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これを逃せば次はない、絶好の機会だ。
両親は、会談か何かで明日まで帰って来ない。
乳母のウサギは厨房。
家の周りを警護する人達はやっと歩きはじめた子供があんな高い位置にある窓から外に出るなんて思いもしないだろう。
そして何より………ユリア、昼寝中!
満を持して、俺は森に入った。
変なモノがいるような気配はしないし、いざとなれば魔法がある。
森に入った目的は一つ。
この体でどこまでの魔法が使えるかの確認……と銘打ったストレス発散。
三年も魔法を自由に使えないというのが思っていた以上にストレスとなっていたからだ。
前の俺は頻繁に魔法を使っていたからだと思う。
それがしなければならない事、義務だったから。
ここまでくれば大丈夫かという場所に簡易結界を張り、その中で様々な魔法を小規模で試していく。
的が無いのが残念だ。
技術は転生前とさして変わらない。
魔力の量は格段に上がっていた。
父親があれだけ化け物じみた魔力保持者なら当然かもしれない。
二十分程度、試しただけで息が上がる。
身体が幼いせいでか体力が全くない。
わずかな時間だが、スッキリできたからいいか。
魔法が自由に使えるというのは大きな武器だ。
何があっても己の身を護れる。
ただ、的が無いのが本当に残念だ。
帰ろうとした矢先、近くの茂みで何かが動く音がして、俺は木の影に身を潜めた。
見ると、ユリアが一人でキョロキョロしながらこちらにやってくるではないか。
起きたのか……。
だいぶ深くまで入ってきたつもりだったので、彼女がこんな所まで追ってくるとは思わなかった。
……仕方ない、出て行くか。
俺が姿を表したにも関わらず、ユリアは何かに夢中になっているようだ。
その事に少しだけ不快を感じる。
彼女の視線の先には頭に黒い斑点のある白い蛇がいた。
……前の世界の図鑑に載っていたあの蛇と同じなら、あれは猛毒を持っている。
軽く稲妻を走らせて追い払うつもりが、勢い余って火花を散らしてしまった。
蛇は黒焦げになり異臭がここまで漂ってくる。
人前で魔法を使ってしまったが、どうせユリアには何が起こったか理解出来ないだろう。
「大丈夫か?」
彼女を異臭の元から離そうと手を引く。
うっかり話しかけてしまったが、もう喋っても違和感の無い年齢だと思う。
俺はユリアの真似をしてきたが、彼女の言語理解はかなり遅い方だ。
良かった。医学書も読んでいて。
ユリアはなぜか考えこむような素振りを見せてから、その小さな口を開いた。
「大丈夫です。リオネルお兄ちゃん」
……ん?
三歳児って、もうこんなに流暢に喋れるものなのか?
「もうそんなにしゃべれる時期なのか……?」
それは自問だった。
だからまさか――
「いえ、言語理解はもうちょっと後かなと思います」
――こんな返事が帰ってくるなんて思ってもみなかった。
これらの状況から導き出せる答えは一つ。
「もしかして、お前も転生者なのか?」
「もしかして、あなたも転生者なのですか?」
もはや返事など必要もなかった。
俺達はお互い呆気にとられ、しばらく固まった。
先に動いたのはユリアだった。
「そ、そうだったんですね」
「そうみたいだな」
それから少しお互いの事を話した。
彼女は事故に巻き込まれて死んだ、と思っていたら転生していたそうだ。
話の最中、彼女はバツが悪そうに視線を彷徨わせ、俺と目を合わせようとしない。
何か後ろめたい事でもあるのだろうか?
それより、彼女が転生者だと言うなら一つだけ言っておきたい事がある。
「そうだ。夜起こすのは辞めてくれ」
「お、起きてたんですか!?」
「あれだけつつかれたら目も覚めるだろ」
二回目から無視だけどな。
「えと、その、私、子どもとかちっちゃい子が大好きで……赤ちゃんとかちびっ子見ると無性になでなでしたくなってしまう病気で……」
「……意味が分からん。何が言いたい?」
「その…………迷惑でしたよね? 一日中付きまとうの……とか」
……………………?
…………。
……………ああ。
そういう意味か。
つまり、前の俺の片寄った常識でも正しく認識されていた事柄はあった、ということ。
だいぶ前に腹をくく……思い直した事案だったので何の話か分からなかった。
「まあ、そうだな」
「うぅ」
ユリアは顔を赤らめて俯いてしまった。
俺は、彼女の話を聞いて酷く落胆している自分がいるのに驚いた。
彼女が見ていたのはリオネルの幼い子供の容姿。
やっと掴みかけた光をまた見失った。
そんな気分だった。
「帰るぞ。そろそろ戻らないとウサギが心配する」
「はい。……あのっ」
「俺たちの事は今まで通り隠しておこう。知られるとめんどくさい事になりそうだ。いいな」
「は、はい……」
その時から、ユリアが俺の後をついて回る事はなくなった。