終章 ありがとう
読みかけの本や脱ぎ捨てられた衣服などが床に転がる雑然とした部屋のベッドに青年が横たわっている。掛け布団を被って仰向けになっているのは、どことなく人生に疲れた印象のある顔立ちの、二十歳代半ばの青年だ。
青年は、時に心地良さそうに、時に苦しそうに、時に悩ましそうに、次々と表情を変えていく。笑いあり涙ありの波瀾万丈な夢を見ているのだろう。
しばらく百面相を続けた後、青年は呻き声を上げながら目を開けた。
最低の目覚めだった。
黒尾司郎はつい先程まで悪夢の世界を彷徨っていた。彼が見たのはITOの採用試験を受けた時の夢だ。二〇〇七年の年明け辺りから二月下旬辺りまでの期間の出来事が、まるで映画のように、要所要所で編集された状態で脳内で再現されていた。その最後の数日間の情景は思い返しただけでも涙が出そうになる。
あれからもう三年が経った。或いはまだ三年しか経っていない。そんなことをしみじみと思い、黒尾は夢の最後、ITOの鷹野副社長との電話を終えた後のことを振り返った。
あの後、色々なことがあった。
まずモノリス管理局に連絡したところ、翌日に出頭するように言われた。顔を出してみると、すぐに応接室に通され、管理局安全部の職員とモノリス管理支援群の隊員による事情聴取を受けた。そこで彼が自身の体験を包み隠さず報告したところ、管理局職員と自衛官は顔色を変え、その日は一旦帰宅して翌日に再出頭するよう指示された。
翌日、言われた通りに黒尾が管理局に出頭すると、今度は安全部の峰岸安全課長と管理支援群副群長の今田二佐の事情聴取を受けることとなった。二人は、彼らがどれだけ深刻に事態を受け止めているかを物語るかのように、真剣な態度で話に耳を傾けてくれた。
しかし、真剣でいてくれたのは二人だけだったようだ。彼らの背後にある二つの組織、モノリス管理局とモノリス管理支援群は彼らほど事態を深刻に受け止めてはいなかったらしい。その後の顛末がこのことを雄弁に物語っている。
結末から言えば、この二つの組織はなんの対策も取らなかった。黒尾や工藤を始めとする探険士達の報告を受けた上で対策の必要なしと判断したのだ。結局、黒尾や工藤達が命懸けで持ち帰った情報は、なんの役にも立てられなかった。
そしてその判断のせいで、「影響圏」内部で戦闘訓練を実施した――深沼方面に陣取る種革軍を秘密裏に撃滅しようとしていたとの説もあるが公式発表はない――モノリス管理支援群の第一中隊が、親衛隊を含む種革軍大規模戦闘部隊の奇襲攻撃を受けることとなった。小隊ごとに分進していた中隊は、各個撃破され、六十名を超える殉職者と行方不明者を出した挙句に、中隊長八十島三佐以下中隊本部を殲滅されるという大惨敗を喫し、かつての黒尾と同様、種革軍の生きた犯行声明の役割を果たすことを余儀なくされ、その威信を地に落とした。兵頭曹長以下特殊偵察班が親衛隊幹部と見られる指揮官級の種革兵数名の殺害に成功していなかったなら、つまり特殊偵察班が「訓練」に同行していなかったなら、被害はもっと大きくなっていたことだろう。ひょっとすると文字通りの中隊壊滅、帰還者ゼロという結末を迎えていたかもしれなかった。
管理局への報告を終えた後は、書き上げた報告書を持ってITOに向かい、形ばかりの選考を受けた。鷹野が電話で予告したように、選考は呆れるほど簡単に終わった。朝十時にITOの門を潜ったかと思えば、十一時頃には契約書その他を準備した副社長らの面接を受け、正午過ぎには実質的な上司と部下として鷹野と一緒に昼食を摂っていた。
採用決定後は一週間の準備期間を貰ったが、その一週間はあっと言う間に過ぎ去った。黒尾は与えられた期間を利用して、荷物の整理の他、家族や友人、大学などへの報告や、命の恩人である工藤達への恩返しを兼ねた宴会の開催などを済ませた。無論、美幸との約束もきちんと果たした。またそれ以外にも――そして真っ先に――非常に気まずくはあったが、礼儀として、死なせてしまった岩井の遺族にも挨拶をしに行った。
遺族への挨拶は今思い返しても心が痛む。岩井の妻や子供達から罵声を浴びせられることを覚悟し、またそうしてくれることを期待して訪ねたのに、逆に涙ながらに礼を言われてしまった。おかげで、岩井のことで負った心の傷が余計に深くなり、鷹野副社長や直属の上司である探険課長から入社早々カウンセリングを受けるよう勧められる破目になった。自分でもこのままでは駄目だという自覚があったので渋々ながら勧めに従い、彼はITO専属のカウンセラーの許を訪ねた。当初は嫌々だったが、こうして思い返してみると、通って正解だったと言えた。あのカウンセラーのおかげで、岩井のことは、血を流し続ける生傷から、ふとしたきっかけで鈍痛を発してその存在を主張する古傷に変わった。
入社後は「岩井を連れ帰った新人」に対して周囲が寄せる期待に応えるため、我武者羅に働いた。本来は彼よりも優秀であるはずの年上の同期を押し退け、一、二を争う成績で研修を終えたのを皮切りに、高度経済成長期の会社員の如く、仕事最優先の生活を送った。大学の方は必要な単位をほぼ全て取得していたため、ほとんど顔を出さなかった。勤務時は勤務開始の三十分前には職場に入って準備をし、雑用や事務を積極的に引き受け、帰宅後は探険士としての技倆とITO社員としての能力を磨くために自主的に訓練と学習を繰り返す。そんな生活だった。彼は仕事のためだけに生きた。俗に「社畜」と揶揄されるような日々だった。
その甲斐もあって彼は社内で頭角を現していき、二年目に入る頃にはしばしば班長補佐を任されるほどの評価を得ていた。そうした評価が単なる身内贔屓でなかったことは、二年目の半ば頃に三等探険士から二等探険士に昇格したことが証明している。三年目には、残念ながら主役としてではなかったが、探険雑誌に写真付でインタビューが載りもした。この調子でいけば四年目には班長も夢ではない、という具合に彼は順調にキャリアを積んできていた。
しかし、四年目はない。黒尾司郎は二〇〇九年度を以て、つまり二〇一〇年三月三十一日付でITOを退職したのだ。
結局、三年前の鷹野副社長の予想は正しかった。黒尾は自由のない退屈な探険業務に耐えられなかったのだ。
兆候は二年目の時点で出ていた。きっかけは、母校の探険学部から社会で活躍するOBとして後輩達に講演をして欲しいとの要請を受け、学生達に探険士としての生活を語ったことだった。
あの時、夢に溢れた学生達と交流を持ったのがいけなかったのだろう。母校から帰宅した彼は、自分の現状に疑問を抱くようになった。
欲望から目を逸らして蓋をするような奴は何も掴めずに根腐れして終わるんだ。
君は自分の欲望に忠誠を誓う勇気があるか。そうでなければ、君は自分が根腐れしていくのを実感しながら死ぬことになる。
黒尾の中で三摩地が発した言葉が時限爆弾のように炸裂し、心の中を波立たせた。自分は果たして探険士だと言えるのか。単なる探険労働従事者ではないのか。これが僕が子供だった頃に憧れた職業なのか。これが僕が目指したものなのか。僕はこうなりたかったのか。僕はこのままでいいのか。この疑問は彼の中で少しずつ膨らみ続け、一度は捨てたはずの夢が再燃し出した。
それでも最初の頃は自分をごまかし、なんとかその疑問と夢を心の奥底に押し込めていることができた。より一層仕事に打ち込むことで苦悩から逃れていた。
しかし、ごまかしなど長続きするものではない。今年の初め頃、風の便りに、高校卒業を控えた武智美幸が二級探険士資格試験に挑むということを聞くに及び、遂に臭い物の蓋は吹き飛んでしまった。ごく身近に、夢に燃えて前進する人間が、三摩地の問いに是と答える資格を持つ人間がいたのだ。
そうなるともう仕事に身が入らなくなった。何に対してもやる気が出ず、心は虚無感に覆われ、生きている実感がなくなった。それでもどうにか与えられた仕事はこなしていたが、そこにはもう、「期待の新人」の輝きはなかった。目の前の仕事に創意工夫と全身全霊を以て取り組む意欲旺盛な社員だった青年は、与えられた仕事を機械的にこなすだけの無気力な労働機械へと成り果てていた。
このままでは駄目になってしまうと直感した黒尾は、今年の二月、探険課長に退職を願い出た。世界的経済恐慌の影響もあり、課長の顔には、人件費が削減できることへの期待と、寒い世の中に部下を放り出すことへの躊躇いが浮かんでいたが、ITOでは「去る者は追わず」が基本方針であるため、黒尾の退職はあっさりと認められ、三月一杯で退職する運びとなった。黒尾自身にも最初は躊躇いや未練があったが、三月中旬に、美幸が二級探険士資格を得たことを知った瞬間に、それらは吹き飛んだ。夢を目指して驀進中の後輩の意欲に中てられただけなのかもしれなかったが、自分も負けてはいられない、という気分になった。
そして現在、二〇一〇年四月六日、晴れて独立探険士の道に戻った黒尾司郎は、心の中に燃え立つ夢を抱えながら自室で燻っていた。
正式に退職して以来、彼はずっと部屋に籠もり続けていた。彼には自由を得たらしようと思っていたことがあるのだが、その希望を実行に移す踏ん切りがつかなかった。君には勇気があるか、というあの時の三摩地の言葉は、依然として内側からそんな彼の胸を刺し続けていた。まだ彼は、英雄の問いに頷く資格を持っていなかった。
彼はいつものように枕元の携帯電話を見た。
しかし、今日こそはと思いつつ手を伸ばすも、やはりいつもと同様、あと少しというところで手が停まってしまう。それ以上先に手を伸ばせない。三月の中頃、まだ彼がITOに属していた頃に、美幸の合格報告メールに返事を出した時のようにはいかなかった。
携帯電話を手に取り、開き、電話帳を呼び出し、武智の番号に繋ぐ。彼がしようとしているのはたったこれだけの作業だ。
しかし黒尾には、たったそれだけのことが、「影響圏」を一人で踏破するのにも匹敵する難業のように思えた。今更どの面下げて武智に連絡できようか。こちらから裏切っておいて「やっぱり会社勤めは合わなかったからもう一度僕と組んでくれ」などと言い出せるはずがなかった。それでは虫が良すぎる。そこまでの恥知らずにはなれなかった。
黒尾はいつものように携帯電話の前で頭を抱えて唸っていた。
不意に電話が鳴った。
着信を確認して黒尾は顔を強張らせ、思わず電話を取り落としそうになった。武智からの着信だった。どうしたものか、と悩ましい思いで、鳴り続ける携帯電話を見る。
これに出れば武智に連絡するという目的を達成できる。それに、向こうから連絡してきたのだから、こちらから図々しく連絡したのではないと自分に言い訳することもできる。
しかし、それは卑怯ではないのか。むしろ、武智に責任を転嫁する格好になる分、より一層卑劣なのではないか。
黒尾の葛藤を余所に携帯電話は鳴り続けている。それなりの時間が経っているのに鳴り止む気配はない。武智は是が非でも彼と話したいらしい。
黒尾はこのしつこい着信音に決断を委ねることを思いついた。あとワンコール以上鳴り続けるようならば出て、そこまで続かなければ所詮それまでだったのだとすっぱり諦めようと決めた。
果たして電話は鳴り続けた。
覚悟を決め、通話ボタンを押した。
「……もしもし、黒尾ですが」
「おう、久しぶりだな、司郎」
聞こえてきた声に、心の中で懐かしさと申し訳なさと嬉しさとが綯い交ぜになり、黒尾は泣きそうになった。
「う、うん……」
「こうやって話すの、どれくらいぶりだ。もう二年くらいか」
黒尾の一方的な後ろめたさの他、互いの――特に黒尾の――多忙もあって、彼らはいつしか疎遠になってしまっていた。本当に懐かしい声、懐かしい会話だった。
「そうだね……そのくらいかな」
こいつはどうしてこんなに自然に話せるのだろう。黒尾には武智の能天気さが信じられなかった。どうしてこの男は、裏切り者にここまで大らかに接することができるのか。
「お前会社辞めたんだって?」
武智は何気ない調子でとんでもない危険球を投げてきた。
「ど、どうしてそれを……」
「うちのオカンが言ってた。おばさんから聞いたんだとさ。なんかさ、凄ェ心配してるらしいな、おばさん。お前もいい歳なんだからあんまり親に心配かけるなよな」
「う、うるさいな。僕にだって色々と事情ってものが――」
「安心しろって。お前がなんの理由もなくそんな真似するなんて思っちゃいねえよ。それなりの事情ってもんがあるんだろ」
「それは……」
「話したくねえならいいって」言い淀む黒尾に武智は優しく言った。「なんか悩んでるみてえだし、俺に話して少しでも気が晴れるんならって思っただけだからさ」
黒尾は悩んだ。話すべきか、話さざるべきか。それが問題だ。
彼の退職理由は要するに「会社勤めが性に合わないとわかったから」でしかない。自分を裏切った人間が出戻ってきた理由がそんなものだと知ったら、武智は激怒するだろう。裏切り者には裏切ってしまった相手への責任がある。相応の成果を上げるか惨めに破滅するかしなければならないのだ。こんな中途半端は許されない。
しかし、黒尾にそういった形で責任を果たすことは不可能だ。成果を上げるだけの能力はなく、破滅を受け容れるだけの潔さもない。
だからと言って、貝のように口を閉ざすのも、それはそれで問題がある。いずれなんらかの形で武智が事情を知ることもあるかもしれないが、他人の口から説明されるのでは駄目だ。黒尾には裏切り者としての説明責任がある。武智が真実を知るとしたら、それは黒尾の口からでなければ駄目だ。
考え込んだ末、黒尾は全てを打ち明けることを決意した。
「……いや、大丈夫。むしろ、君に是非聞いて欲しいんだ」
「そうか。だったら聞かせてくれよ。何時間でも付き合うぜ。しばらく暇だからよ、時間はたっぷりある」
武智は優しい。それが却って黒尾には苦しかった。こんなにも優しい人間を裏切ったのかと思うと、こんなにも優しい人間をこれから傷つけるのだと思うと、決心をぐらつかせずにはいられなかった。折角の決意が折れない内に洗いざらいぶちまけてしまわないといけなかった。
「僕が会社を辞めたのは……一言で言うと、本当にやりたいことに気づいたからなんだ」
「そいつはよかったじゃねえか。一度きりの人生だしな、やりたいことがやれるんならそうした方がいいに決まってる。食ってく当てはあるんだろ」
「それはまあ、ね。貯金もあるし、働き口もその内見つかるだろうから、なんとかなると思う」
「ならなんの問題もねえな。ところで、やりたいことってなんなんだ」
遂に来た、と黒尾は身を強張らせた。軽く深呼吸をして息を整えてから答える。
「……僕は自由に『影響圏』を歩きたかったんだ。自分の意思で、自分がやりたいように……そう、僕らが昔やっていたように……」
言い終えた時、気分は不思議と穏やかで、爽やかで、清々しかった。重い背嚢を地面に下ろした時のような解放感があった。さあ、やってくれ、と黒尾は晴れやかな気分で静かに断頭台の刃が落ちてくるのを待った。
「なんだ、そうだったのか。なら、俺達と一緒にまたやろうぜ。どうせまだ誰とも組んでねえんだろ」
「……へ?」
電話越しに聞こえてきたのは思いも寄らない言葉だった。あの告白を聞いてどうしてそんなことが言えるのか理解しがたかった。
「『へ』ってお前……あー、もしかして、もう先約あったりするのか」
「いや、そんなことないけど……でも、いいのか」
「何がだよ。なんか問題あるのか」
とぼけている感じはしなかった。武智が本心から訝しんでいるのは――武智が本気で黒尾を組もうとしてくれているのは――明らかだった。
「……だって、僕は君を裏切ったんだぞ! 一緒に探険士やろうって言ったのに、一人だけ就職なんかして……」
「抜ける前にちゃんと筋通しただろうが」
「そういうことじゃなくて……」
「お前なりに考えた結果なんだろ。だったら責めたりしねえよ。それに、こうやってお前は戻ってきたわけだしな……そうだ、就職もこのための準備だったとでも思えよ。そうすりゃ、気にするようなこともねえだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……そんなあっさりなんて……」
随分と簡単に片付けてくれるものだった。喜ぶべきか、それとも自分の所業を棚に上げて怒るべきかわからなかった。何事もなかったかのように受け容れて貰えるのはとても嬉しかったが、自分の苦悩が武智にとって気にするに値しない瑣事だと切り捨てられたようで少しだけ腹立たしくもあった。
「ああもう、うるせえなっ!」
黒尾が自分の身勝手さに呆れにも似た感情を抱いていると、急に武智が怒鳴った。耳が痛くなった。
「い、いきなり大声出さないでくれよ!」
「うるせえ! 大体お前は昔っからそうなんだ。ぐだぐだぐだぐだ理屈ばっかり捏ね回して……男だったらもっとはっきりしろよ! お前はどうしてえんだよ。俺と組みてえのか、そうじゃねえのか……はっきりしろ! どっちだ!?」
「く、組みたいに……」
「声が小せえ!」
「組みたいに決まってるじゃないか!」
「だったらそれでいいじゃねえかよ。難しく考えるなよ。俺がいいって言ってるんだからいいんだ。ややこしいこと考えずに、お前がどうしてえかで決めろよ。で、どうするんだ」
そこまで言われてはもう自分の気持ちを抑えていられなかった。
「組みたい……もう一度、君と一緒に探険がしたいっ! 僕をまた仲間に入れてくれるかい」
「勿論だ。嫌がるわけねえだろ。美幸の奴が探険士になったのは知ってるよな。あいつも一緒だ。あいつ、資格取ってから、『司郎くんが一緒じゃなくて残念だなあ』って言ってたからな、お前が入るって聞いたら喜ぶぜ」
「でも、僕は一度裏切って……それに、美幸ちゃんが合格したって聞いた時だって、メール一つしなかったし……」
「あいつは恨んでなんかねえよ。残念がってるだけだ。俺もあいつもさ、お前が一緒にやってくれるんなら大喜びだ。嘘だと思うんなら電話でもなんでもしてみろよ。あいつ絶対喜ぶから。まあ、それはともかく、今度三人で飯でも食おうぜ。食いながらこれからのこと話そう」
武智がそこまで言った時、ありがたさと喜びと申し訳なさの奔流が、黒尾の心の堤防を突き崩した。感極まった彼の目から涙が溢れた。
「……ありがとう」
涙声で言った。
「おいおい、泣いてんのか……」
「……ありがとう、武智。本当に……本当にありがとう」
「いや、そんな気にするなよ。大体『ありがとう』言わなきゃいけねえのはこっちだぜ。優秀な超能力者が入ってくれるんだからさ。だから、いい歳した野郎がそんな泣くなって……な?」
「……うん、ありがとう」
「だからもうそれはいいって」
武智が苦笑した。
「うん……」
それでも、と黒尾司郎は心の中で呟いた。
ありがとう。
この世界の物語そのものはまだ書く予定がありますが、このエピソードはこれで完結となります。
お読みいただき、誠にありがとうございました。




