第1話
思いのほか仕事が早く片付いた。
休日出勤のわりに午前中で終わったことに少しのうれしさを感じながらも、どっと疲れが出る。
「……帰って寝るには、ちょっと早いか」
気がつけば職場とは反対方向の電車に乗っていた。
目的地は、Fランクのスライムダンジョン。
ストレス解消と趣味の素材集めを兼ねて、たまに足を運ぶ場所だ。
俺は田淵浩太
39歳。
独身、彼女なし。
都内のIT企業でしがないシステムエンジニアをやっている。
SEとは名ばかりで、実際は雑用係だ。
コードも書けば、運用もやるし、後輩の教育やらクライアント対応やら、管理職の業務までなぜか降ってくる。
管理職じゃないのに管理をしなければならないという不思議な仕事である。
絵に描いたような社畜だ。
肩と腰は年中ガチガチ。頭痛もするので鎮痛剤は常備。
しっかり寝ても疲れは取れず、夜更かしもできなくなってきた。
脂っこいものが好きだったが、最近では胃薬を飲まないとが食べれなくなってきた。
そんなくたびれた中年おっさんの唯一の趣味が、エナジードリンクの研究だ。
仕事上、デスマーチがよくあるからエナジードリンクはよく飲んだ。
そうしているうちに、めっきりエナジードリンクにはまってしまった。
市販されているものは片っ端から試した。効果、味、コスパ。
最終的に「これ、自作できるんじゃね?」ということに思い至った、
財布から銅色のカードを取り出す。
銅色のカードに「F」の文字と、「錬金術師」の職業名が刻まれている。
冒険者のライセンスカードだった。
ダンジョンが現れたのは三十年前。
当時は世界中が混乱したが、いまや法整備も進み、一般人でも訓練すれば冒険者として登録できる。
俺も十数年前、興味本位でライセンスを取得した口だ。
そのときの適性で、割り当てられた職業が錬金術師――地味で火力もなく、サポートに徹する職だ。
ステータスもスキルもパッとしない俺には不向きだった。
だから冒険者として食っていく道は選ばず、ずっとIT業界で生きてきた。
とはいえ、錬金術師ではあるのだから、頑張れば下級ポーションぐらいは作れるはず。
なら自作エナドリも作れるはず。
という理論の元、錬金術師という観点からのエナドリ研究を進めていた。
電車を降り、少し歩いた先にあるFランクダンジョンの入り口で、職員にライセンスカードを提示し、入場料の千円を支払う。
隣接する更衣室でジャージに着替え、リュックを背負い直した。
装備といっても、大したものはない。
頑丈なジャージに、折りたたみ式の小型バール(ほんとはバールのようなもの)。
これで十分。なにせ相手はスライムだけなのだ。
「さて……今日も魔石、十個くらいは欲しいな」
スライムが落とす魔石はクズ石扱いで、一個百円にも満たない。
せめて入場料分は取り返さないと、バカらしくてやってられない。
俺は深呼吸を一つして、リュックに忍ばせていたエナドリを一気に飲むと
湿った空気が漂うダンジョンの入口をくぐった。