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転生して半年を過ぎた頃から、夜に妙な事が起こるようになった。
深夜、寝台の揺れで目をさますと、ユリアがものすごい笑顔で俺の頬をつついてくるのだ。
……謎な行動だ……。
やはり赤ん坊というのはわからん。
しかもそれは毎夜繰り返された。
二回目からはめんどくさいので寝たふりを決め込む。
頬を突つくのに遠慮なんて欠片も感じられず、寝さしてくれと思うが、相手は赤ん坊。
ここは大人な俺が我慢しなければ……。
そうして、俺はどんどん不眠症になっていった。
昼はなるべく寝たくない。
今、俺に最も必要なのは大人達の些細な会話からの情報だから。
今も両親が部屋でリオネルとユリアを見にきた客人と話しているので、重い瞼を根気で押し上げ、彼らの話に耳を傾けている。
俺の苦労も知らずに隣でスヤスヤと昼寝をするユリアにムカっとしたが、彼女の無邪気な寝顔に毒気を抜かれてしまった。
なんの前触れも無く、ユリアがパチリと目を開く。蒼い双眸がリオネルを捉えると、彼女はふにゃりと笑った。
……なんだか嫌な予感がする。
俺は四つん這いになってユリアから離れた。案の定、彼女も四つん這いになってこちらを追いかけてきた。
ない!
逃げ場が!
俺はジリジリと隅に追いやられ、背中には柵、目の前にはユリアと完全に追い詰められた。何故だかわからないが、前の俺の友人Aが、『女って生き物は生まれた時から狩人なのよ』とかなんとかほざいていたのを思い出す。
ユリアは再びふにゃりと笑うと、リオネルに抱き付いてきた。
というか、のしかかってきた。
バランスを崩した俺とユリアは横に倒れる。
きゃっきゃと笑うユリアの息が耳にかかる。
ぞわぞわするので顔の向きを変えると、今度は鼻と鼻がぶつかるくらい近くに彼女の顔があった。
なんで向かい合ってしまったのだろう。
彼女はにへらっと笑うと頬をすり寄せてきた。
ユリアは俺を人形か何かと勘違いしている。
俺は、彼女がこうなったらしばらく離してくれない事を経験で知っていた。
自分の頬がどんどん熱くなるのを感じる。もちろん摩擦熱で。
襲われている……。
立てもしない赤ん坊に襲われている……。
あー! 鬱陶しい!!
しばらくじっと我慢していたが、限界を越えた。
ユリアを押しのけた反動で、今度は俺がユリアを押し倒すような格好になってしまう。
パチクリと眼下にある彼女の瞳が瞬く。
………………………………………………どちらかというと襲う方が好みだ。
って、何を考えてるんだ俺は!!
そんな性癖は持ち合わせていない!!
と、とにかく、ユリアの抱きつき癖は大きくなるまでに治させなければ!
深呼吸して心を落ち着かせ、冷静になったらなんだか腹が立ってきた。
ペチンとユリアの額を軽く叩く。
ユリアは呆然として、たたかれた額をさすっていた。
それから、ユリアが抱き付いてきたり頬をすり寄せてくる頻度が格段に減った。
彼女は案外物分りがいいのかもしれない。