赤くない糸
廃ダンジョン探索も40階層を超えていくと、一泊することになる。
「そんな深いの?」
前から死霊術師のナギも中間地点に拠点を作ろうと言っていた。
「だんだん召喚術の魔法陣しかなくなってきたけど、アイテムはいいのが出てるだろう?」
「使いこなせる者がいるかどうかレベルの指輪や腕輪でしょ。売れるの?」
作った薬の効果が二倍になるとか、相手の重心が光って見えるようになるなど修行もしていないのに達人級になれるようなアイテムばかりが落ちている。
「持っていれば資産にはなるんじゃないか。もしくは使いこなせる奴に会いに行くとか」
「それは因果関係が……。ああ、そうか。山屋!」
ナギが唐突に白くて丸いボールを渡してきた。掌で包めるほど小さい。
「死霊術師のお守り。糸玉ね。どこにいても私のいる方向がわかる。迷ったら私を辿って」
「ナギがどうにかできるのか?」
「心臓が止まったら迎えに行くよ。生き返る方法を一緒に考えよう」
「死霊術師らしいな。記憶はもう戻ったのか?」
ナギは記憶喪失だったが、最近は死霊術を使うから思い出しているのかもしれない。
「いや、全然戻らない。でも、幾つかわかったことがある」
「なんだ?」
「そのうち話すよ。それまでなるべく本物の耳で声を聞こえるようにしておいて」
「ああ、偽物の耳を取り付けられないようにしておく。いってくる」
「いってらっしゃい。10階層くらいに拠点作るかもしれない。修業のメンバーが飽きているから」
「わかった。適当に罠を仕掛けておく」
炭焼き爺さんや活人権のソーコたちは、相変わらず階層をループしながら修行をしている。毎日同じ階層をやり直していたら飽きるのもわかる。
俺は二日分の保存食と寝袋を背負い、廃ダンジョンへと潜る。
低階層はほとんど素通りだ。10階層に、罠に使う紐や矢などを置いておいた。罠も仕掛けられるようにならないと立派な冒険者にはなれないだろう。
ただ、20階層を下りた頃から、休憩を挟まないといけなくなってくる。ずっと階段が続いていても嫌だとは思うが、広いダンジョンの中をただ歩き続けるというのも結構つらいものがある。山登りなら景色も楽しめるが、廃ダンジョンは真っ暗だ。
時々、光るキノコなんかが生えている階層が、唯一の休憩場所だ。
44階層で、休憩。寝袋を敷いて、46階層へと向かう。
40階層を超えたあたりから、廃ダンジョンの確認をしていない階層になってくる。つまり魔物がいるかもしれないという。ただ、ミイラや死霊系でない限り、数十年も生きられないはずだ。もちろん生きている魔物がいた時点で、俺の仕事は終わり。確認作業は別の冒険者にやってもらおう。
食事をしてしっかり休憩も取ってから、46階層へ向かう。寝袋や薪はそのままにしておく。帰りに持って帰ればいい。
45階層はすでに踏破している。魔物使いがボスだったようで、農場のような設備跡をいくつも見つけた。水の確保や糞の処理などもできるが、とにかく獣臭かった。棘の生えた魔物の皮が床に敷き詰められたりして、罠なのか何なのかもわからず剥ぎ取ってしまった。
46階層は打って変わって何もない部屋がいくつもあった。タイル張りの床には召喚罠はたくさん仕掛けられているし、魔物を送り返すためのワープ罠もちゃんと仕掛けられている。階層ボスによってまるっきり変わっていくのもダンジョンの面白いところだろう。
コンコンコン……ベキッ。
壁を引きはがして召喚罠を崩し、ワープ罠も崩していく。大きな獣の足跡があり、落とし穴などはほぼない。もしかしたらあるのかもしれないが見つけられなかった。天井から岩が落ちてくる罠もあったようだが、崩されてしまっている。
隠し部屋はちゃんと用意されていて、行き止まりの通路の先を丹念に調べていくと、ちゃんとあった。
「この階層のボスは随分整えていたんだな……」
俺はこの時点で読み間違えていた。階層ボスと知恵比べしているような感覚に陥っていたのかもしれない。俺はあくまでも廃ダンジョンを探索し、過去を読む取るだけ。読み解こうなどと思ってはいけなかったのだ。
宝箱には大量の錆びた剣などが入っていた。研げば使えそうだ。宝箱の脇には小さな女性用の指輪が置いてあった。几帳面なボスが宝箱に入れそこなったのだろう。
その指輪を拾い上げた瞬間。
ガコン。
音が鳴った。慌てて指輪を戻しても意味はない。
フーフー……。
アキャキャキャキャ……!
46階層で回った部屋から魔物の気配がした。
ズンッ……、ズンッ……。
しかも大きい。
「二重トラップか……」
床や壁に仕掛けられた召喚罠もあるが、天井もよく見ておくんだった。ワープ罠も崩してしまっているので、大型の魔物たちはしばらく離れられなくなってしまった。
裏を返せば、俺が帰れなくなったということでもある。
一縷の望みは俺がメモを取っていたこと。タイルの模様が特徴的だったのもあり、階層マップもワープ罠の形も書き込んでいる。
「どうにか召喚された魔物を返して上げれるといいのだが……」
ズゴンッ!
隠し部屋に続く通路が破壊された。
ギアアアアッ!
召喚された部屋から出た魔物たちが争いを始めた。どこかから召喚され、暗いダンジョンに閉じ込められた上に何の説明もないのだから、争うのも無理はない。
ピッケルがあるので壁ならいつでも壊せる。しばらく隠し部屋に籠っていよう。
魔物たちが争う音を聞きながら、俺は壁に背を預けて眠った。
どれくらい眠ったかわからないが、次に起きた時には争う音が止んでいた。緊張状態で寝たからかそれほど空腹も感じない。それでも鞄の保存食を水で流し込み、周囲の音を探った。
ズンッ。
大型の魔物は生き残っているらしい。他の魔物は死んだか。
足音が遠ざかったタイミングで、俺は壁を壊して隠し部屋から抜け出した。明りは灯さず、風向きや匂いで行先を判断しようと思ったが、各所で木材が燃えていた。
植物系の魔物の残骸らしい。火を点けたドラゴンも首を刃物で斬られて死んでいる。蹄の足跡が付いている。
生き残っている魔物は武器持ちだ。知能はそれなりに高い。
死んだ魔物の身体から魔力の結晶体である魔石を回収。ポケットに入っていた糸玉を見ると一本の糸が上へと向いていた。階層の出口の方向はわかっているが、糸玉はちゃんと効果があるらしいことがわかった。
そのまま俺は44階層まで駆け上がる。
落ち着くために、焚火をして茶を淹れた。もっと緊張していないといけないのだろうが、判断ミスでこんな目に合っているのだから、しっかり反省したかった。
「いや、むしろミスが続いているかもしれない」
46階層で召喚された魔物が上ってくる可能性だってある。階層ごとに違うと言っても、動いている魔物にとっては関係のない話だ。
俺は急いで46階層のマップを確認した。
武器を持てるような魔物で蹄のある魔物はすぐに見つかった。
「ミノタウロスだ。ワープ罠は……」
ズンッ……。
下の階層から足音が聞こえてきた。俺の気配を辿ってきたのか。
急いでミノタウロスが帰れるようにワープ罠を仕掛けて魔石を嵌めこんでいく。俺がうっかり指輪なんて拾うからこんなことになっているのだ。責任を感じる。
焚火をしてランプを点けていれば、いずれ44階層まで上ってくるだろう。干し肉と固いパンを炙りながら、ミノタウロスを待ち続けた。
誘導するために糸玉を解き、錆びた剣と組み合わせて鳴子罠を作っておく。
どれくらい時間が経ったかわからないが、そろそろ水を汲みに行こうかと思っていた矢先、ガランと錆びた剣がこすれる音が鳴った。
ミノタウロスが来た。匂いを辿れるのか、迷わずこちらにやってくる。
焚火の向こう側にはワープ罠があるので、ここまで誘導できれば送ってやれる。
フーフー。
魔物の荒い息が聞こえてきた。
狭い通路から姿を現したミノタウロスは身の丈が俺の二回りほど違うように見えた。分厚い筋肉を持ち、巨大な斧を担いでいた。真っ赤な目で俺を捉えている。
「すまなかったな。わざわざ来てもらって……」
言葉はわからないだろうが、敵意はないことを示しておいた。
ズシン……、ズシン……。
一歩ずつこちらに向かってくる。あと一歩踏み出せば、ワープ罠だ。
「山屋!」
振り返るとナギと、修行をしていた炭焼き爺さんやソーコたちがいた。なかなか帰ってこないから来てくれたのだろう。
ミノタウロスも視線をナギたちに向いてしまっている。
パン!
俺は手を叩き、ピッケルを構えた。
「こっちが先だぜ」
ミノタウロスは俺を見下ろし斧を振りかぶった。
ブンッ。
ミノタウロスは斧を振り下ろすと同時に、消えていった。斧の風圧だけが俺に襲い掛かる。
「山屋? 無事か?」
ナギが駆け寄ってきた。
「ああ、無事だ。危なかったな。全員殺されるところだった」
「三日も帰ってなかったんだぜ」
炭焼き爺さんは心配してくれたらしい。
「ああ、本当か? 暗いからな。時間の感覚を忘れる。すみませんでした。お茶でも飲んでくれ。水を汲みに行ってくる」
ひとまず、ミノタウロスのワープ罠を解除して、水を汲みに行った。
お茶を飲みながら皆に46階層について報告。ソーコは錆びた剣はそれなりの値打ちがするものじゃないかと興奮していた。
「ナギ、死んだ魔物たちを召喚前の故郷に返してやりたいんだけど、動かせるか?」
「うん。大丈夫だ。皆は荷物をまとめておいてくれ。これだけ人数がいれば一度にもっていけるだろ?」
「助かる」
俺とナギは魔石を持って46階層へ行き、一体一体魔物を検分。俺はワープ罠を仕掛け、ナギが魔物を蘇らせて、死んだ魔物たちを故郷へと送った。
「戦士たちだそうだ。戦って死んだのだから後悔はないと言っているよ」
群れの中でも防衛を担当している魔物たちが多かったという。
「なかなか骨のある階層だな。あ、そういえば、糸玉。あれ効果があるんだな」
「運命の糸はなにも赤いものばかりとは限らないさ。私たち死霊術師は、運命は時間をさかのぼると考える」
「どういうことだ?」
「過去は変えられない。だから、可能性がいくつもある未来から変えられない過去へと帰結していくのが運命だと考える。今現在は、幾つもの未来とたった一つの過去の交差点だ。ここからいくつもの糸が伸びていると考えてくれ。その中の私と山屋を結ぶ糸が糸玉に込めたまじないさ」
「へぇ、じゃあ、俺とナギは死んでも出会っていたってこと?」
「糸玉を渡すときにそう言っただろ?」
「確かに。面白い考え方だな」
「選び取った運命の糸が縁となる。私は縁が多すぎて選びきれずに過去を捨てたのかもしれない。今、ここで魔物たちの死体を送り届けたことが、いつか運命に繋がっていくのさ。だから、自分が嫌だと思うことはしない方がいいよ。運命の足を引っ張るから」
「そういう考え方は嫌いじゃないぜ。死霊術師って案外性格は明るいのかもな」
「そうだと思う。断ち切れない縁を見ることになるから。さ、帰ろう。帰りは上りだ。食糧が足りなくなるかもしれない」
「準備してから来いよ」
「もっと低階層にいると思ったんだ。山屋は仕事もほどほどにな」
俺たちは隠し部屋にあった宝をすべて担いで、地上へと戻った。




