トロルの足跡編
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
今回は北方の山村から依頼があった。ダンジョンに残っている死体を片付けてほしいという。普通の冒険者では行かないが、趣味で廃ダンジョンに潜っている俺なら行くだろうと冒険者ギルドから要請があった。
随分、俺も軽く見られたもんだ。
行くんだけど。
「氷の中にトロルがいるんだよ。最近、ほら蒸気機関の影響で温暖化が止まらないだろ? そのうち解けて出てくるんじゃないかと思ってね」
酒場の女将は氷漬けのトロルがまだ生きていると思っているらしい。ここら辺一帯は冬になると雪で完全に道も塞がり、陸の孤島になる。夏になってもダンジョンの中は涼しいが、昨今の温暖化で山頂付近では雪崩が頻発しているのだとか。
ダンジョンが数十年前に攻略された時に、ボスだったトロルが氷の中に閉じ込められ、そのままの状態で保存されているとか。本当にダンジョンなのか怪しくなってきた。トロルの棲み処だった可能性もある。
雪男、ビッグフット、トロル、言い方はいろいろあるけれど、毛深い人型の凶暴な魔物だ。一応、氷に穴を開けるドリルを持って、廃ダンジョンへと向かう。
ランプを点け、中を覗くとちゃんと罠の跡もあるのでちゃんとしたダンジョンの様だ。
「生きてるかもしれない。か……」
俺は罠を探しながら、すべての罠を再設置し直すことにした。もし別のトロルが来たら、面倒だ。
今回は先に何があるのかわかっているので、対策も打って行く。手間がかかっても解除するのはそれほど難しい作業じゃない。
召喚罠だけは解除していこうと思ったが、そもそも仕掛けられた罠はほとんど崩されていた。落とし穴に仕掛けられていた杭だけ、拾って奥へと持って行く。
奥に行くとトロルだけじゃなく、冒険者の死体もいくつか見つかった。すでに白骨化していて、装備も剝ぎ取られていない。
「仲間割れか?」
獣に殺されたのであれば、もっと骨はグチャグチャになっているはずだが、きれいに残っている。ただ、財布は持っていない。山賊だったのかもしれない。
とりあえずまだ使えそうなナイフだけ持って行く。
奥に行くと、床が濡れて泥濘もあった。肌寒く、ひんやりしているものの苔も見える。温暖化でダンジョンの中に新しい生態系が生まれているのか。
最奥のボス部屋は、壁の一面が氷に覆われていた。ランプを近づけて、表面を磨いてみると、真っ黒い毛におおわれた魔物が椅子に座っている。
「思っていたのと違うな」
戦いの最中に凍らされたのかと思っていたが、実際はトロルが凍らされることを受け入れているようなスタイルで死んでいる。
しかも魔物が椅子に座るって、それなりに知性があったということだろうか。ダンジョンマスターだったのかもしれない。
確かに酒場の女将が言うようにこれなら復活しそうだ。
俺はワカサギ釣り用のドリルで、トロルの死体まで穴を開け、杭で脊髄に穴を空けた。どう復活しても頭と体の神経が繋がっていなければ、無暗に動くこともないだろう。
カンカンカン……。
血も固まっていて、出てくることもない。
死体を外に出すため、焚火を焚いてボス部屋全体を温める。空気の抜け道があるらしく、しっかり薪が燃えていた。
それでも、完全に氷が解けるまで1日か2日はかかるだろう。ただ、これではそのうち薪が濡れて火が消えてしまう。
スコップで壁際に溝を作り、焚火に解けた水が来ないように水路を作る。岩だらけだったらできないが地面が土でよかった。
隣の部屋の落とし穴まで水路を通し、さらに細い水路を入口の方まで作っていく。とりあえず水が流れればいい。
その日は、一日中作業をして氷を解かして水路を作っていた。
夕方、入口まで水路を通したら、背後に柴刈りを終えた爺さんが立っていて驚いていた。
「あんた、何をやってるんだ?」
「ああ、トロルが氷漬けになって死んでるので、氷から出してやろうと思って。変な死霊術師が来て復活させられたら、村の人としても迷惑でしょう」
「確かになぁ……」
「火を焚いてるんですけど、氷が解けたら消えちゃうので、水路を作って水を流しているところです」
「そうか。あんた偉いな」
「いや、仕事です。柴刈りと変わらんですよ」
俺は道具を片付け、爺さんと一緒に村へと帰った。少し薪を持っていっていいぞと言われたので、ありがたく貰っていく。
「なんか、結構大変なんだね」
部屋についている暖炉で濡れた靴を乾かしていると女将が夕飯を持ってきてくれた。洗濯物も干している。全身泥だらけで帰ってきたから心配してくれたようだ。
「明日にはトロルの死体が出ると思います」
「本当かい? 焼いた方がいいかな?」
「それもいいかもしれないですね。なんか椅子に座って死んでたので、それほど凶暴なトロルじゃなかったみたいですよ」
「そうだろうね……。トロルが荒らした記録より、山賊が荒らした記録の方が多いもんね」
「へぇ……」
案外魔物が大人しい地域なのかもしれない。
とりあえずその日は寝て、翌日ダンジョンの様子を見に行くことにした。
翌朝、空は晴上がり、村の中心ではトロル用の焼き場ができていた。老若男女が集まり、まつりのようになっている。
俺の服も靴もすっかり乾き、女将に弁当を貰ってダンジョンへと向かう。
ジャバジャバジャバ……。
小川のようにダンジョンから水が流れていた。
中に入ると大きな足跡がいくつも付き、罠の矢もなくなっていた。誰かが侵入したか、もしくはトロルが復活したのか。
罠を避けつつ、最奥のボス部屋に行くと、未だ氷は解けていないものの部屋は熱気がこもっていた。とりあえず薪を足して、氷の側で焚火をどんどん燃やしていく。爺さんが用意してくれたのか、焚き木や薪はダンジョンの外に大量に置かれていた。
薪がなくなったら足せばいいだけ。罠は仕掛け直しておく。無暗に入らないことと張り紙もしておいた。
「まだ氷は解けないのか?」
トロルを焼くための火葬場ができたらしく、爺さんが呼びに来た。
「ああ、まだだね」
「一人じゃ重くて運べないだろ?」
「いや、ちゃんと荷運びのためのスキルはあるので、重さは問題ないよ。罠だらけで危ないから外まで出すから待っててくれ」
俺はのん気にダンジョンの外で弁当を食べながら、浮足立っている村人たちを見ていた。ダンジョンに入って怪我をした者がいないか探したが、見つけられなかった。
昼過ぎに氷が解けたか見に行くと、かなり解けていたが、まだ氷がへばりついている。ピッケルで叩いて壊し、どうにかトロルを持ち上げると、椅子の下に黒い箱を見つけた。鍵もピッケルで叩いて壊し、中を確認すると、ダンジョンマスターの記録が残っていた。
『召喚したトロルの血を入れると、どんどん身体が強くなっていくのを感じる。逆にこちらの血をトロルに入れると向こうは知恵をつけて人間に擬態していくらしい』
さらに読み進めると、トロルの血を入れ過ぎたせいか自分の体毛がトロルのように太く多くなっていくと書かれていた。いずれボスとダンジョンマスターが入れ替わるかもしれないという恐怖まで綴られている。
ボス部屋にいたトロルが勝手に召喚罠を起動し仲間も呼び始めている様子も記載されている。
『ダンジョンは攻略されたが、村人に擬態したトロルの一人が冒険者を殺してしまった。もう村はトロルだらけ。だが、自分はトロルから抜け出せない。今では服を着るのも億劫だ』
そこで記録は終わっている。
もしかしたらこのトロルはダンジョンマスターで、自ら氷に閉じこもったのかもしれない。実際、身体は重いものの魔物ほどの重さはなかった。
黒い箱を鞄の奥底にしまい、俺は焚火などの処理をして、トロルを運び出す。
通路を歩いていると、ふと呼ばれたような気がして振り返ってみると、ボス部屋の苔が光ったような気がした。ランプの明りを消してよく見ると、床が一面青白く光りだした。
俺が通った足跡と、トロルのような無数の足跡だけが黒く浮かび上がっていた。昨夜侵入した誰かは、村人に擬態したトロルだったのか。
トロルの死体を運び出すと、村人のほとんどが待ち受けていた。
「焼いていいね」
「ええ、どうぞ。持って行ってください。少し片づけをしてから行きますから」
村人たちはいとも簡単にトロルを運び、裸足で火葬場へ持って行く。どう見ても足が太い。擬態が解けているのかもしれない。
「行かないのか?」
爺さんが俺に聞いてきた。
「罠の片づけをしてから行きますから、先に燃やしておいてください」
「わかった」
爺さんが坂道を下るのを見届けて、俺は獣道で近くの町へ助けを呼びに行った。
今では村人が突然全員消えたと言われている山村の話だ。