“囚人が足につける鎖と鉄球”職人の朝は早い
囚人が足につける鎖と鉄球――つまり、足枷職人の朝は早い。
今年で50歳を迎える職人クーゲルは、朝日が昇る前には起床する。
パンとミルクで朝食を取り、洗面所で顔面に冷水を叩きつけ、気合を入れる。
「手っ取り早く目覚めるにはこれが一番」
水もしたたる顔でクーゲルは語る。
クーゲルは工房に入る。
足枷作りは熱との戦いである。
材料が鉄なので、溶かした鉄を型に入れて球にし、柔らかくした鉄の棒を曲げて鎖を成形し、さらには足首に嵌める部分を作り……。
クーゲルは汗だくになってこれらの作業を行う。
中断すると鉄に対する感覚が鈍るらしく、ほとんど休憩を取らない。非常に過酷な作業だ。軽い火傷や脱水症状などは日常茶飯事である。
「俺の方が罰を受けてるんじゃって思う時もありますよ」
こうこぼす一幕もあった。
しかし、出来上がった足枷は見事なものであった。
鉄球と鎖のコントラストが美しく、芸術品の趣すら感じられる。
クーゲルは足枷を手で撫でながら、こう語る。
「色々な事情があるんでしょうが、人間、罪を犯したからには、自分の罪と向き合わなければならない。囚人たちには、この鉄球を見て、自分の罪の重さを噛み締めて欲しい。そして、できることなら悔い改めて、再出発して欲しいですね」
夕方、仕事を終えると、クーゲルは奥さんと食事を取る。
子供は長男と次男がいるが、いずれも家を出ており、現在は二人暮らし。
クーゲルはサラダや豆のスープ、こんがり焼けたチキンといった手料理に舌鼓を打つ。
そして、ジョッキに注がれたエールをグイッと一杯。
「この一杯のために生きてると言っても過言じゃないですね」
クーゲルの言葉に奥さんは苦笑いする。
「どうせなら、私の料理のために、と言って欲しいわね」
「おおっと、もちろんお前の料理のためにも生きてるとも」
「言うのがちょっと遅いわよ」
笑い合う夫婦。
とても仲睦まじいことが分かる。
こうして奥さんからパワーを貰って、クーゲルは明日も仕事に取り掛かるのだろう。
***
ある刑務所の囚人に話を聞くことができた。
十数件の家で空き巣を繰り返してきた男である。
彼の右足には、クーゲル製の鎖と鉄球が繋がれている。
「この鎖と鉄球を見ていると、自分の罪をじっくり悔いることができるんです。なんてバカなことをしたんだろうってね」
早く外に出たいかと聞くと――
「出たいというより、罪を償いたいという気持ちが大きいですね。もちろん決められた刑期を終えれば私の罪が消えるわけではないですが、一つの区切りにはなりますから。たとえこの足枷が外れても、常に足枷をつけたつもりでその後の人生を歩んでいきたいです」
こう答える彼の目は、とても罪人とは思えないほど澄み切ったものであった。
刑務所の所長にも話を聞いた。
「クーゲル殿の足枷を採用してからというもの、刑務所内で暴れたり、出所後に再犯したりする者がぐっと減ったんです」
所長が机の上に置かれたクーゲル製の足枷を持ち上げる。
じゃらり、と重々しい金属音が鳴る。
「足枷を作っているのはなにも彼だけではないのですが、彼の足枷にはなにか囚人の気を引き締める特別な力が宿っているのかもしれませんね」
所長は窓の外を見る。白い雲がゆっくり流れている。
「先日も、ある凶悪犯の囚人を所内で死刑執行したのですが、最後までこの足枷をつけて旅立たせて欲しいと言いましてね。足掻くことなく処刑されましたよ。決して許されない罪を犯した男ですが、その死に様は評価に値するものでした。これも、クーゲル殿の足枷があったから成しえたことなのかもしれませんね」
クーゲルが熱い鉄を打ちつけて汗まみれで作り上げた足枷は、凶悪犯の凍てついた心をも溶かしてしまうようだ。
***
――しかし、気になることがあった。
それは足枷作りだけで食べていけるのか、ということだ。
いくらクーゲルの足枷が優れていようと、足枷の発注など、そうそう来るものではないだろう。
このことを、あえてクーゲルに尋ねてみると――
「実は……副業がありましてね」
クーゲルは工房の中に、もう一つ小さなスペースを設けていた。
特に依頼がない時は、クーゲルはここで“副業”に励んでいる。
「これはアンクレットです」
アンクレットとは足首につける装飾品のことだ。
クーゲルの作るアンクレットは今、大都市の女性の間で大ブームだという。
オシャレな輪に小さなチェーンと球がついている。可憐で繊細で、女性に人気が出るのもうなずけるデザインだ。
だが、よく見るとこれはまるで――
「そう、足枷からヒントを得たんです。私が仕事がないなぁとぼやいていた時、妻が『だったらアンクレットでも作ってみたら?』とアドバイスをくれたのがきっかけでした。デザインには妻にもだいぶ協力してもらいましたよ」
こんなところでも、クーゲルは奥さんの力を借りていた。
足枷作りの達人は、夫婦二人三脚で、装飾品業界という新しい領域にも足を踏み入れ、新たな流行を生み出していた。
クーゲルは最後に苦笑いしつつ、こう言った。
「私は足枷作りには誇りを持っていますが、足枷がアンクレットのモデルになっていると知られるとやはりイメージダウンは避けられないので……副業のことはご内密に願います」
私はアンクレットのことはオフレコにしますと約束すると、クーゲルの自宅を後にした。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




