鬼の毛糸の帽子
【鬼の毛糸の帽子】
二回目の十二月。
今年はちょっとが早い気がする。
どうしてるかな、寒がりのアイツ。
私の部屋で胡坐をかいて梨を食べていたアイツは、笑いながら言い訳をした。
「別に浮気をしたわけじゃないだろう」
ほんの些細なことだったと思う。でも、私はアイツに念書を書かせた。
「私、小金井春馬は、今後合コンには一切行きません。
もしも、約束を破った場合、境 千恵の言うことをなんでも聞きます。これで良いのか」
溜息まじりに宣言してからひと月、そのに始めてしたに足を入れ「ごめん」とアイツは謝った。
アイツは他の女の子に恋をした。私の知らない女の子。
「どんな子なの?」
「まあ、普通」
髪は長いの? 歳はいくつなの? どこで出会ったの? いつから?
そんなことを聞いても意味がないことは分かっている。でも、聞かずにはいられなかった。
「そうなんだね」私はもっと聞きたいことも言いたいこともある気がしたが、それ以上は泣いてしまって何も言えなかった。
「約束したよね」
泣きながらも、私は鞄の中にいつも入れていた念書を取り出しアイツの前に開いて見せた。
「約束したな」
でも、と言いかけてアイツは観念した顔で、から足を出し正座をした。
思い切り殴ってやろうかとも思ったが、そんなことは出来そうもない。別れるぐらいなら「殺してよ」と言いそうになるが、ちょっと演歌チックだからめた。
でも、それが、その時の本当の気持ちだったのかもしれない。
バイトに行き、帰ってきてネットをしたりテレビを観たり。時々は友だちと買い物に行ったり食事をしたりする毎日。
そんな毎日の中で、私の生きがいはアイツだった。アイツがいたから、なんでも楽しく辛いこともとりあえず忘れることが出来た。
アイツがいなくなる毎日なんて考えられなかったし、そんな毎日はいらいなと思う。
だから、殺してしかった。物騒な言い方だが、アイツに殺されたなら諦めもつく。それほど私はアイツが全てだった。
そう思っていたのに、私の口から出たのは「鬼になって」という言葉だった。
「鬼になるってどういうことだよ」
「鬼は鬼よ。頭に角の生えた鬼。そうだ、赤鬼がいい」
「お前、大丈夫か」
大丈夫な訳がない。アイツと過ごす計画しかないのだから。
来週封切の映画も、クリスマスのイルネーションも、お正月のバーゲンも、花見だって、海だって、キャンプだって、スノボだって全部アイツと行くつもりだったんだ。
「どうすりゃなれるんだよ」
アイツが逆切れした。
「そんなの自分で考えなさいよ。約束なんだから」
「ああ、分かったよ」
アイツは壁にかけていた赤いダウンをはぎ取るように掴むと「赤鬼になったら、会いにきてやるよ」と捨て台詞を吐いて出て行った。
クリスマスイブの日。
カフェで、その話を学生時代からの友だち、沙世にした。
「なんで赤鬼だったの?」
彼女はどうして他の女にアイツが走ったかよりも、そのことの方が不思議なのだ。
「自分でも分かんないよ」
「でも、赤鬼なんて悲しいね。知ってるでしょう、泣いた赤鬼って童話」
残念なことにその童話は我が家にはなかった。鬼が出てくる話は桃太郎しか思いつかない。
「まあ、いいわ」
沙世は泣いた赤鬼の話をしかけて時計を見た。彼女との約束は、もう二分過ぎている。
「いいよ」私はそわそわと外を見る彼女を彼の元に送りだした。
それから、私は本屋に行き【泣いた赤鬼】を立ち読して泣いた。
本屋のお兄さんが驚いて「どうしました」と聞くほど私は本屋で号泣した。
それ依頼、私の趣味は童話を集めることになった。部屋の中に散らかっていたファッション雑誌やアイツに借りっぱなしだったマンガを処分して本棚を童話で埋め尽くした。
沙世は「童話研究家にでもなるつもり」と笑うが、そんな気は更々ない。
ただ、古本屋をめぐり古い童話を探していると時間がすぐに過ぎ、アイツのことを忘れられるのじゃないかと思った。
でも、それは大きな間違いで、古本屋の中にアイツと背丈がにている男性を見つけると、こんな場所にいるわけもないのに近くに寄って確かめてしまう。
アイツが持っていた読もしない経済学の教科書を見つけると、最後のページに名前が書いてないか探してしまう。
古本屋で気に入った童話を手に入れ、それをカフェで読む。
(聞いてしいな)私の心はアイツを探す。
(聞いてしいな。私が童話を集めてること。
何十冊も読んだけど、いまだに【泣いた赤鬼】よりも泣いた本はないんだよ)
そんな話をしたくて何度もメールしようと思った。
でも、出来なかった。
童話を本棚に並べに足を入れる。二年前までは、アイツが寝そべって漫画を読んでいたから、私の足は遠慮がちに端っこに入っていたのに、今は、真ん中でゆったりとしている。
「赤鬼は村の人と仲良くしたいと青鬼に相談した。
青鬼は里で暴れ、赤鬼は暴れる青鬼を退治した。
赤鬼は村の人に感謝され、仲良くくらしました。
そして、青鬼は『もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません』
そう言って旅にでたんだよ。張り紙をた赤鬼は泣いたんだ。」
私はいつものように絵本を開いてアイツに話かけた。
今頃は新しい彼女と仲良く暮らしているのかな。
クリスマス間近の日曜日に、私は古本市に出かけた。
マフラーをグルグルに巻いてモコモコの服に毛糸の帽子。ダサいけど寒さには勝てない。
古本市の傍には古さが自慢の遊園地があり、TDLに行かない家族連れが歩いている。
その中に見覚えのある赤いダウン。その隣には誰もいない。
私はそっと後を追い、クシャクシャの髪を見ると角があった。
私の気配に気づき振り返る男の顔は悲しく笑っていた。
自慢のダウンは黒ず、ジーンズも汚れている。
頬はこけ顔色も良くない。
「元気にしてるの」
私は赤鬼になった彼が心配でしかたなかった。
「もう駄目だよ。何をやってもうまくいかない」
彼にはあの頃のような輝きはなくなっている。
「何があったの」
偶然に出会えることだけを祈って過ごした二年間。
出会ったらなんて言おうかと、毎日寝る前に考えていた。
目を瞑って出てくる彼は、私にさよならを言ったときよりも素敵になっていた。
なのに。
「頑張ってるだ。頑張ってるけど駄目なんだ。いったい何が悪いんだ。もう死にたいよ」
泣き言ばかり。
「大丈夫だよ。私には分かる」
私はうなだれる彼に毛糸の帽子をとって角を見せた。
私は彼が出て行ってから、ずっと願っていた気がする。誰かに恋が出来なかったのも、きっとそのせいだ。
ずっと二人きりで過ごす毎日が訪れると信じていた。彼がどこで何をしていようとも、その日が来ると信じていた。
答えのない「Because」。
I love you Because ・・・・・・
好きになるのに理由はない。それは運命。
鬼になった二人の住む場所は、東京にはない。鬼が島を探し二人だけで過ごそう。きっと、暖かくていいところだよ。