魔王様は元聖女
振り返れば人の悪意に晒された一生だった。
水が飲めないと嘆く者を救えば、今度は食い物を寄越せと言われ、それを救えば今度は住む場所を寄越せと要求される。
誰かを救えば他の誰かから憎まれ、さらにはその憎しみを利用した別の者の相手さえしなければならない。
挙句の果てに私には全ての抗議も抵抗も許されはしなかった。
全て、この聖女という力と肩書故に。
故に。
故に望んだのだ。
もし、生まれ変わりがあるならば次は魔王のような存在になりたいと。
若き日に勇者と共に対峙したあの圧倒的で人間どころか同族である魔物さえも戯れに殺す、鏖殺者に。
そんな私の弱い心は。
私と勇者に負けた屈辱からこの世に思念として残っていた魔王に付け込まれた。
『叶えよう。その望み』
死の間際。
魔王の思念が脳裏に刻み込まれる。
『お前はもうほしいままに振る舞って良いのだ』
抵抗しなければならない。
今の荒んだ私の心では――きっと、魔王以上の魔王になってしまう。
それなのに私は。
私の心は――魔王に生まれ変わる事に喜びさえ抱いていたのだ。
「嬉しい」
それが聖女としての私の最後の言葉となった。
*
「忙しい」
それが魔王としての私の口癖だった。
「なーんで、こんなことに……」
苛立ちながら私は人間達の王との会合に向けて調整を続ける。
魔族と人間の歩み寄りはここ数十年で随分と進んだがそれでも未だ偏見も争いも多い。
全てが一足飛びに進むのなんて無理だ。
数十年の歩みも結局のところは上っ面だけのことかもしれない。
――だが、上っ面さえも維持出来なかった頃よりはずっと良い。
「忙しい」
イライラしながら呟く。
それを聞いていた直属の部下たちは呆れた様子だ。
「そんなん考えるまでもないでしょ」
彼らは私の『前世』についても知っているくらいに気心が知れた者達だ。
「まさかあなたの心がこんなにも弱いだなんて前の魔王も想像してなかったでしょうよ」
「ほんとほんと。まさか、転生して真っ先にやってみた『悪事』……いわゆる『ぶつかりおじさん』で心を痛めてすぐに改心するなんて」
「あんた、どんだけ悪に弱いんですか」
人と魔物が入り混じっているけれど、部下たちの言葉はいつだって同じだ。
要するに。
「生まれながらの聖女なんですよ。あなたは」
「そう。前世より圧倒的に強くなった以外」
「うるさいな。自分たちの仕事は終わったんだろうな?!」
前世では出来なかった怒鳴り散らすパワハラをしてやる。
――が、部下たちはもう慣れたものだ。
「損な人だよな、まったく」
今日もまたそんな声が私の耳にまとわりつくばかり。




