第5話 護衛任務で見えた現実
荷馬車が揺れる。
ガタガタと。
エミリアは相変わらず一人で座ってる。
距離感。
物理的にも、精神的にも。
俺たちを見る目が冷たい。まるで「使えない連中」って言ってるみたいだ。
実際、そうなのかもしれない。
「タナカ様」
ルナが小声で話しかけてくる。
「エミリアさん、怖そうですね」
怖い?
確かに近寄りがたい雰囲気はある。でも、16歳の女の子だ。きっと理由がある。
「大丈夫ですよ」
根拠はない。
でも、何とかしないと。
「おい」
ガルスが低い声で呟く。
「あの嬢ちゃん、俺たちを馬鹿にしてるな」
鋭い。
ガルスは案外察しがいい。
「まあ、初対面ですから」
「初対面もクソもあるか」
ガルスが不機嫌になる。
これはまずい。
ガルスとエミリア。どちらもA級。喧嘩になったら収拾がつかない。
「レインさんはどう思います?」
「僕は気になりませんよ」
レインが爽やかに答える。
「きっと勇者様の采配を見て、認めてくれるはずです」
相変わらず俺を過大評価してる。
采配って何だよ。
営業の経験しかないんだぞ。
「到着まで、どのくらいですか?」
御者に聞く。
「あと2時間ほどです」
2時間。
この微妙な雰囲気で2時間は辛い。
何か話題を。
「エミリアさん」
声をかける。
エミリアが振り返る。銀髪がさらりと揺れて、白い花の香りが漂ってくる。
「何ですか?」
冷たい声。
「どんな武器を使うんですか?」
「剣です」
そっけない。
「魔法剣士ですか?」
「そうです」
会話が続かない。
こういう時、営業ならどうする?
相手の興味を引く話題を探す。
「どのくらい冒険者をやってるんですか?」
「3年です」
3年?
13歳から冒険者?
それでA級まで上がったのか。
すごい。
「3年でA級って、相当ですね」
「普通です」
普通じゃない。
絶対に普通じゃない。
でも、本人は普通だと思ってる。だから他人を見下すのか。
「どんな依頼を受けてるんですか?」
「討伐系が多いです」
「一人で?」
「はい」
やっぱり。
一人で戦うのが当たり前になってる。だからチームワークの概念がないのか。
「大変じゃないですか?」
「別に」
素っ気ない。
でも、何か違和感がある。
16歳で一人で戦い続けるって、孤独じゃないのか?
「友達はいるんですか?」
「必要ありません」
即答。
でも、一瞬だけ表情が揺らいだ気がした。
やっぱり。
強がってるだけだ。
本当は寂しいんじゃないか。
「でも、一人だと心細く……」
「心細くありません」
否定された。
でも、声に少し力が入ってる。
図星かもしれない。
「そうですか」
それ以上追求するのはやめた。
営業でも、相手が嫌がってる話題は避ける。信頼関係を築いてからだ。
荷馬車が急に止まった。
「どうしました?」
御者に聞く。
「前方に何かいます」
前方?
荷馬車から降りる。
森の中の道。木々が鬱蒼と茂ってる。薄暗い。
そして。
「うわあ」
道を塞ぐように、大きな魔物がいた。
オークか?
緑色の肌に、牙。筋肉モリモリ。
こんなのと戦うのか?
「戦闘力はどのくらいですか?」
エミリアに聞く。
「B級程度です」
B級。
レインと同レベル。
でも、俺には絶対に無理だ。
「どうしますか?」
「私が倒します」
エミリアが剣を抜く。
シャキン。
金属音が響く。
「待ってください」
俺が止める。
「みんなで連携して」
「必要ありません」
「でも」
「邪魔です」
邪魔って。
ストレートすぎる。
でも、エミリアはもう走り出してる。
速い。
めちゃくちゃ速い。
銀髪が風になびいて、美しい軌跡を描く。
オークが気づく。
「グオオオ!」
雄叫び。
うるさい。
エミリアが剣を振る。
青白い光が剣身を包む。
魔法剣か。
「氷刃!」
エミリアの声が響く。
剣から氷の刃が飛ぶ。
シュウウウ。
空気を切り裂く音。
オークに命中。
「グガアア!」
オークが倒れる。
一撃。
一撃で倒した。
すげー。
本当にすげー。
「終わりました」
エミリアが戻ってくる。
息も切らしてない。
余裕。
完全に余裕だ。
「すごいですね」
「普通です」
また普通って言った。
これが普通なら、俺たちは何なんだ?
「僕も援護しようと思ったんですが」
レインが申し訳なさそうに言う。
「必要ありませんでした」
エミリアがあっさりと答える。
レインの顔が曇る。
自分の存在価値を否定された気分だろう。
「でも、連携があれば」
「連携?」
エミリアが振り返る。
「あなたたちの連携を見せてください」
え?
「今、ここで?」
「はい」
エミリアの赤い瞳が俺たちを見つめる。
試されてる。
完全に試されてる。
「わかりました」
やるしかない。
「みんな、準備して」
「おう」
ガルス。
「はい!」
レイン。
「がんばります」
ルナ。
でも、敵がいない。
「あそこの木を的にしましょう」
太い木を指差す。
「ガルスさん、お願いします」
「任せろ」
ガルスが剣を構える。
「いくぞ!」
突進。
ドスドス。
重い足音。
木に到達。
「はあああ!」
剣を振り下ろす。
ザン!
木が真っ二つ。
でも。
「うおおおお!」
止まらない。
また暴走した。
別の木に向かう。
「ガルスさん、ストップ!」
俺が叫ぶ。
「あ、そうだった」
ガルスが止まる。
エミリアが呆れた顔をしてる。
「援護射撃!」
レインが矢を放つ。
パシュ!
外れた。
思いっきり外れた。
「あれ?」
レインが困惑してる。
「風が……」
また風のせいにしてる。
エミリアの表情が険しくなる。
「これが連携?」
厳しい。
本当に厳しい。
「まだ練習中で」
「練習中の人たちに護衛を頼んだんですか?」
正論だ。
反論できない。
「でも、成長してるんです」
「成長?」
「はい」
「どのくらいで戦力になるんですか?」
どのくらい?
わからない。
全然わからない。
「努力します」
「努力で何とかなるレベルですか?」
痛い。
本当に痛い。
でも、事実だ。
俺たちは弱い。
エミリア一人の方が強い。
「でも、チームワークがあれば」
「チームワーク?」
エミリアが冷笑する。
「足を引っ張り合うのがチームワークですか?」
ぐさり。
心に刺さった。
「そんなことは」
「では、証明してください」
「証明?」
「私より強くなってください」
無理だ。
絶対に無理だ。
でも。
「やってみます」
なぜか口から出た。
根拠のない自信。
いや、自信じゃない。
意地だ。
負けたくない。
16歳の女の子に見下されたくない。
「楽しみにしています」
エミリアが皮肉っぽく微笑む。
その笑顔が美しくて、腹立たしかった。
荷馬車に戻る。
雰囲気が最悪だ。
みんな落ち込んでる。
俺も落ち込んでる。
でも、諦めるわけにはいかない。
何とかしないと。
絶対に何とかしてやる。
田中和也、26歳。
プライドを賭けた戦いが始まった。