友だちの選択(後編)
うなされ続けた召喚術師の岩上は、三日目にむくりと起き上がり、塔を出てそのまま小川の中に飛び込んだ。
「冷たい! うひょー! 山屋、俺、生きてるか?」
「ああ、生きてるだろ」
「よかった。感覚が戻ってきた。さすがに死んだと思った……。助かったよ」
小川から上がった岩上は一回り痩せていた。
岩上は白髪のエルフたちが作った薬草粥を「苦い、苦い、美味い」と何度も言いながら食べて回復していった。
召喚術も特に問題なく使えるようで、普通に腕を振って財布袋を召喚し、白髪のエルフたちに金貨を渡していた。
「こんなに貰っても、使うところがないのだ」
「気持ちです。俺もありません。山屋に聞くと使ってくれると思います。本当にありがとうございました」
「それなら、受け取っておくか。山屋、何か買ってくれないか?」
「魔族の里に塩の店舗を作ってはどうです? 野菜とか肉も売れると思いますよ」
「んー、そうだな。そうしよう」
あまり商売に対する意思はないようだ。俺の周りにはこういう人が集まってくる縁があるのか。
「山屋。俺、ダンジョンを辞めてみるよ。ちょっと惰性で続け過ぎたみたいだ。悪いんだけど、掃除を手伝ってくれるか?」
「ああ、いいよ。ナギ、ダンジョンに呪いがかかっているかもしれないから解いてやってくれないか」
「うん、わかった」
空でも飛んで帰るのかと思ったら、岩上は「大丈夫。問題ない。ちょっと動かないでいてくれるだけでいい」と言った直後、俺たちは岩上のダンジョン前にいた。
「自分をダンジョン前に召喚しただけだ。便利だろ?」
俺がどういうことかを聞く前に岩上が説明してくれた。
「すぅごいね。こんなに魔物って殺せるもんなの?」
ナギがダンジョンに入る前から圧倒されていた。
「ちょうど20年くらいかな。毎週変わらず倒していけば、レベルが測れなくなるくらいまでにはなるよ。呪いはどうにかなりそう?」
「いやぁ、閉めちゃった方が楽だけどね。近くに教会は……?」
「あ、町が坂を下りていったところにある」
ナギはダンジョンに入る前から、聖水を樽で買いに行った。
「さて、罠を壊すか」
俺はピッケル片手にダンジョンの中に入った。
「慣れてるな」
「俺も20年やってるからな」
「頼もしいよ」
ダンジョンに入って、まず大物の岩を岩上に粉砕してもらった。
「これで苗字がなくなったよ」
「岩上墓穴も今日で終わりだ。辞めた後はどうするんだ?」
「わからないけど……、旅に出るのはいいのかもな。魔物を主軸に考えていたけど、人間を探しに行こうかと思う」
「人間? 召喚術師か?」
「ああ。別に今生きている人間じゃなくていいんだ。過去に召喚術師が住んでいた場所に行ってみようかと思って」
「三日うなされている間に、そんなことを考えていたか」
「うん」
俺は、罠の金具を外し、落とし穴の杭を引っこ抜きながら、友だちが次の人生の段階を歩き始めることが嬉しくもあり寂しくもあった。
杭をまとめて外に持って行き、燃やしてしまう。
「乾燥しているからよく燃えると思ったけど、血を吸っちゃって酷い臭いだ」
「焼き肉の匂いにはならないもんだね」
笑っていたら、ナギが樽を持ってやってきた。
重そうなので、坂の途中で俺が受け取ってあげる。
「それ、とりあえず魔物が死んだ場所に溜めておいて」
「了解」
俺は落とし穴に聖水を溜めた。すぐに泥水になるが、それでいいらしい。
「ここまで魔物が死んだダンジョンを見たのは初めてだ。死霊術師としては貴重な体験をしているよ。ダンジョンというよりも魔物の処刑場みたいだね。本当にこの中で……、いやぁ、極める人間というのはこういうことか……」
ナギが感心していた。死んだ魔物の叫び声だらけで、いちいち声を聞いていられないらしい。
「これ時々、魔物の霊が出たりしないの?」
「するよ。普通に殴ってるけど」
「殴れるんだ……」
ナギは驚愕して、岩上を見ていた。
「あ、忘れてた。山屋、教会に樽を三つ頼んであるから、運んでくれる? あと、ブラシを買いに行かないと。ちなみにこのダンジョンって壊すの?」
「できれば、俺の家でもあるから残しておきたいんだけど呪術的には無理そう?」
「いや、天井に穴を空けて日光を取り入れられないかと思って」
「ああ、それくらいならいいよ」
ボンッ。
岩上は腕を振り上げただけで、天井に穴を空けていた。天井の岩や土はパラパラと落ちてくるので、粉砕魔法を開発したのかもしれない。
ひとまず町の教会で、戸惑っている僧侶たちに適当に作った嘘の事情を説明して聖水の樽を3つ用意してもらった。
「そんな呪いがこの町の近くに……!」
間違ってはいないリアクションを取った僧侶たちをなだめてから、雑貨屋でブラシを買った。
一応、洗剤も大量に購入しておく。
「必要だったか?」
「ああ、まぁ、あってもいいかもね」
三人並んで、聖水の樽をひっくり返し、長年こびりついた魔物の血や泥をブラシでこすっていく。
「あ、そういや忘れてたけど、東島のダンジョンを100階層まで行ったって言ってただろ? それで、ポータルを壊したって言ってなかった?」
掃除をしている最中に、そもそも岩上を呼んだ理由を思い出した。
「ああ、言った。結構壊したと思う。あんまり変なところに行っても仕方がないだろ? 一応、意匠の凝ったデザインのポータルは残してあるぞ。クジラの腹の中に行けるポータルとかさ」
「え? 岩上って、ポータルを見ただけでどこに行くのかわかるの?」
「おい、俺はこれでも召喚術師だぞ。魔物を倒しているだけじゃなくて、魔物を召喚しているんだから、行先ぐらいはわかるさ」
「へえ、じゃあ、鯨の腹の中にダンジョンがあるっていうのは本当なのか?」
「本当。西の方にもあったって聞いたけど、あれはたぶんまだ生きている鯨の腹に行けると思う。動いていたから」
「そんなことまでわかるのか。そのクジラを召喚しようとして、ナギは記憶喪失になったってこと?」
「それは私にもわからないけど、もしそのダンジョン鯨と悪魔が関係しているなら、そうかもしれないね」
ナギはそれほど自分の過去を取り戻したいとは思っていないのか。
「あれ? ナギの依頼じゃなかったのか?」
「ん? ああ、ごめん。山屋は仕事が早いからさ。もしかしたら、唐突に真実がわかるかもしれないと思ったら、なんか……」
「本当のことを知るのが怖いのか?」
「そうかも。いや、どうなっちゃうのかなって……。もしかしたら、死霊術師として急に覚醒したり、東島を破壊しようとするかもしれないと思ってさ」
「それはない」
岩上が断言していた。
「記憶が戻っても、生まれ変わっても、記憶がなかった今までの生活がなくなるわけじゃない。記憶が混ざったり、意識が朦朧としたり、価値観が真逆になったり、どんな時代に生きているのかわからなくなっても、どうせ近くに山屋はいるから。大丈夫だ。考えるのを止めて、山屋を探せばいい」
「そういうこと?」
「そういうことだよ。変わらずに廃ダンジョンばかり追いかけている」
「俺だって迷うことくらいあるんだけどな」
「いいや、ないね。廃ダンジョンのことしか考えてないんだから。金の使い方が面倒とか、冒険者ギルドとの付き合い方が怠いとかそういうことだろ?」
岩上が的確に俺の思考を読んでいることに驚いた。
「よくわかるな」
「山屋は冒険者になりたての頃から変わらないからな。ナギちゃん、こんな奴でも普通に生きてるんだから、無理に死のうとか人生を諦めたりとかしなくていいからね」
「そうかも。山屋、悪いんだけど、そのダンジョン鯨の探索を頼んでいいか?」
「それが廃ダンジョンならね」
天井から日の光を浴びた友だちは随分輝いて見えた。
周囲はどんどん変わっていくのに、自分は相変わらず廃ダンジョンへと向かっている。




