第2話 冒険者ギルドの現実
冒険者ギルド。
扉を開けた瞬間、酒と汗の匂いが鼻をつく。
うわ、濃い。
木造の建物内は薄暗く、大きなテーブルがいくつも並んでいる。筋肉モリモリの戦士、ローブを纏った魔法使い、革の鎧の盗賊。まさに「冒険者」って感じの人たちが酒を飲みながら談笑している。
そして俺たちに気づく。
「あ、勇者様だ」
「マジで若いな」
「大丈夫かよ、あれで」
視線が痛い。
すごく痛い。
みんな、期待してないのがまる分かりだ。
そりゃそうだ。俺だって期待しない。戦闘力F級の勇者なんて、聞いたことがない。
「タナカ様、大丈夫ですか?」
ルナが心配そうに見上げてくる。
「ええ、まあ……」
大丈夫なわけがない。
でも、不安がらせるわけにはいかない。
受付カウンターに向かう。
足音が妙に響く。
「あの、勇者の田中です」
受付の女性が顔を上げる。茶髪のポニーテール。愛想の良い笑顔だが、目の奥に疲れが見える。
営業で鍛えた観察眼だ。この人、相当苦労してる。
「お疲れ様です。リサと申します」
やっぱり。声のトーンでわかる。
「パーティメンバーの件で来ました」
「ああ、はい……」
リサの顔が一瞬曇る。
やばい。
絶対に何か問題がある。
「何か問題でも?」
「実は、応募者が2名しか……しかも、その……」
言いにくそうだ。
もう嫌な予感しかしない。
「どんな方たちですか?」
「ガルス・ブレードハートさんと、レイン・スナイパーさんです」
名前だけ聞くと強そうだ。ブレードハートって、いかにも剣士って感じだし、スナイパーも弓使いっぽい。
でも、リサの表情が暗すぎる。
「問題があるんですね?」
「ガルスさんは元傭兵なんですが……戦闘中に我を忘れるタイプで……」
我を忘れる?
バーサーカーか。味方も攻撃するタイプ?
「レインさんは?」
「自称天才で……実力は普通なんですが、プライドがとても高くて……」
自称天才。
うわあ。営業でも一番面倒なタイプだ。承認欲求の塊で、ちょっとでも否定されると拗ねる。扱いを間違えると完全に戦力外になる。
「他に候補はいませんか?」
「申し訳ございません。優秀な方はみなさん高報酬の依頼に……」
つまり、この2人だけ。
選択肢がない。
完全に詰んでる。
「わかりました。会わせてください」
「本当によろしいんですか?」
リサが本気で心配してる。よほど問題があるんだろう。
でも、やるしかない。
「大丈夫です。何とかします」
根拠?
ない。
まったくない。
「では、お呼びします」
リサが奥に向かって声をかける。
「ガルスさん、レインさん。勇者様がお見えです」
ドスドス。
重い足音。
そして、軽やかな足音。
奥から2人の男が現れた。
1人目。
筋骨隆々の大男。顔には古傷がいくつもある。野性的というか、野蛮というか。目つきが鋭い。近づくだけで圧迫感がすごい。
2人目。
金髪の青年。整った顔立ちで、動作が妙に決まってる。ナルシストの匂いがプンプンする。
「俺がガルス・ブレードハートだ」
大男が名乗る。
声がでかい。
威圧感がやばい。
こんな人が味方を攻撃するって?
完全に殺されるじゃないか。
「レイン・スナイパーです」
金髪青年が優雅に一礼。
動作が決まりすぎてる。絶対に鏡の前で練習してる。
「田中和也です。よろしく」
2人の反応が面白いくらい分かれた。
ガルスは俺を見て眉をひそめる。
「こんなガキが勇者?ひょろひょろじゃないか」
正論すぎて反論できない。
レインは目を輝かせる。
「なるほど、若き天才軍師ですね。その知的な雰囲気、さすがです」
え?
天才軍師?
何を根拠に言ってるんだ、この人。
「とりあえず、詳しい話を聞かせてください」
4人でテーブルに座る。ルナが隣に座った。緊張してるのか、手がちょっと震えてる。
「まず、ガルスさんから」
「俺は元傭兵だ。10年間、戦場で生きてきた。戦闘力はA級」
A級。
俺の何倍強いんだ。
「ただし……」
来た。
絶対に「ただし」がある。
「戦闘が始まると、周りが見えなくなる」
正直でいいじゃないか。自分の欠点をちゃんと認めてる。これは好感が持てる。
「どのくらい見えなくなるんですか?」
「敵と味方の区別がつかなくなる」
やばい。
完全にやばい。
味方も敵も関係なく攻撃するってことじゃないか。これは制御不能だ。
「レインさんはどうですか?」
「僕は天才アーチャーです。弓の腕は誰にも負けません。戦闘力はB級です」
B級も悪くない。
でも、言い方が気になる。
「実績は?」
「まだこれといった実績は……でも、才能は間違いありません」
実績なしで天才?
自信はあるみたいだが……本当に大丈夫か?
「なぜ勇者パーティに?」
ガルスが即答する。
「傭兵団をクビになった。仲間を巻き込んだからな」
やっぱり。
問題があったから首になったのか。
レインも答える。
「僕を理解してくれる指揮官に出会いたくて。きっと勇者様なら分かってくれます」
理解って何を?
「具体的には?」
「僕の戦術眼です。これまでの指揮官は理解してくれませんでした」
戦術眼?
怪しい。
すごく怪しい。
でも、この2人しかいない。文句を言ってる場合じゃない。
「わかりました。一緒にやりましょう」
ガルスが驚く。
「本当か?俺は危険だぞ」
「大丈夫です。何とかします」
何ともならない気がするけど。
レインが嬉しそうに微笑む。
「さすが天才軍師!僕を見込んでくれたんですね」
勝手に決めつけるな。
「じゃあ、明日から訓練を始めましょう」
営業の経験を活かそう。いきなり実戦は無理だ。まずはチームビルディングから。
「訓練?」
ガルスが首をかしげる。
「連携の練習です。いきなり実戦は危険ですから」
「なるほど!」
レインが手を叩く。
「さすがです!緻密な計画ですね!」
いや、普通の判断だろ。
ルナも賛成してくれる。
「素晴らしいです、タナカ様。きっと神様のお導きです」
神様は関係ない。
「では、明日の朝、城の訓練場で」
「了解しました!」
レインが元気よく返事する。ガルスも頷いた。
ギルドを出ようとした時、ガルスが声をかけてきた。
「おい、勇者」
振り返る。
「何でしょう?」
「お前、本当に勇者か?全然強そうに見えないぞ」
正直すぎる。
でも嘘は言えない。
「戦闘は得意じゃありません。でも、皆さんと一緒に頑張ります」
ガルスが真剣な顔になる。
「ふーん」
どういう意味だろう。
「お前みたいな奴は初めてだ。期待してるぞ」
期待?
プレッシャーが増す。
重い。
ギルドを出る。夕日が街を染めてる。オレンジ色の光が石畳に長い影を作っている。
「どうでしたか、タナカ様?」
ルナが聞いてくる。心配そうな顔だ。
「正直、不安です。うまくまとめられるかな」
本音が出た。
「大丈夫ですよ。神様が選んだ方ですから」
神様頼みは困る。
自分の力で何とかしないと。
「明日から頑張りましょう」
「はい!」
ルナの笑顔がまぶしい。この子のためにも失敗できない。
城に戻る道すがら考える。
ガルス:戦闘力A級だが制御不能。
レイン:戦闘力B級だが自称天才。
営業でいうなら、ガルスは実力はあるが暴走する部下。レインは普通の実力だが自己評価が異常に高い部下。
どちらも扱いが難しい。
でも、やるしかない。
明日から本格的なチーム作りだ。
不安?
もちろん。
でも、やってやる。
田中和也、26歳。
管理職としての試練が始まる。