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わたしといっしょにうたおうよ!④

★ カンナ編 ★


「あの、私に二人の新しい歌を、創らせてもらえませんか!?」

 二人の歌が終わった瞬間を見計らって、私はかぶりつきからステージ上のクロに願い出た。

「カンナ!?」

 アメリの驚く声が上がる。

「新曲? 『ライジング・バード』で十分でしょう」

 クロの返答はにべもない。

「『ライジング・バード』はどこまで行ってもクロさんの歌です! クロさんがアメリの歌を受け入れなかったように、やっぱりアメリにもどこか無理があると思うんです」

 あれだけの聴衆の歓声を受けると分が悪いけど、私には引けない理由わけがある。

「なるほどね」

 クロは、私の言い分にも一理ありと認めてくれたようだ。

「駄目だったら、遠慮なく没にしてください。お願いします!」

「そういうことだったら私は構わないけど、アメリは?」

 クロがアメリに訊く。

「私も、カンナに歌を創ってもらえるなら嬉しいけど、大丈夫?」

 アメリが心配そうに言う。

「任せて! きっと最高の歌を創ってみせるわ」

 これで、私も二人の世界に入り込むことができる。私には、二人ほどの歌の才能はない。だから、私は今のままでは歌の世界でアメリの傍にいられない。でも、私の歌が採用されれば、アメリと一緒にいることができる。待っててね、アメリ。私もそこに行くから。

 しかし、新しい歌創りは、いきなり暗礁に乗り上げた。二人の個性が違いすぎるのだ。

 情熱的なアメリとクールなクロ。どうしても歯車がかみ合ってくれない。二人の歌を聴きながら、書いては没、書いては没の日々が続いた。



「カンナ、お鍋!」

「あっ!」

 ある日、アメリと一緒にお料理中、歌のことを考えていて、うっかりカレーのお鍋を吹きこぼしてしまった。慌ててコンロの火を止める。

「大丈夫、カンナ? あまり無理しない方がいいよ?」

「ごめんなさい。でも、早く私の歌をアメリに歌って欲しくて。アメリならこの気持ち分かるでしょ?」

「うん、まあそれはそうだけど……」

 クロと一緒に歌いたい一心で色んな無茶をして、その結果クロの隣を勝ち取ったアメリだ。私の気持ちが痛いほどよくわかるに違いない。その一方で、心配かけたくないのも本心で。

 もっと、すっとアイデアが出れば、こんなに悩まなくて済むのだけど。

「ねえ、アメリ。明日は独りでお散歩したいのだけど」

「え? 私、また何か悪いことした?」

 アメリの尻尾が巻かれる。アメリは私に頭が上がらない。

「ううん、そうじゃなくて。アメリと一緒にいると、どうしてもアメリのことばかり考えてしまって中立的な視点が保てないから、少し独りになりたいのよ。アメリはクロとの特訓に集中して」

「うーん、そういうことなら。でも、寂しいな」

 しょげかえるアメリに、不意にキスをする。アメリを元気づけるにはこれが一番だ。アメリも、私を受け入れる。バカップルだなあ、私たち。



 久しぶりに独りで歩く夕暮れ時の公園は、何だか新鮮な感じがした。強い風が髪と頬を撫でていく。視界を巡らすと、芝生の上で子供たちが遊んでいた。

 子供か。大人になったら、アメリとの赤ちゃん産みたいな。でも、無理よね。養子でも貰おうかな。

 子供たちを眺めながら、そんな事を、ぼーっと考えた。


「次、何する?」

「お歌!『らいじんぐばーど』歌う! きずついたつばさをやすめ~♪」

「私も歌いたいー!」

「じゃあさ、私と一緒に歌おうよ!」

「僕も一緒に歌う~」

「私もー!」

 たちまち、子供たちのたどたどしい『ライジング・バード』の合唱会が始まった。微笑ましい光景に目を細める。

 それにしても、こうして子供たちが歌真似しているのを見ると、改めてクロは真の歌姫なのだな、と実感する。アメリも、やがてそうなっていくのだろう。そういえば、私も子供の頃、よく夜会の歌姫の歌真似してたっけ。その歌姫は、不慮の死を遂げ、もうこの世にはいない。


 その後、私は公園を一周してみたり、普段行かない南地区を歩いてみたりしたけど、結局いい案は出てこなかった。そして、気づけばお馴染みの教会の前に立っていた。困ったときのまりあさん頼み。私もアメリの事をとやかく言えないな。


「今晩は。今日は独り?」

「ええ。考え事をしたかったので、別行動で」

 教会に招き入れられた私は、参列席にまりあさんと並んで座り、歌の作成を願い出て受けたこと、二人の個性が両極端で上手く噛み合わず悩んでいることを打ち明けた。

 私の話に耳を傾けていたまりあさんが、私に問いかけた。

「これは私の想像なのだけど、あなたはアメリさんと一緒に歌の場に立ちたいから、歌を創ろうとしているのじゃない?」

 私は口から心臓が飛び出しそうになった。まったく、まりあさんは何でもお見通しだ。私は赤面しながら一言、「はい」と答えた。

「ねえ。あの二人歌の場に立ちたいのは、あなただけではないのではないかしら。二人とあなたの関係から、発想を一歩飛躍させてみてはどう?」

 思わず、あっと叫んで立ち上がってしまった。夕方の、子供たちの歌真似合唱がフラッシュバックする。それに、お馴染みミケ、夜会の聴衆。色んな猫が、歌姫と一緒に歌いたいのだ。私は、自分の願望ばかりが先行して、こんな基本的なことがお留守になっていることに気付かされた。

「まりあさん、ありがとうございます!」

「何か大事なことに気づけたみたいね。よかったわ。頭を上げてちょうだい」

 深々と礼をする私に、まりあさんが言う。

「二人の個性のぶつかり合いも解決できそう?」

「はい! そっちの方も何とかなりそうです。失礼します。ありがとうございました!」

 私はもう一度まりあさんに深く礼をすると、家路を急いだ。



「お帰りカンナ! どうだった?」

 帰宅すると、居間でストレッチしていたアメリが飛びついてきて、お帰りのキスをしてきた。

「ただいま。手応えあったわよ。アメリたちはどう?」

「相変わらず順調だよ。そうだ、ご飯にしよう。カンナ待ってたから、お腹ペコペコだよ。カレー、温め直すね」

 そう言って、アメリは寸胴鍋の乗ったコンロに火を点ける。カレーが温まるまでの間、明日の予定について話すことにした。

「え、明日も一緒に行かないの?」

「ごめんなさい。新譜を書き上げるまでは、『ライジング・バード』の影響を受けたくないの。もちろん、他の歌も。だから、しばらく家で歌の執筆をすることになると思う」

 目に見えてしょんぼりとするアメリ。私は、アメリの頭を撫でてなだめた。そうこうしていると、カレーのいい匂いが漂ってくる。

「さ、ご飯にしましょ」

 私は、カレーをおいしく頂くと、食器を漬け置き洗いにして、早速寝室にあるデスクで執筆活動に入った。アメリは寂しがったが、先に寝てもらうことにした。

 また、書いては没、書いては没の繰り返しだけど、以前と違って、もう少し掘り進めば確実に出口がある。そんなトンネルを掘り進んでいる感覚だった。



「できた!!」

 一週間以上経ったある日、ついに歌が完成した。取る物もとりあえず、公園へと駆け出す。

 公園のステージでは、月光を受けてアメリとクロが、『ライジング・バード』の練習をしていたけど、アメリが私の姿を発見すると、クロに何事か話して、歌は途中で中止になった。

「カンナ、ついにできたの!?」

「うん! 見て!」

 ステージに駆け寄ると、楽譜を二人に渡す。

「『シング・ウィズ・ミー』――私と一緒に歌おうよ、か」

 クロが、歌のタイトルを読み上げる。

「うん、この曲私は好きかも」

 アメリが、イントロをハミングする。

「でも、この曲は造りが単純……いいえ、この言い方は正しくないわね。歌いやすく創ってあるけど、どういう意図なの? 私たちならもっと複雑なコードも歌えるのに」

 顎をとんとんと叩きながら、クロが疑問を口にする。

「この間、子供たちが『ライジング・バード』の歌真似をしているのを見かけました。歌姫であるあなたの真似をしてみたいと思うのは当然です。でも、『ライジング・バード』はキーの激しい上下があったりと、難しい曲です。子供たちだけでなく、大人でもあなたの歌真似をしてみたい人はいるはずです。色んな人に歌って欲しい、その意志が込められたのがこの曲名であり、歌いやすさです」

 私は、自信に満ちた顔で言い切った。二人の個性の衝突も、より多くの歌い手というもっと高い次元に上げて、無視してしまえばいいのだ。私の考え方は間違ってないはずだ。

「クロはどう?」

 アメリが期待の眼差しでクロを見る。アメリは相当気に入ってくれたようだ。

「……そういうコンセプトならOKよ。採用するわ」

 クロは少し悩んだそぶりを見せてから合意した。

「ありがとうございます!」

 クロからもGOサインが出た!

「それと」

「はい?」

 何だろう。

「さん付けじゃなくてクロって呼び捨てでいいわ。敬語もなし」

 私は、体の心から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。歌姫クロが、仲間と認めてくれたのだ。

「ありがとうござ……じゃない、ありがとう、クロ!」

 私の目から涙が零れていた。


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