獣人の迷宮(中編)
迷宮は意外と地下への入り口が多かった。
「落とし穴も多いけど、地下への入り口も多いね。革命の後に隠れていた人たちが穴をあけたってことなのかな?」
「いや、盗掘なんじゃないか。つるはしで壊したような跡があった。ナギは声、聞こえるか?」
「うん。何かお宝でも隠してたみたいなんだけど、何かはわからない。ほら、見て」
ナギは錆びたナイフを投げてよこした。
「ナイフか。こんな錆びてちゃ使えないぞ」
「誰かが揉めたんでしょ。血の錆びだよ」
「水が溜まっていたから、だいたい金属は錆びてるのか」
「錆びを取るまじないをかけようか」
ロギーはいろいろ魔法を習得している。
「そんなのあるの? やってみて」
思い切り魔力を込めてロギーがナイフをじっと見ていたようだが、表面がちょっとだけ削れた。
「それなら普通にさびを落とした方がいいかもな」
「やっぱり使ってない魔法って精度が落ちるね」
魔法もいろいろ難しい制約があるらしい。
地下は、普通のダンジョンに見えた。
「どこから入る?」
「どこでも同じ場所に繋がっているから一緒だろう」
当たり前かもしれないが、召喚術や死霊術の痕跡はない。
「ちゃんと罠で盗賊が死んでいるよ」
落とし穴の中に白骨化した死体があった。荷物の中は砂だらけだったが、金貨や宝石類が残っている。
「これは錆びてないね。本物みたいだ」
「怨念がこもっているかもしれない。ナギ」
「低級の悪霊だ。迫害されていた獣人が見えないけど、どこに行っちゃったんだろうね」
盗賊以外が見つからないらしい。ナギは悪霊を払って、ポケットに宝石を詰め込んでいた。俺は外の獣人と約束したけど、二人はしていない。
「収容所というくらいだから看守はいるのか?」
「いないね。いや、いたみたいだけどここで死んでない」
「革命の時でも?」
「ん~、うん。収容所だった過去が消されているような……」
「消したくなるほど迫害されていたってこと?」
「そうなのかも。向こうから声が聞こえる。まだ地下があるみたい」
ナギが指す方へ向かってみると吹き抜けがあった。天井はなく、地下まで穴が開いていた。
「ここが処刑場だったところみたいなんだけど、ほとんど助けていたみたいだね」
「どうやって?」
「上から落ちてくる囚人を地下で受け止めている。アラクネの糸か何か強力な紐を張り巡らせて、横穴に引きずっていくんだ。ああ、そうか。屋根がないと思ってたけど、地面だね」
「え? どういうこと?」
ロギーはナギを訝し気に見た。
「建物があったように思うけど、実は二〇〇年前は一階部分も地下だったんだよ」
「なるほどね。でも、これだけ地下に空間があるなら水はけがよさそうだけどな」
「水に沈んだのは結構後になってからだね。革命が起こって誰もこの施設を使わなくなった後に雨水が溜まるようになったみたい。下の方はまだ水が溜まっている」
吹き抜けから地下を覗くと、確かに水が溜まっているようだ。
「ん? 待てよ」
俺はちょっと戻って壁を叩いてみた。
ガンガンガン……。
普通の壁ではなく鉄を叩いたような音がする。ピッケルで壊して見ると鉄格子が出てきた。収容所の鉄格子をだったものを鉄筋にして、コンクリートを流し壁にしたらしい。
「これ、持ち上げられるようになってる。雨の日は壁を閉めておいて、全部流していくんだ」
「貯水システムってこと?」
「そういうこと。頭いいね」
「他にも開けられる壁はあるのかな?」
「あると思うよ」
「山屋、ちょっと筋力を上げる魔法をかけてあげるから、壁を持ち上げてみて」
ロギーが呪文を唱え始めた。
「ロギー、山屋ならそんな魔法要らないよ。普段、全然使っているところを見てないけど、ものすごくレベルは高いから」
「バラすんじゃない」
魔法なんてなくても壁くらいなら持ち上げられる。どんどん持ち上げて壁を外していった。
ガコンッ……。
部屋が出てきて、獣人が生活していた跡が出てきた。
「すげぇ。共同風呂とトイレまであったみたいだな」
壁を数枚開けただけでも、収容所の生活を垣間見ることができた。
「かなり自由だったのかな?」
「いや、風呂とトイレはさすがにあるだろ。衛生管理しないと感染症で全滅しちゃうからな」
「でも、看守や監視者の目は盗めていたみたいね。ほら、値札」
ロギーが数字の書かれた値札を見つけた。
「商売をしていたってことか」
「なるほど。金貨や宝石があるわけだ」
「いや、そう考えると随分羽振りがいいな」
商売をするにしても、金貨や宝石を取引するというのは、国の中でも高級な商店でないと見合う商品はないのではないか。
「確かに……。逆に、落とし穴で死んでいた盗賊が持ち込んだのかな」
「それはない。ちゃんとここから持って行った帰りに嵌ったって本人が言っていたから。この収容所にも歴史があるんだよ。獣人への迫害って長かったわけでしょ?」
「そうね。何百年もの間、獣人は奴隷だったし、今でも奴隷として扱われている国もある」
「だから、たぶんいろんな時期があるんだよ。革命が起こる前は本当に緩かったんだと思う。あと、魔法というかまじないを強力に操る種族がいたんじゃないかな。山屋、さっき借りた木製の鈴を鳴らしてみて」
「いいけど……」
コロンコロン……。
「噓でしょ!」
俺には何も変化は見えないが、ロギーは目を見開いて驚いていた。
「何が見えるんだ?」
「魔法だらけ……」
「ちょっと待ってね。ロギー、そこの壺を割って」
「ああ、そ、そうね」
ロギーは慌てて近くにあった壺を割った。中からビーズのネックレスや腕輪が出てきた。
「蛍石のビーズか?」
「腕輪を付けてみれば少しは魔力が見えるでしょ」
ナギはそう言って俺の手首に蛍石の腕輪を付けてくれた。
その瞬間に、部屋の壁にアクセサリーショップという光る文字が浮かび上がった。これを二人は見ていたのか。
「なんだ、これ……」
「ここは商店街。隣の部屋は雑貨屋で、向こうにサンドイッチ屋があったみたい」
「収容所じゃないのか?」
「収容所だけど、ここを迷宮に作り替えた人たちがいて、看守や監視者を締め出し、さらに、ここで生活していた人がいた。雨水を貯めて濾過し、生活用水にしていたみたい。死刑囚は落ちる途中に魔物の糸で囚われ、そのまま労働力にされていた。あまりにも長い間閉じ込めていたから、誰かが社会を作り上げてしまったんだ」
「閉じ込められるはずだわ。獣人にこんな能力があるなんて知られていないもの。これはまじないのレベルじゃない。魔法町よ」
確かに、この国の統治者であれば、この能力を持った種族を閉じ込めておくかもしれない。あまりにも技術があり過ぎる。
「床に描かれている矢印は?」
「たぶん、通りの名前だと思う。上とか下とか書かれているのはわからないけど、たぶん下が出口の方なんじゃないかな」
「上は?」
「行ってみる?」
俺たちは通りの上と書かれている方へと向かっていった。
「ああ、ポータルだ……」
初めに俺たちがこの地まで飛んできたポータルがあった。
天井がないことばかり気にしていたが、床の砂を払ってみると昇降機跡が残っていた。
「つまり魔法で商品を移動させていたわけだな」
「そういうことだね。獣人だとしても何の種族が取り仕切っていたのかな」
「ポータルには蛇の装飾が施されているけれど、これは力の象徴だから、また別でしょ?」
「爬虫類系の獣人の霊は見ていないね」
「でも、町があるなら、墓地もあるだろ?」
「うん。どこかにあるはずだから、探してくれる?」
「わかった。ただ、時間はかかるぞ。一旦、この迷宮を出て野営しよう」
「テントを張る行商人がいるんだから、食料くらいはあるでしょ」
俺たちは一旦、迷宮を出て野営をすることにした。




