第4話 問題児がもう一人増えた
訓練開始から一週間。
少しずつだが、成果が見えてきた。
ガルスは相変わらず暴走するけど、声をかければ止まるようになった。レインの弓の腕も、褒めて伸ばす作戦が功を奏して、的に当たる確率が5割まで上がった。
問題は俺だ。指揮とか戦術とか言ってるけど、具体的に何をすればいいのかわからない。営業の経験を活かすって言っても、限界がある。
「タナカ様、ギルドから使者が来ています」
ルナが知らせに来た。使者?嫌な予感しかしない。
「何の件でしょうか?」
「初回任務の件だそうです」
きた。ついにきた。実戦デビュー。
準備できてない。全然できてない。でも、断るわけにもいかない。
ギルドに向かう。リサが申し訳なさそうな顔で待っていた。
「勇者様、お疲れ様です」
「はい。初回任務の件で?」
「その通りです。ただ……」
また「ただし」か。最近、この言葉を聞くたびに胃が痛くなる。
「問題があるんですね」
「はい。今回の任務は護衛任務なのですが、護衛対象の方が……少し特殊で」
特殊?どう特殊なんだ。
「商人の娘さんなんですが、とても……気難しくて」
気難しい商人の娘。面倒くさそうだ。
「年齢は?」
「16歳です」
16歳。俺より10歳年下か。まあ、年下なら何とかなるだろう。
「他に問題は?」
「実は、その方も冒険者でして……戦闘力A級なんです」
A級?16歳でA級?ガルスと同レベルじゃないか。
「なぜ護衛が必要なんですか?」
「盗賊団に狙われているとのことで。ただ、これまで護衛を頼んだ冒険者パーティは、全て契約を破棄されています」
全て破棄?よほど問題があるんだな。
「理由は?」
「『使えない』『信用できない』『邪魔』だそうです」
うわあ。地雷臭がすごい。
でも、断れない。勇者パーティが最初の依頼を断るなんて、格好がつかない。
「わかりました。お受けします」
リサがホッとした顔になる。
「ありがとうございます。では、ご紹介いたします」
奥から、カツン、カツンと硬い革靴の音が響いてきた。規則正しい足音。意志の強さを感じさせる歩き方だ。
現れたのは一人の少女。
息を呑んだ。
美しい。
でも、近寄りがたい美しさだった。
月光のように輝く銀髪が腰まで届いている。陽の光を受けてキラキラと輝いて、まるで絹糸のように滑らかそうだ。そして瞳。深紅の瞳が俺を見つめている。ルビーのように美しいけれど、冷たい炎みたいに鋭い。
身長は150センチくらい。小柄で華奢に見えるが、姿勢がピンと伸びている。まるで貴族の令嬢みたいだ。
濃紺のローブを纏い、腰には細身の剣。剣の鞘は黒檀製で、金の装飾が施されている。高級品だ。
そして香り。上品な白い花の香りがほのかに漂ってくる。石鹸の匂いとも違う。香水かもしれない。
でも、何より印象的なのは表情。
眉間に小さくしわを寄せて、口元はきゅっと結んでいる。まるで「近づくな」と全身で言ってるみたいだ。
「エミリア・フロストです」
声も冷たい。金属を擦り合わせたような、透き通っているけれど温かみのない声。
挨拶もそっけない。目も合わせようとしない。
「田中和也です。よろしく」
エミリアが俺を見る。値踏みするような視線。赤い瞳が上から下まで俺をスキャンしている。
「あなたが勇者?」
「はい」
「戦闘力は?」
「F級です」
「F級?」
エミリアの美しい顔が、信じられないという表情になる。眉がピクリと動いた。
「冗談ですよね?」
「本当です」
「F級の勇者なんて聞いたことありません」
正論だ。俺も聞いたことない。
「でも、仲間が優秀なので」
「仲間?」
ガルス、レイン、ルナを紹介する。エミリアがそれぞれを見る。やっぱり値踏みするような視線だ。視線が動くたびに、銀髪がさらりと揺れる。
「戦士と弓使いと回復役。普通の構成ですね」
「普通で悪いか?」
ガルスが不機嫌になる。ドスの利いた声だ。
「悪くありません。ただ、実力が伴っているかは別問題です」
挑発的だ。ガルスの顔が険しくなる。これはまずい。
「まあまあ、皆さん落ち着いて」
仲裁に入る。営業で鍛えた技術だ。
「エミリアさんも仲間になってくれるんですよね?」
「仲間?」
エミリアが眉をひそめる。その仕草すら美しい。
「私は護衛対象です。あなたたちとは立場が違います」
そういう問題じゃない。
「一緒に戦うなら仲間でしょう」
「私は一人で十分です」
プライドが高い。16歳でA級なら、確かに自信はあるだろう。でも、チームワークを無視されては困る。
「でも、今回は護衛任務ですから」
「形だけです。実際に戦うのは私一人」
これは困った。完全に協調性ゼロだ。
「試しに、一緒に訓練してみませんか?」
「訓練?」
「連携の練習です」
「必要ありません」
断られた。きっぱりと断られた。彼女の声には、鉄のような硬さがある。
「でも、お互いを知ることは大切だと思います」
「私は一人で戦います」
頑固だ。16歳の頃って、こんなに頑固だったっけ?
「エミリアちゃん」
ルナが優しく声をかける。いつものように温かい声だ。
「一緒にやりましょう?」
「ちゃん?」
瞬間、エミリアの美しい顔が氷のように冷たくなった。赤い瞳が鋭く光る。
「私を子供扱いしないでください」
声に棘がある。まるで剣で切りつけられたみたいだ。
「あ、すみません」
ルナが謝る。優しく接したのに、これか。難しい子だ。
「エミリアさん」
俺が改めて声をかける。
「なぜ他のパーティとうまくいかなかったんですか?」
「彼らが無能だったからです」
即答。迷いがない。
「具体的には?」
「私の足を引っ張るばかりで、役に立ちませんでした」
なるほど。実力があるから、他人を見下してしまうのか。よくあるパターンだ。営業でも、できる部下ほど協調性に欠ける傾向がある。
「でも、一人では限界がありませんか?」
「ありません」
また即答だ。本当に自信があるらしい。
「じゃあ、なぜ護衛を頼んだんですか?」
「父の命令です」
父親の命令か。商人の娘だから、商売上の判断かもしれない。
「お父様は心配されてるんですね」
「過保護なだけです」
親への反発もあるのか。16歳なら反抗期でもおかしくない。
「とりあえず、明日から護衛任務を開始しましょう」
「はい」
エミリアが頷く。銀髪がふわりと揺れて、白い花の香りが一瞬強くなった。でも、表情は相変わらず険しい。
この子をどう扱えばいいんだろう。
ガルスの暴走。レインの自意識過剰。そして今度は、エミリアの孤立主義。問題児ばかりだ。
でも、やるしかない。
翌日。エミリアの実家。
大きな商家だ。立派な門構えに、広い庭。石畳にはピカピカに磨かれた黒い石が敷き詰められている。金持ちなのがよくわかる。
「お疲れ様です」
エミリアの父親が出迎えてくれた。中年の紳士。穏やかそうな人だ。娘とは対照的に、温かい雰囲気がある。
「娘をよろしくお願いします」
「こちらこそ」
父親がエミリアを見る。愛情深い視線だ。
「エミ、わがままを言ってはいけないよ」
「わかってます」
エミリアの返事がそっけない。父親に対しても冷たい。やっぱり反抗期だ。
「では、出発しましょう」
荷馬車に乗り込む。木の軋む音がギシギシと響く。
エミリアは一人で座っている。他のメンバーとは距離を置いている。相変わらず白い花の香りがして、近くにいるのに遠い存在みたいだ。
これじゃあ、チームワークなんて期待できない。
でも、何とかしないと。護衛任務は3日間の予定。その間に、エミリアと他のメンバーの関係を改善しないと。
営業の経験を活かすしかない。問題のある部下をまとめるのは、営業マンの基本スキルだ。
エミリア・フロスト、16歳。銀髪と赤い瞳を持つ美しい問題児。
新たな挑戦が始まる。
田中和也、26歳。管理職としての試練は続く。