父からの贈り物
父が自宅に居るようになって何日か経った。
幼稚園から帰ってきた。ちかれたでごぢゃる……うぅ。地獄か?幼稚園はあと三年弱。きつい。子供の声って頭に響く。
小学校は受験すべきかな……頭良い小学校なら、みんな落ち着いてて静か、かもしれない。前世では公立だったから分からん。でも小学生なんて似たり寄ったりか?んー。てか、例え周りが静かでも、小学校の授業聞くとか絶対苦痛じゃん。筑波大付属とか慶應付属て、飛び級あったっけ?
……しらね!今はいいや!小学校なんて行かなくても卒業出来るし!
いったんぺいっと思考を投げ捨てる。お昼ご飯の前なので、エネルギーが切れてて頭があんまり回らない。幼児ボディはエネルギー効率が悪いからね。
「「「いただきます」」」
という事で晩ご飯。と、言うか……
「ぱぱ、ごはん、たべないの?」
「論文を書いているから後で良いんですって。」
「さめちゃう」
「お父さんに家族と一緒にご飯をとるなんて考えは無いの。研究のことしか考えてないんだから。いつものことよ。今日もどうせ、カロリーメイトか何かを食べるの。」
沈黙が落ちた。凄い空気。
「そういえば雄介達と手打ち野球したんだけどさ!」
兄が話し始めた。ほうほう、ホームラン。
……兄は社交的で空気が読める。私とは違って。
私は、人の触れられたくない所とかが分からない。だからさっきだって、うっかり父の話題を出して食卓を凍らせた。前世からだ。むしろ、食卓の雰囲気が悪くなったのに気づけるようになっただけ、成長していると言っても良いだろう。
……他の人はどうして、口に出す前に人の反応が分かるんだろう。
「でさー、志朗がボールを打ったとき、池に飛び込んじゃってさー、野島のじいちゃんが長い棒でとってくれたんだよ。」
「あら、野島さんには今度お礼をしなくてはいけないわね。ちゃんとありがとうって言った?」
「言ったよ!んでー、」
どうせ転生するなら、転生特典としてコミュ力を付けてくれれば良かったのに。それが出来ないなら、むしろ人の気持ちなんて気づかないままでいたかった。起こった後にしか分かんないなら、空気を読む力なんて、何の意味があるんだろう。
人間関係が、もっと単純だったら良いのにね。
「──だから、志朗が今度はルールを変えてやろって言ってさー。」
「あんまり怪我するようなことしちゃダメよ?」
「うん!大丈夫!俺だってもう、」
がちゃっ、と扉が開き父が入ってきた。一瞬でその場が静まる。
「栞。これを。」
差し出されたものを慌てて受け取……ろうとして重さに落としたので、父が食卓にソレを置く。『研究社 新英和辞典』と書いてある。
「辞書だ。」
うん。……うん?
首を傾げているうちに、父は踵を返して書斎に戻っていった。
「……」
「……」
「……」
母は眉をひそめている。女の子に学問は……とでも思っているんだろう。
兄は、……真顔。兄のそんな顔、初めて見た。ぇ、どういう心境それ。
「……ごちそうさま!」
私はもう食べ終わっていたので、父から貰った辞書を抱えてその場から逃げた。ほかにどうしろって言うんだよ。
──もしこのとき、もっときちんと向き合っておけば、私達はもっと違う道筋を辿っていたのかもしれない。後悔というのは、後でするから後悔というなんて、当たり前の話なんだけど。