第10話 魔法学院生徒です。
このアークワンド魔法学院に地位はあまり関係ない。
どこぞの国の王子とか、侯爵の娘とかは無意味だ。
ここではただ魔法の素質のみが求められる。
素質ある者は更なる高みに。
素質なき者はただ去るのみ。
実にはっきりした指導内容である。
アークワンド魔法学院はユラト大陸の中央に位置する巨大な湖、通称『女神の寝所』と呼ばれる湖上に建造された。
これは学院独自の魔法と技術漏洩を防ぐ意味合いもあり、学院周囲には結界も張られている。
許可なく入ろうとする者、出ようとする者は湖を縄張りとする水龍が容赦なく沈める。
ちなみにこの水龍は魔法学院・理事長が個人的に契約している。
この魔法学院に出資しているのはユラト大陸に存在する五つの国々、その全てだ。
軍事、特に兵器関連の研究はアークワンド魔法学院では禁止されている。
ここはただ純粋に魔法と技術を高める為の施設。
少しでも役立つ魔法、便利な技術を生み出さんと研究員は働き、生徒は学ぶ。
そんな場所だ。
だからこそ最先端技術が集まる。
だからこそ凡人はいらない。
故に魔法学院の門は狭い。
一年ごとに受け入れる生徒は毎年50人まで。
試験を受ける者はその100倍以上いるとされるが定員を超えることはない。
だからこそ途中入学できる者は優秀な能力を求められる。
魔法に関する知識、魔法を自在に使いこなす魔力。
ある意味、これから学ぶであろう生徒には不可能と言ってもいい試験内容だが、それを突破する者は稀に存在する。
例えば魔神クロウリーを倒した《四聖》の一人、『魔聖』ディースや千を超える魔法を使いこなした『大賢者』エギアルなどがその一例だ。
だからこそ、毎年決められた定員を超えた51人目の新入生徒に話題が集中するのは当然とも言えた。本人の意思に関係なく、アーシャは今や魔法学院には知らない者などいない有名人であった。
いや、知りませんがな。
何?
オレって期待のルーキー扱い?
あの試験はそんなに難関だったの?
そんな事を熱弁する先生方には言えない。
学院始まって以来、史上4人目の定員超えは誰からも神聖視される……わけではないらしい。
今だってあからさまにオレを敵視している奴等がチラホラ。その目には嫉妬の炎だ。
こんなに目立つはずはなかったんだが。むしろ目立つと困る。
オレはここに潜入任務で来たのだから。
試験を突破したオレに、ここの学院理事長は「これから色々大変だと思うけど頑張ってくれ、未来の英雄よ」と言った。最初はこれから遅れた授業内容に追いつくのは大変だよ、そういう意味でとらえていた。
だがそれは勘違いだったと思い知らされたのは入学してから3日目だった。あれはお世辞でも何でもなく事実のみを口にしていたのだ。
もう一度いわせて。知りませんがな。
オレとしては途中入学に、そんな特別な意味があるなど知るよしもなかったのだから。
どおりで入学直後にやたら話しかけてくるわけだ。
てっきりこちらとしては、物珍しい時期外れの入学生扱いの認識しかなかったわけだし。
女の子に話しかけられるのはまぁいい。だが男は勘弁してほしい。
あからさまな下心を見せられては、オレとしても反応に困る。
それに無駄に長い自慢話。
それで本題は?
ない?
失せろ。
むしろ爆ぜろ。
だからと言って入学早々に問題を起こすわけにはいかない。オレは仕事で来ているのだから。
悪目立ちしてはこれから先がやりにくくなるのはごめんだ。
根気よく同年代の生徒達と話していたが、どうにも共感できない話題ばかりに疲労が蓄積されていくばかりだ。
そんなオレを助けてくれたのが美少女アリアだった。
「まだ学院に慣れていないアーシャさんに根掘り葉堀り聞くのは失礼ですよ」
一喝したわけではない。
むしろやんわりと注意しただけだ。
だがその効果は絶大だった。
「それもそうだね」と生徒達が散っていく。
すごい!
何者ですか貴女は!スキル『カリスマ』所持者か?
それからもアリアはちょくちょくオレに話しかけてきたり、困っていた時はさりげなく助けてくれた。
アリアさんマジ女神!!
オレもアリアさんのお友達になりたい!しかしオレの意思を尊重しているのか、アリアは決してある一定のラインを踏み込んではこない。
ふむ、こちらから踏み込むべきか?
しかし女の子に対して気の利いた一言も言えないオレから友達になろうよとか、どんだけハードル高いイベントだよ。
ボッチ属性のオレにはそっちの方が不可能だ。
史上4人目の定員超え?
何それ美味しいの?そんなものよりアリアと友達になれる券とかをオレに発行しろ!
くそ、NPC相手に何を悶えているんだオレは!?
仮想恋愛アドベンチャーゲームには食指の動かなかったオレだがなるほど、これで何故あのジャンルに需要があるかを理解できた。
これはハマるわけだ。
リアルではあり得ない。
だからこそこちらのツボを的確に刺激してくるNPC達。
これじゃあリアルで恋愛できねぇよ。
さて、こういうシナリオの定番と言えばアリアこそが擬態、もしくは憑依されている魔人の部下なのがテンプレだろう。途中入学の怪しい生徒。
それとなく監視する為に近付き、時には助けて恩を売り、依存させていく流れ……
うん、よくある。
そして最後にどんでん返し!
裏切られ傷つく主人公!
高笑いするアリア!絶体絶命!!
……あるある。
それを危惧してオレは必要最低限の範囲でアリアと接する。美少女に依存…………ヤベェオレどっぷり依存しそう。
それで裏切られたら自殺もんだ。
純粋な善意か?
はたまた計算しての接触か?
アリアの本心を二週間で知れるわけもなく、オレは少しばかり思い切ってアリアと接する時間を増やそうと思う。
べ、別に小首かしげて上目遣いされたから誘いにのったわけじゃないんだからね!
……ツンデレ風に誤魔化してもダメ?
うっせぇ、あれがワザとだとしてもついて行かなきゃ男じゃない!
体は女だけどね!
そんなわけで今は本心イヤイヤ、だが表面は澄ました表情でドルイド先生の授業を受けている。
生徒は見事に女子ばかり。
皆さんイケメン好きですか?
イケメンくたばれ!将来そんなことではイケメンに騙されちゃいますよ!
人間中身ですからーーーー!
大半の女子生徒はハートマークと表現してもいい目で授業を受けているが、例外もちゃんといる。
アリアは真面目に授業内容を聞いているし、ノートには休む間もなくペンを走らせている。
オレから見てもドルイドの授業内容は理にかなっている。
確かにあれなら効率よく魔法を使用できるだろう。
人間性は気に入らんが教師としてはなるほど優秀だ。
だてにこの学院で教鞭をとっているわけだ。
「さて、ここまでで質問はあるかな?」
スッとアリアが手を挙げた。
ドルイドが真面目に授業を受けていたであろうアリアに、嬉しそうに微笑む。
なるほど、あの笑顔で女子生徒はイチコロか。爆発しろ!!
しかしアリアには効果がないらしい、いつも通りの表情で質問している。
赤面の一つでも期待してたであろうドルイドは若干気落ちしていたが、アリアの質問に真面目に答えた。
それから特に変わった事もなく授業は終了した。
次々と女子生徒が席を立ち、ドルイドの周りに集まる。
「ここがわかんないんですけど」
「先生、私もここが」
「ドルイド先生は休日、何をして過ごしているんですか?」
ドルイドの関心を自分に向けようと少しでも接点を求めて質問していく女子達。一部授業に無関係な質問をする生徒にも、ドルイドは律儀に答えている。
うん、イケメン爆ぜろ!
アリアは授業中に聞きたい事は聞き終えたのだろう、勉強道具を鞄にしまい、さっさと教室を出ていく……かと思いきやオレの方へと歩いてくる。
あれ?
オレに用事か?
「アーシャさん、一緒に寮に帰ろ?」
まさかのお誘い。
いやまぁ寮までだから別に大した意味もないだろうが。
「友達はいいの?」
アリアの友人達はドルイドの周囲でアレコレ質問している真っ最中だ。
「彼女達はドルイド先生相手だといつもあんな感じだから、先に帰っても問題ないの。アーシャさんは先生に質問とかあった?」
「ううん。聞きたい事は授業中にアリアさんが聞いてくれたからもうないよ」
「お世辞でも嬉しいよ」
ニコリと笑うアリア。
半分はお世辞だが半分は事実だ。
授業中のアリアの質問は全て的をえていた。
オレが教師の立場だったら舌を巻いていたであろう的確さで。
アリアは間違いなく天才の部類だ。
それを絶賛して本人に伝えるが
「うーん……どうなんだろ?自分ではわかんないや。それよりもアーシャさんの方が私よりもすごいと思うよ。この魔法学院に途中入学できたのは今までに3人しかいなかったんだから」
と褒め殺し返しされた。
謙虚なええ娘や!
そうやって互いを褒め殺しているとあっという間に寮に着いてしまった。
美少女と話していると時間経過が早すぎる!
「それじゃあ今日はここで。また明日ね、アーシャさん」
手を振りながら自室へと帰っていくアリアを、オレも手を振り返して見送る。
うん、学院生活も悪くないな。
そんな幸せな時間は翌日、綺麗さっぱりなくなった。
昨夜未明、魔法学院生徒一人が死亡。
翌日、朝から一人の生徒の行方が不明。行方不明の生徒の名を聞いてオレは愕然とした。
消息不明生徒の名はアリア。
オレはただ黙って拳を握りしめた。