冒険者ギルド職員、冒険者年金機構兼務
船に乗って東島に冒険者ギルド職員、二名がやってきた。東島のダンジョンの有用性に気づいたのか。
「買い取れる額を超えており、完全に予算が足りません」
「冒険者遺族年金も急激に伸びてしまっていて、大陸の港町での運営がちょいと厳しくなってるんで、出来れば仕事を休んでもらえないか」
若い職員と熟練の職員がわざわざ俺を訪ねてきたらしい。
遺族年金は冒険者が仕事中に死んだ際に、家族に支払われるお金だ。冒険者として登録するときと、年に一度依頼を請ける時にも報酬から持って行かれる。
「浅い階層はもう抜けたんで、しばらく遺族年金と関わるようなことはないと思うよ。ほとんど魔物の骨しか見つけてないし……」
「本当か?」
職員は眉間の皺を深くして、ナギに聞いていた。
「人間の遺体は確かに少なくなってきているけど、山屋は自分で思っている以上に優秀だからね。魔道具とかアイテムに関しても欲が少ないから、全部売ってしまうんだ。ただ、そっちは金がなくて買い取れないって話だろ?」
「その通りです」
若い職員が答えた。
「言ってしまえば、冒険者ギルドの管理ミスだよ。東島に山屋が来るってことは、その予算は増やしておかないといけないし、当然酒場の女将に任せてどうにかなる一線は超えているわけでしょ? 冒険者ギルドを東島に作るって言って本部から予算をかっぱらってくるしかないと思うよ。正攻法で行くなら時間はかかりすぎると思うし」
「正攻法とは、どういう……? 選択肢は我々にあるのか?」
「要は山屋が冒険者の常識からはみ出ているわけでしょ? これだけ稼げる冒険者はいなかったわけだ。通常強くなって魔物を倒していくだけ。ランクが上がれば仕事も限られていくはずなんだけど、山屋はずっと仕事がある状態が続いているし、ずっと稼ぎ続けている。成功報酬の金額は上がっていないはずなのに、買い取らないといけない物の価格が上がっている。しかも島民や酒場に証人もたくさんいるからごまかしも利かない。他の冒険者を引っ張ってくるしかないんじゃないかな? ただ、状況的には東島のダンジョンに入ろうなんて言う冒険者は山屋だけだと思うよ。冒険者ギルドとしては試験もせずに無理やりにでもランクを上げて、依頼をストップさせるしか方法はないね」
こういう面倒な交渉の時のナギは、本当に頼もしい。
「そうか……」
「ただ、山屋は趣味も廃ダンジョン・トレッキングだから、止まらないんだけどね。依頼は終わっているので『買い取れません』というしかない。ただ、依頼主は東島の島民だ。実はもうこの時点で、東島の仕事から冒険者ギルドは弾かれてるんだ。黙って、遺族年金の支払いに注力してればいい。買い取りは出来ないなら、他の好事家を探すしかない。山屋、知り合いはいないのか?」
「いるよ。飛竜の谷に宿が三軒ある。宿主たちは全員好事家だから、買い取り価格も適正だと思う。今度からそっちに送るよ」
「ということで、山屋は今後フリーの冒険者になった。頼みがある時だけ、呼ぶように」
「そんな……。実は、大陸では山屋さんへの指名依頼が15件ほど溜まっているんですけど、全部解除するしかないんですか?」
若い職員は依頼書の束を見せてきた。
「人気になりすぎていないか?」
「噂が噂を呼んでいるからな。仕方ない。本当はこれの三倍はあった。廃ダンジョンだけ選別しているんだが……」
「大陸に帰ったらやりますよ。気長に待っててください」
「そうもいかないのさ。俺は遺族年金機構も兼務しているんだが、まともに遺族に払えていない」
「なぜです?」
「引退した冒険者が山ほどいるからな。そっちに回ってるんだ……」
ケガをして引退せざるを得ない冒険者にも年金が支払われている。
「はっきり言えば、冒険者時代に何の成果も出していないような連中も、一定額は払っているから支払わないといけない」
「金がないって話ですか」
「その通り。というか、副業で冒険者をやっていたような者たちまで払えという始末さ。冒険者はここ数十年、減少傾向にあるから、年金のシステム自体が崩壊している。山屋はコンスタントに仕事をしていただろう? マージンも一定額入ってくるし、北方の魔族や関わった町や村からの献金もあった。東島に籠っていられると、職員のリストラも始まる」
「時代のニーズに合わないんだから仕方ないですよ。世の中はそういうもんです。期待するだけ損ですよ」
「勘弁してくれ。港町に家を買っちゃったんだよぉ。子どももいるしよぉ」
今まで、眉間にしわを寄せていた熟練職員が泣き始めてしまった。
「それこそ俺は関係ないですよ。本部に連絡して助けてもらった方がいいんじゃないですか。それから俺以外にもめちゃくちゃ仕事ができる人たちが各地にいますから、ちゃんと冒険者ギルドで掘り起こした方がいいです。あと引退して商売が上手く言っている人たちに話を聞きに行ってください。年金受給者をサポートするのも冒険者ギルドの役割なんじゃないですか? 新人教育だけしていれば上手くいくなんて時代は終わりました」
「わかった。それも報告しておく。何か美味しい商売を見つけたら教えてくれ」
すでにレベル上げの方法を見つけているが、教えても意味はない。無駄にマージンを取られるだけだろう。
職員たちが帰りの船に乗るのを見届けてから、俺たちは仕事に戻った。
「冒険者ってのは仕事にならないのか?」
炭焼き爺さんが聞いてきた。
「いや、普通に仕事はありますよ。現に俺は稼いでいるじゃないですか。強いだけで金になる時代が終わったって話です。強いならコロシアムで稼いだ方がマシかもしれません」
「なるほどな。山屋みたいに趣味から入っていった方が稼げるのか」
「ああ、そうですね。得意なことを見つけた方が早いと思いますよ」
「わかった。考えよう」
自分の武器を見つけるのは案外時間がかかるものだ。実力があっても、名前だけ売れても、仕事には繋がらない。どうやって仕事をしていくのか、が大事な時代なのだろう。




