東島の正月
大陸から遠く離れた東島にも正月が来た。
島民たちは龍の舞をして、一年の豊漁を願っていた。晦日には止まっていた船もやってきて観光客で溢れかえり、どの宿も店も混雑している。
俺たちは早朝の漁を手伝い、帰ってきて廃ダンジョンで休んでいるところだ。手伝いと言っても暗い海で明かりを付けたり、指示通りに網を引き揚げたりするだけだ。邪魔になっていたんじゃないかと思うが、魚や大きなエビはたくさん獲れていたので船長も笑顔だった。
港で漁師の奥さんたちによる正月料理を頂いて、俺たちは焚火を囲みながら、「美味い、美味い」とたらふく食べていた。
「やはりここにいましたか」
ループ爺さんが酒樽を持ってきてくれた。
「あんまり人混みは好きじゃなくてね」
「朝早かったから眠いよ」
「こういう時の魔法使いは宴会芸をやってくれと要望が多いので逃げるのが勝ちです」
ロギーはよく働くが、無駄に自分の魔法を見せたいわけじゃないらしい。
「ナギは占いとかやらなくていいのか?」
「え? どうせ皆、いつか死ぬよ。必要ないことは言わない」
死霊術師として潔い。
「そういう山屋はいつも何をしてるんだ?」
「決まってるだろ? 人がいない時こそ、廃ダンジョンだよ。観光地にある廃ダンジョンは見向きもされないからな。三日ぐらい返ってこなくてもいいように準備をして潜るんだよ」
「今年は、何の準備もしていないじゃないか」
「いや、しているよ。ほら寝袋。それに料理が入った弁当と水袋。あとはピッケルとランプさえあればだいたい準備はできている」
「いつの間に!?」
ロギーは俺がリュックを用意していたことすら気づいていなかった。
「行くのか?」
「もちろん。初仕事も終わったし、とっとと趣味に走らないと……」
「根っからですね」
ループ爺さんは笑っていた。
猟師の奥さんたちが作ってくれた料理を弁当箱に詰め、固いパンをいくつか貰っておく。
「水は50階層でも汲めるし、しばらく潜ってるよ」
「はいよ。暇になったら50階層で火を焚いて待ってるから」
「ありがとう」
俺はロギーに作ってもらったワープ罠を使って一瞬で50階層まで行き、そこから60階層まで向かう。
59階層には蛍石の採掘場があり、そこからさらに深層へ。
60階層は闘技場のようになっていて、魔物が召喚された痕跡はあるものの召喚罠は完全に破壊されていて、アイテムが散乱している。杖や鎧が、つい先ほどまで使われていたような状態で捨てられていて、面食らった。大陸一の召喚術師も通っているはずだが、拾っては行かなかったようだ。とりあえず、すべてまとめて袋に入れていく。
さらに61階層へ。
人間の等身大の石像がそこかしこに置かれている。兵士の恰好をした物もあれば文官のような恰好をした石像もある。あまりにも出来がいいので、本物を石化したのかと思ったくらいだ。ただ、壊れている石像があって、中は空洞になっていた。
「陶器かぁ……ん?」
ランプを掲げ、よく見てみると何か札のような物を貼られた痕跡がある。日に焼けたような跡だが、こんなダンジョンに日の光が入ってくるはずもない。ただ、どの石像にも胸か背中に長方形の跡があった。
「新しい罠か?」
周辺を探索しても、召喚罠や死霊術の罠などはなく、矢の罠があるだけ。それまでの階層とは明らかに異なる空気が漂っている。61階層だけ別の文化が流れているんじゃないかとすら思った。
とりあえず、広いのでゆっくり一部屋ずつ丹念に調べていった。
柱の形や壁の模様はどこかで見たような気がするので、ナギに聞けばわかるかもしれない。床にも模様はあるが、金属の棘が出てくる罠は作動していなかった。解除して回収しておく。
コンコン、ガンッ!
隠し部屋もあっさり見つかり、中には固めの厚い紙の束が見つかった。かなり歪曲しているが、呪文のような文字が書かれているのでお札かなにかだろう。
「あ? これを石像に張るのか? いや陶器の像か……」
とにかく、このお札を像に張り付けて動かしていたのだとしたら、失われた古代文明の技術だ。陶器の像を観察すると、確かに関節は人間と同じように動くようになっている。
他の隠し部屋も探ってみると、階層主の骨はなかったが、ワープ罠のポータルのような柱も見つかった。
「階層毎に売ってるのかな……」
ダンジョンマスターがいたとして、階層毎に賃貸契約、もしくは売っていたのだろうか。そのうちダンジョンマスターが死んで契約が切れた。でも、そう考えるとどうしてこんなにこんな陶器の人形が残っているのだろうか。
とりあえずお札の束を持って、50階層まで戻った。
真っ暗な中に焚火の炎が見えた。
ナギとロギーが寝袋を敷いて、グダグダしている。ロギーは炎の明かりで本を読んでいるし、ナギはメモをしている。
「おつかれ」
「ああ、帰ってきた。おつかれさん。どうだった?」
「随分、持ってきたのね」
「うん。60階層に装備と杖があった。たぶん魔法使いたちの闘技場だ。61階層は陶器の人型の像がたくさんあって、このお札を張るみたいなんだけど、どっちかわかるか?」
「このお札は古いね。湿気で丸まってる」
「お札っていうよりもカードって感じじゃないかな。カードで戦うなんて相当古い魔法使いだけれど、陶器の像は遥か東の古代にあったはずだね。組み合わせたのかな?」
「紅葉島には古代の商店街があったくらいだから、このダンジョンは商店街に向かう魔法使いたちに賃貸をしていたんじゃないかって予想しているんだけど……」
「階層ごとに魔法使いたちに貸し出していたってこと?」
「ありうる話じゃないか? 一応、隠し部屋にはポータルのような柱もあった」
「歴史がぐちゃぐちゃになるわね。古代の魔法使いはものすごく仲が悪かったって聞いてるんだけどなぁ」
「でも、それって仲が良かったから悪くなったこともわかるってことなんじゃないの? 島の廃ダンジョンを見ると、交流はしているように見えるよね。あれ? これ陶器の腕?」
「そう。一応、割れていたものを持ってきたんだ」
「わっ。陶器の人像を作ったのはドワーフだよ。使っていたのは魔法使いだね。山屋が言っていた通り、カードで動かしていたみたい。こんな技術あっていいの?」
「見つけちゃいけない物だった?」
「残ってないってことは、あんまり使い勝手が良くなかったんじゃないかな。ロギー、カードを使う魔法使いってどんな人たちだったの?」
「式紙みたいに使って花の精霊を出したり、竜を顕現させたり、人を操ったりするような魔法使いだったって記録されているよ。魔法を直接出すというよりも、天文学を学びながら、自然の法則を弄ることによってその場にいる者を翻弄するような感じだったと思う。カードもいろんな能力があって、お守りの用に使ったり、約束をさせたりするんじゃなかったかな」
「なんで廃れたのかわかる?」
「わからないね。普通の魔法でよかったんじゃない? でも、書いて能力を発揮する方が持続的だろうね」
「面白いね。ポータルを見に行って、紅葉島に似たようなポータルがないか調べないか?」
「いいね。やろう!」
「行ってみるってこと?」
「そういうこと。行って確かめてみよう」
「早速、仕事か……」
俺の趣味と仕事の境は曖昧だ。失われた技術などと言われると、確かめたくなるのが人情というもの。今年もまた廃ダンジョン・トレッキングが始まる。




