山屋の休暇
泊りがけで廃ダンジョンに潜っていたため、本日は休暇を取ることにした。外は時間がゆっくりと流れているような気がする。
「自動的に私たちも休みということでいいのかな?」
死霊術師のナギが聞いてきた。
「別に社員でもないんだから、自分たちの好きにするといいよ」
「暇なら、隣の島に行かないか?」
「何をしに?」
「私が住んでいた塔がどこかにあるはずなんだ。記憶がよみがえるかもしれないから」
ナギは記憶喪失だ。もしかしたら自分で記憶を捨てた可能性もある。
「崩れたダンジョンもあったはずだ」
「それなら行こうか」
炭焼き爺さんたちは修行をするという。そろそろ大陸に渡って自分たちの実力を試してほしい。
ダンジョンに潜っている間に嵐が通り過ぎていったらしく、港には荷物が大量に届いていた。欠航続きだった定期船も回復しているというので、島民たちと一緒に乗り込み隣の島へ向かった。
紅葉島と呼ばれる隣島にはカエデやイチョウの木が多かった。カボスなどの柑橘類も育てているが、町のほとんどの住民が魚の養殖産業で働いている。柑橘類を与えているので、魚にそれほど臭みがないらしい。その魚を加工して缶詰にして大陸へ売っている。
「昔は島独自の宗教があって、魔法使いがたくさん来たらしいって書いてあるでしょ」
観光案内の看板には、確かに島の逸話が書かれていた。
「たぶんその中に死霊術師もいたんだけど、書かれていない。死霊術は、もともとこの島にあった秘術なんだよ。だから、私が住んでいた塔は隠されている」
「どこにあるんだ?」
「それが思い出せないんだよね。この島にあることは覚えているんだけど」
「とりあえず、山に登るか? 紅葉がきれいだからさ」
「山は祠が多いでしょ。たぶん、山奥には塔はないんだ」
「そうなのか?」
「祠って、死霊術の考え方からすると、未来に対するセンサーなわけ。何かが大きな災害が来る前兆として祠にカビや苔が一気に生えたりするんだよ。そういう場所に塔を建てるとセンサーがおかしくなる」
「祠の近くじゃないとしたら、西側か?」
地図を見ると、ぽっかり島の西側が開発されていないようだった。
「そう。そして廃ダンジョンも西にある」
「よしよし、それが目当てだ」
「ちなみにダンジョンの場所はわかってない。崩れているということだけは伝わっている」
「崖崩れにあった場所ということかな?」
「冒険者ギルドの跡地はあるし、鍛冶場の跡地もある。文献にもダンジョンがあったとされているけど、誰も探していないからそのままの状態になっているんだ。小さなダンジョンだったと思うよ。東島と違ってね」
「そうか。まぁ、なんとかなる」
「なんとかなるの!?」
「この規模の島でダンジョンがあったのなら、いくつか場所は決まってるんじゃないか? しかも祠を避ければいいんだろ?」
「そうだね」
今回はダンジョンそのものの探索から入るのか。
「面白くなってきた」
紅葉島の西にかつて集落があったが今は廃屋があるだけとなっていた。西に行くには石造りの橋を渡らなければならなかったが、その橋が土砂崩れで落ちてしまってから誰も行かない場所になっているのだとか。
俺たちはロープを木に結び、谷を下りてロッククライミングのように登って西へ向かった。
「小舟を借りた方が早かったんじゃないか?」
「西にビーチがないってことは、崖になっているってことでしょ。西側から入れないようになっているんだよ、きっと」
「よくわかるな。思い出したのか?」
「全然。むしろ初めて見る場所すぎて、違う島だったんじゃないかと思っているくらいだ。休日の暇つぶしと思ってくれ」
「まぁ、ダンジョンがあるならいいや」
崖を登り、崩壊した集落へ辿り着いた。橋の崩落事故は完全なイレギュラーだったようで、冒険者ギルドの中には多くの武器や消費期限の過ぎた薬などが残されたままになっている。ただ、屋根が崩壊しているので、いずれ崩れてしまうだろう。ネズミや鳥の棲み処になっていた。他の家屋も野生動物の棲み処となっている。
冒険者ギルドからダンジョンまでは樹木の生長が遅いので、割と簡単に辿れた。
「こんなにあっさり見つかるのか?」
ナギは驚いていた。
「一応、他のところも回ったけど、ここが一番、可能性が高いじゃないか。道って人間が使わなくなっても野生動物は使うし、これだけ草が生えていてもちゃんと残っているもんだよ」
ダンジョンの入り口は崖くずれで埋まってはいるが、スコップさえあれば掘り出せるだろう。
「なんで誰も復興しようとしなかったんだ?」
「ダンジョンには何もないとわかっていたからじゃないか。冒険者ギルドには掲示板もなかったし書類も残されてなかった。裏にあった魔物の解体場も血の跡すらなかったじゃない?」
「確かになぁ。よっ!」
ナギと俺とは見ている場所が違う。だから、コンビとしては上手くいくのかもしれない。
長い棒を使って、てこの原理で大きい岩を退かすと、入口が現れた。
「掘り出すのに、もっと時間がかかると思ってたんだけど……」
「誰かが先に盗掘してるさ。後続の盗賊たちに、ここには何もないと言っているんだよ。でも、果たしてそうかな?」
ここからは完全に趣味だ。
コンコン……ボコッ。
隠し部屋や落とし穴など、次々に見つかっていく。
「廃ダンジョンが専門だと、やっぱり見るところが違うのか」
「そうかもな。古い杖や、まじないに使うアクセサリーが多いな。動物の頭骨もあるけど、死霊術で使うのか?」
「うん。動物霊との交流は死霊術の基本のはずだよ」
「……死霊術を思い出してるんだな」
ナギはほとんど何も覚えてなかったが、死者の声だけが聞こえる状態だった。
「いや、それが本当に生活に直結するようなところだけ思い出せるんだけど、それ以外は完全に消したんじゃないかと思うくらい。思い出せないんだ。もしかしたら、そもそも大した死霊術師じゃなかったんじゃないかな」
「そうか……。まぁ、生まれ持っての才能と能力を使いこなせるかは別物だから、今から死霊術を学んでも遅くないかもしれないぞ」
「いや、そう思って、ダンジョンの死体の声を聞いているよ」
「あ、そうか」
日々勉強か。
ぐるりとダンジョンを一周し、唯一開かない扉の前に立った。
「ここにワープ罠が張られているだろ? たぶん扉の向こうに行くとどこかに飛ばされるようになってるんだ」
「よく見てるね」
「これが専門だからな」
ワープ罠を壊してから扉を開けると、広い庭跡が現れた。ダンジョンの真ん中に庭があるなんて、随分センスのいいダンジョンマスターがいたものだ。
枯れた蔓やハーブ園の先に塔が見えた。
「私が育った塔だ」
「え? 覚えているのか?」
「たぶん、玄関先に目の印があれば、間違いないと思う」
草をかき分けて、塔へ向かう。魔物の気配はないし、鳥が時々囀るのが聞こえるくらい。ダンジョン内の閉ざされた空間でナギが暮らしていたというなら、どうやって生活していたのか気になる。
塔の玄関先に溜まった枯れ葉を折れた箒で掃いてみると、目の印が彫られていた。訪問者を追跡できるまじないだという。
「扉は開かないか」
「違う。ちょっと持ち上げて押してみて」
ナギの言うとおりにすると扉が開いた。蝶番も錆びていないので、音も鳴らない。
中を見ると、誰かが生活している雰囲気があった。台所の鍋からは湯気が立ち上り、暖炉には火が点いている。
「幻想のまじないよ」
ナギが入ってすぐ壁を触ってまじないを解除した。
そこにはただほこりをかぶった家具があるだけだった。
「間違いない。私はここで育った。ほら、背の高さの記録も残っているでしょ?」
台所の柱にいくつかナイフで付けた跡があった。
奥には釣り竿がいくつも並べられている。
「釣りをした記憶はある」
「育ての親と一緒に?」
「わからない。でも誰かが上にいると思う。たぶん、だけど……」
二階へ上がると、白骨化した死体が椅子に座っていた。窓の外を見ているようだ。机には空っぽのティーカップがある。
「思い出せない。思い出せないけど、たぶん私はこの人に育てられたんだ。ごめんね。思い出せなくて……」
「声は聞こえないのか?」
「まったく……。ちゃんと昇天したんだと思う。でも、塔に入ってきた時からずっと、小さい頃の私が怒っている声が聞こえてくる」
「そうか。しばらく俺は外に出てるよ」
ナギは過去の自分と向き合わないといけない時期なのだろう。
俺は外で焚火をして台所にあったハーブで茶を淹れた。
日が傾き、空が茜色に染まっていく。
「山屋、墓を掘るのを手伝ってくれない?」
空を見ていたらナギが遺体袋を持って下りてきた。中には育ての親の白骨死体が入っているらしい。
「わかった。記憶は取り戻せたのか?」
「全然。子どもの私も愛想を尽かして消えちゃった。もしかしたら、この白骨死体が自分なのかもしれないし、この死体の死霊術師に呪いをかけられただけなのかもしれない。そもそもどうやって自分がここから出たのかも思い出せない。ただ、この塔には世話になったから、死体をいつまでも晒しておくのも悪いと思ってね」
塔に来て、可能性が広がってしまったか。
とりあえず庭に穴を掘り、死体を埋めた。すでに日は沈んでいる。
今日はとりあえず塔に泊まり、明日の定期船で東島に帰ることにした。
「不思議だ。過去は変えられないと思っていたけれど、記憶をなくすとあっさり変えられる」
死霊術師の運命の考え方は未来から現在、そして過去へと向かっていく。つまり過去に帰結していくわけだけど、ナギにはここで育ったという記憶があるだけで、感情や思いは思い出せないらしい。
「なにに向かっていくのか、目指す未来だけ考えてればいいっていう過去の自分からのメッセージじゃないか?」
「そういう考え方もあるのか。山屋は根明だな」
焚火の煙が立ち上り、暗い夜空に星が瞬いていた。




