命の設計図(前編)
冬場の燃料屋はかき入れ時だ。木炭がよく売れている。忙しそうなときは炭焼き小屋のループ爺さんを時々手伝っているが、昼間陽が射して暖かくなってくると唐突に暇になる時もある。
そんな時は皆で船に乗って紅葉島へと渡り、ダンジョンの地下でポータルがないか探す。地下の商店街跡には、商品はないものの何が売っていたのかくらいはわかる店もある。
その店は義肢を売っていたようだ。壁には、商品が飾られていた跡があり、カビやほこりだけが残っている。他にも粘土板に残された価格表などを見て、どんな店だったのか想像する。
ポータルは店によって置き場が違う。奥にある店もあれば、ちゃんと秘密の小部屋の中にポータルを隠しているところもある。義肢屋は物置に隠していた。
「ドワーフだと思う?」
「ドワーフだね。そんなに魔法は使えなかったけど、魔力の道具を作るのが上手かったって言われている。ロギーも連れてくればよかった?」
「後で教えてあげよう」
「そうだね。ソーコたちも行くだろ?」
「行きます! ちょっと準備してきていいですか?」
「どうぞ」
ループ爺さんは塔で、パンを焼き、弁当を作っていた。
「身体が資本ですからねぇ。これだけ新鮮な野菜もあるんだから使わないと損ですよ」
塔には度々来ているが、ナギが温かい塔の中で家庭菜園をしていた。プランターがあって、種があったから植えて、時々水をやっているだけなのに、よく育ち、実をつけていたのだ。
「たぶん、霊たちが世話をしているんだよ。余計な虫が付かないように」
土は塔回りの物を使っている。動物の死体も多いし、糞もたくさん入っているとナギは嬉しそうに言っていた。死霊術師が管理している塔の周りは肥沃なのだとか。
弁当と仕事道具を持って、いざ義肢屋のポータルで、どこかへ飛ぶ。
眩暈がしたと思った程度だったが、目の前が真っ暗だ。とりあえずランプを点けると、やはりクローゼットのような隠し部屋の中だった。
コンコンボコン!
あっさり木製の扉が割れ、扉ごと外して外に出てみる。クローゼットの外は蜘蛛の巣が張った鉱山跡地のようだ。
「廃ダンジョンだな」
「鉱山労働者の休憩所だったみたいだけど……」
「山屋さんは探索しますか? それとも外に?」
「一旦外に出て、情報を集めよう。落とし穴はなさそうだけど、山賊が棲み処にしていたような跡はある。ほら、こんな鉱山の中に、炉を作っているよ。死ぬつもりかな」
「隙間が多いから死ななかったんだろ?」
鉱山は広く、外へ行く途中に水が湧き出ている部屋もあった。
「これ、何の道具ですかね?」
「わからん」
「部品だろうか」
「ゴーレム作りが盛んなのかな。ソーコ、ここら辺の鉄鉱石でゴーレムを作って外に出たら、有名になれるかもしれないよ」
「そんな単純な土地じゃないでしょう」
そう言いながらも、ソーコは身の丈が腰くらいのサイズのゴーレムを生み出していた。
出口はナギが案内してくれた。
冬だというのに外は温かく、緑も生い茂っていた。もしかしたら赤道を越えたのかもしれない。
鉱山があったのは山の高台で、眼下には村が見えた。ドワーフだけでなくゴーレムの姿も見える。
坂を下りて村に入ると、村人たちは皆一様に俺たちを見てきた。
「人間だな。それはわかるが、そのゴーレムは……?」
村に入ってすぐ左手にある鍛冶屋の主人が聞いてきた。
「ああ、これは活人拳で作ったゴーレムで、皆さんが作っているのとは、比べ物にならないくらいお粗末なものですよ。よかったらこのゴーレムの鉄鉱石を買い取ってくれますか」
この村のゴーレムはすべてピカピカで、ほとんど人間の動きとかわらない働きをしていた。斧で薪を割るゴーレムに、荷運びをしているゴーレム、鶏に餌をやっているゴーレムなどもいるが、服を着せていてそれぞれに個性もあるらしい
「いや、ちょっと、それどころじゃないっていうか……。見てもいいのか?」
「ええ、構いませんけど」
ソーコがそう言った途端に村中のドワーフが押し寄せてきた。店の中にいた店員も、宿屋の主人も木こりも皆、揃って鉄鉱石のゴーレムを見ている。
「ほうら、人気者になったぞ」
俺たちはソーコに任せ、店先のウッドデッキに座って様子を見ることに。
「どうなってるんだ?」
「いや、歯車もないぞ。動力源は?」
「関節がこんなに荒いのに、どうして動くんだよ」
「石同士が最適化しているってことだろう?」
「そんなバカな話あるか。でも、現に動いているからな」
「精霊に近いんじゃないか……」
「中は鉄鉱石なんですか? 他に何もない?」
「ないです。活人拳です。あの、だから、別に種も仕掛けもなくて……」
ソーコはしどろもどろになりながら答えていた。
「もしかしたら、最もソーコを評価してくれる土地なのかもしれませんな」
「宿のご主人、お酒はありますか?」
野次馬で来ていた宿の主人に聞いてみた。
「あるよ。冷えたビールが。それより、あんたたちも使えるのかい? その活人拳ってやつ」
「いえ、使えません。こっちが死霊術師で、この老人はループという魔法を使えます。俺は何も」
「この男は山屋と言って廃ダンジョンを巡っている。罠を仕掛けるのも罠を解除するのも得意でね。山の上に廃鉱山があるだろ? そこにあったポータルから飛んできたんだ」
ナギが簡単に説明してくれた。
「そうか。よくはわからないが、とりあえず人数分のビールでいいか?」
「頼みます」
俺は銀貨を渡して、外でビールを待つ。上部にきれいな泡が立つ、金色の冷えたビールは格別に美味しく、ループ爺さんが作ってくれた弁当にとてもよく合った。
「常温のエールビールは飲んだことがあるんですけど、これは別物ですね!」
「ああ、口に合ったのならよかった。それより、あの娘は聖女かなにかか?」
宿の主人はビールを持ってきて、ずっとソーコの話に聞き入っている。
「たぶん、そうなる予定だったんでしょうけど、いつの間にかうちに来てまして」
「よかったら、いろいろ教えてあげてください」
「教えてほしいのはこっちの方さ」
背の低いドワーフたちに囲まれて、ずっとゴーレムの説明をしている。
「……ですから、魔物にも泥人形やゴーレムがいるじゃないですか。それとそんなに変わらないと思うんですけど……」
「いやいや、あれは魔物だろう? なにか? 命を生み出せるということか?」
「女の子なんだから命は生み出せるだろ?」
「そういうことじゃなくて……! 設計図もなくただ殴っただけでゴーレムを作れるなんておかしいじゃないか」
「そうですかね? やって見せましょうか?」
ソーコは、すぐに鍛冶場の鉄鉱石でゴーレムを作って見せていた。
「だから、魔力の糸や動力源もなく、石同士が引き合わされていったね」
「我々が形を整えて、銅線や魔物の素材を使ってやっていることを、魔力で再現できるということかい?」
「魔力眼鏡で見るとよくわかる。すごいよこれ。つまりこの石がゴーレムで動くとしたら、こうなるしかないっていう最適解なんだよ」
「ちょっと、うちのゴーレムを見てくれ。ほら、中身はこんなに複雑に歯車や魔石を嵌めているだろ? 必要なかったってことなのか?」
ソーコのゴーレムを見て、座り込んでしまうドワーフもいる。
「これが生命力なのか」
「命とは一体、なんなんだろう?」
「そもそも、どうやって俺たちは生きている者と死んでいる者を分けてるんだ?」
哲学的なことを言うドワーフたちの話を聞きながら、俺たちはビールのお代わりをしていた。
「実は、数年前から義手が勝手に動き出す事件が起こっていてね……」
村長らしき、年老いたドワーフが、ソーコに依頼を頼み始めていた。
空を見上げれば夏の入道雲が迫ってきているのが見えた。




