あいつと彼女。時々、僕
僕たちは子どものころから仲良しだった。男二人と女一人。幼馴染だった。
いや、今だって仲がいいことに変わりはない。だから僕は、僕自身に腹が立つ。許せない。受け入れられない。……腹が立つ。
「いつまでも三人仲良くいようね」
僕は子どものころ二人にそう言った。二人は笑顔で頷いてくれた。子どものころは考えたこともなかった。
いつまでも仲のいい友だちでいられると思っていた幼馴染の彼女は……れっきとした異性なんだって。
――あいつと彼女。時々、僕――
僕たちは今、大学生だ。学校はちがえど、集まれるときは三人で集まっていた。腐れ縁にちがいなかった。
だけど、僕は腐れ縁の禁止事項を犯していた。……彼女のことが好きだった。
「ねえ……」
「どうした?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。ごめん」
だから分かっちゃうんだ。僕たちに流れる微妙な変化。あいつと彼女が僕の方を見る。僕はなんでもない振りをする。
二人は僕を心配してくれる。友だちとして。だけど、二人が互いを見る目が、高校のころから少しずつ変化している。
友だちから異性に変化する瞬間。僕たちは腐れ縁だ。微妙な変化をリアルタイムで見ている。互いを見る目が友だちから変わっていくところ。分かってしまうのが辛い。
そんなもの見えない方が良かった。見えないと錯覚させたい。今のままがいい……いや、正直嫌だけど。僕じゃなくて彼女があいつを選ぶんだったら……今のままの腐れ縁の三人がいい。
「実はさ……俺たち付き合ってるんだ」
「少し前からなんだけどね。言っておかなきゃと思って」
突然だった。何も、僕の家で告げなくてもいいじゃないかと思った。やっぱりかとは思っていたけど……ちょっと嫉妬でその場から逃げ出したいな。
だけど、それすらもさせてもらえなかった。本当、どうして僕の家で……いや、それは今どうでもいいか。現実逃避は止めよう。
「……正直、知ってたよ。ずっと一緒に居るもの。なんとなく分かってはいたよ」
「そうだよな……さすがだな!」
「ふふっ。ドキドキして損しちゃった」
安堵の表情を浮かべてしまうんだね。君たちは僕の……いや、いいや。卑屈になったって彼女はもうあいつに夢中だ。
「本当だよ。大事な用って言うから、こっちまでドキドキしちゃったじゃないか。でも、言ってくれてありがとう。二人とも、おめでとう!」
僕はその日、二人に対して初めて思ってもないことを口にした。いや、本当に祝福する気持ちはあるんだ。でも……それは素直な気持ちじゃないんだ。
僕は別にいい人なわけでもないんだよ。別に期待してたわけじゃない。彼女が僕の方を振り向くとも思っていない。
……だけど、祝福の気持ちと同時に、腐れ縁だったあのころに時間が戻ってくれないかなとも思っているんだ。彼女がまだ、だれにも振り向いていなかったあのころに。
ひどい男だろ? ねえ、そこで喜んでくれている二人。……おめでとう。
「なぁ、こいつったらひどいんだぜ! ……お前もそう思うだろ?」
「ちがうのよ! 今日なんてね……ねっ? ひどいと思わない」
その日以降、僕は二人の痴話喧嘩のはけ口にもなっていた。うれしいことだ。それだけ、頼られているということだから。
だけど、悲しい。僕は知らない。あいつと彼女。二人だけの時間に起こった楽しいことも悲しいことも。僕は聞かされて初めて分かる。
当たり前だけど……僕はもう、二人から置いていかれたんだろう。何がきっかけなんだろうね。僕が転んだのか、二人がペースを上げたのか。分からないね。
「三人で集まるのは久しぶりだな」
「そうね! テンション上がるね!」
「うん。本当、久しぶり」
大学を卒業し、社会人になった。会えるのも時々になった。個別で会うことが多くなった。僕は少しうれしいなと思ってしまった。卑しい。
でも、久しぶりに会った今日、僕は真実を知った。どうやら、二人は喧嘩して会わなかった時期があるらしい。僕は知らない。
そして僕は、その寂しさのはけ口に使われていたのか。二人も卑しい。
この様子じゃ、二人は僕の気持ちに気付いてはいないんだろうな。僕は二人よりもずっと卑しいよ。
あいつと会ったとき、楽しさの反面、嫉妬もたくさんあった。付き合うことを告げられる前よりも、少しあいつに対して攻撃的になったかもしれない。
お人好しのあいつは、さらに心を開いてくれたのだと喜んでくれたけど。いいやつだからさらに嫉妬も膨らむ。
彼女と会ったとき、うれしさの反面、どす黒い欲望が蠢いていた。何か間違いが起これと思った。本当は平等なはずなのに。いや、もしかすると僕の方が長いかもしれない。
僕だって、互いに少しずつ距離を縮めてドキドキし合いたかった。彼女は知らない。友だちとしてじゃなく……恋人として隣に寄り添ってほしかったこと。もう……知ることもないと思うけどさ。
「じゃあな!」
「また会おうね!」
「うん。またね!」
あいつと彼女。時々、僕。久しぶりの再会。帰り道が分かれる。あいつと彼女は同じ道。僕は二人とは違う道。
「二人が付き合う前は……帰り道が僕と彼女が二人きりになれた、大切な時間だったのにな」
楽しそうに手を繋いで帰り道を歩く二人。お幸せに。
ねえ、僕が好きだった人。気付いていなかったでしょ? 帰り道のこの時間。一番近くで……見つめ続けていた僕のこと。
最近、「あいつ」のような感情にも、「僕」のような感情にもなれていない気がします。別にいい人がいないわけではなく、女性にも恵まれていないことはないのだけれど(;´・ω・)