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結局、人は本能には抗えないのだ。
八とはあれから連絡をとっていない。
もう会ってはいけない気がしているのだ。
除霊はきっと嘘だ。
1ヶ月近くたっても霊障のようなものは訪れていないのが良い証拠じゃないか。
今回のことは、ちょっと複雑な夢だったのだと思い込みたい。
一番危惧すべきことは、この事実を隠し切ることだ。
誰も悪気はなかった。強いていえば悪気があったのは八だけだ。
とにかくこの事実が周知されることこそが1番怖かった。
自分も少しは思うところがあるのだ。
妻子を持ちながら他の女性と致してしまうことは、やはり罪だ。
自分は罪を犯した。
もう、これ以上はダメだ。
とにかく八とはもう関わらないようにしようと決めた。
翌週の金曜日に、粋花が「ねぇ、明日は?」と不安そうな顔をして聞いてきた。
悲しそうな顔をしていた粋花をみて、俺の方が悲しくなった。
彼女は今、何を思っているのだろう。
きっと、自分が毎週末に行き先を伏せられ外出してしまう夫に良くないことを想像しているんだろう。そう思った。
「明日は、家にいるよ。一緒に居よう。」
「じゃあ、来週は?」
「来週も居るよ。」
「…再来週は?」
「再来週も、その先も、ずっと一緒に居るよ。」
その瞬間、粋花の表情が一気に明るくなった。
俺は粋花を強く抱きしめた。
「どうしたんだよ。」
「だって、毎週どこかに行っちゃうし、教えてくれないから心配だったの。」
「心配させちゃって、ごめんね。」
「うん。」
「うん。ごめんね。」
あぁ、そうだ。
俺には粋花がいるじゃないか。
そう再確認出来た。
粋花の様子がおかしくなったのはそれからだった。
前からちょくちょく外出をする機会が増えているとは思ったが、最近は夕食を外で食べることが多くなった。
どこに行っているのかはわからないけれど、粋花は笑花を連れて、どこかで夕食をとるようになったのだ。
本人は、最近仲良くなったらしい幼稚園のママ友の佐伯さんと外食を楽しんでいると言っていた。自分の奥さんがご友人と外食をして楽しんで来ることは、自分としても嬉しいことではあるが、自分は料理があまり得意ではないため、その点は不満だった。
そんな日が週に一回はあったのだ。
「粋花、今日の夕飯はどうする?」
「ごめんー、今日も外食してくるの。」
「そっか。わかったよ。」
「あ、でも一の分作っていくね。」
「ありがとう。笑花は?」
「んー、笑ちゃん。お外でご飯食べる?」
「行くー!あ!笑花も一緒に行く!」
「じゃあ、連れていくわ。」
「了解、早く帰ってきてね。」
そんな成り行きからか、こんな会話が増えた。
ちょっと前は自分が逆の立場だったことを考えると、どこへ行くのか詮索する気は起きなかった。
それに、笑花を連れて行くくらいだから、悪いことではないと考えてもいいだろう。
粋花や笑花がどこかに出かけるようになってから2週間が経った頃、今日も自分の夕食がないため、スーパーにお惣菜を買いに出かけた。
すると、スーパーでばったり、佐伯さんと思われる人物に遭遇したのだ。粋花がお世話になっているのだから、挨拶をしておくべきだと思った。
「佐伯さん。」
「はい。ええと、すみません、どちら様ですか。」
「あ、私、長田です。なんだかいつも家内が仲良くさせてもらっているみたいで。」
「あらあら、いつもお世話になっております。」
「すみませんね、いつもお邪魔させてもらって。」
「お邪魔、ですか?」
「ええ。お宅に毎週のように伺っていると聞いていますが。」
「んー、毎週ではないですね。月に1度会えば。っと言った程度ですが。」
「え?」
「…」
「…なんだかすみません。」
「…いえ、こちらこそ。」
「これって、そういう事ですかね。」
「そう、ですね。そうかもしれませんね。」