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3話

「『このアプリは完成版ではありません。各自アップデートを行ってください』…………なんだこれ。次のページは……真っ白。次……も真っ白。なんだこり……」

「私もまったく同じ」

 二人が起動した謎のアプリの内容は、実に拍子抜けする物だった。この閉ざされた空間の事実が明らかになると思えば、説明は何一つなく、各々で情報を集めよと読み取れる一文が書いてあるだけだった。画面をスライドさせども白い画面が出てくるだけ。

「どうするの、敦君。このままじゃ私たち死んじゃうよ」

「……この、『各自アップデート』が気になるなぁ。俺たちに情報を収集できる方法があるのか?」

「……それより敦君。緊張感ないって思うかもしれないけど、私早くシャワー浴びたい。べとべとするし、髪が駄目になっちゃう」

「ほんと緊張感ないな。まぁ俺もシャワーを浴びたいのはやまやまだが、何しろ家の中に入れないからなぁ。外の広場や砂利にある蛇口で何とかできるかね」

「あんな小さくて弱くしか出ない水じゃほとんど意味ないでしょ」

 二人は互いに背中を預けあいながら、これから自分たちはどう行動すればいいのか、周囲に気を配りながら話し合った。

「ひとまず、食料と水が必要だな。こんな状態がいつまで続くか分からないし」

「それはそうだけど、スモークマンションにはコンビニとかないし、あってもやってるとは思えない状況よね」

「なんだよなぁ~……」

 二人は途方に暮れた。すべきこと、やりたいことは沢山あった。食事、水分補給、シャワー、安心して休める、くつろげる場所。それらを得るためにどうすべきなのか。しかし考えれば考えるほど、話せば話すほど、それらは現実味がないという事実に気付かされる。

「あ~あ。この鍵が家の鍵だったらなぁ~」

「そうよねぇ。鍵なんだから何かを開けるための役割は持ってると思うんだけど」

 二人はお互いの鍵を見比べる。二人の鍵の形状は違う。明らかに何か違うものを開けるための鍵だ。

「悩んでいても仕方がない。取り敢えず危険を覚悟で動こう」

「そんなぁ……。敦君は怖くないの?」

 春奈の発言に敦は一瞬詰まる。敦自身も恐怖はあった。いつ襲ってくるとも分からない白仮面の恐怖に怯えながら行動するのだ。怖くないはずがない。それでも生き抜くためには何としても食料と水分、安全で安心して休める場所が必要なのだ。そのことを春奈に説明したうえで、敦は春奈に問う。

「春奈はどうする? もし本当に怖いようだったら、俺だけでもスモークマンションのすべての場所をくまなく探してくるつもりだが」

「それは嫌! 今一人になるのは絶対に嫌!」

「……よし」

 敦は先行して春奈とともにすぐそばの階段を下りていく。白仮面がやってこないか、誰か自分たちと同じような人たちが現れないか、耳を澄ましながらゆっくりと慎重に階段を下りていった。

 いつもなら数分もせずに降り切れる階段だが、八階から警戒しながら降りるとなると、一階までかなりの時間を要した。

「階段を降りるだけでこんなに疲れるなんて」

 目覚めてから二時間、午前の八時をまわった程度だが、気を張り詰めている二人は精神的にも体力的にも既にヘロヘロだ。一階まで降りた時にはもう動きたくないという思いが強まっていた。しかしそんなことも言っていられない。体にムチ打って二人は前進する。エントランスへと無事出た二人は、まずすぐ右手にある駐輪場へと入っていった。

「くまなく探せよ。些細な変化も見逃すな」

「分かってるわよ」

 普段と違う駐輪場の姿になっていればそこには何かしらの理由があるはずだ。それはもしかしたらこの現象と関係があるのかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら二人は手前と奥にある駐輪場内を探索し始めた。

 駐輪場は入り口から入ってすぐ右手に、入り口から奥に進んで右にそれぞれ数十台分ずつの自転車を止められる場所がある。

 二人はまず手前側の駐輪場から調べることにした。壁に沿って両脇に並ぶ自転車を一つ一つじっくりと観察していく。

「全部に自転車があるな」

「そのようね」

 二人は普段と違うところを一つ見つけた。それはいつもなら使われていない置き場所があるのだが、今は全ての置き場所に自転車が立てかけられている。その中には当然のように、

「俺のもあるな。……しかも暗証番号を合わせれば鍵も外せるから自転車は今すぐ使える状態みたいだな」

「私のは奥にあるはずだけど、多分敦君と同じように使えるわよね」

「ま、この感じだと使えそうだな」

 その他に不自然な様子がない手前の駐輪場から奥側の駐輪場へと移動する。

 すると、その一番奥に何とも不自然な物体が置かれていた。それはまるでゲームでよく見かけるような宝箱の形状をした箱状の何かだった。

「……ねぇ、敦君……」

「なんだ、春奈……」

「私の視界に宝箱みたいなのが映ってるんだけど……」

「心配するな。俺も見えてる……」

 二人は奥側へと折れ曲がったすぐの所で動けなくなってしまう。近づいても大丈夫なものなのだろうか。まさか爆弾じゃないだろうかと警戒しているのだ。

「でも確認もせずに放置したままってのはよくないよな」

「やっぱり確認するしかないのね。さぁ行くのよ、敦君!」

「やっぱ俺が行くのね!」

 今だに臭い格好である敦と春奈は、命の危険という状況に自分たちの精神が折れないよう努めて明るく振る舞った。表面上だけでも互いが元気でなければ、この先完全に生きる気持ちを失い、心折れてしまうかもしれない。そんな瞬間を迎えてしまう可能性を避けるため、二人は相談することもなく互いを間接的に励ましあう。

 敦は宝箱に慎重に近づく。左右は勿論、自分の足元や頭上も注視しながら。宝箱を目の前にして気が緩み、簡単な罠に引っかかるのはお約束に近い。それを考えての行動だ。

 たった数メートルの距離が(えら)く長く感じられ、敦は緊張による汗をかく。そんな敦を後方から見守る春奈は、入り口の方を警戒していた。白仮面などの何かしらの人影が見えた場合に敦へ伝えるためだ。

 ゆっくり一分をかけて敦は宝箱へと辿り着く。そこまでに罠と思えるようなものは無かったが、それはあくまで素人目に見ての事だ。実は何かしらの危険があったのかもしれないが、そんな場合は敦にはもうどうしようもないだろう。

「さて……。中身は何か。罠か、何か有益なものか。今後に役立つものだと助かるんだが」

 敦は宝箱に手をかけ、蓋を開けようとする。しかし、蓋はびくともしなかった。

「開かんなっと、これは鍵穴か?」

 開けることに集中していて敦は今まで気付かなかったが、宝箱の蓋には鍵を差し込むような穴が開いていた。

「鍵かぁ。あれが使えたりして」

 敦はポケットに入っていた用途不明の鍵を取り出す。

「さぁて、どうなるかな」

 敦は鍵穴へと鍵を差し込み、左へと回す。

「…………あれ? 逆かな?」

 今度は鍵を右へと回す。

「開かん」

 しかし鍵はピクリとも回らず、宝箱は開かなかった。

「俺の鍵じゃ開かないってことか。春奈! ちょっと来てくれ!」

「何でよ」

「春奈が持ってる鍵でこの宝箱が開くか試してくれ」

「……分かった」

 敦に呼ばれて渋々宝箱へと近づく春奈。外の様子が分からないという不安感に襲われ、春奈の足取りは早い。一刻も早くこの行き止まりである駐輪場から出たい気持ちがあるようだ。

「……ん、開かないね」

 ポケットから取り出した鍵を差し込んだ春奈は左へ右へと回すも宝箱が開くことはなかった。

「春奈の鍵も違うかなら俺ら以外の誰かが持つ鍵で開くってことか? 俺らの鍵でも開く宝箱があるといいんだが。少しでも情報が欲しいからなぁ。くそっ。どうにかして開かねえかな、この箱」

 敦は宝箱を揺さぶったり叩いたりしてみる。

「ちょっと。何かの衝撃で何かが起きたら怖いからもうここを出よ。開かない事は分かったんだから」

 春奈は敦の袖を掴むと駐輪場の出入り口に向かって敦を引きずる様に歩き出す。敦は宝箱にしがみついて抵抗する。しかし春奈はそんな敦の脳天に一撃をお見舞いし引きはがす。その時、敦は痛みに顔をゆがめるが、一つ分かったことがあった。それは宝箱が地面に固定されているということだった。


「さて、開くことはなかったけど、宝箱という物がこの閉ざされた空間に存在することは分かった」

 三番館のエントランスを出た二人は、左手に出てすぐにある砂利の広場へと足を運んでいた。そしてその砂利広場の西側には傾斜三十度ほどの雑草が生えた坂がある。その坂は砂利との間に植木を挟んでおり、二人はその茂みに身を潜めながら今後の方針を話していた。

「うん。そして、もしかしたら私たちの鍵で開く宝箱もあるかもしれないってのもね。鍵は穴に入ったんだから、対応する鍵穴を持った宝箱も見つかるかもしれない」

「そうだな。今は最優先で俺らの宝箱を発見する必要がある。他の人には開けられないだろうし持ち逃げされる心配はないだろうから、あまり急く必要もないけど急ごう」

 敦は今すぐにでも駆けだしたく体がうずうずしていた。しかし、そんな敦に春奈は忠告する。

「敦君落ち着いて。宝箱は逃げないんだからゆっくり慎重に行こ。白仮面の存在を忘れちゃだめだよ」

「あ、あぁ。そうだったな、すまん」

 宝箱の中身の知りたさに、敦は白仮面の存在を忘れかけていた。そんな状態での行動は危険を伴う。それを分かっていた春奈は敦を落ち着かせながら周囲に目を配る。いつどこから白仮面が現れるか分からない今、神経がすり減ってでも周囲を警戒し続ける必要はあるだろう。

「まずは各マンションの駐輪場を見て回ろ」

「了解」

 二人は近くの五番館を見上げる。そして互いの顔を見合い頷く。口にせずとも最初に目指す場所は互いに決めていた。スモークマンションの端、今二人がいる場所から最も近い南西に位置する五番館の駐輪場だ。


「やっぱり正解ね」

「あったな」

 スモークマンションを囲む歩道に砂利広場からいったん出た二人は、坂を上る様に南側へと歩く。その後、交差点の手前で左手に曲がり五番館のトンネル状になっているエントランスへと入る。そこで左手を見ると駐輪場へとつながる入口がある。そこへ入り、二人は慎重に歩を進めながら宝箱を探した。すると駐輪場の奥には予想通り宝箱が設置されていたのだ。

「開くといいんだがな」

「確率は低いと思うけどね。こんな簡単に見つかるような宝箱だもん。きっといくつもあると思うよ」

 そう言いながら春奈は鍵を取り出し宝箱に差し込む。

「……やっぱり駄目ね」

「んじゃ次は俺」

 敦も春奈に続いて鍵穴へと差し込み鍵を回す。すると、カチリと音がする。

「おっ」

「あ、開いたみたいね。気を付けて」

 二人の間に緊張と興奮がはしる。春奈は敦の腕に寄り添う。敦は慎重に宝箱の蓋に手をかける。

「……よし」

 罠の心配を考慮しても結局は開けるのだと、敦は顔を引きながら思い切りよく開ける。

「…………」

「…………」

 二人は顔を見合わせ溜息をつく。そして同時に宝箱に顔を寄せて底を覗き込む。宝箱の中にあったのは――

「こ、これを使えってのか? 冗談じゃない」

 宝箱の底に置かれていた物の中で一際目立つ物。それは銃だった。宝箱の中心に置かれている。これを使って強敵に立ち向かえと言わんばかりに。

「そ、そんな……。私たちも、さ、人を殺さなくちゃいけないの……?」

「そんなこと……俺に訊くなよ。……訊くなよ…………」

 普段目にすることのない銃器。その姿に二人は放心する。

「そ、そうだ。まだこの銃が本物と限ったわけじゃない。単なるエアガンかもしれないだろ?」

「それ、本気で言ってる?」

「それ、は……」

 敦のみっともない抵抗は春奈の一言で撃沈する。

 ――どうする。どうする! 本物の銃なんか持っててもまともに扱えやしない!

 葛藤する敦。そんな敦を見て、春奈は宝箱の中に納められている銃に手を伸ばす。

「春奈?」

「敦君。大丈夫。銃は私が持つよ。心配しないで何とかなるから」

 敦は見た。春奈の震える手を。恐怖に怯える表情を。

どれだけ口上で取り繕おうとしても、それはまる分かりだった。

 ――俺はなんて情けないんだ……。

 年下の女の子に銃を持たせ、自分は守られる存在となる。そんなかっこ悪すぎる未来の己の姿に敦は頭を振る。

 ――俺がしっかりしなくちゃだめだ!

 春奈の手が銃に触れようとした間際。敦は春奈の手を止める。

「春奈。これは俺が持つ。そして、危機からお前を守る。助けてみせる」

 敦は春奈の手を握り、顔を見ながらそう伝える。

 春奈の瞳は涙で滲んでいる。どれだけの重圧を感じていたのだろうか。想像は出来ても春奈ではない敦には到底理解しきれないことだ。

「ごめん……。ごめんね、敦君……」

 敦の手を両手で握り、肩を震わせながら涙声で謝る春奈。

 銃へと伸びかけていた春奈の手から力がなくなったのを感じ、掴んでいた手を離す。

「気にすんな。それにこの宝箱は俺の鍵で開いたんだから、俺が使うのは当たり前だろ?」

 顔を伏せながらすすり泣く春奈。左手は顔を押さえ、右手は力なく宝箱にかかっている。

「ごめんなさい……」

「もう謝るなよ。俺がしっかりしてなかったのが悪いんだから」

 泣きながら謝り続ける春奈に声をかけるも未だにうつむいている。

「ほんとに、……ごめんなさい」

「え?」

 泣き腫れた顔を上げ、敦に向ける春奈の右手には銃が握られていた。その銃口はまっすぐと敦の脳天をとらえている。

 それでも春奈は、泣いていた。

 駐輪場に、銃声が鳴り響く。


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