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わたしといっしょにうたおうよ!⑤

★ ミケ編 ★


「ミケはお歌の天才ね」

「きっと、将来凄い歌手になるぞ」

 小さいころから、パパとママはミケの歌を褒めてくれた。私もその期待に応えるように、歌に打ち込んだ。親の欲目もあったかもしれないが、他の人も褒めてくれたから、確かに実力はあったのだと思う。特に幼馴染のノラは、ミケの歌を絶賛してくれた。

 でも、世間は広かった。

 ある日、ミケは夜会に出た。点数は九一点。今思えば、この頃から、このあたりの点数をずっとうろうろしている。

 そして、ミケは本物の天才と出会ってしまった。名前はクロ。ミケとほとんど変わらない小さな女の子なのに、なんと一〇〇点をかっさらってしまったのだ。

 そんな彼女に対して抱いた感情は、嫉妬ではなく、憧れ。彼女のようになりたいと、ミケは思った。

 ミケは、よりいっそう歌に打ち込んだ。夜会にも毎回参加した。それでも、どうしても得点の壁が打ち破れなかった。クロ様に遥かに及ばなかった。



 そして現在――。

「何がいけないの? 何がミケに足りないの!?」

 風が吹き荒ぶ夜、いつも練習に使っている公園の銅像前で、ミケは頭を抱えた。この銅像前は子供の頃から使っているけど、未だにこの銅像が何を表現しているのか分からない。

 あの生意気なアメリが一〇〇点を出したばかりか、隣町からやって来た妙な連中があっさりと九六点を出していった。

 アメリは、夜会のステージでクロ様と一緒に『ライジング・バード』を見事に歌い上げている。

 自分の無力さに、どうにかなりそうだった。

「あの……ミケちゃん、あまり考え込まない方がいいよ。九二点だって立派な数字だよ?」

「ノラは黙ってて!」

 眼鏡をかけたロングヘアの少女に当たり散らす。ちゃんと八つ当たりだという自覚はあって、自己嫌悪がさらに酷くなる。

「ごめん、ミケちゃん……」

 ノラが尻尾を丸める。違う。悪いのはミケだ。謝らないで。

「歌う。ミケにはこれしかないんだもの」

 とにかく歌おう。がむしゃらに歌おう。ミケは、これしかやり方を知らないから。

 少しでも、ほんの少しでもクロ様に近づくために。



 そして、夜会の日が来た。控室で出番を待つ。

 また、隣町の連中が来て、今度は九七点を取っていった。怒りで、尻尾が大きく振れる。

 そこからさらに数人挟んで、ミケの出番が来た。さあ、スマイル、スマイル!


『震えるよハート ドキドキのビート キラキラ光るよ瞳 あなたしか見えない。

いつからかな こんなにあなたを好きになったのは 思い出せない きっとそのぐらい前のこと』


 振り付けとともに歌を披露する。夜会はあくまで歌の大会なので、振り付けのようなパフォーマンスは加点対象にならないけど、子供のころから続けてきたミケのポリシーだから止める気はない。

 拍手と喝采を受けながら、採点を待つ。そして、点数が出た。


 九二点。


 まただ。また壁が越えられなかった。悔しさで歯噛みをした。尻尾を大きく振りながらステージを降りる。


「何で! 何がいけないのよ!」

 ステージ施設出入り口近くの通路で、壁をバッグで叩いて涙を流す。

「ミケちゃん、気を落とさないで。次はきっと上手くやれるよ」

 心配して様子を見に来たのか、ステージ施設前で待っていたノラが声をかけ、肩に手をかけて慰めようとする。

「根拠のないことを言わないで!」

 ミケはその手を払いのけた。ああ、また八つ当たりしてしまった。

「ミケ、今のは酷いよ!」

 控室に行こうとしていたのか、ばったり出くわした、クロ様と一緒のアメリが、つかつかと歩み寄ってきた。

「何よ、あなたには関係ないでしょう!」

 私の癇癪は止まらない。

「うん。あなたの問題に私は関係ない。でも……」

 アメリはいったん区切って言った。

「お願い。私と同じ失敗をしないで! もうそれ以上、そのを傷つけないで!」

 懇願する顔と口調だった。意外な態度に、思わずぽかんとしてしまった。

「あなたにはクロしか見えてない。だから、本当にあなたのことを想っている人の気持ちに気付いていない。それは私が経験した失敗なの」

「え、どういうこと? 何を言ってるの!?」

「その子、あなたに恋してるのよ」

 言われて驚いた。首を巡らせて様子を見てみると、ノラが赤面してもじもじしている。どうやら図星のようだ。

「私が一週間ぐらい失踪したことがあるの憶えてる?」

 どう返したものか困っていると、アメリが言った。失踪……あったような、なかったような。

「私が讃美歌で八九点出して、あなたに嘲笑されたの、憶えてない?」

「憶えてる」

 ああ、そういえばあったあった。

「あのあと、カンナの歌が流れて、私への想いに気付かせてくれたの。クロのパートナーになることと、カンナへの想いから逃げる事ばかり考えていて、カンナをほったらかしにして。罪悪感に耐えられなくなって、街から逃げ出したの」

 逃げ出していないことを別にすれば、まるでミケにそっくりだ。アメリの惨めな話を聞いて、ミケは自分が恥ずかしくなってきた。

「でも、カクテルと出会って、歌うことの楽しさを知って、カンナの気持ちに素直に向き合おうと思った。そして歌った歌が一〇〇点。歌はハート、私のお師匠さんの教え」

 アメリが胸の中央に右手を当てる。

「ノラ……」

 ミケがノラを見つめると、ノラはびくんと震えた。

「ノラの気持ちに応えられるかどうか、すぐには分らないわ。少し時間をちょうだい」

 ノラは、たどたどしく、こくりと頷いた。ミケがクロに一礼して通路から去ると、後ろをちょこちょこついて来る。

 これからは、前だけでなく、後ろもきちんと見てみよう。そう思った。


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