第2話 知性の怪物
《1. 新たな脅威》
千葉県の刑務所、独房。佐藤悠斗はベッドに座り、娘・葵の手紙を握りしめていた。
「パパ、早く帰ってきてね。公園でまた一緒に遊ぼう」
8歳の娘の拙い文字が、悠斗の心を温め、締め付ける。3年前、隣家の一家殺害事件の冤罪で死刑を宣告され、妻・美咲と葵と離れ離れになった。月に一度の電話で聞く葵の声が、彼の生きる希望だった。
3日前、千葉の廃倉庫での初戦。Kとの戦いで勝利を収めた悠斗は、K対策特務課――通称「K特課」の信頼を勝ち取った。
だが、Kの恐ろしさも実感していた。銃弾を跳ね返す皮膚、鉄骨をへし折る力。そして、自分もまた同じ怪物になるのだ。背筋が冷える思いだった。
鉄格子の向こうに、K特課の主任・黒川誠が現れた。スーツ姿の彼は無表情だが、目には緊張が滲む。
「佐藤、新たなKの目撃情報だ。今度は一筋縄ではいかない」
悠斗は立ち上がり、眉をひそめた。
「どういうことだ?」
黒川はタブレットを取り出し、監視カメラの映像を見せた。深夜の新宿歌舞伎町、雑踏の中を縫うように動く人型のK。
黒い霧のようなオーラをまとい、異様に長い腕がうねる。街灯を一振りで叩き折り、逃げ惑う人々を追う姿が映っていた。
「こいつは…自我を保っている可能性が高い」
悠斗の胸がざわついた。初戦のKは獣のように本能で動いていた。だが、自我を持つKは知性と戦略を持つ。戦いは遥かに危険になる。
「どんな能力を持ってる?」
「まだ不明だ。だが、自我を持つKは特殊な能力を持つケースが多い。慎重に動け」
黒川は黒い金属製のデバイスを手渡し、付け加えた。
「成功を重ねれば、釈放の可能性が高まる。娘に会いたいんだろ?」
悠斗の目が鋭くなった。
「葵のためなら、どんな敵でも倒す」
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《2. 歌舞伎町の戦場》
深夜0時、新宿歌舞伎町はK特課によって封鎖されていた。ネオンの光が薄暗い街を照らす中、装甲車が周囲を固め、隊員たちがライフルを構える。
だが、誰もが知っていた。銃はKに効かない。頼みの綱は悠斗ただ一人だ。
K特課本部の作戦室から、調査チームのリーダー・林美穂が通信機越しに指示を出す。
「佐藤さん、Kは歌舞伎町の中心、飲食店街にいます。民間人は避難済みですが、建物への被害を最小限にしてください」
悠斗はデバイスを握りしめた。USBメモリに似た形状、ボタンを押すと鋭い針が飛び出す。黒い金属の冷たさが手に伝わる。
心臓が早鐘を打つ。葵の笑顔を思い浮かべ、深呼吸を一つ。デバイスを首に押し当て、ボタンを押した。
焼けるような痛みが全身を駆け巡る。身体が膨張し、筋肉が異様に発達。爪が鋭く伸び、目が赤く輝く。
Kとしての姿――純粋なパワーとスピードが極限まで高まった怪人へと変身した。
飲食店街に踏み込むと、Kが悠斗を見据えていた。黒い霧のようなオーラが揺らめき、長い腕が不気味にうねる。赤い目が悠斗を捉え、低い声が響いた。
「ほう…お前もKか。面白い」
悠斗は驚いた。声。自我の証だ。
「何者だ? なぜこんなことをする?」
Kは金属を擦るような笑い声を上げた。
「知る必要はない。だが、味わうがいい…私の闇を!」
瞬間、Kの周囲から黒い霧が爆発的に広がり、視界を奪った。闇の中で腕が鞭のように襲い、悠斗は咄嗟に跳び上がる。霧が地面を侵食し、アスファルトが溶けるように崩れる。
「なっ…!」
林の声が通信機から響く。
「佐藤さん、そのKの能力は黒い霧! 腐食性があるようです、近づかないで!」
悠斗は歯を食いしばり、スピードを全開にした。霧の中を突き進み、Kの位置を感覚で捉える。
拳を振り下ろすが、Kの腕が分裂し、複数の触手のように伸びてきた。触手がビルに突き刺さり、ガラスが砕け散る。
悠斗は触手をかわし、Kの懐に飛び込む。拳がKの胸を捉え、鈍い音が響く。
Kは後退したが、すぐに霧を濃くし、触手を振り上げた。悠斗の肩を切り裂き、血が飛び散る。痛みに顔が歪む。
「葵に…会うんだ…!」
悠斗は娘の顔を思い浮かべ、痛みを押し殺した。霧が薄れる一瞬の隙を見つけ、Kの首にデバイスを突き刺した。
「これで終わりだ!」
デバイスが作動し、ウイルスが吸い出される。Kは悲鳴を上げ、身体が乾いた粘土のように崩れ始めた。だが、最後にKが呟いた。
「お前も…いずれ…飲み込まれる…」
数秒後、そこにはやせ細った人間の死体が残っていた。
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《3. 戦いの後》
K特課の隊員たちが現場を封鎖。悠斗は人間の姿に戻り、肩の傷を押さえた。林が駆け寄り、応急処置を施す。
「佐藤さん、無事でよかった…! あのK、自我がある上に腐食性の霧を操るなんて…」
悠斗は息を切らしながら言った。
「あいつ…何か知ってた。『飲み込まれる』って…何だ?」
黒川が近づき、短く答えた。
「それは我々も追っている。よくやった、佐藤。自我を持つKを倒したのは大きい」
「釈放…どれくらい近づいた?」
悠斗の声にはかすかな希望が滲む。
「一歩前進だ。だが、道は長い」
黒川の無表情な答えに、悠斗は唇を噛んだ。独房に戻り、葵の手紙を読み返す。
「パパ、大好き」
涙が滲む。Kの言葉が頭を離れない。
「飲み込まれる」
黒幕の存在か? Kの真実か?
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《4. 深まる陰謀》
K特課本部、分析室。林美穂が暗号化された通信ログを解析していた。
「主任、デバイスは大阪と東京の黒市場を経由して広がっています。『Kプロジェクト』という言葉が頻出しますが、発信元はまだ…」
黒川はモニターを見つめ、呟いた。
「自我を持つKが現れた。こいつらはただの怪物じゃない。誰かが意図的に生み出している。佐藤悠斗が鍵になる」