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わたしといっしょにうたおうよ!⑦

★ アメリ編 ★


 私は、クロの家を飛び出し、矢のような速度で駆けた。疲れているし、教会まではかなりあるけど、クロのためだ。今、一番苦しいのはクロだ。私は一心不乱に疾走はしった。

 闇夜の街を駆けて、駆けて、駆け抜けると、馴染みの教会が見えてきた。


「まりあさん、いますか!?」

 私は、息を切らしながら教会の中に入った。

「あら、どうしたの。そんなに息を切らして?」

「大至急、相談したいことがあるんです!」

 私はまりあさんの許へと進んでいった。

「ここでいいかしら?」

まりあさんが参列席を指し示す。

「はい」

 私は、まりあさんに勧められた席に腰かけた。まりあさんも隣に座る。

「友達の声が、出なくなってしまったんです」

「クロさんのこと?」

 いきなり言い当てられて、耳が立ち、尻尾が膨らんでしまった。ああもう、秘密なのにバレバレじゃないか!

「あの、これはその……」

「ごめんなさい。詮索するべきではなかったわね。カンナさんは恋人だし、あなたのお友達といったら、彼女しか思い浮かばなくて。神に誓って秘密は守るから安心してちょうだい」

 私はほっと胸を撫で下ろす。神に誓って、という安っぽいセリフも、まりあさんが言うと崇高に聞こえる。同時に、自分の交友関係の狭さを呪った。もっと友達増やさないとなあ。いや、今はそんなことはどうでもいい。

「とりあえず、『友達』ってことで話を進めますね。とにかく、その友達が突然声が出なくなっちゃったんです」

「原因に心当たりはないの?」

「離れて暮らしていた、仲の悪いお父さんが戻って来たらしくて、友達と、友達のお母さんに暴力を――」

「……確か昔、ストレスが原因で声が出なくなった猫と出逢ったことがあるわ」

 しばし思いを巡らせていたまりあさんが、思い出して言った。

「その猫は治ったんですか!?」

「ええ、一週間ほどで自然と。ただ、聞くところによると、そのままずっと声が出なくなってしまう猫もいるみたい」

「一週間で声が戻らなかったらどうすればいいですか?」

「うーん……。とりあえずは、ストレス発生源から遠ざけることね。それが、回復に繋がるみたい」

 ストレス発生源といえば、やはりあのおじさんしかいない。

「まりあさん、ありがとうございました。参考にしてみます!」

 私は深く礼をし、踵を返してクロの家に向かった……が、思い立って振り向く。

「あの、打ち身の薬があったら分けてもらえませんか?」


「クロ! クロ! ただいま!」

「アメリね。今開けるわ」

 クロの家の前のドアに着いた。息を切らしてノックしながら声をかけると、カンナが応答して、鍵を開けてくれた。

「クロの様子はどう?」

「相変わらず」

「そっか……。あ、打ち身の薬もらってきたよ。返すのは治ってからでいいって」

 クロとおばさんは、互いを抱き寄せあっていた。私は、チューブを絞って、おばさんの頬に打ち身の薬を塗る。

 クロが『ありがとう』と書く。

「で、肝心のクロの件なんだけど、大体一週間ぐらいで声が出るようになるんだって!」

『本当?』

 クロが笑顔になり、尻尾が立つ

「うん。ただ……」

 言うか言うまいか迷ったが、きちんと伝えることにした。

「一週間以上経っても、声が戻らない場合もあるみたい。その場合は、ストレス源から遠ざかる必要があるって」

 クロの表情が沈んだ。遠ざかるも何も、向こうから襲ってくるのだ。おばさんの脚が悪い以上、逃げるのは難しい相談だ。

「私たちも、なるべく様子見に来るから、気を落とさないで。こういうノックするから」

 我ながら、慰めになっていないなと思う。ともかくも、元に戻ったちゃぶ台を叩いて、こんこん、こ、こんこん、というリズムを聴かせた。

「カンナもこれでお願いね」

「分かったわ」

 クロもこくこくと頷く。

「じゃあ、朝になりそうだから、今日はこれでお邪魔します」

「お邪魔しました。これ、良かったら使ってね」

カンナは紙を余分に何枚か渡すと、私と一緒に退出した。



「ねえ、クロ様は?」

 次の夜、クロの分まで頑張ろうと、いつものようにステージの上で練習していると、ミケがステージ下から話しかけてきた。いつものように、ミケの連れの、確かノラだったっけ、も隣にいる。

「ミケ、珍しいね。練習しているところにくるなんて」

「普段はクロ様に、自分の練習に打ち込みなさいって言われるのよ。でも、あんなことがあった後ですもの。やっぱり、あの時の怪我か何かが原因で来られないの?」

「えー、うん、そんなところかな」

 私は、答をはぐらかした。

「クロ様……」

 そう言いつつ、ミケはノラの手をぎゅっと握った。良かった、ミケのノラに対する気持ちはお留守になってないようだ。

「そういえば、あの後、こっちではどうなってたの?」

「あなたはクロ様を追って行ったのよね。ミケも追いたかったけど、あの混雑の中、はぐれたノラを放っておくわけにもいかなかったし。あの後は大変だったわよ。クロ様と幼い頃別れた父親が、男女の関係を持とうと戻って来たっていう噂で持ち切りだわ」

 私は頭を抱えた。話に変な尾ひれがついている。

「ミケ、後半はデマだから、それ!」

「そうなの?」

 ほっと胸を撫で下ろすミケ。やれやれ。

「でも、じゃあ何が目的なのかしら」

「あのおじさんは、確かクロの歌と名声が力になるって言ってた」

「親の七光りじゃなくて、子の七光りを得ようというわけ!? せっこい親父!」

 ミケの尻尾が、不快げにぶんぶんと振れる。

「それはともかく、クロの回復には一週間ぐらいかかるみたい」

「そう、次の夜会にはぎりぎり間に合うのね。よかったわ」

「うん」

 もっと長引く可能性があるかもしれないことは、黙っておいた。

「じゃあミケ、歌の練習に戻っていいかな」

「ええ。次こそは九九、いえ一〇〇点取ってみせるから見てなさいよね」

「うん、楽しみにしてる。ミケとクロと三人で一緒に歌えたら、もっと楽しそうだよね」

「ちょ、誰があなたなんかと……。行くわよ、ノラ」

 口とは裏腹に、赤面して尻尾が立っている。本当に私たち()は分かりやすい。ミケとノラは手を繋いで銅像に向かって行った。

 クロには今、カンナが付いている。何事もないといいんだけど。

 私は雑念を振り払い、歌の練習に打ち込んだ。



 こんこん、こ、こんこん。

 歌の練習を終えた私はクロの家に赴いた。約束のリズムを刻んでノックをすると、カンナがドアから顔を出した。

「様子はどう?」

「特に何もなかったわ。ただ、クロとおばさんの落ち込みようが酷くて……」

 私は屋内に入った。室内では、おばさんが寝込んでいて、クロが体育座りで顔を伏せていた。

「クロ、大丈夫?」

 私が声をかけると、クロは顔を伏せたまま首を横に振った。

「私、ご飯作ったんだけど、クロとおばさん、全然手を付けないのよ」

 カンナに言われてちゃぶ台を見てみると、二人分の焼き魚のご飯一式が、手つかずのまま放置されていた。

「クロ、ごはん食べよう? ほら、おばさんも!」

 私は二人の肩を揺すったが、魂が抜けたように手応えがない。私は攻め口を変えることにした。

「二人とも、食べてあげないと、せっかく作ったカンナが可哀想ですよ」

「え、あの、そんな大層なものじゃ……」

 私は、立てた人差し指を口に当てて、カンナに合図を送った。

「そうね、食べないのはカンナちゃんに失礼ね。クロ、いただきましょう」

 やった! おばさんが反応した! 早速、手を貸して歩くのを助ける。クロも、力無く立ち上がり、卓に着く。

「お味噌汁、温め直しますね!」

 カンナが慌ててコンロに向かう。

「あ、ご飯とお味噌汁だけでいいので、私も頂いていいですか?」

「ええ、どうぞ」

 おばさんが許可してくれたので、私も卓に着く。


「そういえば、昨日戸締りはしておかなかったんですか?」

 私は、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「それが、ドアをカチャカチャやる音が聞こえたと思ったら、いきなりドアが開いたの」

「合鍵は持ってないんですよね? もしかして、ピッキングじゃないですか、それ?」

 ご飯をよそっていたカンナが、ピッキングの可能性を指摘した。

「えー! だったら、鍵意味ないじゃん! 大家さんに最新の鍵に変えてもらった方がいいですよ!」

 ここの鍵は、どう見ても古い、ピッキングしやすいタイプだ。

「ピッキング……あの人ったら、ろくでもないことばかり手を付けて」

 おばさんは泣き出してしまった。クロが優しく背中をさする。

「とりあえず、鍵のことは大家さんに相談してみるとして、もっと人手を増やした方がいいと思うんだ、クロ。ミケとノラは信頼していいと思うよ。あと、クロはあまり面識ないだろうけど、カクテルも」

『ノラ? カクテル?』

 クロが訊いてくる。

「ノラはミケの連れ合いの。カクテルは隣町の四人組だよ。ほら、アカペラの」

『おぼえた』

「私たちも、毎日こうして長居するわけにはいかないから、彼女たちにも手伝ってもらった方がいいと思うんだ」

「アメリちゃんがそう言うなら、私は構わないけど、クロはどう?」

 おばさんがクロに同意を求める。

『OK アメリに任せる』

 しばらく悩んだ末、クロはこう書いた。

「わかった。じゃあ話してみるね」

 その後、食事は進んでいき、二人はカンナの気持ちを想ってか、きちんと完食してくれた。

 おばさんをふたたび布団に戻すと、二人に別れの挨拶を告げる。

「じゃあ、ミケとカクテルには明日話してみます。ご飯もちゃんと食べてくださいね。おやすみなさい」

 おばさんが礼をする。クロも、こくこくと頷き、手を振った。


 次の夜、ミケがいつも練習に使っているという銅像前にカンナと一緒に行くと、確かにミケが練習に励んでいた。傍らにはノラもいる。私たちが近づくと、歌の練習を中断した。

「二人してミケの練習を見に来るなんて、どういう風の吹き回し?」

「今日は、クロのことで大事なお願いがあるの」

「クロ様のこと!? それは聞き捨てならないわね」

 私は、事情を話した。

「要は、交代制でクロ様のボディガードをすればいいわけね。是非ともやらせてもらうわ! ノラもいいわね?」

 ノラがこくこくと頷く。

「それと、昨日は黙っていたけど、クロ、声が出ないんだ。気を使ってあげてね」

「え! 声が!?」

 ミケの耳がピンと立ち、尻尾が膨らむ。やはり、相当ショックらしい。

「大丈夫。昨日も言った通り、一週間で治るらしいから」

 慌ててフォローする。ほっと胸を撫で下ろすミケ。

「じゃあ、今からお願いね」

 案内をカンナに任せ、私はカクテルの元へと向かった。



「あれ、こっちに来るなんて久しぶりだねー。また一緒に歌いたくなった?」

 カクテルは、いつものように隣町の公園のジャングルジムの上で歌っていた。私に気が付いたユキが、気さくに声をかけてくる。

「それもいいけど、今日はお願いがあって来たの」

 私は、四人に事情を説明した。

「クロさんのお家は、あの公園からどのぐらいですの?」

「結構距離があると思う」

 ユカリの問いに応える。

「うーん、すると、ちょっと遠いねー」

 クミが難儀を示す。確かに、子供のクミに大遠征は大変だ。

「でも、暴力沙汰だのピッキングだのは確かにほっとけないわよねー」

 サツキの声に、一同悩んでしまった。

「クロさんって何人ぐらい入れるの? すっごい大豪邸だったり?」

 ユキがちょっと目を輝かせながら訊いてくる。歌姫の家だもんなあ、そりゃゴージャスだと思うよねえ。でも、もう一人の歌姫の私だって、カンナの家の居候なのだ。

「残念ながら、二人入るともうきついよ。一人でもきついかもしれない」

「えー、意外」

 ユキがびっくりしたような、がっかりしたような表情をする。裏表がないなあ、ほんと。

「まあ、それは置いといて、確かにサツキの言う通り見過ごせない事態だよね。義を見てせざるは虎児を得ず! みんな、いいよね?」

 格言間違ってるよ、ユキ……。とは言え、頼もしい言葉だ。

「分かりましたわ」

「オッケー」

「えっと、クミは……」

 ユカリ、サツキが同意するが、クミが悩む。

「クミはまだ子供だからお留守番。じゃあアメリ、行こうか」

 ユキ、ナイスフォロー。

「あ、今日はもう別の人が入ってるし、私たちの街に着く頃には朝だから。明日の夕方にステージ前で待ち合わせでいい?」

「あらま、せっかく気合が乗ったのに。オッケー、明日の夕方、ステージ前ね」

「うん、その通りでお願い。あ、クロ今声が出ないから、気を使ってあげてね」

「え!!」

 四人の耳が一斉にピンと立ち、尻尾が膨らむ。この四人組は、こうしたお揃いの動作が本当に可愛い。

「詳しくは明日。じゃあね!」

 大きく手を振って別れを告げる。四人も、手を振り返す。

 私は、公園を後にした。



「あれ、起きてたの? 先に寝ててよかったのに。その様子だと、今日も何事もなかったみたいだね」

 カンナの家に着いた頃には、すっかり朝日が昇っていた。スズメがちゅんちゅん鳴いている。カンナは、寝室にある机で書きものをしていた。

「アメリを待ってたのよ」

「嬉しいこと言ってくれるなあ」

 立ち上がったカンナの頬を両手で支える。意図を理解したカンナが、目を閉じて、口をすぼめる。私は、そっとカンナに唇を重ねた。最近、あれやこれやあってスキンシップが不足しがちだ。念入りに、念入りに。ああ、カンナの唇は最高だ。柔らかくって、とろけそう。

 どのぐらいの時間キスしていただろうか。長かった気もするし、短かった気もする。ともかくも、久々の満足感だ。

「ミケたちの様子はどうだった?」

「イメージと住まいのギャップに驚いてたわ。でも、『クロ様への敬意は不変よ!』って」

 何だかんだで、ミケはやはりいいだ。

「アメリ、寝ましょう」

「うん」

 私たちは、仲良くベッドに横になった。



「ユキたちも、こうやってノックしてね」

 こんこん、こ、こんこん。

 日が沈みかけた頃、私は、カンナ、カクテルの三人とともに、クロの家を訪れた。ユキは何やら大荷物。良く見ると、クミのバッグだ。例のリズムを刻むと、クロが扉を開けてくれた。よかった、一昨日よりは元気そうだ。

「今日は、カクテルが来てくれたよ」

「お邪魔しまーす」

 さすがに総勢七人も入ると狭い。まあ、私は狭いところ大好きだけど。

「おばさん、鍵は変えてもらったんですか?」

「それが、まだなのアメリちゃん。おばさんの脚がこの通りで、クロも今喋れないでしょう? 困ってしまって」

「大家さんの家は遠いんですか?」

「ちょっと遠いわね」

「名義はおばさんなんですよね? 歩くのはサポートしますから、一緒に行きませんか?」

「そうね、私が行かないと。杖を使えば、何とか行けるかしら」

「カンナも一緒に来てくれる? じゃあ、クロ、カクテルのみんな、行ってくるね」

 私とカンナは、おばさんを補助しながら家を出た。

 家にクロの方を残したのは理由がある。ひとつは、やはりおばさんが名義人であること。二つ目はクロとカクテルに仲良くなってほしいこと。そして三つ目は、もし大家さんが鍵の交換を渋った場合、ちょっとした秘策があって、それがクロを傷付けてしまうかも知れないこと。

 私たちは、おばさんにクロの思い出話を聞かせてもらいながら、ゆっくりと大家さんの家へと向かった。



 ずいぶん経って、大家さんの家に着いた。和風の立派な門構えの、大邸宅だ。白い漆喰の壁越しに、立派な松の木が見える。おばさんが呼び鈴を押すと、女の猫の声がインタホンから聞こえた。

「どちら様でしょうか」

「一迅荘二〇二のハナコです。大家さんにお話があってきました」

「旦那様にお伝えします。しばらくお待ちください」

 少し待っていると、「お入りください」と、さっきの猫が言ったので、門を開けて庭に進む。

 庭には石畳が屋敷の入り口まで敷かれており、その左右には綺麗に整えられた砂利が広がっていた。

 右手には池が見え、灯篭と鹿威しが備わっていた。カコン、といういい音が響き渡る。錦鯉でも飼っていそうな感じだ。

 左手には盆栽の棚と、さっきの松の木や、名前の分からない、切り整えられた低木がある。盆栽もきっと見事なものなのだろうけど、私には盆栽の見方とか価値がよくわからない。


 おばさんの手を引きながら、ゆっくり石畳を歩いていくと、玄関前に着いた。おばさんが再び呼び鈴を押し、「お邪魔します」と声をかける。玄関の戸を開くと、お手伝いさんと思われる中年女性が、ぺこりと頭を下げて「いらっしゃいませ」と挨拶してきた。

「お邪魔します」

 私たちも、頭をぺこりと下げて玄関に;上がる。さらに、お手伝いさんに案内されて、応接間へと通された。

「旦那様、お客様をお連れしました」

「おう、ご苦労」

 応接間では、恰幅のいい初老の男性がソファに座っていた。シックでシンプルだけど質のよさそうな机とソファだ。

「今晩は、ハナコさん。久しぶりだね。おや、新しい歌姫のお嬢さんも一緒とは。まあ、かけてかけて」

 私って、すっかり有名人なんだなあ。そんな感慨を抱きながら、おばさんをソファに座らせ、私たちもおばさんを挟み込むように隣に座る。

「で、今日はどういったご用向きですかな」

 おばさんは、この間のことを離した。


「ピッキング対策に最新の鍵を、ですか。しかし、手間がねえ」

 大家さんが、鷹揚に腕組みして、首をひねる。やっぱり渋って来たか。なら、秘策を発動だ。

「あの、私から提案したいことがあります。歌姫である私が、大家さんのためだけに一曲歌います。それでどうですか?」

 私は手を挙げて提案すると、大家さんはぽかんとしてしまった。そして、やや間を置いて大爆笑。一笑に付されてしまった。駄目か。

「はっはっはっ! あーいや、失敬。お嬢さんは自信家だね。でも、そういう粋な考えは嫌いじゃないよ。いいだろう、歌代に免じて、こちらでやろう」

「本当ですか!?」

「大家さん、ありがとうございます! アメリちゃんも、ありがとう!」

 言ってみるもんだ。

「歌は何にしましょう。私が歌えるものであれば何でも」

「そうさなあ。ああ、あれがいいな。お嬢さんが初めて一〇〇点取ったときのやつ。一回聴いたっきりだからねえ。情感が溢れていていい歌だったよ」

 よ、よりによってあれですか。こっ恥ずかしい思い出を……。とは言え、自分から歌えるものであれば何でも、と言い出した以上、嫌とは言えない。魂を込めて、あの時の歌を歌いだした。


「ご清聴、ありがとうございました」

「こちらこそ、いい歌をありがとう。工事は明日にでもさせてもらうよ」

「よろしくお願いします!」

 三人で頭を下げる。私は、大家さんに求められて握手をした。

「あ。大家さんに歌を歌ったことは、クロには内緒にしておいてください」

「おや、どうしてかね?」

「本来なら、これはクロの役どころなんです、きっと。でも、クロは事情があって、今歌うことができないんです。だから……」

「ふむ、まあ別に黙っておくのは構わないが」

「おばさんもカンナも、お願いします」

「ええ、分かったわ」

「分かった、言わないわ」

 みんなの了解は取り付けた。応接間を出る前に、もう一度三人で大家さんにお辞儀をする。そして、再びお手伝いさんに案内されて、大家さんの家を出た。


「ふう。うまくいったからよかったけど、歌で代りにとか言い出した時には、何を言い出すのかとびっくりしたわ」

 石畳を歩いていると、カンナから先ほどの無茶について抗議を受ける。

「いやー、あれで駄目だったら、カンナが何とかしてくれると思ってた。カンナ、頭いいもん」

「あっきれた。アメリって本当に物事をいい方にしか考えないのね」

 分かっていたけど、という風にカンナが溜息をつく。

「二人とも、ありがとうね」

「いえいえ、そんな」

「私なんて、ただ居ただけですし」

 おばさんの感謝の言葉に謙遜する。

 私たちは、道中他愛もない会話をしながら、ゆっくりクロの家に向かった。



 そして、夜会の日が来た。エントリー記入机でずっと待っているが、クロはまだ来ない。鍵の交換は見届けたが、今日は念のため、カンナにクロの家に行って貰っている。

「間もなく締め切りですよ」

 係員が私に告げる。

「あとちょっと待ってください!」

 私は、必死に待ってもらう。

「クロ様、まだ来ないの?」

 出場まで暇を持て余しているミケが、私に心配そうに訊いてきた。相変わらず、ひよこのようにノラがちょこちょこ後を付いている。

「治るのが少し遅れてるのかも」

 額に滲む嫌な汗をぬぐいながら、ミケに応える。クロの声が治るまでに多少の誤差はあるのだろう。そう思いたい。私たちはじりじりとクロを待った。

「アメリさん、本当に締め切りたいんですけど」

「……分かりました」

 エントリーシートの末尾にアメリ、と走り書きをする。エントリーが締め切られたアナウンスが会場に流れ、一番手の歌手が紹介されて、歌い始める。私は意気消沈しながら、なんとなくミケと一緒に控室に入った。

「あれ? クロは?」

 先に入っていたユキが訊いてくる。クロの呼び方がずいぶんフランクになっているが、これはこの間の留守番でかなり親しくなったためだろう。

 私は黙って、首を横に振った。

「駄目かー」

 ユキたちがお揃いで溜息をつく。

「クミも、クロお姉ちゃんとお話してみたかったなぁ」

「今まで、夜会ではろくに挨拶も交わしていなかったものねえ。何か近寄りがたい雰囲気があって。実際は、結構取っつきやすかったけど」

 サツキがクミの頭を撫でながら言う。

「とりあえず、ミケはミケのステージを頑張るだけだわ。クロ様が戻って来た時に、隣に立てる資格を手に入れないと」

「そうだね、みんなはみんなの歌を頑張ろう。クロもきっと、それを望んでいるはずだから」

 私たちは、顔を見合わせ、頷いた。


 そして、みんないつも通りの点数を出し、私も無事百一〇〇点を出して、クロの不在を埋めることができた。

 夜会が終わると、私は早速クロの許へと向かった。


 こんこん、こ、こんこん。

 いつものリズムでドアをノックすると、カンナが出迎えてくれた。

「クロの様子はどう?」

「声が戻らなくて、相当落ち込んでるわ」

「今晩は」

 中に入ると、前見た時のように、クロが体育座りで塞ぎ込んでいた。おばさんが、心配そうな眼差しでクロをじっと見つめている。

「クロ、元気出して。声が戻るのが、少し遅れているだけだよ」

 私は、クロの横に腰を降ろした。カンナも私の隣に座る。クロがポケットから畳まれた紙とペンを取り出し、何か書いて私に見せた。

『うたえない私にカチはない』

「そんな悲しいこと言わないでよ、クロ! クロはいつだって、私の大切なパートナーだよ!」

 私はクロを力の限り抱きしめた。私はクロのために、どうしてあげたらいいのだろう。

 こういうとき、私が頼れる人物はただ一人だ。

「おばさん、まりあさんに打ち身の薬を返そうと思うんですけど」

「ああ、いけない。すっかり忘れていたわね。クロ、渡してあげてちょうだい」

 クロが重い腰を上げて立ち上がり、タンスの棚から薬のチューブを取り出し、私に手渡した。

「ありがとう、クロ。ちょっと行ってくる。カンナ、二人をお願いね」

 そう言って、私はいつもの教会に向かった。



「今晩は。まりあさん居ますか」

「ここに居るわよ。今日は何のご用かしら?」

 問題を抱えた時に訪ねると、まりあさんがいつもいてくれる。こんなに心強いことはない。

「あの、まりあさん。まずはこれを返しに来ました」

 私はまりあさんに歩み寄って、薬のチューブを渡す。

「役に立ったようでなによりだわ」

 まりあさんは、チューブを微笑んで受け取る。

「それで、あの……前に話した、声の出なくなった『友達』のこと、憶えてますか?」

「ええ、良く憶えているわよ」

「友達の声が、まだ戻らないんです。私もう、どうしてあげたらいいのか分からなくて……!」

 私は、真剣にまりあさんに訴えかけた。

「もっと心を安らかにして。あなたまで疲れてしまっては、元も子もないわ」

 まりあさんが、優しく私の頭を撫でてくれる。思わず、涙が零れそうになった。

「そうだ。ちょっと待っていてね」

 そう言ってまりあさんは奥に引っ込み、少しすると何かを持って戻って来た。それは、ハーモニカだった。

「まりあさん、それは?」

「妹の形見。これを、あなたのお友達に受け取ってほしいの」

 まりあさんが、ハーモニカを差し出して、私に頼んできた。

「まりあさん、形見って……! いけません、そんな大切な物!」

 私は、まりあさんの申し出を慌てて断った。

「いいの。あなたのお友達は、音と共に生きる猫。せめて、このハーモニカを吹くことで心を癒してほしい。天に召されたあの子も、ただ、思い出にしているより、誰かの役に立つことを喜ぶわ」

「まりあさん……。分かりました、妹さんの形見、友達に渡します」

 こうまで言われては、まりあさんの申し出を受けないわけにはいかない。私は、ハーモニカを受け取り、深々と礼をする。

まりあさんが、私やカンナにとても優しい理由がよく分かった。まりあさんの優しさは、神の愛に生きているからだけじゃない。私ぐらいの歳の女の子に、妹さんの面影を重ねてしまうのだ、きっと。


「ただいま。クロ、まりあさんから大切なプレゼントがあるよ」

 いつものノックでカンナに中に入れてもらうと、クロに声をかけた。クロは体育座りのまま、ゆっくりと生気のない視線をこちらに巡らせた。私は、クロの目の前で屈み、ハーモニカを差し出す。

「まりあさんの、妹さんの形見なんだって。このハーモニカを吹くことで、心を癒してほしいって、まりあさん言ってた」

 まりあさんの想いは、クロに通じるだろうか。しばらく待っていると、じっとハーモニカを見つめていたクロが、ハーモニカを手に取ってくれた。

クロが唇を当てて息を吹くと、音が鳴る。クロの頬を、一筋の涙が伝った。クロの世界に、音色が戻って来たのだ。これを見ておばさんも、涙を流していた。

 ハーモニカの演奏は、まだ練習不足でとても聴けたものではなかったが、私たちが帰るまでクロは無心にハーモニカを吹いていた。いや、帰ってからも吹き続けていたのかもしれない。


「クロ様、今日も来ないわね……」

「そうだね。でも、ぎりぎりまで待ってみるよ」

 翌週の夜会、エントリー席でクロを待っていると、ミケが声をかけてきた。例によってノラも一緒だ。やはりまだ、声が戻らないらしい。ハーモニカが心の支えになっているといいのだけど。今日もまた、カンナにはクロのところに行ってもらってる。

「アメリ、ミケ、今晩はー。クロ、今日も来てないの?」

 記帳にやって来たユキとカクテルが、声をかけてきた。私は首を横に振る。

「そっか。そういえば、クロ、なんかハーモニカに必死に打ち込んでるけど、どういう心境の変化?」

「ミケも、それ気になったわ」

「あのハーモニカはね、まりあさんからの贈り物なの」

「まりあさんって、確かアメリのお師匠さんの?」

 ユキがエントリーシートにメンバーの記載をしながら、私に問いかけてくる。

「うん。クロが、少しでも音の世界にいられますようにって。妹さんの形見なのに、快く」

「形見を? はえ~」

 サツキが妙な感嘆の声を上げる。

 その後も、私たちはクロの様子について語りながら締切ぎりぎりまでクロを待ったが、やはりクロは現れず、私たちは肩を落として控室に移動した。


 プログラムは順調に進んで行き、私たちの一番手のミケがステージから戻って来た。

「ねえ、訊きたいことがあるんだけど」

「点数以外のことなら何でもどうぞ」

 ミケは例によって尻尾を振っている。

「不審な客っていなかった? この間の、あのおじさんみたいな――」

「ミケはあなたたちと違って振り付けするから、客席なんて見てる余裕ないわよ。先に言ってくれれば、始まりや終わりにちらっと見るぐらいはできたかもだけど」

「そうだね、ごめん」

「じゃあ、もうすぐ出番だし、私たちが見てこようか?」

「お願い」

 ユキたちに監視を任せる。


「いるね。キナ臭いのが十何人も」

 ステージから戻って来たユキが、開口一番こう告げた。

「黒スーツで、いかにもその筋っぽい連中でしたわ」

 カクテルの顔が深刻だ。

「そう、ありがとう。何も起こらないといいんだけど……」

 背筋に嫌なものが走る。もうすぐ大トリ、私の番だ。


 アナウンスに迎えられて、ステージに上がる。本当だ。ガラの悪そうなのが結構いる。なるほど、この二週間何もしてこないと思ったら、仲間を集めてたのか。


『ねえ――』


 イントロが終わり、歌い始めようとした刹那、何かが私めがけて飛んで来た。

 火の点いた瓶!!

 私は、とっさに大きく飛び退いた。私の居た場所で瓶が破裂し、中の液体が一気に炎上する。火炎瓶だ!

「お嬢さんを出せコラァ!」

 やくざ者の怒号とともに、あちこちで炎上が起こる。観客席は阿鼻叫喚だった。大会中止のアナウンスが流される。酷い! こんなことしても、クロの心は離れていくだけなのに。これじゃクロの声も治るに治らない。

 とにかく、ステージ上にいては危ない。私は奥に引っ込むと同時に、猫の社会に警察とかいうものがないことを呪った。

 あのおじさん、いや、クロに倣って私もあの男と呼ぼう――は会場にいただろうか。控室を覗いて見たが、誰もいない。カクテルやミケたちは無事だろうか。特に子供のクミが心配だ。

 耳が後ろに向き、尻尾がアーチ状に曲がり、毛が逆立つ。私が誰かをこんなに憎むなんて、生まれて初めてだ。

 ともかくも、ここにやくざ者たちが流れ込んできたら危ない。私も早く外に出ないと。



 ステージ施設を出ると、絶叫や悲鳴があちこちから聞こえてきた。ステージ前面のあたりでは、ところどころでまだ火が勢い良く燃えている。

「ミケ! ノラ! カクテル!!」

 騒乱の中、私は友人たちの名を叫んだ。無事なら返事して!

 ふらふらと動きながら名前を連呼していると、どしんと誰かに背中が当たった。振り向くと、見知った顔だった。

「大家さん!」

 クロの家の大家さんだ。

「大家さん、無事だったんですね!」

「お嬢さんも無事なようだね」

「大家さん、早く逃げてください。こいつらの狙いはクロなんです。夜会のステージが、観客がどうなろうがお構いなしなんです!」

「連中の言ってる『お嬢さん』というのは、クロちゃんのことか。ということは、差し金はハナコさんの元旦那だな」

「知ってるんですか?」

「彼には散々迷惑をかけられたからね。二度と、この街に戻りたくないようにしたつもりだったんだが」

 大家さんの尻尾が苛立たしげに振れる。相当不愉快な思い出があるらしい。

「今、うちの腕っ節の立つ若いもんを集めさせている。あいつらを追っ払うまでには少し時間がかかりそうだ」

 おお、大家さんって実は怖い猫?

「そうだ、クロ! 家のクロが心配です! 火炎瓶を使うような連中です。家に放火するかもしれません!!」

「それは危険だな。おい、ヤス! シュン! ゴロー!」

 大家さんが声をかけると、近くでやくざ者と取っ組み合っていた、がたいのいい男の人たちが、やくざ者をノックアウトし、それぞれ集まって来た。

「お前らはこの歌姫のお嬢さんに付いて行ってやんな!」

「はい!」

 三人が一斉に返事をする。

「でも、いいんですか? やくざ者たちが野放しになっちゃいますよ!?」

「なに、ほら見てごらん。北の方から男どもがやってくるのが見えるだろう。あれは、うちの加勢だ。すぐに逆転できるよ」

 言われてみると、数十人の男の人たちがこちらに向かってくるのが見えた。

「だから、気にせず行っておいで」

「ありがとうございます! みんなをお願いします!」

私は深く一礼すると、クロの家へと急いで向かった。さきほどの三人が並んで走って来る。

 クロ、おばさん、カンナ、無事でいてね!



「おら、出てこい!」

 クロの家の下に着くと、見覚えのある後姿が手下二人と一緒に、ドアを狂ったように蹴っていた。おそらく、ピッキングが効かなくなったので、古くなっているドアを蹴破ろうという魂胆なのだろう。止めなければ! 私はヤスさんたちと急いで階段を駆け上がる。先頭を駆け昇っていたヤスさんが二階に着くと、不意打ちでショルダータックルをかけ、ドア蹴りに夢中になっていた三人を、まとめて吹き飛ばした。すごい。シュンさんとゴローさんも、ヤスさんに続いて押さえ込みにかかる。

「くそ! てめえら何しやがる! 他人の家庭の問題に首突っ込むんじゃねえ!」

「クロやおばさんが、どれだけ嫌がってるかわからないの!? 夜会でみんなに、火炎瓶まで放り投げて! 何考えてんのよ!!」

「餓鬼が、やかましい! 俺がもっと大きくなるには、クロの力が必要なんだよ! 親に尽くすのが子の役目ってもんだろうが!」

 ああ、コイツはもうだめだ。子供を愛すべき対象でなく、支配の対象としてしか見ていない。暖簾に腕押しだ。私は、これ以上の問答は諦めて、こんこん、こ、こんこんとドアをノックした。

「カンナ、クロ、おばさん、私だよ。大家さんが貸してくれた用心棒が、ドアの前にいた三人を押さえつけてくれてる」

「アメリ……。私、怖かった!」

 カンナの泣きそうな声が聞こえる。余程心細かったのだろう。

「もう大丈夫だからね」

 ベランダは狭い。加勢しようにも私の入り込むスペースがない。カンナたちを安心させることに注力した。

 どのぐらいの時間、そうやって拮抗していただろう。眼下に広がる光景を見て、私は言い放った。

「おじさん、私たちの勝ちだよ。もう逃がさない。クロたちも、出てきて大丈夫だよ」

 あの男も、首を伸ばして、階下の様子を見た。そこには、ミケとノラ、カクテルに率いられた、大家さんの部下たちが十数人集結していた。クミは、部下の一人に負ぶわれている。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」

 あの男は、最後の力を振り絞ると、ヤスさんを跳ね除け、階段へ向かって驀進した。

「俺はもっと大きくなるんだ! 街角のチンピラで終わってたまるかよ!!」

 しかし、廊下に差し掛かったところで足がもつれた。悲鳴を上げながら、階段を転げ落ちる。ぐしゃっという鈍い音がして、それきり静かになった。

 私は、恐る恐るあの男に近づいてみた。首が、明らかに変な方向に曲がっていて、目の焦点が合ってない。頭からも流血があった。

 手の脈をとり、呼吸を確認する。


「死んでる」

 私は自分でも意外なほど冷静に、しかし大きな声で、それだけ告げた。不慮の事故、そして即死に、みなが騒然となる。お似合いの、惨めな最期だった。

 手下のやくざ者二人も、ボスが死んだことで、抵抗を止めた。

「哀れな男」

 階段の上から、声がした。それは、実に久しぶりに聞く声だった。

「クロ! 声が出るようになったの!?」

「あ……!」

 私に指摘されて、クロが今更驚く。クロは、茨の縄のような父親の支配から、永遠に逃れることができた。そして、それにより、ついに声を取り戻したのだ。

「クロ、クロ、よかった……!」

 私は階段を駆け上がり、クロを思い切り抱きしめた。

「みなさん、ありがとうございます!」

 大家さんの部下たちに、お礼を述べる。


 しばらくすると、大家さんとステージの方にいた部下までやって来た。ステージの件は片付いたらしい。

「大家さん、すべて終わりました。あの男は死にました」

 私が階上から声をかけると、大家さんは、階段下に回り込んで、あの男の死を確認した。

「無縁仏として葬ってもらおう。それでいいかい?」

 大家さんは階上のクロに確認を取る。

「はい、それでお願いします」

 それを聞くと、大家さんは、部下に手配を命じた。あの男の死体が、運ばれていく。大家さんたちは、他にも本来の仕事があるということで、引き揚げていく。私は、去って行く大家さんたちに大きな声でお礼を述べた。


「みんな聞いて! クロの声が戻ったの!」

 何となくアンニュイな空気を払うべく、私は階下に降りて、吉報をミケたちに知らせた。

「よかったね、クロ!」

「クロ様、本当ですか!?」

「クロ、マジ!?」

「おお、イッツ・ミラクル!」

「驚きですわ!」

「クロお姉ちゃんのお歌聴かせて!」

 カンナとミケとカクテルが、クロに一気に迫る。

「ちょっと! そんなに一気に言われても」

 一斉攻撃に気圧されるクロ。クロのひと声に、「おおっ」とざわめきが起こる。

「ねえ、せっかくだから、祝賀会を開かない? クロの声が戻ったことを記念して」

 クロが困っているようなので、私が仕切ってしまおう。

「さんせーい!」

「クミ、おやついっぱいもってきたよー!」

「あ、またそんなにおやつばかりバッグに詰め込んで!」

 みなの足は、自然とクロ家へと向かった。


 狭い。さすがにクロの家に十人は狭い。狭いところは大好きだけど、ちょっと限度というものがある。かと言って、他にいい場所もなく。ユキはクミを膝の上に乗せて、スペースを作っている。私とカンナも、寄り添って密着する。いくらカンナが好きでも、夏場だったらたまらないな、これ。ミケとノラも、同様に寄り添う。みんなの真ん中には、ちゃぶ台と、その上にクミがバッグから出したお菓子が並んでいる。

「えー……、みなさまには、交代での護衛などのご助力をいただくうちに、この度めでたく声が出るようになりました。厚く御礼申し上げます」

 クロが妙に畏まった挨拶をする。こいうとき、どういう態度を取ればいいのか分からないのだろう。仲間内なんだから、もっと自然体でいいのに。

 祝賀会は、粛々と進んでいった。まあ、何だかんだでついさっき人死にが出たわけで、あんな男でもどんちゃん騒ぎはどうかと思う。クロも、バカ騒ぎはあまり好きではないようなので、これでいいのかもしれない。

「そうだ。アメリ、もう私には必要ないから。まりあさんに返してあげて。とても感謝しているって伝えてちょうだい」

 クロは、ハーモニカをポケットから取り出し、私に手渡した。

「うん、分かった。きちんと伝えるよ」

「ねえ、クロお姉ちゃん。お歌うたってよ!」

 クミからリクエストが飛ぶ。

 クロも、ずっと歌いたかったのだろう。照れくさそうに立ち上がる。

「じゃあ、久しぶりに『ライジング・バード』を」

 クロが歌い始めると、私たちは我が耳を疑った。

 今まで完璧だと思っていたクロの歌が、さらに進化しているのだ。歌うことへの感謝と喜びが、歌を通して伝わってくる。

 私たちは、その歌声に陶然と聴き惚れるしかなかった。おばさんに至っては、元気に歌うクロの姿を見て泣いてしまっている。

 『ライジング・バード』が終わると、クロは九人分の盛大な拍手に包まれた。

 そんなクロの姿を見て、私はある決意を固めた――。


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