わたしといっしょにうたおうよ!⑨
★ クロ編 ★
次がカクテルの出番であることを告げるアナウンスが流れる。
「お。そんじゃー、行って来ます!」
ユキが私たちに敬礼して、意気揚々と仲間とともにステージへ向かう。
「そういえばアメリ、最近カンナを見かけないけどどうしたの?」
「ああ、ちょっとね」
アメリが答えをはぐらかす。彼女が隠し事をするなんて珍しい。ちょっと顔が寂しそうだ。あまり追及しない方がいいのかも知れない。
それにしても、アメリは不思議な猫だ。
ミケはあんなに性格が丸かっただろうか? 前の夜会での、アメリとのやりとりから、急に人柄が丸くなった気がする。
隣町の片隅に埋もれていたカクテルも、アメリと出会ってこの街で脚光を浴びることとなった。
そして、何より変わったのが私だ。歌しか友達が居なかった私が、アメリとの出会いを通じて、たくさんの友人に恵まれた。声が出なくなった時、アメリの尽力がどれほど心強かったか分からない。
アメリは、みんなの幸福の招き猫だ。
声が戻った日の夜、私は自分の歌が新たな地平を切り開いたのを実感した。それは、再び歌えるようになった喜びと、恋。
私は、アメリに恋してしまったようだ。でも、アメリにはすでにカンナがいる。私は、カンナを裏切れない。二人の関係を踏みにじることができない。苦しい。恋って、こんなに苦しいものだったんだ。どきどきする以上に心が苦しい。
「クロ、出番だよ」
私は、アメリに揺さぶられて我に返った。出場アナウンスにまったく気が付かなかったらしい。いつの間にか、カクテルも戻って来ている。
「ごめんなさい。行きましょう」
私とアメリはステージに向かった。
私たちが姿を現すと、会場は割れんばかりの喝采に包まれた。ミケの九九点でテンションが上がっていることと、私の復帰。また、前回あの男のせいで台無しになってしまったというアメリの歌が聴けるということなど、様々な要因があるのだろう。
紹介が終わり、イントロが流れる。
『ねえ手を取って 私と一緒に歌おうよ みんなで歌おうよ あなたの優しさが好き みんなの笑顔が好き。
手を合わせて 顔見合わせて 一緒に歌おう さあのびやかに さあ高らかに』
私たちが歌い始めると、それまでの熱狂が嘘のようにしんと収まってしまった。驕りでも何でもなく、聴衆が私の歌に聴き惚れているのが実感として分かる。私の歌を聴き逃すまいと、静かに聞き耳を立てているのだ。
歌が終わると、観客は夢から醒めたように、ぱらぱらとまばらな拍手をし始め、徐々に巨大な拍手へと変わって行った。
私たちは、一礼してステージを降りた。
「凄かったね、クロの歌。みんな聞き惚れてた」
ステージ施設出入り口に向かう途中、アメリが手を頭の後ろで組みながら私に話しかけてきた。
「いいステージだったなー。これで私も、思い残すことがないよ。あ、ミケとトリオで歌えなかったのはちょっと残念かな」
(え……?)
何を言ってるの、アメリ。思い残すことがない? 何よ、それ。
「クロ、私とカンナは旅に出ることにしたんだ。いつまた、この街に戻って来れるかは分からない。先週、クロの歌を聴いたときに決めた。黙っていてごめんね」
「嘘、でしょ……?」
「嘘じゃないよ。カンナがずっと出てこれなかったのも、旅の準備のためなの」
「嘘だって言ってよぉっ!!」
私は絶叫して、アメリに掴みかかってしまった。こんなのって、こんなのってない! 目から涙が零れてくる。
「今の私じゃ、クロの歌に釣り合わなくなってしまったもの。私は、クロと対等な関係でいたい」
「点数なんて気にすることないじゃない! 今ではこんなに立派な夜会も、きっと最初の最初は、猫の集まりで、少数の好き者同士がにゃあにゃあ歌い合っていただけに違いないわ。それでいいじゃない!」
「点数の問題じゃないよ。クロなら分かるよね」
言ってることが支離滅裂になり始めている私を、アメリが優しく説き伏せる。
私は、アメリの足元に崩れ落ちて、ひたすら泣いた。行かないで! 行かないで! もう、横に立つ資格がどうとか言わない。だからお願い!
他人は、私の事をクールだと評する。でも、そんなことない。本当の私は、こんなにも感情的だ。
「私、旅先で色んなものを吸収してくる。そして、クロの横に相応しいって自信付けたら、絶対この街に、クロの元に戻ってくるよ」
アメリが、屈んで私を抱きしめる。私は、そうしてどのぐらい泣いていただろうか。
「キス、して……。私、初めてはアメリがいい」
涙が少し落ちついてくると、私は最後の駄々をこねた。
「そっか……。クロ、気付かなくてごめんね」
私の恋心を理解したアメリが、そっと唇を重ねてくれる。
さようなら、愛しい猫。また逢う日まで。