天使様
あの後、銃声を聞きつけた近隣住民からの通報で、警察がやってきた。香瑠が自分がやった、彼女は自分の母親だ、と言って、それぞれの身分証明書を確認させたら、それだけで警察は何の罪に問うでもなくこれからの話を始めた。
香瑠は交番の椅子に座って、書類を書いている警察官となんだかフレンドリーな警察官と話していた。
「これから、お父さんに連絡が行くから。それで、君は清掃が終わるまで一旦どこか別の住居にいる必要があるだけど…お父さんが海外出張なんだよね?近くに親族は?」
「あー、隣の県に親戚がいますけど、はとこの家だし、そろそろテストだし、できれば近場にいたいんですけど。清掃って普通どれくらいで終わります?」
「うーん、時間もたってないし、消毒とか含めて二日くらいかな。そうだ、受け答え普通にできてるから忘れかけてたけど、カウンセリング受ける?」
「あ、お願いします。カウンセリング受けるかどうかで揉めて殺しちゃったんで」
「わかった。じゃあ、鹿九藺高校から近い…花田ホームにいくのはどうかな。18歳以下の宿泊料は確かすごく安かったはずだし、数日なら着替えと教科書があればいいかな?あ、高校なら教科書多いかな」
「スーツケースあったはずなんで、大丈夫です。あ、清掃中って家の中入れるんですか?」
「あぁ、キッチンとダイニングが繋がってるからそこは入れないけど、自室なら。さすがに女子高生の部屋に勝手に入って物取ってくるのは婦警さんでも難しいでしょ、服とかは」
まあ、下着とかはいくら婦警さんでも触られたくないな、と香瑠は想像した。
それにしても、天使様はどこにいったんだろう。警察が来るまで、なんなら来てからもしばらく一緒にいたけど、パトカーに乗る時には既にいなかったな。
「じゃあ、もう一回パトカー乗ってくれる?家まで送って、荷物まとまったら花田ホームに送るよ。あ、宿泊料金は君の自腹になっちゃうんだけど大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。高校がバイト禁止だからお小遣い貰ってるし、それもほとんど使ってないんで」
香瑠はもう一度パトカーに乗って、家に戻った。家の中にイエローテープが張られているのはなんだか不思議な感じがしたが、部屋にいく経路にはなかったので無視する。
自分の部屋で、制服と適当な部屋着を見つけて、月曜日と、念のため火曜日にある授業の教科書をまとめる。旅行用のお薬ポーチの中身を確認して、風邪になっても大丈夫だな、と一安心してスーツケースに入れる。スーツケースの半分以上が教科書。高校生ってすごいな、と己のことながら思った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
香瑠は花田ホームの管理人だというおばさんに挨拶した。おばさんは香瑠の荷物を「重そうだねぇ」と言った。
「はい、よろしくね。16歳なら一泊300円。部屋は二階の角部屋が空いてるからそこでいいかしら?ご飯は食堂でまとめて、朝六時から七時と、昼は十二時から一時、夜は六時から八時。まあ、どうしても前後するならおにぎりとかになっちゃうけど、大丈夫?」
「はい。あ、防音ってどのくらいありますか」
「えーと、多少の会話なら漏れないと思うわよ。でも大声で笑ったりすると隣に迷惑だから、そこは考えてほしいかしら」
「わかりました。ありがとうございます」
香瑠が荷物を持って部屋に入ると、そこに天使様がいた。
ドアが閉まると同時に、天使様が口を開いた。
「かおる、ここにくるってわかったから、さきにきてた」
「……びっくりした。まあ、また会えて嬉しいよ」
「うれしい?なんで?」
「うーん、私を怖がったり、変に優しくしたりしないでしょ。まあ、天使様は撃てないだろうからその心配もないのか」
「なるほどね、みんなかおるをこわがるんだ」
「まあ、そりゃそうでしょ。一度殺しをしたら誰だって怖れるもんだよ。特に大人は「次は自分かも」って思うだろうね」
香瑠は荷物を置いて、畳まれて置かれている布団に座った。天使様は香瑠を見下ろしながら立っている。
「かおるは、もういちどひとをころすつもり?」
「え、どうだろ。殺しちゃいけないって気持ちはないかも。でも、やるなら若いうちに殺さないとね。いつか、変に恨まれて私が殺されそうだから。あと、悪人以外を殺すつもりはないかも」
「ははおやは、わるいひとだった?」
「子供が悩んで苦しんでるのに、それを必死の思いで打ち明けたのに、それを否定するのは悪でしょ。私は夜も眠れないし、安心できないし、心の問題から体の問題までいろいろ抱えてるのに。そのくせ自分は平気で病院に行くんだから、悪人だよ」
乾いた笑いが零れるのがわかった。ああ、とっくに心が壊れている。涙も心からの笑顔も、だいぶ前に失ったようだ。
「かおる、つらくなったら、いつでもいってね。ぼくなら、いつでもかおるといっしょにいられるから」
「……不思議な感じ。天使様って、初対面って感じがしないんだよね。どっかで会ったことあるっけ」
「ずっとかおるといっしょにいたよ。かおるがぼくにきがついたのは、いちどだけだけど。かおるはこんなにちいさくて、ぼくをみてわらってた」
天使様の手の動きを見れば、その頃の香瑠は乳幼児だったのだろうとわかる。
「天使様って、何歳?」
「わからない。かおるがぼくをみてわらったのが、さいしょのきおく」
「じゃあ、とりあえず同い年ってことにしよっか。私の誕生日知ってる?三月二十八日」
「ていきてきにおやとけーきたべてたよね。それかな」
「多分それ。もしかしたらクリスマスとか混ざってるかもだけど。てか暦よくわかってなかったりする?」
「……たぶん。にんげんのこと、よくわからない」
「そっかぁ……」
天使の生きてきた世界は、人間を観察はしていても、人間の作った制度などどうでもいいのだろう。動物園に行って動物を見ても、動物の生態まで気にならないのと同じだろう。
「じゃあ、誕生日になったら教えてあげるよ。一緒に祝おう」
「それまで、かおる、いきてる?」
「あー、そう言われるとちょっと、約束はできないかも」
香瑠は布団の上に上体を倒した。差し込む日差しが眩しかったのか、目を閉じる。天使はそんな香瑠をじっと見ていた。




