから。原発が地場産業化していたから農業や水産業など見向きもしてこなかった。地元の人たちも、地域の平均をはるかに上回る給料がもらえる原発に勤めることが新卒者の目標になっていたし、原発に関連する事業に食い込むことこそが地元での成功者の証明だったからだ。

 

 原発が立地する自治体の首長は起死回生を賭けて、こんな時にしか役に立たない地元選出の国会議員に泣き付き、中央政府や電力会社に陳情した。裏金も用意した。タダ同然の価格で原発近辺の土地を用意するから何とかメタン火力発電所を建設してほしいと。

 しかし、原発と比べ周辺地域に危険が及ぶ可能性が限りなく小さいメタン火力発電所は全国から引く手あまただ。誘致合戦は熾烈で、誘致を目論む自治体からは電力会社にとって有利な条件が次々と飛び出してくる。わざわざ放射能漏れのリスクを抱えるところに虎の子を建設しようなどと考える方がどうかしている。

 

 飯の食えない原発立地市町村からは潮が引くように人が出ていく。かつて電力会社の社員や原発に勤める労働者たちや彼らの家族が行き交い賑わった商店街に人影はない。野良犬さえ歩かない。町にいるのはどこにも行くあてのない年金生活者だけだ。彼らは家に引きこもり定期的に届けられる粗末な食材をあてにただ生き続けている。

 廃墟と化しつつある街でうごめく者たちがいる。金目になりそうなものを探し回る窃盗団だ。最初は物を盗むだけだったが、いつの間にか住み心地のいい空き家を見つけ住み着いた。特に放射能漏れの噂が絶えない地区の空き家は足取りをたどられたくない者にとって格好の隠れ家になった。原発周辺集落はまともな人間が立ち入ることのできない無法地帯になった。

 

 メタン景気は、原発のような一部の時代遅れの産業を除き、多くの企業の業績を急回復させた。しかし、その果実はすべての国民に届いた訳ではない。むしろ果実を得た者は以前にも増して少なくなった。

 長く暗いトンネルを進む間に、工場では単純労働は勿論、ある程度経験を必要とする作業までもロボットが取って代わるようになっていた。人手に頼るサービス業でもIT化が進み、ロボットが応接する店舗も珍しくなくなった。生身の人間のサービスが貴重なものになっていた。

 農林水産業でも機械化やIT化が革新的に進んだ。年間3000万円を売り上げる農家や年間売上高10億円の農業生産法人が珍しくなくなった。

 

 親や祖父母の資金をもとに十分な教育を受けスキルを身に着けた人たち、豊富な資産を引き継いだ人たち、歌舞音曲や芸術の才気にあふれた人たちには常に日の当たる場所が用意された。業績の良い企業は優れたスキルを持った人材を必要とし、豊富な資産を手にした者は欲をかくことさえしなけば資産が資産を生み続けた。歌舞音曲に秀でた者たちは富裕層に愛され、富裕層は彼らに富を分け与えた。サービス業や農林水産業でも成功できるのはスキルのある人間、才気のある人間だけだ。

 

 一方で、特別なスキルも資産も才気も持たない人たちに日が当たることはない。スキルを得る道を閉ざされた者たち、資産から見放された者たち、才気を持たず生まれ落ちた者たちに日が当たることは一生ないのだ。

 日の当たらない人たちには、誰にでもできる仕事、代わりがいくらでもいる仕事、誰もやりたがらない仕事、人には言えない仕事しか回ってこない。それ故に足元を見られてわずかな報酬しか与えられない。しかし文句は言えない。言えば即刻お払い箱だ。これまでは哀れな外国人労働者がやってきた仕事だ。たどたどしい日本語を使い不法に就労してきた発展途上国の人たちがやってきた仕事だ。

 3Kと言われたこれらの仕事を担ってきた外国人たちは日本からいなくなっていた。経済発展著しい母国に帰ってしまった。日本で差別的な扱いに悔し涙を流す必要はない。これからは母国か、母国がだめなら他の新興国に行って一旗揚げられるのだから。そして、3Kの仕事は日の当たらない日本人たちの手に戻ってきた。

 

 3Kの子供として生まれた日本人たちに十分な教育が与えられることはない。引く継ぐ資産などあるはずがない。借金がなければ幸いだ。そんな子供たちも大人になる。そして、親たちと同じように日の当たらない職場に勤めることになる。生まれる前から決められていた運命をただ歩いて行くだけだ。そして貧困の連鎖が永遠に続いていく。もしそこから抜け出せる道があるとすれば、天才的な頭脳を持つ子供、天才的な芸術の才に恵まれた子供として生まれ落ちるか、3Kの親に捨てられて資産家に拾われることくらいだ。



7.相互監視

 「ニューカマーって何だ?」

 「ニューカマーだよ。そうか、君は北海道人だから知らないか。画外から新しく1種として画内に住めるようになった人たちのことだ。頑張って稼いで、目出度く画内入りを果たしたんだ。皆さん胸を張ってる。鼻息荒いぜ。億ションに住んでる人が多いな。勿論1億円ギリギリなんていうのは稀で大体は倍近い」

 「そうか。じゃあ庶民は画内には住めんな。君は画内に住んでるのか」

 「ああ、仕事があるからね。画外に住むと職場に来るのが不便で。今は山谷に住んでる」

 「山谷?山谷ってあの山谷か?」

 「そうだあの山谷だ。でも、今は昔の山谷じゃない。名前も「北斗」というんだ。で俺のところは北斗5丁目」

 「北斗?なんだそりゃ?」

 「あの辺りはメタン景気以降、一番変わったエリアの一つだよ。画ができて完全に別の街になった。つまり浅草から北側、三ノ輪辺りまで一旦全て更地にしたんだ。それでゼロから街を創り直した。今じゃ一応高級住宅街ということになってる。名前も北斗で出直しましたって訳だ。皇居から見て丑の方角だから丑町という案もあったようだが、さすがに古臭いので却下されて、北北東だから北斗に落ち着いたらしい。ただエリアが広いので北斗1丁目から北斗12丁目まである。勿論、千代田区とか港区のような趣はないし、元々が山谷、吉原だからグレードは低い。ただ街がゼロから計画的に造られてるので極めて住みやすい。価格も画内にしては手ごろだし会社に来るのにも便利だ。ニューカマーの人たちは絶対に選ばないけどな。あの連中が住みたがるのは港区か千代田区だ」

 「なるほど、知らなかった。浦島太郎だな」

 「もっとも、俺はいつまでもあそこで暮らすつもりはない。今は仕事が面白いから辞めるなんてちっとも考えちゃいないが、仕事に区切りが付いたら絶対に画外に出る。場所はまだ決めちゃいないがな」

 「そうまで嫌うかね」

 「こんな管理社会は真っ平だ。戦前の日本やドイツ、戦後のソ連みたいなもんだ。もっとも表面上はそんな強面じゃないがな。グリーンベルトがいい例だ。中央政府は巧妙だよ」

 

 「グリーンベルトね。今日初めて完成したものを見た。コンクリートの壁よりはましだけど寒々しい風景だった。しかし、いろいろあったよな境界の整備については。農務省も関係ない訳じゃなかったけど、お互い巻き込まれなくて良かった」

 「そうだな。画を設けること自体が大問題だけど境界をどうやって区切るかということも色々議論があった。俺はもう役所を辞めてたから高みの見物で面白がっていただけだ」

 「そういえば、最初は高さ7~8mのコンクリートの壁で囲うというのがあったね。境界を守る効果という意味では簡潔明瞭だしね。建設用地が狭くて済むから土地収用の負担が比較的小さいし工事期間も短縮できる。予算的にも有利だというのも役人的には説得力があった」

 「そうそう、しかしな。東西冷戦の時代とかイスラエルの入植地じゃあるまいし、コンクリートの壁じゃいくら何でもイメージ悪すぎるだろう。結局、あの案は早々にボツになった。壁よりグリーンベルトの方が民主的だなんて訳の分からないこという野党議員もいたがな」

 「あとコンクリート壁を主張する議員の中にセメント業界から献金をもらってるのがいたろう。国会で問題になって、あれで流れはできたね」

 「緑の少ない東京の緑化に貢献するとか、ヒートアイランド現象を軽減するとかで結局、環境にやさしいグリーンベルト構想に一件落着したという訳だった。何が環境にやさしいのかよく分からんが」

 

 「でも、あの頃も問題になったけど、グリーンベルトと言っても要するにやたら長い芝生広場だろう。あれで画内の治安が守られるのかね」

 「それが中央政府の巧妙なところさ。見てのとおりグリーンベルトは一見ソフトだよな。でも、今じゃ機能を十分果たしてる。何故だか分かるだろう?」

 「相互監視システムという奴か?」

 「そのとおり。国民カードと「相互監視通報システム」だよ。国民カードは日本人なら皆持ってるしな」

 「ああ、何にでも使えるから便利だしね。最初は抵抗感あったけど今は当たり前になった。落とすと何もできなくなるからその方が心配なくらいだ」

 「そうだよな。だから国民カードを居住権とか入画許可の証明証として利用することも特に問題にならなかった」

 「そうだね。僕も東京にいた頃カードに居住権を入力してもらったけど、まあそんなものかなあという感じだったし」

 「君はノー天気だからな。勿論正規に手続きしているから何の問題もないけど。もし、正規の手続きをしないで画内のコンビニで買い物でもしてみろ、監視カメラに追い回されて即刻逮捕だぜ」

 「怖いね」

 「国民カードの怖いところさ。これに加えて相互監視通報システムだからな、なかなかガードは固い」

 

 「相互監視システムね。僕がまだ東京にいる頃に始まった。あのハロウィーン事件の後もテロが続いて、全国でテロ対策が強化されたのが始まりだったよな」

 「そうだ。あの頃は街中のあちこちに警察官が立って。劇場とかでも手荷物検査がうるさくなった。飛行場の手荷物検査なんかテロ前に比べて通過するのに30分以上余計に掛るようになった。東京は厳戒態勢という感じで特にひどかったな。あちこちにパトカーや装甲車が停まって、路上で職務質問受けている奴を結構見た」

 「大きなのはなかったけどテロが続いたからね。街中ピリピリしてた」

 「警備当局もなりふり構ってられなかったんだろう。ナーバスになってる画内の居住者を看視体制に取り込むなんてな。居住者が不審者を見つけたら警察に通報するシステムを導入するとはうまく考えたものだ」

 「そういえば僕の家にもお巡りさんが来て、通報システムのパンフレットを置いていったよ。ハロウィーン事件があったのも霞が関からそんなに遠くなかったし、まあテロとか犯罪を防止するためなら仕方ないのかなと思ったけどね」

 「ははは。さすがノー天気の芳野らしいな。まあ、東京都心部の住民の大体は抵抗感なく通報システムを受け入れたようだしな」

 「でもね。いくらノー天気の僕でも画の境界が出来上がってくるとね。なんとなく窮屈な感じがしだして。それに加えて通報システムだろう。本当に息苦しくなってきたんだ。通報システムのお蔭で東京を離れる決心が付いたのかもしれない。でも、考えてみたらシステムと言っても何かあったら警察署に知らせるのって当たり前じゃないか。システムというから構えてしまうんだよな」

 「そうか、君はシステムのことを良く知らないんだよ。単に警察に知らせるだけじゃないんだ。要は通報すると、その者には報奨金が出るんだよ。まあ、通報されたものはほとんど軽犯罪レベルだけど。それでも、確か400件に1件が過激派によるテロ関係がらみ、100件に1件がテロじゃないが何等かの犯罪がらみだったって聞いたな」

 「じゃあ、それなりに効果があるんだ」

 「そうかもしれん。しかも、通報がテロとか犯罪の未然防止につながったということが公共放送のローカルニュースでよく取り上げられる。勿論通報者を特定できる情報は出ないで、未然防止の決め手になったことだけが大々的に報じられるんだ。通報者に支払われる報奨金の額は分からないが、ある程度インセンティブになってるらしい。次第にテロまがいだけじゃなく小さな犯罪も減ってきた。ということは、相互監視通報システムというのは一応は成功したと言える。グリーンベルトに囲まれた画内はこれで安泰という訳だ」

 「なるほどよく分かったよ。東京がそんなことになってたとはね。確かに安全にはなったんだろうけど、人間らしく暮らせるところじゃないな。北海道に逃げたのは正解だったよ」



8.憲法改正

 メタン景気で国民が浮かれ始めた2024年、憲法が改正された。但し憲法9条ではない、憲法42条から44条だ。要するに国会に関係する規定が改正された。

 2010年に「身を切る改革」と称した国会改革は案の定うやむやにされた。しかし、ついにその付けを払う時が来た。


 国会のことは憲法の第4章に定められている。その文章はこうなっていた。2014年までは。

 第41条 国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。

 第42条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。

 第43条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

 2 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。

 第44条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、

 社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない。


 国会とは議員の集まりだ。だから議員たちは国会議員と呼ばれる。平たく言えば政治家だ。彼らは国民の代表だ。代表なのだから誇りを持って良い。いや、誇りを持ってもらいたい。何しろ選ばれた人たちなのだから。

 しかし、だからといって彼ら自身が特にえらい訳ではない。えらいのは国会だ。そこを勘違いしてもらっては困る。

 国民の代表なのだから常に国民の暮らしに目を向けて、国民のだれもが安心して暮らせるように、国民のだれもが心豊かに暮らせるようにその身を捧げてもらわなければならない。

 また、国民に新たな負担をかけ国民が反発しそうな政策であっても、それが真に国民にとって必要なものであるなら、粘り強く、分かりやすく国民に説明し、国民から理解と支持を得られるように最大限努力してもらわなければならない。

 さらには、国のあるべき姿、進むべき道を高い見識を持って思い描き、その実現に没頭してもらわなければならない。それが代表となった者の使命だ。

 

 ところが、実際には何のために政治家になったのか?と疑いたくなる人たちがいる。ある種の業界の利益だけを考えている人たち、ある種の思想に染まってその思想を広げることに奔走する人たち、ひとりよがりの使命感に酔って現実というものが見えていない人たち、絵に描いたような理想を掲げるが実行に移す気持ちも能力もない人たち、政治家という身分に身を置くことだけが目的になっている人たちだ。このような政治家は要らない。国民の代表と言えるような使命を果たしていないからだ。

 

 国の借金がとんでもない額に膨らみ、慌てて社会保険料の掛け金を引き上げたり、医療費や介護費用の国民の負担割合を引き上げたり、逆に年金支給額を減らしたり、さらには消費税の税率を引き上げたりと国民に重い負担を求めるのであれば、政治家たるもの率先垂範して身を切る努力をしてもらわなければならない。それが国民の代表としての当然の務めだろう。

 

 国会の姿を大きく変えることになる憲法改正が何故行われたか?

 それは、今からちょうど四半世紀前、憲法が改正される14年前の2010年にさかのぼる。

 「身を切る改革」と称して政治家たちは議員定数の削減に取り組むことを国民の前で約束した。国会というおおやけの場で。

 また、これに合わせて前々から指摘されていた一票の格差の問題も解決するとして、選挙区の区割りを見直すことも約束した。国民の眼の前で、胸を張って。

 

 ところが、政治家という実入りの良い仕事を一度手に入れてしまうと、周りから先生、先生と持ち上げられてしまうと、その身分を手放したくなくなるようだ。それは与党も野党も同じだ。そして、彼らの間では定数問題には触れないでおこう、選挙区の区割りには触れないでおこうという暗黙の了解が出来上がる。

 彼らは言う。議員定数の問題は極めて重要な問題である。何故なら国会議員は国民の代表だからである。幅広い国民の意思、つまり民意が正しく国会に届くようでなければならない。選挙区割りも同じである。国内のそれぞれの地域の民意が正しく汲み取られなければならない。

 議員定数と選挙区割りについて、現状に問題があることは十分承知している。そのため早急に改革に取り組まなければならない。しかし、一方で国民にとって極めて重要な権利である選挙権が損なわれることがあってはならない。そのためこの問題は慎重な上にも慎重に議論、検討することが重要である。むにゃむにゃむにゃ・・・



9.画外

 「北海道か、いいな。とにかく画内は人間の住むところじゃない。そりゃ画外に出れば小さいトラブルとか摩擦は多いかもしれん。でもな、それこそが人間として生きている証だし、そうした中に生きている面白さもあるんだ。つまり画外でこそ生きているということを実感できる。バーチャルなんだよ画内は」

 「バーチャルね。高度に管理され、制御された箱庭での人間ごっこかもね」

 「そういうことだ。画外の方が人間臭いし絶対面白い。ニューカマーの連中はどうして好き好んで画内なんかに住みたがるのかね。仕事の都合なら分からんでもないが」


 「画外といえば、羽田に到着したらすぐに君からメールが入ってね。メールに気を取られて危うく画外に出そうになった。急に止まったら女の子にキャリーバッグを思い切り脚にぶつけられてね。焦ったよ」

 「はは。そりゃ災難だったな。出てしまうと面倒だぜ。俺も一回だけやった。あの時は京急を使ったんだが、なにしろ画外駅始発だからな。最初に蒲田行きで蒲田まで行って、蒲田で南立会川行きに乗り換えてだろう。で、南立会川に着いたらエスカレータで改札階まで降りて改札を出て。それから入画ゲートだ。ゲートを通ったらシャトルに乗って、境界を越えたらまた入画ゲートだ。それでめでたく入画という訳だ。それから北立会川駅の改札を通って、ホームに昇って、さあ北立会川始発でゆっくり座って行こうと思ってたら、その時に限って空港からの直行電車がホームに入って来やがった。直行を見送って次発の北立会川始発を待つのも変な話しだし、結局直行電車に乗って、本当にバカバカしいことをしたと悔やんだよ。でもな、4種の連中は毎日あんなことやってんだからな。感心するよ」

 

 「というと乗り換え3回か。相当なロスだ」

 「それだけじゃなかったんだよあの時は。知ってのとおり入画ゲートと言ったって読み取り機でカードをタッチするだけだから大した手間じゃない。ところが、あの時に限ってゲートの1台が整備のためとかで休止しててね。おまけに1台調子が悪くなって使えない。混雑しているところに、たまたま俺より少し前にゲートを通ったのが4種の奴で、入画許可が切れてるらしくて、あきらめてくれりゃいいのに仕事の都合でどうしても入画させてくれ。今日だけでいいから何とかしてくれと警察官にしつこく食い下がって。それを見ていた周りの4種の連中が加勢してな、「俺たちを差別するのか!4種をなめんな!」とか言って警察官を取り囲んでわいわいやりだした。もうてんやわんやだ。詰所から警察官が大勢駆けつけてきてね。ちょっと怖いくらいだった」

 「へえ」

 「結局、会社に着くまで2時間半ほど掛ったよ。画内行きの直行なら早けりゃ50分で会社に着けるのにな。とんだ災難だった」

 

 「しっかり者の君が何でそんなウッカリをやっちゃたんだ」

 「それがな、住宅を新築するときにうちの商品を入れてくれた社長がたまたま同じ飛行機に乗っててね。世間話をしているうちについ画外に出ちまったんだ」

 「え?君のお客には画外の人間もいるのか?」

 「何とぼけたことを言ってる。1種、2種、3種の資格を取れる人間で実際に画内に住んでいるのは半分もいないさ。生まれ故郷に愛着のある人間は沢山いるし、仕事の都合で地元を離れたくても離れられない人間もいる。権利が有っても画内居住権を申請しない者は沢山いる。また、下手に申請して懐具合を探られたくない富裕層もいるし、意地でも画内なんぞには入らんという気骨のある老人もいる。ちなみに飛行機で一緒になった社長は旧家の人間だからおいそれとは地元を離れられなくてね。工場が近いということもあって画外で暮らしてる。もっとも300坪の豪邸は高い塀と看視カメラと警備会社のシステムでガチガチに守られているけどね」

 「なるほど」

 「画外に住んでる富裕層は、大体があの社長のように暴力団の組長かと思うような家に住んでるか、高い壁と門番に守られたセキュリティータウンかセキュリティー機能の高い要塞みたいなマンションに住んでる」

 「北海道では考えられんな。なんだか空恐ろしくなってきたよ」

 「それほどじゃない。慣れだよ。ところで何日まで東京にいるんだ?」


 「9日までだよ。明日は新木場にある東京工場に行く。明後日は相模原だ。新木場の工場に行くのは初めてだ。僕の方は特に用事はなくて挨拶だけなんだけど、工場の方で色々と相談したいことがあるらしい。相模原の方は学生時代の友人に会いに行く。そいつは相模原で農業をやってるんだけど先週突然電話を寄越してね。折り入って話があると言ってきた。役所嫌いだから農務省に関係する話ではないだろうし、用件が何だか見当がつかない。元々何を考えているのか判らないところがある奴なんで怖くもあり楽しみでもある」


 デスクの電話が鳴った。

 「なんだ・・・そうかつないでくれ・・やあ、内藤さんこの前のコンペじゃお世話になりました。お陰様で2年ぶりの優勝で。一緒に回るメンバーがいいと違いますね。有難うございました・・・えっ?・・そんなに?・・そりゃ今すぐにでも見に行きたいですね。ところが、明日から四国と九州に出かけるもんで。戻りは日曜日の夜だから月曜日には伺います。とはいえよそに取られちゃまずいから取りあえず、明日うちの松田に見に行かせます。えっ?・・まだまだ任せられるレベルじゃないが筋はいい方ですよ。本人にはお前はまだまだ勉強が足りんと厳しく言ってますがね。内藤さん、商売抜きで鍛えてやって下さい。・・ではよろしく」

 「商売繁盛だな」

 「いやな、アメリカから飛び切りのマホガニーが入ったらしい。ワシントン条約で規制されているから氏素性がはっきりした良材はめったに入らなくなったんだ。きっと上物だと思う」

 

 「マホガニーね。さすがKPWだな。で、内藤さんって?」

 「ああ。内藤さんというのは新木場の銘木屋なんだがな、気をつけていないと通り過ぎてしまうようなちっぽけな材木屋でね。但し、銘木の目利きは天才的だ。しかも70歳近いのに、良材があると聞くと地球の裏側のジャングルまで分け入って行くような人だ。銘木ゲリラだな。しかも、法律に触れるような原木をつかませることは99%ない。もっとも本人は結構危ない目に遭ってるようだがな。勿論間違いない分だけ値段は張る。今はお互いウインウインで良い関係が出来ているから最初にうちに声を掛けてくれるんだ。ただ、物が物だけに何処に横取りされるか知れたものじゃない。取りあえず買う気を見せておかないとな。ということで明日うちの松田に行かせるということだ。良かったら松田の車に乗って行けよ。お宅の工場まで送って行かせる。ついでにお宅の工場にも挨拶して、それから内藤さんところに行かせるよ。お前も良かったら内藤さんところでマホガニー見てきたら?目の保養になるぜ」

 「そりゃ助かる。お言葉に甘えるよ。何しろ画の外に出るのは初めてだしね。ただ、マホガニーの方はあいにく時間がない。工場の方でいろいろと説明しておきたいようなのでね。それにマホガニーといったって丸太を眺めただけじゃ何が良いのかよく分からんしな」

 「何でも勉強だけど、本業の方が大事なのはもっともだ。じゃあ取りあえず明日松田に送らせる。ホテルはどこだ?」

 「品川のパレスホテル」

 「じゃあ9時にロビーでいいか?松田に庶民向けの材木の話でもしてやってくれ」

 「何か引っ掛るな。ところで松田さんは今いるの?」

 「ああ、いる。君が出るときに紹介する」

 


10.違憲判決

 2017年、国債発行を続ける中央政府の借金は増える一方だが、日本経済は足踏みしたままだ。

 国会改革はこれまで延々と時間と予算だけは費やされるが、そもそもやる気がないので何の成果も出てこない。そしてこの年、衆議院議員選挙いわゆる総選挙が行われた。

 投票率は過去最低の48%だった。年代別では、18歳以上を含めた20歳代の投票率が28%、30歳代が37%、40歳代が45%と年齢層が下がるほど投票率が低かった。若者たちは政治というものに期待も関心も持たなくなっていた。

 

 選挙が終わるや否や、全国各地で原告団が結成され、選挙の無効を訴え出た。予想通りだ。ただ、今回は一部の学者や政治マニアによる告訴では終わらなかった。

 給料は期待したように上がらない、逆にいつ首を切られるかわからない。学校を出ても定職につけない。子供を持つ親たちはやっと働き口を見つけたと思ったら保育所に空きがない。老人たちはあてにしていた年金を減らされる。それなのに消費税はしっかりと上がる。

 国は何をやっている?政府は何をやっている?そして国民の声を代弁するはずの国会は何をやっている?何もやっていないのだ。怠け者の国会を糾弾する裁判に対する関心は今までになく高まった。

 ただ一方で、裁判の無力さも痛感させられる。仮に裁判所が違憲と判断しても何も変わらない可能性が高いからだ。過去にも多くの違憲判決が出たが国会は何もしてこなかったからだ。

 

 国民の間に重い怒りが広がっていく。国会なんか要らない。勿論政治家も要らない。金ばかり使って何もしてくれないのだから。国会があるところは一等地だから、つぶして再開発して借金返済の一部に充当すればよい。無茶苦茶な話だが国民の中に中央政府や国会に対する怒りが膨らんでいく。

 そして、国会議事堂周辺から霞が関、永田町周辺への抗議デモが毎週土日になると行われるようになり、参加者の数は増えていった。

 その動きは大阪の御堂筋でのデモ行進に飛び火し、名古屋、福岡、札幌と全国に拡がっていった。インターネットでも国会や政府、与党への批判が拡大していった。

 「国会合理化!議員は半減!歳費も半減!国会合理化!議員は半減!歳費も半減!」

 

 そして2018年春の札幌高裁を皮切りに大阪、東京、広島のすべての高裁が2017年の総選挙の選挙結果を無効とする判決を下した。裁判所もこれまで見たことのない国民の怒りに抗うことはできなかった。国は直ちに上告した。これが国民の神経を逆なでし、反発をさらに増幅させた。デモ行進はさらに拡大する。それは地方の小都市にも広がっていった。

 

 

 

 

 


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