第7話「現代農業の三大要素を完全配合。死の土地を『奇跡の農地』に変えてみた」
「レン様、本当にここで畑を……? この『処刑の草原』は、土に魔力がなく、雑草と魔物しか育たない死の土地なんですよ?」
コンクリート造りのマイホームの裏手。
乾いてひび割れた荒野を見つめながら、クレアが不安そうに俺の袖を引いた。
「魔力なんていらないさ。植物が育つために必要なのは、適切な物理条件と『栄養』だ」
「えいよう……?」
「ああ。クレア、さっきの料理で使った野菜の切れ端や、種は残ってるか?」
「はい、スープの出汁をとった後のクズ野菜や、硬くて食べられない種なら少しありますが……」
クレアがポーチから、干からびた豆や、トマトに似た赤い野菜の種を取り出した。
俺はそれを受け取ると、荒野のど真ん中にしゃがみ込んだ。
「よく見てろよ。まずは土台作りだ」
俺は地面に両手をかざし、【土魔法】の魔力を深部へと浸透させる。
土壌の酸性度(pH)を測定。やや酸性に傾いているな。石灰岩の成分を抽出して中和する。
さらに、土の粒子を団粒構造に組み替え、水はけと保水性を両立させた最高のフカフカ状態に作り変える。
「次は栄養素だ。植物に必要な三大要素……窒素、リン酸、カリウム」
俺のつぶやきに合わせ、大地が波打つようにうねり始めた。
地中深くの鉱脈からリンとカリウムを抽出し、表層へ引き上げる。
さらに、空気中の窒素を土壌の微生物層と強制的に結合させ、アンモニア態窒素へと変換していく。
現代日本の科学技術と肥料メーカーが血と汗の結晶で生み出した『完璧な配合割合』を、俺は魔法による元素操作で一瞬にして再現した。
【土魔法・土壌最適化】!
「……っ!? な、なんですかこれ!?」
クレアが目を丸くして後ずさった。
先ほどまでカチカチに乾燥していた黄褐色の荒野が、俺の足元から半径十メートルにわたって、黒々と光り輝く『極上の腐葉土』へと変貌を遂げたのだ。
土から、生命力に満ちた芳醇な香りが漂ってくる。
「よし、ベッドの完成だ。ここに種を蒔くぞ」
俺はクレアから受け取った種を等間隔に植え付け、買ってきた水魔法の魔石を使ってたっぷりと水分を与えた。
「で、でもレン様。いくら土が良くても、収穫できるのは早くても数ヶ月後では……?」
「普通ならな。だが、俺の土魔法は『土中の成分を操作』できる」
植物の成長とは、要するに土の中の栄養と水分を吸い上げ、細胞分裂を繰り返すことだ。
ならば、根の細胞壁に直接、完璧な濃度の栄養素を強制ポンプのように送り込み続ければどうなるか?
「強制成長をかける。少し離れてろよ」
俺が土に魔力を流し込んだ、次の瞬間だった。
ズゴゴゴゴゴゴッ!!
「ひゃああっ!?」
クレアが短い悲鳴を上げた。
黒い土の中から、鮮やかな緑色の芽が弾けるように飛び出したかと思うと、早送り映像のような凄まじい勢いで茎が伸び、葉が広がり始めた。
数秒のうちに黄色や白い花が咲き乱れ、それがポロポロと落ちた直後には――。
「嘘……信じられません……!」
クレアがへたり込み、震える指で目の前の光景を指差した。
そこにあったのは、たわわに実った巨大な野菜の山。
ルビーのように真っ赤で、皮が張り裂けそうなほど果汁の詰まったトマト(似の野菜)。
大人の拳よりも大きく、黄金色に輝くジャガイモ(似の芋)。
そして、一粒一粒が宝石のようにツヤツヤと光る、極上の小麦たちだ。
「完璧だ。栄養素の配合がバッチリ決まったな」
俺は真っ赤なトマトを一つもぎ取り、土を払ってそのままガブリと齧り付いた。
「……美味い!!」
口の中いっぱいに、弾けるような甘みと爽やかな酸味が広がる。
前世の高級スーパーで売られていた特選フルーツトマトすら凌駕する、圧倒的な生命力の味だ。
「ク、クレアも食ってみろ」
「えっ、でも、火も通していませんし、毒見も……」
「いいから」
俺は呆然としているクレアの口元に、別のトマトを差し出した。
彼女は恐る恐る小さな口を開け、カプリ、と齧る。
その瞬間。
クレアの美しい碧色の瞳が、限界まで見開かれた。
「――っ!?!? あ、あま……っ! なんですか、これ!? お砂糖なんて入ってないのに、果物よりもずっと甘くて、みずみずしくて……っ!」
元公爵令嬢であるはずの彼女が、ドレスの汚れも忘れて、両手でトマトを抱え込み夢中でかじり始めた。
「よし。野菜はクリアだ。次は不純物だらけの『岩塩』を、俺の魔法で純度100%の塩化ナトリウムに精製し直すぞ」
俺の『異世界美食スローライフ』が、今、完璧な形でスタートを切ろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
窒素・リン酸・カリウム。
魔法ファンタジーにガッツリ科学を持ち込んでしまいましたが、これがレンの真骨頂です。
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▼次回予告
収穫した最高級野菜と、科学的に精製した塩。
それを食べた元・公爵令嬢の反応は……?
次回、飯テロ回です!




