休日の朝
ジャキ、と銃を立てる音がする。
「……若者だから、か」
15歳以上の者が銃を持つことを許されているこの国で、特殊な法律が制定されたのが約30年前。当時の政治家はほとんど死んだ。
『銃による殺傷事件において、加害者が被害者よりも若年である場合、全ての罪は不問とする』
この法律が決まってから、政治家は若くなり、国は全体的に若者に優しくなった。老害という言葉がもはや死語となるほどに、若者への対応が変わったのだ。
渡辺香瑠、16歳。今日、土曜日の朝、母親を殺した。
理由はあまり複雑なものでもない。香瑠の母親が、香瑠の精神状態の悪化を軽んじて、カウンセリングを遠ざけたためだ。十代の不安定な時期、その判断がどう変貌するか、母親にはわからなかったのだろうか。
「……はぁ」
香瑠は食器棚にもたれて、ずるずると地面に座り込んだ。台所の血だまりは、恐らくここまでは届かない。
母親が香瑠に銃を向けることもできただろうが、愛情ある娘を撃つことと後々重い罪に問われることが、その引き金に手を懸けることを拒んだのだろう。死の恐怖を天秤にかけている暇はなかったかもしれない。
十代で、ただ母親が生きるのに邪魔だったから殺したなんて、もはやこの国ではよくある話の一つかもしれない。それでも、この先、嫌な大人を殺してしまう癖がついたなら、きっと年下にとっては自分が嫌な大人になるのだろう。
「私もいつか殺されるなぁ……」
はは、と乾いた笑いが零れる。そのいつかは、近い将来か、遠い将来か。もしかしたら、愛する妻を殺されたことに激怒した父親に殺されるかもしれない。父親は今長期出張中だから、知るとしたら警察からの電話だろうな。いくら罪に問われないからと言って、警察が事情を濁すわけもない。
母親が躾と称して行ってきた数々の行為を、香瑠は恨んではいなかった。けれど、友人関係に進路に部活の成果に、と悩ましい時期の心の不安定さを無視されたのが嫌だっただけなのだ。だから香瑠は母親を殺した。
もう、いいか。
香瑠は銃を床に置いて、乾いた笑顔を顔に張り付けたまま取ろうとしなかった。天井を仰いだまま、笑いが呪いに変わるまで待って、自分を殺そう。悪しき大人になる前に、自分を消そう。
香瑠はまばたきをした。
「かおる、しぬの?」
視界の端に、何かが立っていた。それは真っ白な少女だった。背中の羽がやわらかく動いている。
「……天使様だ」
「うん、ぼく、てんしだよ。かおるのてんし。かおる、しにそうだったから。しんでほしくなくて、みえるようになった」
感情のないその天使の表情が、香瑠の心をそっと拾い上げた。




