動くダンジョンは存在するのか
東島のダンジョンマスターに関する手掛かりがあるかもしれないと紅葉島に向かったが、ナギは付いて来なかった。
「たぶん、私には見つけられない。というか、ここまで記憶に蓋をしているということは、自分自身に呪いをかけているから見つけてもわからないと思う。だから山屋が探して。もし、魔力が必要ならロギーを呼ぶといい」
そう言って俺を送り出した。
過去の自分に呪いをかけられるなんて、ナギは随分珍しい人生を歩んでいる。
船を下りて、商店で食料を買い出ししてからダンジョンへと向かう。何度も行き来しているから、割と簡単に辿り着ける。
ダンジョンに入って、地下へ続く道を通り過ぎ、大きく回って中庭の塔まで辿り着いた。罠もなければ、魔物もいない。なんの変哲もない廃ダンジョンだが、地下には歴史的な商店街があり、世界各地に繋がっている。
何事も見た目に騙されてはいけない。
中身の価値とはまるで違う。
ナギが育った塔も俺が読めない本ばかりがあるが、ロギーなら読めるかもしれない。そう思ったが、そもそも魔力のない俺にはロギーと連絡を取る手段がなかった。
「まぁ、いいか」
塔の上階にはほとんど足を踏み入れたことがない。
もしかしたら罠もあるかもしれないと、その辺にあった杖を片手に、いつもの廃ダンジョンのようにコツコツと床や壁を叩きながら、階段を上っていった。
ナギの育ての親が使っていた机や椅子はほとんどそのまま置かれている。椅子に座って死んでいたというくらいだから、手の届く範囲に最後の研究がある可能性は高い。
だが、その前に父親だったよな。
おもむろにベッドの下を覗いてみた。隠したいものはそういうところにある。
「あるもんだね」
ナギの父親の日記が隠されていた。
中身は子育て日記だ。赤子を嵐の夜に拾い、ランと名付け、長く不在だったダンジョンマスターに育てることにしたらしい。これがおそらくナギの本名だろう。
何体もの死霊を召喚し、家事や育児を手伝わせていたら、ランの才能が開花。死霊を見分け、声を聞き、呪いの術式まで覚えてしまったとか。
ただ、ダンジョンマスターには使役スキルがないとなれないが、なかなかスキルが発生しなかった。死霊術は、ほとんどなにも教えていないのに勝手に本を読み、いろんな死霊術師を呼び出して基礎から禁術まで一気に覚えてしまったのだとか。
「天才って興味の幅が狭いからな」
死霊術師としては、かなり早い段階で自分を越えてしまったと、ナギの父親は言っている。それが悔しいわけでもなく、ただ嬉しそうに成長を記録している。死霊術師全盛期のダンジョンを復活できるかもしれないという期待を持っていたようだ。
これが東島のダンジョンだろう。
猫や鳥を飼って、使役スキルを取得できないかと苦心している様子が書かれている。
「なんで死霊術師のダンジョンなのに、使役スキルが必要なんだ? 別に死霊の召喚さえできればいいんじゃないのか? そもそも使役した死霊のレベルって上がるのか?」
疑問が次から次へと湧いてくるので、一旦メモを取ることにした。
ナギの父親は、紅葉島のダンジョンマスターだったが、ほとんど冒険者が来ることはなく、外で仕事をすることが多かったらしい。ナギに手がかからなくなってからは、大陸で冒険者や山賊まがいのこともやっていたとか。
「優秀な冒険者でも金は稼げなかったのか……?」
塔には杖やローブなどがたくさんあるので、金を稼げなかったわけでもないのだろう。ただ、『自分が何をしてきたのかをランに見透かされているようだ』と綴っている。
呼び出した死霊のランクと父親のランクの差に、落胆しているのかもしれないとも殴り書きをしている。
「不甲斐なさって結構つらいな。子どものためでもあるんだけど」
金策はかなりしているようだけど、全然足りないようで、計算した跡もあった。
「税金じゃないよな?」
こんな大陸から離れた島の、しかもダンジョンの奥で税金など取られないだろう。
ナギの使役スキルは順調に成長を続けていたらしい。あとは禁術の用意が必要だと書いてある。禁術はいくつかあるらしく、表にしてまとめていた。その中にダンジョン鯨の召喚というのがあった。
「鯨の中に、ダンジョンがある!? ちょっと待て!」
予想をはるかに超える文字列に、思わず大声を出してしまった。
そんなことってあり得るのか。生きている鯨にダンジョンが備わっているなんて、身体の構造上できるのかどうか。
一旦、俺は塔を出て、町まで行き、魔物学者に手紙を送った。さらに冒険者ギルド兼酒場で魔石を買った。塔に戻って、ロギーに連絡する。
「ロギー、山屋だけど、今紅葉島にいる。どうにか来られないか?」
『え? 急ね。ナギはいないの?』
「いない。魔石が小さくなるから切るぞ」
『ええ!? ちょっと!』
数秒後には、風呂上がりで寝間着姿のロギーが俺の目の前に立っていた。
「なに? 喧嘩でもしたの?」
「いや、そうじゃなくてナギの過去に関することだから、本人は探せないかもしれないって言って、俺に探させているんだけど……」
「ああ、ナギからの依頼ね」
この時、初めて俺はナギからの依頼であることに気が付いた。
「ナギの親父さんの子育て日記を見つけて、禁術に関することもいくつか書いてあるんだけど、ダンジョン鯨って本当にあるの?」
「ダンジョン鯨? あるわ。昔、鯨の死体を保存するためにダンジョンにしたって大陸の西の方でも聞いたことがあるし」
「あっ! その廃ダンジョンは行ったことがあるな」
泥人形が主人の帰りを待っていたダンジョンだ。
「山屋も知っているんじゃない?」
「いや、でもあれは巨大なクジラが死んで解体するために作られたダンジョンだったはずだ。ダンジョン鯨は生きている鯨の中にダンジョンがあるってことだろ? そんなことできるの?」
「できなくはないよ」
「身体の構造上、そんな隙間があるとは思えないんだけど……」
「隙間というか、別に空間は要らないのよ」
「え!? どういうこと?」
「たぶん、かなり珍しいことだと思うんだけど、歴史上、ダンジョンコアを食べた鯨がいたのよ。山屋はダンジョンコアって見たことある?」
「ダンジョンコアなら見たことあるよ。でも、あれは……、食べられるようなものなのか? 鯨だからダンジョンコアごと口に入れたってこと?」
「私はないんだけど、ダンジョンコアさえ中に入れられれば、そこに空間を広げられるらしいのよ。で、そこにワープのポータルを置けば、生き物の中にダンジョンができるわけ。滅多にないことだけど、ダンジョン鯨はあり得るわ。ナギと関係しているの?」
「東島のダンジョンは死霊術師たちのダンジョンだったみたいなんだけど、ナギの父親は娘をダンジョンマスターにしたかったらしい」
「へぇ! 愛が深いのね」
「死霊術師の全盛期を取り戻したかったみたいだよ」
「時代にはニーズがあるからね。無理をしない方がいいのに……」
「ダンジョンコアを食べた鯨かぁ。でも、俺の知り合いが、100階層まで行ったって言ってたんだよな。ポータルは破壊しておいたって言ってたけど大丈夫かな」
「それ、大丈夫じゃないんじゃない?」
「手紙を送っておくかな……」
ロギーにお礼を言って、買ってきたサンドイッチを食べさせ、俺は再び町に戻って召喚術師に手紙を送った。海が時化てなければ、すぐに来るだろう。




