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父との会話

草木も眠る丑三つ時。不意にトイレに行きたくなって目が覚めた。幼稚園入園とともに貰った自分の布団から起き上がり、そっとドアを開ける。転けないように後ろ向きで、ゆっくりと階段を下りた。うっかり階段から転げ落ちたら危ないのでね。見たら分かるとおもうけど、幼児って頭の比率が大きくて重いんだよ。

静かに用を済ます。こんな風に自分でトイレに行けるようになったのにも成長を感じる。地獄の幼児期が走馬灯のごとく頭を駆け巡ったので、慌てて頭を振って追い出した。昔の話だ。

うん、そんなことより寝よう。寝る子は育つ。そう決めて階段を上がろうとしたとき、父の書斎から光が漏れているのに気付いた。今深夜二時なんだけど?こんな時間まで論文を書いているのだろうか。寝落ちしてたりしない?そうっと近づいて扉を少し開けた。


「栞?」


起きてた。父が万年筆を置き、こちらを見る。


「ぱぱ、こんなにおそいのに、まだ、ろんぶんかいてるの?」

「ああ。」

「はやくねないと、からだにわるいよ。」

「誤字脱字がないか見直していただけだ。もう寝る。」

「そっか。……ねぇ。」


不意に思った。父は、母の意見──女は結婚するのが幸せ──に、なんて思ってるんだろう。私の周囲は、女の幸せは結婚だと言っている中、父は別になにも言わなかったので。


「しおりは、けっこんしたほうがしあわせって、ぱぱもおもう?」

「知らん。自分の幸せが何かは、自分で考えろ。」


ふぅ、と息を吐き、父はがりがりと頭を書いた。そのままこちらをじっと見る。今までだって幾度となく会話してきたはずなのに、今初めて目があった気がした。


「じゃあ、ぱぱのしあわせって、なに?」

「研究だな。……私の幸せを聞いてどうする。私と君は違うから、参考にはならんだろう。」

「しあわせのさがし方の、さんこうにするの。なんで、けんきゅうがすきなの?」

「美しいからだ。」

「いつ、なんで、けんきゅうしゃに、なりたいっておもったの?」

「小学生のころ、誕生日に望遠鏡を貰って、星を見ていた時に、望遠鏡の仕組みに興味を持った。私達が普段使っている道具は、先人達の智恵の集合だ。そこに、私の力も組み入れることが出来るなら、これよりも喜ばしい事は無い。」


不意に、こちらを見る父の向こうに少年が見えた気がした。機械のパーツやら、はんだごてやら、ねじやら、なんだか分からないガラスやら、そんないろいろが散らばった部屋の中で、楽しそうに望遠鏡を覗く少年。


「きょじんのかたの上にたつ、未来の人がいたとして、そのきょじんの細胞に、なりたかったんだね。」

「あぁ。」


良かった、と思う。これで父にまで結婚すべきと言われたら、結構しんどかっただろう。

安心したら、急に眠くなってきた。瞼が下がってくる。と、不意に父に抱き上げられた。そのまま、とんとんと背中をかるく叩かれる。


「もう寝なさい。……『The Soul of a New Machine』は面白かったか?」

「ん、すごく……じょうねつてきで、たのしそうだなって……」


わたしもぱそこん、つくりたい。

そう言い終わったかどうかで、記憶は途切れている。


次に気がついた時はもう朝だったし、布団の中にいた。

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