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クチナシの色


 特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。

 俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。


 西で仕事を終えた帰りだったと思う。特に急ぐ必要もないので、馬車や飛行船も使わず、徒歩でのんびり帰っていた。街道から逸れた場所にある田舎町で一泊し、冒険者ギルドもないような村を巡って、廃ダンジョンを探す。


 今あるダンジョンなら冒険者に需要もあるが、廃ダンジョンは見向きもされないことがほとんどだ。情報が入ってくるようなことはない。

 それでも、ひとまず見知らぬ土地に来た時は酒場に行って、おじさんたちの武勇伝に耳を傾けている。


「ここら辺は山賊や魔物が出たりはしないんですか?」

「出ないよ。山賊だって、こんな場所で何を奪えばいいのかわからんだろ」

「魔物は時々出るけど、強くないからね。酒樽を置いて寝たところを皆で叩き殺すのが常さ」

「兄ちゃんは冒険者かい?」

「一応、登録はしているんですけど、戦うのはからっきしで、発掘したり荷運びしたりして稼いでるんです。昔あったダンジョン跡とかはないですか?」

「あったら、うちの村にも冒険者ギルドができてたなぁ」

「あるのは熊の巣穴くらいなもんだ。なぁ、女将」

 酒場のマスターは一人で切り盛りしているらしい。


「無暗に山に入るんじゃないよ。冒険者たちは魔物じゃないからと熊を侮ってるみたいだけど、猛獣だからね」

「はい。逃げる準備だけはしてます」

「それが一番さ。私の旦那は、逃げられなかったから」


 酒場はもともと女将の旦那が始めたそうだ。だが、その旦那は家畜を食べてしまう熊を討伐しに行ったっきり帰ってこないという。


「もう10年になるよ」

「家畜の被害はどうなったんですか」

「ああ、そう言えばなくなったね」

「まさか女将の旦那が熊だったんじゃないかなんて言わないだろうな? 冒険者は妄想力が強いからな」

 酔っ払いが俺に聞いてきた。

「いや……。そんな狼男みたいなことがあれば、この村はもっと有名ですよ」

「あんな小さい熊じゃ家畜を殺せないよ」

 女将も笑っていた。


 ただ、熊の巣穴があるということはダンジョンもある可能性がある。熊が出て行ったあと、魔物が棲みついて、いつの間にかダンジョンになっていることもある。

 旅の召喚術師や死霊術師の訓練場になったら、数か月でダンジョン化してしまうことだってある。


 俺が黙って考えているのを察してか、女将が黄色いたくあんと一緒にお代わりを出してくれた。染料はクチナシか。そう言えば村にはクチナシの花が咲いていた。


「ああ、すみません」

「いや、皆、冒険者が来るなんて久しぶりだから、興奮してんのさ。なにもないとは思うけど何か見つけていって」

「ありがとうございます」


 女将からすれば、なにより旦那の遺体を見つけてほしいのだろう。墓参りもできないのはかわいそうだ。近しい人間が亡くなり、寂しさの行方が漠然としてわからなくなる時がある。


 しばらく現実に色が付いていないような呆然とした気になって、仲間と仕事をしたり酒を酌み交わしているうちに現実を取り戻していく。仲間が死んだ冒険者はだいたい色の付いた服を着なくなり、色付きの小物を身に着け始めてようやく復帰だ。どれだけレベルが高くて、仕事をこなして、笑っていても、色の付いてない恰好をしているなら何かを押し殺している場合がある。


 女将は茶色の服を着てアクセサリーなど付けずに、客に酒を出している。料理は近くで獲れた野菜や猪肉、鹿肉を使っていたが、味付けも香りもいい。夏だからと、トマトやオクラが入った夏おでんという料理まで出してくれた。作るものには色が付いている。

 現実を取り戻している最中なのだろう。


 旦那がいなくなって10年か。

 田舎はゆっくり時間が流れているとはいえ、少し長い。


 翌日、俺は山菜を採りに行くという女将について行き、普段行かない場所を聞いた。


「滝の上は行かないよ。川向こうからしか上がれないし、本当に何が出るかわからないからね」

「わかりました。ありがとうございます」

「行くのかい?」

「ええ。ダンジョンがあるかもしれないので」

「だったら、これを持って行きな」

 魔除けの鈴を持たせてくれた。


「夜に返しに来てくれればいいから」

「わかりました。死んで帰ってくるかもしれないので、戸締りはしっかりしておいてください」

「冒険者はバカなことを言うよ。気を付けてね」

「はい」


 おそらく川向こうや崖の上でも村人の誰かは行っているはずだ。逃げる時用に砂袋や辛子袋なども用意しておく。熊の顔にさえ当てれば、どうにか逃げられる。

 普通なら藪の倒れ具合や枝の曲がり方なんかで獣を探すことはあるが、10年も経っているなら当てにならない。穴を掘りやすそうな水辺の側や崖際をひたすら歩いた。


 蔦が絡まっているような場所はピッケルを使って重点的に探す。

 あるのは動物の骨ばかり……。


「骨?」


 俺は骨が転がってくるもとを辿ることにした。坂を駆け上がり、周囲を見回すと洞窟があった。洞窟の入り口には足元に一本の丈夫なロープがかけられている。動物であればかかるかもしれないが、人間はかからない。さらにちょっとした窪みも掘られている。ロープを避けても窪みによって体勢を崩すだろう。

 

 もしも洞窟から逃げ出そうとする動物ならかかって崖の下に落ちるだろう。実際、幾つもの骨があったので、この罠のせいだ。


「ダンジョンか」


 罠を避けて中に入ると、獣臭がしていた。毛が散乱し、大きな骨がバラバラになっている。頭蓋骨だけは立派なものが残されていて熊の死体だとわかった。


 奥に行くとただの熊の巣穴だったとは思えない大きさの部屋があり、奥の壁には小柄な男の死体が座ったままの状態で残されていた。


 リーン。


 身元を確認しようと上着を脱がせると、鈴の音が鳴った。女将から貰った鈴と同じ魔除けの鈴だった。血で汚れてしまってはいるがクチナシの香り袋もある。

 罠を仕掛けたのは旦那か。足とあばらが折れているので、熊とここで戦ったのだろう。逃げ出した熊をしっかり罠で仕留めていた。


「立派なダンジョンマスターだ」


 俺は遺品と一緒に遺骨もすべて袋に入れて外に出る。

 外に出る一瞬、仕掛けられたロープを忘れて体勢を崩しそうになった。見えにくいところに仕掛けてある。窪みも確認して慎重に表に出た。


「罠師として優秀だな」


 俺は酒場へと行き、女将に遺骨と遺品を見せた。

 

「旦那で間違いない……。ありがとね」

「いえ」


 報酬はクチナシで鮮やかに黄色く色づいたたくあんだった。


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