スライムからの手紙編
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
基本的に魔物がいるようなダンジョンには行かないようにしているが、今回は依頼主が魔物だ。いや、実際の依頼主はスライム農家をしているまともな人間なのだが、どうもスライムに操られているんじゃないかと思える言動が多い。魔物の声を聞けるという魔物使いほどあやしい奴らはいない。
「あ、山屋、よく来てくれたね。スライム一同お待ちしていたよ」
帽子は青く、服も青で揃えたファッションセンスがどうかしている男が、ダンジョンマスターの魔物使いだ。
「ん~、俺をダンジョンの定期健診みたいに使っているだろう?」
「そう邪険に言うなよ。スライムに頼られてるってことなんだから、結構名誉なことだと思うぜ」
「そうかなぁ。そうとは思えないぞ。それで、どうなんだ? 売り上げの方は?」
「それがなぁ。化粧品メーカーは元より、薬の会社、それから輸送系の会社、コロシアムとなんだか仕事は多くさせてもらってるよ。だから君にも今回は結構いい依頼だと思うよ」
「どうしちゃったんだよ。つい3年前まで魔物の素材なんて売れないよぉ、って嘆いてたじゃないか」
「時代が変わっちゃったんだなぁ」
このスライムに魅せられたスライム屋は元々冒険者で、スライムを使役しながらもぐりの魔物学者のようなことをしていた。俺がまだ廃ダンジョン・トレッキングなんてしてなかった頃はよくパーティーを組んでいたが、俺が趣味に走ると同時にこの男もスライム屋などとのたまい始めた。
俺が見つけてきた廃ダンジョンでスライムを育て始め、実用的なスライムの活用法について模索し続けている。
ただ、3年ほど前に冒険者時代に貯めていた金もなくなり、俺に泣きついてきた。相変わらず、魔物と共生だのなんだのと言っていたので一喝。
「なりふり構うんじゃねぇ! お前のスライムへの愛はそんなものか!? スライムで一発当てたきゃ、ちゃんと人生丸ごとスライムに投じてみろ!」
「よし、そこまで言うならわかった。俺はこれからスライムの奴隷として生きていく!」
「え? いや、別にそこまでしなくても……」
「いや、そのくらいやらないと新しい事業なんてできやしないよ。目が覚めた! ありがとう」
俺がアドバイスしたかったのはそんなことじゃなかったはずなのだが、実際にこの男はスライムが食べるものを分析し、寝食を共にしながら、スライムから体液を取り、いろんな業界に売り込みに行った。
元来、笑顔だけは得意な男だったが、本当にスライム屋として成功するんだから世の中分からない。
さて、今回の仕事はスライム屋がスライムを飼っている廃ダンジョンの点検作業だ。基本的には何もないはずだが、扱っている相手はスライムとはいえ魔物だ。環境によって唐突にレベルを上げたり、毒を持ち始めたりするかもしれない。いつの間にか人間を溶かしていたなんて言ったら、一気に評判も下がる。
そんなことがないように、廃ダンジョンを熟知した俺が呼ばれた。
俺も今回だけはピッケルではなくデッキブラシを持ち、カビや汚れを落としていく。
「一応、スライムが汚れなんかは食べちゃうんだけど、天井付近の汚れだけはどうも取れないのさ」
「あのスライムが群がっているランプはなんだ?」
「ああ、魔石ランプと言って魔力で光るランプさ。魔大陸から取り寄せたんだ」
スライムのために輸入品まで使っているなんて、どれだけ儲かってるんだ。
「スライムが集まると、明るいだろ?」
「明るいけど……。あれ? こっちにはキャットウォークみたいなのを作っているじゃないか?」
「いや、山屋、よく見ろよ。これは前からあるスライムの体液を取りやすくしている絞り機さ。ほら、樽があるだろ」
「あ、本当だ」
樽と荷台が置いてあった。
「力仕事はこれだけか?」
「まぁ、そうだね。あとは乾燥しないようにするだけかな。でも、この廃ダンジョンはその心配はないけどね。山から染み出す水がそこかしこに通ってる」
「俺が選んだんだから知ってるよ」
「そうでした」
「まったく人生はどこでどう転がるかわからないな」
俺たちは一通り壁や天井の汚れを落として、そのままスライムに吸収してもらう。襲ってこなければこれほど楽な魔物はいない。
「増やしたりしてるのか?」
「うん。一応ね。新しいスライムの溶解液と体液を絞り取っているんだ。今いるのは熟練のスライムたちばかりだよ」
「へぇ。溶解液と体液って違うのか?」
「唾液だってストレス値で内容が変わるでしょ。それと同じだよ」
「知らなかった」
「もぐりでスライム屋はやってない。はい、これ。今回の報酬ね」
スライム屋が革袋を渡してきた。こんなに貰う予定ではなかったが、中身を見てさらに驚いた。
「金貨じゃないか!」
「ここのスライムは汚れは溶かせても、お金までは溶かせないんだよ」
「え!? 溜め込んでるのか!?」
「実は事業展開をしようか、それとも副業で何か店でも買い取ろうか迷ってるのさ」
「変わっちまったな」
「もし、いい廃ダンジョンを見つけたら教えてくれよ。魔物使いを雇って大きくするかもしれないから」
「わかった」
友人の成長は嬉しいものの、人が変わってしまったようでなんだか寂しい気もした。
「一発当ててもどうしていいかわからないね」
「そういうもんか。中身までスライムにならないでくれよ」