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廃ダンジョン・トレッキング連載版  作者: 花黒子
東島編

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凪いだ時間


 廃ダンジョン探索を休み、数日後に復帰。三日ほどかけてダンジョンに潜り、帰ってきて一日休むという生活をしていた。


「依頼主の島民からの報酬はもう出せないんだけどね。どうする?」

 酒場の女将が聞いてきた。

「宿を出て行けって話ですか?」

「いや、そうじゃない。居てもらっていいんだけど、これ以上探索を続けても報酬は上がらないって話さ。輸送船か飛行船を買い取って運用してみないかい?」

「そこまでの金はないんじゃないですか……」

「それがあるんだよ」

 すでに約束手形というか、冒険者ギルドが俺に対して借金をしている形となっているため、相当な額が溜まっているらしい。


「この酒場を買い取ってもいいんだけど……?」

「いや、ちょっと面倒ですね。廃ダンジョンを探索すること以外はなるべく休んでいたいので」

「だろ? だから、中古の船を買い取って軽く修理すれば、そのまま東島と大陸とを結ぶ貨物船を作れるんだ。そうなれば人も増えるだろうし運営費も入るし、島民からの報酬も出せると思うんだよ」

「でも、金が……」

「だから、額面上はあるのさ。ほら、時々飲んでる船乗りがいるだろ? 遠洋漁業もそろそろ疲れてきたらしくてね。大陸と東島の貨物船なら近いし、ちゃんと家にも帰れるって言うんだ。オーナーは売り上げの三割は持って行けるし、三ヶ月くらいで元は取れるって話なんだけどね。どうだい?」

「実際、俺は今、どのくらいあるんですか?」


 帳面を見せてもらうと、とんでもない額が入っていた。


「まいったな。どうしよう」

 隣で昼食を食べているナギを見た。

「たぶん、山屋のところで経済が止まっちゃってるんだよ。だから膨れ上がっているんだ。冒険者年金の時もそうだけど、たぶん大陸の港が限界に来てるんじゃないかな。女将、中古の船ってどれくらいなの?」

「山屋さんの資産の10分の1もかからないと思うよ」

「やって上げたら? 失敗しても、どうせまた違う事業が舞い込んでくると思うよ。というか、もうちょっと流動性がないといろいろと引き込んじゃうんじゃない?」

「やっぱり、そうかい?」

 女性陣はわかっているけど、全く俺には見えてこない。


「どういうこと?」

「つまり額面上だけでも、お金があるところには働く人たちが集まるものなのよ。そうなると詐欺師も盗賊もたくさん来る。東島は島民が少ないからね。簡単に盗賊や海賊の拠点になるかもしれないってこと」

「なるほど、わかった。女将さん、他に商売の種があったら教えて。支援ができそうなものは額面上だけでも金を出すから」

「わかったよ。釣り船に養殖、実はいろいろと話自体は溜まっているんだ。今話せてよかったよ」


 結局、釣り船もエビの養殖にも資金を出すことが決まった。後は、運営する島民たちが銀行から金を借りるという。起業資金が足りなかったようだ。

 貨物船さえ押さえておけば、大陸にも販路を広げられるので時化にだけ注意すれば問題ないらしい。


「どこまで上手くいくかわからないけど応援してる」

「助かるよ。酒場としては飲みに来る人が少なくなるけどね」

 ツケが溜まっている客も多く、酒場も大変らしい。




「もう少し休んだ方がいいのかな?」

 ダンジョンで焚火を起こしながら、仕事のペースを考える。

「アイテムを買い取れなくなってるんだよ。呪いとかかかっていても、ちゃんと解呪している武器って少ないんだってさ」

 元冒険者の爺さんや婆さんは、よく東島に来る。

「だろうな。こんなに金が溜まっているとは思わなかったんだよ」

「そんなに深く考えなくていいんじゃないか。金持ちって言うのは状態を表しているのであって、山屋個人の本質や価値を表しているわけではないだろう?」

「確かにそうだな。でも、言われてみれば冒険者って毎日働いているわけではなかったんだよ。計画的に魔物を倒して、半月分やひと月分の報酬を貰っていたような気がする。ただ、俺はなるべく廃ダンジョンに潜れる方法を考えていたら、ほぼ毎日入るようになっただけで……」

「廃ダンジョンを探索することを山屋が求めているんだから、いいんだよ。探索って言う行動自体を目的にしているから、物がなくても山屋の人生にとってはプラスなんだよな」

「そうだな。俺は行動を追及しているだけなのか。でも、スキルは特定のものしか取得していないし、過去の記憶に触れることを目的にしていたつもりなんだけど……」

「過去の記憶か……。飛行船や最新の品物で市場が溢れると、懐古趣味とかが流行るとは聞いたことがあるけど、そう言うことでもないのか?」

「それはあるかもしれないな。忘れちゃいけないものまで忘れることへの危機感はある。実際、記憶をなくしたナギとしては、俺の仕事はどう見えてるんだ?」

「大事なものを探しているとは思っているよ。この前、紅葉島の塔に行っただろ? 少しだけ思い出したことがあるんだ」

「なにを?」

「死霊術師の世界では未来から過去へと運命が結ばれていくと考えられているって話はしたよね?」

「覚えているよ。結構衝撃的だったけど」

「幼い頃、私は物の記憶も声として聞いていたんだよね」

「どういうこと?」

「この焚火で使っている枝はその辺で拾ってきたものだろう? でも枝にも記憶があって、折れて川に流されて、川原に数年引っかかり、嵐で吹き飛ばされて、森の側まで移動して、山屋に拾われたっていう記憶がある。ただ感情はないから、声は大きくないんだけど、聞こうと思えば、今も聞ける」

「共感覚みたいな才能か?」

「そうかもしれない。私にとっては人間というのは生きていても死んでいても、記憶を喋る状態ではあるわけ。で、呪いがかかった物は、うるさいくらいなんだ。記憶だらけだし、呪いをかけている奴の声まで聞こえるからね」

「なるほど、確かにそうだな」

「記憶がたくさんあって喋る物が高く売れるのは当たり前のことだし、それを拾ってくる男が金持ちになるのは当然だよね。でも、過去がどうあっても、未来に何を目指そうとも、変えられるのは今だけでしょ。今の連続があるだけであって、状態はいかようにも変化する」

「確かに、急に俺が借金まみれになるかもしれないもんな」

「そう。金持ちだった記憶があるだけで、別に本質的にはどうでもいいことでしょう」

「そうかもな」

「山屋の本質は、たくさん喋る呪物も全然喋らない遺骨も同じように拾ってくることだよ」

「物の価値がわかってないってことか?」

「自分にとってはどうでもいいものでも他人にとっては大事なものだから、ちゃんと拾うってことなんじゃないの? 価値がないから捨てちゃおうとは思わないでしょ?」

「うんこは捨てるよ」

「うんこはその場所にとって土を作るという点で価値があるからね。拾っちゃダメだ」

「まぁ、確かにな。金勘定しながら拾っていないかもしれない。呪物じゃなくてもデザインがカッコいい指輪とかあるしな。後から見たら、センスのいい割れた壺とかもあるし」

「そこに気づくのが山屋の本質だよ。金を持つと変わる人もいるけど、本質はなかなか変わるものでもない。どんな状態になっても、そういうことは忘れないから大事にした方がいいよ」

「そうだな」


 どういう商売のオーナーになっても、俺の本質は変わらないようだ。


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