#3 変容と協調
翌日、二人は村の中心部へと足を向けた。広場では老人たちが輪になって話し合っていた。
「あの流星群のようなものは何だったのだ。」
「王都からの使者が言うには『災厄の前兆』だそうだ。」
「そんなことより羊だ!近寄ろうとすれば怪我しちまうよ。」
重苦しい雰囲気の中、最も老いた男性が二人に気づいた。
「旅の方々かね?見慣れぬ風体じゃが。」
ここで判断を迫られた。素直に事情を話すべきか、それとも適当に誤魔化すべきか。考えるステラを横目に、沈黙を破ったのは意外にもアステルだった。
「我々は学者でな、光の勇者様のふるーい文献に心をうばわれてしまい、先日の天文現象についてしらべておるんじゃ。」
老人たちは疑いの眼差しを向けたが、すぐに表情を和らげた。
「そうか。私はこの村の村長をしておるイールと言う。昨日の天文現象について調べておるのであればあれば助けてもらえぬか。この地に起こっている謎を解き明かしてほしい。」
「謎とは?」
「実は昨日から家畜の一部が人に襲いかかるようになったのだ。」
イールは深いため息をつきながら言った。
三人は問題の現場へと向かった。村外れの牧草地では羊たちが一箇所に集まり、何かを囲んでいる。近づこうとした村人は数匹の羊に襲われ、悲鳴を上げて退避してきた。
「何がいる?」
アステルが尋ねるとイールは首を横に振った。
「分からん。だが羊たちはその『何か』を守ろうとしておるらしい。」
ステラは慎重に接近した。
魔力を目に集中させて見ると、羊たちの中央には小さな欠片が落ちていた。直径5センチほどの青白色に輝く物体で、「星屑の欠片」の一つであることはほとんど明白だった。
「あれが原因ね。」
彼女はイールに聞こえないよう、小さく呟いた。
「しかし困りました、どうすれば良いのやら。」
イールは困ったように眉を下げ首を傾げた。このままだと村人が仕事が出来ず、また怪我をするものも増え困っているようだ。
そんなイールを見て、ステラとアステルは視線を交わす。あれが星屑の欠片であれば、封印をしなければならないからだ。
「もしかしたら、我々が解決できるかもしれません。」
「本当か!?」
アステルが告げると、イールの目に希望の光が灯った。
「ただし条件がある。我々の正体については誰にも話さないこと。そして…、この事件の真相についても触れないこと。」
アステルは真っ直ぐ老人を見ながらそう伝えた。
イールは躊躇ったが、少しだけ考え込みやがて頷いた。
「分かりました。お願いします、この村を救ってください。」
初めて人間に頼られた瞬間だった。かつて世界を脅かした二人の魔王と魔女が、今度は村を守るために立ち上がる。皮肉な巡り合わせだが、これが彼らの新たな使命なのかもしれない。ステラの唇がかすかに微笑んだように見えたが、誰も気づかなかった。
「じゃあ早速作戦を立るわよ!この羊たちを傷つけずに欠片を取り戻す方法を考えなきゃね。」
牧草地での作戦は慎重に行われた。作戦はこうだ、ステラが睡眠魔法を使い、羊達が眠っている隙にアステルは安全のためステラへ風の障壁を付与し、ステラが欠片を回収するというものだ。
早速ステラが睡眠魔法を使うと、羊たちは次々と眠りに落ちていき、地面へと崩れ始めた。
「よしよし、ゆっくり寝てなさいよ〜。」
ステラが眠っている羊たちを避けながら、中心部へと進むとそこに横たわるのは紛れもなく数百年もの間、毎日のようにみていた「星屑の欠片」であった。他の欠片より一回り大きく、内側から脈打つような光を放っている。
「よし、これで一つ目だわ。」
ステラが手を伸ばした瞬間—
パリン!
欠片は予想外に脆くなっており、彼女の指に触れた途端に少しだけ割れてしまった。小さな欠片の破片が空中に舞い上がる。
「ちょ、嘘でしょ?!?!」
ステラが叫ぶと、アステルは宙に舞った欠片を回収しようと近くへ転移し手を伸ばす。しかしその破片は、虚しくもアステルの手をすり抜け、地面へと落下した…と思われたがその刹那、奇妙な光景が繰り広げられた。欠片の破片が地面に落ちるより前に、突如として黄金の光を放ち、それは輝く塊となり、ぐにゃりと形を変えていった。
「なによ、これ…。」
皆が呆然と見つめる中、そこには一頭の金色の豚が立っていた。大きさは普通の豚よりかなり小さく、手のひらに収まる大きさをしていた。そして全身が純金のように輝いている。しかも背中には小さな翼さえ備わっていた。
「ぷぴー!」
金色の豚は甲高い声で鳴くと、ステラの周りをくるくると回り始めた。
「何これ…、売ったら高値がつきそうね。」
「いやいや、まるまる太らせて非常食がいいんじゃないかえ?」
ステラとアステルは困惑した表情を隠せないながらも、目の前にいる豚を見ながら己の欲を吐き出していた。すると豚は怒ったように「ぶぎー!」と鳴いた。
そんな二人をよそに、イールは顎が外れそうなほど口を開けていた。
「どうしよう。」
ステラは腕組みをして考え込んだ。
イールに何度もお礼を言われ、村人達に解決したと報告に向かった彼と別れたのは数分前のこと。彼女は目の前にいる豚のおかげで頭を悩ませていた。
「どうするも何も、欠片から産まれたのであれば我輩たちが責任を持つべきではないんかの。」
「えっ。」
ステラは驚いて顔を上げた。アステルが自分たち以外のことを気にかけるのは稀有なことだったからだ。
「そうね…、そうよね!」
ステラは小さな豚を見つめながら言った。手のひらに収まるそれは、よく見るととても可愛らしかった。
「あなたはなんて言う名前なのかしら。」
「ぶひ?」
豚が言葉を喋れる訳もなく、返事は帰ってこなかった。
「……そうね〜、金色の豚だから…おかねでいいかしら。」
「いやいやそこはロースじゃろ。」
「ぶぎぃ…」
わがはいは豚である。名前はまだない。売ると高そうだと言ったステラと、非常食にすると言ったアステルのネーミングはあまりにも酷く、彼は豚ながらため息をついた。
イールはステラたちとの約束通り、この村での異変は「奇妙な魔物のせい」ということで収まった。魔物は倒し、平和が戻ったと村人たちに伝えてくれた。本当に異変は収まったのかと不安の声も上がったが、子供達も魔法を使えなくなっていたり、羊やほかの異変も綺麗さっぱり無くなっていたので村人達は大いに喜び、安堵した。
また、破片から生まれた豚についてもイールは墓まで持っていくと言ってくれた。そして、村から何かお礼をするとステラたちに声をかけてくれたのだが、二人は断った。
「本当によいのでしょうか。あなた達が危険を冒してまで我々を助けてくれたというのに。」
村人たちが歓喜している姿を木の影から眺めていたステラたちのもとに、イールが近寄り尋ねた。
「いいのよ、これは私達の責務なの。」
「ぶひ〜!」
「こら豚、出てきちゃダメよ。」
ひょこっとステラの肩から金色の豚が顔を出した。結局名前が決まらず、豚という安直な呼び方をしているのだが彼女は閃いたかのようにイールに言った。
「そうだわ!お礼はいらないと言ったけれど、そのお礼も兼ねてこの子の名前を付けてちょうだい。」
「わ、私がですかな?!」
突然の思いつきに戸惑うも、イールはごほんと咳払いをした。
「でしたら、『ミトン』というのは如何でしょう?手袋のように温かみがあり、しかも珍しい響きを持っていますぞ。それに…我々を助けてくれた、優しくあたたかな心を持ったあなた方にもピッタリかと。」
「それは素晴らしいアイデアだわ!あなたは今日からミトンよ!」
優しくあたたかいと言われたことに少し嬉しさと恥ずかしさを感じながらも、ステラはミトンに話しかけた。
「ぶひっ!」
金豚は嬉しそうに宙を舞い上がり、小さな翼をパタパタと動かした。金色の鱗粉のようなものがキラキラと舞い落ちる。
「どうやら気に入ったようじゃな。」
アステルが微かに笑みを浮かべた。
イールや村人達に見送られながら、二人と一匹は村を後にした。
途中ステラはポケットの中の欠片を取り出し、手のひらに載せると、わずかに鼓動しているように感じた。
「ねえアステル、これを使って他の欠片の反応を感じられるかしら?」
光にかざし欠片を見つめるステラにアステルは声をかける。
「おそらく可能であろうな。我輩の感知魔法を使ってみよう。」
ステラから欠片をうけとり、彼が掌を上に向けると、黒紫の霧のようなものが立ち昇った。それは宙で渦を巻き、やがて六つの小さな光点となって広がっていく。
「残りの欠片がある場所じゃ。五つは遠すぎて見えんくなってしもうたのう。ほれ、一番近いのはあそこじゃな。」
光点は空の各方向へ散らばり、最後には西の山岳地帯を示す一点だけが残った。
「さてと。まずはこの欠片を安全に保管しなきゃね。」
ステラが意を決したように言った。
二人は封印をする方法が分からないのだ。
彼女は懐から小さな布袋を取り出し、丁寧に欠片を包み込んだ。
「ふむ…用心深いのう。」
アステルが感心した様子で言うと、ステラは肩を竦めた。
「当然よ、あなたも過去に痛い目を見たでしょう?」
「……まあ否定はせん。」
二人は微妙な沈黙の中で視線を交わした。かつて、二人で世界を恐怖の渦に巻き込んだが、封印されていた期間が時期が長すぎて、まだ上手く会話が出来ないでいた。そんな二人の間に割って入るようにミトンが飛び込んできた。
「ぶひ!!」
ミトンがステラの持っていた欠片に触れた。突然の事に驚いたステラはあわててミトンを欠片から離そうとするが、鞄に入れていた本が光りを放ち、ひとりでにパラパラとページをめくる。
とあるページで止まったかと思えば、欠片が本の中に吸い込まれて行った。すると光が収まり、本は力なく地面におちてしまった。それを拾い上げ、ステラとアステルは本を覗き込んだ。
「うそでしょ。金色の豚だからって売ろうとしなくてよかったわ。」
「非常食にせんで良かったのう。」
「ぷひ。」
そこには、数百年みていたひとつの星が本の中で輝いていた。




