4話
耳を劈くような銃声が駐輪場内に反響する。それは近くにいる者の耳に届くには十分だった。
「えっ、外した!?」
春奈は至近距離からの射撃を外したことを理解した。敦は生きているのだ。
――あっぶねぇ~~~!
敦は春奈に銃口を向けられた瞬間、その理由を問う前に射線から頭、上体をずらしていた。春奈による射撃のタイミングまでは極わずかであったが、どうにか間に合い、死を免れたのだ。
射撃による痛みを肩に感じる春奈はそれを我慢し、照準を敦の頭へと再び向ける。
「やめろっ!!」
敦は銃口から弾丸が発射されるよりも早く、春奈が右手に持つ銃めがけて左手を振り払った。それにより射線は敦からずれ、弾丸はあらぬ方向へと発射される。それと同時に敦は春奈の右手を掴みとり、手の甲に強い衝撃を与えて銃を放させる。
「くっ」
手の甲に走る衝撃に一瞬苦痛めいた顔をするも、春奈は敦が自身の右手を握る左手を振り解こうと手を引く。しかし、敦は春奈の腕を力いっぱい握っており、女の力では振り解くことは出来なかった。
それから敦は春奈の右手を持ったまま背中に回り込み、うつぶせに地へと抑え込む。春奈の右腕を掴んでいた左手は右手に持ち替え、空いた左手で春奈の頭を押さえる。
春奈は足をじたばたさせるもそれだけだ。上半身を膝で抑え込まれ身動きできないでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。どうして……、どうしてこんなことを……」
敦は春奈に問う。その時、二人に一つの影が差す。
二人は見上げた。そこにいたのは刀を振り上げる白仮面の存在。
その存在に反応出来たのは、自由に動ける敦だけだった。
「くっそっ!」
振り下ろされる刀を避けるように、敦は春奈の上から転がるように降りる。すると当然、先程まで身動きの出来なかった春奈の体はがら空き同然の状態となる。
「ぎゃぁああああああああ―――――ッ!!」
乙女らしからぬ悲鳴。だがそれ程の悲劇が春奈の身に起きたのだ。
敦は膝をついた状態から頭をあげ、目の前の惨状に恐怖する。春奈の左脇腹がバッサリと裂けていた。白仮面が振り下ろした刀が春奈の脇腹を切り裂いたのだ。
どうしようもなかった状況とはいえ、自分が刀を避けることで春奈が傷ついた。その事実に敦は怒り心頭に達する。白仮面に、自分自身に激怒した。
白仮面はなおも攻撃の手を緩めず、春奈を襲う。刀の刃を左向きに返し、そのまま左方向へと降りぬく。刀は見事に春奈の左腕を前腕から上腕にかけて切り裂いていく。
「――――ッ!!」
声ならぬ声を上げる春奈。
「やめろォ――ッ!」
敦は先程春奈を無力化するために落とした銃を拾い上げ、白仮面に向かって乱射する。
「うおおおおおああああああ!!」
銃声が、何度も何度も鳴り続いた。
「はぁっはぁっ」
荒ぶる呼吸。ようやく静まった駐輪場。敦は弾丸を余すことなく撃ち切った。
白仮面は既に息絶えていた。仰向けに倒れこみ、全身に銃痕を残して血まみれでいた。
「春奈っ!」
敦は春奈に飛びつくように近づく。うつぶせに倒れている春奈を仰向けに返し、抱きかかえるように膝の上に寝かせる。
「春奈しっかりしろ! 意識を保て!」
「うっぐふっ……あ、つしくん……」
春奈は弱弱しい、今にもこと切れそうな状態だった。意識はもうろうとし、口調もはっきりとしない。
「どうして……。一体どうしてこんな事を……」
「ごめんね……あつし、くん……」
春奈はかろうじて動く右手を上げ、敦の頬にあてる。斬られた左脇腹を触っていたのか、その手は血に濡れており、敦の頬を赤く染める。
敦は涙が止まらなかった。自分を殺そうとした春奈だが、幼い頃からの付き合いがあり、今では隣に居て当然、かけがえのない存在になっていた春奈。その春奈が死の淵にいる。その事実を否定したくも、敦は腕の中の春奈の姿に否定出来ないでいた。
「ごほっ……はぁ……。敦君……」
「……なんだ」
「後で、あとで私のポケットのスマホを見て。説明書を読んで。そこに書いてあるから。……真実の、一部がっ!? っくぅ~~~」
「もういい、もういいよ、春奈」
敦は落ちそうになる春奈の右手を優しく握る。
「はぁっはぁっ……。……温かい……。敦君の手……こんなにも……温かかったんだね」
春奈の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「敦君……大好き、でした……。さような……ら…………」
敦に握られていた春奈の手からは力がなくなり、するりと掌から滑り落ちる。
「はる、な……?」
返事はない。
「春奈?」
返ってくる言の葉はない。
「……春奈……春奈ぁあああああ~~~~~っ!!」
駐輪場に敦の声が響き渡る。
◇◇◇
『脱出できるのはただ一人。自分以外は全て敵。殺せ。死力の限りを尽くして。生き残れ。全ての存在を消し去って』
時刻は十八時をまわった。街灯が灯ることはなく、外は真っ暗だ。人、動物の気配はなく、やけに静かな夜だ。
「…………」
敦は家の中にいた。自分が住んでいた三番館の八階の家だ。
何故敦が自宅にいるのか。その理由は単純明快。自宅の鍵を手に入れたからだ。どのようにして手に入れたのか。それは今朝、五番館の駐輪場で起きた悲劇の後、敦が開けた宝箱の中に白仮面を殺すのに使った銃以外に鍵が二つ。銃のマガジンが二つ。銃などを身につけるためのベルト。そしてスマホに差し込めるマイクロデータカードが一つ。それらがきれいに並べられていた。その中の鍵の内の一つが自宅の鍵だったのだ。
春奈の死という悲しみに暮れる中、敦はそれらを手に入れた。その後、春奈のスマホを見て、何故春奈が自分を殺そうとしたのか、その理由を理解した。この空間の中から脱出できるのが一人だけだからだ。春奈は敦と出会う前に、既にマイクロデータカードを手に入れ説明書をアップデートさせていたのだ。
全てを理解した敦は途方に暮れた。生き残れるのは一人だけ。その事実に絶望した。赤の他人を殺さなければならない。既に一人の白仮面を殺しているとはいえ、とてもではないがそう易々と出来る事ではない。
それから敦は、手に入れた鍵の形状に記憶があったため、試しに自宅へと戻り鍵を差し込む。そしてすんなりと自宅への帰還を果たした。家の中も変わらず静かだった。水は出るが冷蔵庫の中は空っぽ。電気は流れているがテレビには何も映らない。家族もいない。他に普段と違いがあるとすれば、玄関に置いてあった一日分の飲み物と食糧だ。だが、敦にはそんな物に手を出す元気はなかった。飲食をする気が起きないのだ。
血と脳髄で汚れた全身。取り敢えずシャワーを浴びて衣類を洗濯する。
その後自分の部屋へとおぼつかない足取りで向かう。自分の部屋に敷かれたままの布団。それに潜りこんだ敦はそれきり動くことなく、こうして十八時を迎えた。
「俺は……これから一体どうすれば……」
うつ伏せになっていた敦はゴロリと仰向けになる。視界に移るのは白い天井とその天井からぶら下がる照明。何をする気も起きない敦は、揺れることもない照明を只々じっと見つめていた。そうして過ぎる事十分。何時間も横になり続けていたため、起きることが億劫になっていた身体に喝を入れ上体を起こす。無心になり続けたことにより、精神状態もだいぶ回復したようだ。
「そういや説明書のアップデートしてないや。……春奈……」
アップデートで思い出されるあの記憶。忘れたくとも忘れられない、辛く悲しい記憶。
敦にとって親しい人の死は初めてではない。父方の祖父母と母方の祖父は既に他界。父方の祖母は敦が中学生になる前に交通事故で、祖父は高校生になる前に老衰で、そして母方の祖父は高校生の時に癌でそれぞれ亡くなっている。敦は祖父母たちに大変可愛がられていた。近くに住んでいることもあり、よくお世話になっていたのだ。そんな祖父母たちが亡くなった時は勿論泣いた。父方の祖母が亡くなった時は小学生であり、初めての身近な人の死だったこともあり、式の最中に参列者の前で声を上げて泣いた。高校生にもなると人前でわんわん泣くようなことはなくなったが、歯を食いしばり、涙を流す事を必死に堪えていた。それでも一筋の涙が流れていた。
春奈は敦にとって血縁者ではない。しかし、幼き日から共に日々を過ごしてきた親友を超える存在だ。春奈が命果てた時は大声で泣いた。白仮面の存在を忘れて大声で泣いた。羞恥などない。感じる暇などなかった。
「はぁ……。俺にとって、春奈はかけがえのない存在だったんだな。……俺も、お前が好きだったよ、春奈……」
死の間際の告白。春奈から聞かされた瞬間、敦は自身の春奈に対する気持ちを理解した。春奈と同じ想いであったという事を。だが時すでに遅し。その想いを伝える前に、春奈は息絶えた。悔やまれる瞬間だった。
「カード……」
だが、そのことでいつまでもくよくよはしていられない。何時間も放心することで気持ちの整理もつき、敦は再び前に進もうとしていた。特にこの状況。いつまでも呆けてはいられないのだ。
敦はポケットから取り出したスマホに、宝箱から手に入れたアップデートデータを読み込ませた。
すると、何も情報の書かれていなかった説明書のアプリにこんな文が出て来た。
『参加者は二十四人。鍵の数は全部で百二十。奪え。殺してでも。集めろ。全ての鍵を。さすれば全てが解放される』
敦はその文をじっと見つめた。春奈の説明書の文を思い出す。一人だけしかこの空間から脱出できない。それと今目の前の文の意味を加えると、一人で百二十もの鍵を集める必要がある。その所有者を殺してでも。そう、ここから脱出するためには。
「生き残るためには、皆殺しか……。本当に、それしかないのか?」
武器を持たぬ平和な国――日本で育った敦には、とてもではないがそんな事を実行するだけの気概は持ち合わせていなかった。
「ダメだ。それは絶対に駄目だ。今は情報を集めるんだ。どこか、どこか抜け道を見つけてみんなで生還するんだ」
自身に鼓舞を入れながら、敦は声に出す。そして敦はぶつぶつと考え事を始めた。
「囚われた人は全部で二十四人。鍵は全部で百二十。一人に五本ずつあてられた計算か。その全てが宝箱の鍵という訳ではないだろう。自宅に入るための鍵もあったんだから。仮に、それぞれの家の鍵は存在すると考えると、マイナス二十四で九十六。それでも宝箱の数が多すぎる。そこら辺の道に置いてあるわけでも、駐輪場にいくつもあったわけでもない。宝箱の数はもっと少ないだろう。それにこの……現象は殺し合いをさせようとしている。人が死ぬように出来ている。そして宝箱の中身は情報や銃器。もしかしたら食料が入っている宝箱もあるかもしれない。全員が同時に飢え死には避けたいだろうから。鍵に対して少ない宝箱。つまりは宝箱の奪い合い。同じ宝箱を開ける鍵が複数存在する可能性があるということか。春奈も鍵を三つ持っていたという事は、宝箱には鍵が二つ入っている可能性もあるな。一本も入っていない宝箱もあると思うけど。春奈のと合わせて鍵は現在六本。その内二本が家の鍵。二本が俺と春奈の最初の宝箱を開ける鍵。これは被ることはないだろう。残りの二本は他の人も開けられる可能性がある宝箱に対応してる、か」
敦は布団から立ち上がり、家の中を歩き回る。
「……今の所確認できた人の死は二人。吉良さんと春奈だ。あともう一人、おそらくだが最初の人も。……まぁ考えてもしょうがない。正確な生存者数と鍵の数なんて分かるわけがないんだから」
リビングの椅子に座り、敦は黙り込んだ。腕を組み、目を瞑りながら天井に顔を向ける。
「一人……か……。だが、それでも動かないと。この世界から脱出するために」
敦は決心した。この世界から脱出することを。しかしそれは正規ルートでの攻略法ではない。
「抗ってやろうじゃねえか、この空間――世界に!」
新たな脱出方法。みんなが生きて帰れる理想のルートを信じて。
◇◇◇
四日後。敦は閉ざされた空間内に閉じ込められたままだった。
この空間から脱出するための新たな方法を見つけること叶わないままに。
「はぁっはぁっ! くそ、しつこすぎだろ! いい加減諦めろってんだ!」
敦たちの数十メートル後方には一人の白仮面が追いかけてきていた。それは数分前から続く追いかけっこ。あまりのしつこさに敦は悪態をつく。
「だから最初から言ってんだろが! 殺しちまえばいいんだってよ! あいつらは人じゃねえんだから!」
「でもでもっ、はっひっ。で、も、でもぉ~~~っ!」
「うるせえぞガキッ!」
「ひゃい~~~っ!!」
「ちょっとあんた。こんな時に子供を怖がらせてる場合じゃないでしょ! 今は協力して逃げて生き残るのよ!」
「はんっ。てめえみたいな婆と協力なんかするか」
「ああんっ!? 誰が婆だって!?」
「絶対に俺だけでも生き残ってやる」
「聞いてんだろうがこの鶏野郎!」
「誰が鶏だってだぁ!?」
「はぁはぁ、やめっ、やっ……やめぇ~~~~っ!!」
敦たち四人は懸命に走っていた。白仮面という死神の魔の手から。
「岩井さん! 鈴木さん! 今は喧嘩してる場合じゃないですよ!」
敦は赤髪のモヒカン男――岩井達也二十六歳と、三十路目の前の長身女――鈴木紗香二十九歳の二人の口げんかを咎める。
「それと千佳ちゃん、頑張って! っていうか失礼するよ!」
「えっ!? ひゃあっ!」
敦は見かけた中で最年少の少女――白崎千佳九歳を肩に担ぐと全力で走る。足の遅い千佳を励ますより、自分が担いで逃げた方が速いと判断したのだ。
「おろっ、ちょっ、はぷっ」
「黙ってないと舌噛むぞ!」
四人は先日敦の主導のもと手を組んだ面々だ。お互いの情報を全て公開したわけではないが、何とかして生き残ってこのふざけたゲームから脱出しようと確認しあった者たちだ。
現在四人が走っている場所はスモークマンションの東側の道路沿いの歩道だ。そこは北向きに上り坂となっており、四人はその上り坂を駆けていた。
「おい加賀。このままだとジリ貧ってか捕まるぜ。何しろ奴らは体力に限りがあるような奴らじぇねえ。少なくともあいつはそういうタイプに違いねぇ」
「確かにそうよね。それは賛同できるわ。悔しいことに」
「おい」
「で、でも、出来る限り犠牲を少なくしたいって言ったじゃないですか! たとえそれが俺らを狙う敵だとしても!」
四人は中央広場に続く左への道を曲がることなく坂を上り続け、四番館への駐車場入り口も通り過ぎ、スモークマンション中心から見た北東の端、坂の上まで登って来た。そこからは左に曲がって坂を下っていくことになる。
「そんな甘ちゃんだと生き残れないぜ。悪いが俺は迎え撃つ」
達也はそういうと手に持っていた金属バットを両手で構え振り向く。数十メートル先には白仮面が無手で今だ追いかけてきている。
「岩井さん駄目です! 武器を持っていないってことは、素手で人を殺せるだけの技量を持ってる厄介な存在の可能性が高い! 絶対に武器に対する対処法も身につけてるはずです! 危険すぎる!」
「へっ。そんなのにビビってばかりでいられるか」
そう言うと、達也は迫って来た白仮面に向かって金属バットを横振りした。
「ふんっるァ――ッ!」
バットの軌跡は白仮面の左肩を捉えていた。敦の肩に後ろ向きに担がれて白仮面が見えない千佳以外の三人、敦、達也、紗香は白仮面の肩が粉砕される未来を予想した。
しかし、その勢いよく振られたバットは空しくも空を切る。それは達也の視点から見ると白仮面が一瞬にして消えたように見えていた。だが、消えたように見えた白仮面は少し離れた所から見ていた敦と紗香にはよく見えていた。
「鶏! 上よ!」
その紗香の声に反応してしまった自分に怒りを覚えながら達也は上を見上げる。すると、達也の頭上から二メートルほどの高さに白仮面はいた。
「馬鹿な! 人間の跳躍力じゃねえ!」
先程自分で白仮面は人ではないと言っておきながらその言葉。達也自身も含め、幸い誰もその事に気付きはしなかったが、達也自身が気付いていた場合、羞恥に身悶えていただろう。
そんな可能性もあった事だが、そんなことに気付けない程、白仮面の跳躍力は尋常ではなかった。
「だが、とった!」
自由の利かない空中にいる白仮面を今度こそとバットを振り上げる。しかしそんな達也の攻撃も容易くあしらわれる。振り上げられるバットを器用に空中で掴み取り、そのまま脚を伸ばして達也の顔面に蹴りを一撃入れる。
「ぐぶっ!」
白仮面は達也を蹴った勢いで後方に宙返りをして見事に着地。しかも空中で掴んだバットを達也から奪い取るという所業までやってのけた。そして白仮面はバットを後方に投げ捨てる。まるで自分には武器などいらないと言うかのように。
達也は蹴られたダメージにより、顔面を押さえながらふらついた足取りで後退する。しかしそれを見逃すような白仮面ではなかった。素早く達也に詰め寄り心臓に掌底を繰り出す。
「岩井さん!」
「鶏!」
「今どうなってるんですか!? 岩井さんが危ないんですか!?」
敦は腰につけたベルトから銃を取り出す。
「岩井さん! 伏せてください!」
その瞬間、達也の首に白仮面の上段蹴りが炸裂する。ぐらりとでも例えるように、敦は倒れていく。
「くそっ!」
達也が倒れたことにより白仮面への射線上に邪魔者はいなくなった。敦は引き金を引いた。耳を劈くような銃声と腕を走る衝撃に耐えながら、敦は弾の行方を確認する。
すると白仮面が達也に重なる様に倒れこんだ。
「あ、当たった」
「この距離なら外すことも滅多にないでしょ」
白仮面までの距離は五メートルもなかった。しかし、敦が気にしていたのはそんな事ではない。
「いや、あいつの事だから躱すかと思ったんですけど……」
「この距離から避けられるわけないじゃない。それよりも鶏が」
若干の疑問を残しながらも、敦たちは達也に近づく。この時は既に千佳は降ろされている。
白仮面が絶命していることを確認し、達也の状態を確認する。
「死んでるわね」
白仮面の最後の上段蹴りで見事なまでに首がへし折れていた。だらんと重力に抗わず力なく揺れている。脈を計ってみても何の意味もなかった。
「こんなにも簡単に人って死んでいいんだろうか……」
「……加賀君。あなた、もう人の命で悩むのはやめなさい。人を殺したくないって言うあなたが白仮面の存在も含めて何人殺してきた? 私だって生きるためにこの手で殺しをしたわ。いい加減この状況を認めなさい。殺しを推奨するこの状況を」
紗香はそう言いながら己の獲物である二本のダガーに触れる。
「…………」
その様子を視界の端に入れながら敦は項垂れる。
そんな敦を心配してか、死体に恐怖してかは分からないが、千佳が敦の背中に額をつけながら抱き付く。
敦たちが囚われてから五日目の正午。生き残りはついに、三人となった。