砂浜の二人
相変わらず俺は東島で廃ダンジョンの探索を続けていた。死体袋を運び焼いて大陸へと送った後、砂浜に座っているナギを見た。
夜の潮風に当たり、酔いを醒ましているのかと思ったが、酒瓶は持っていない。
「どうかしたのか?」
「うん。あのぅ、ここ最近、活人拳のソーコとちょっと特訓したりしてるだろ?」
「ああ、伸び悩んでいるのか?」
「いや、そうじゃなくて死霊術を使ってたら、思い出したことがあってさ」
「なんだ?」
「どうやら私は自分で記憶を何かの箱に閉じ込めたみたいなんだ」
「なんでそんなことをするんだよ。嫌なことでもあったのか?」
「それはわからない。わからないけど、自分にとっては意味があることなんだとは思う」
「でも、死霊術の能力は多少残ってるし、見つかった時は服も死霊術のものだったんだから、死霊術から離れたくて記憶を閉じ込めたわけじゃないんだろ?」
「それはそうだね」
「じゃあ、とりあえず、今のままでいいんじゃないか」
「ああ、もうしばらく山屋には厄介になるよ」
「わかった。俺も、気づいたことを言ってもいいか?」
「ええ? いいよ」
俺は自分の酒瓶を砂浜に突き刺してから、ナギの隣に座った。
「人間の欲望って、だいたい金持ちになりたいとか、人気になりたいとか、強くなりたいとかがあるとするだろ? その中で強くなれれば、冒険者としてだいたい他の欲望も叶うよな?」
「ん~、その中だけで言えばね」
「で、今はナギとソーコが、虫の死体を使って特訓しているけど、魔物の骨を使ってもできるようにはなるよな?」
「まぁ、今はもうモグラとかネズミの魔物の骨を使っているよ」
「それって、使い捨てになっちゃうだろ?」
「まぁ、死霊術の効果が終われば、灰になったりするけどね」
「炭焼き屋の爺さんは、場所のループができるから、その死体も含まれてると思うんだよね。つまり、何度でも特訓ができるってことでもある」
「うん、まぁ、そうだけど……」
「時間的なループはしないから、レベルは上がり続けるんじゃないかと思うんだ」
「あぁあ、ええっ!? じゃあ、強い死体さえ見つけてしまえば、どこまででも強くなれるってこと?」
「そう。だから、冒険者が考えるような欲望はだいたい叶っちゃうんじゃないかな」
「わぁ、本当だ。じゃあ、私が記憶をなくした目的が、冒険者的なものであれば叶っちゃうね?」
「実際、ナギはどのくらい強くなりたいとか願望はある?」
「ん~……、ない。求めている強さはレベル的なものじゃないかもしれない。山屋はどうなの? どのくらい強くなりたいの? 一応、冒険者でしょ?」
「実は俺もない。金も間に合っているし、人気があって仕事の依頼が来るのも面倒だと思ってる」
「じゃあ、私たちって冒険者としては終わってるんだね」
「ん~でも、廃ダンジョンには入りたいよ」
「それってさ、過去の誰かの声を聞くのが面白いって言うけれど、一方的なコミュニケーションでいいと思ってるんじゃない。というか、生きている人間とのコミュニケーションが面倒なんじゃないの?」
「あ、それはあるかもしれない。気を遣うしな。あとは、成長って過去の自分を乗り越えることだってよく言われるだろ? 冒険者を始めた頃、ずっとそう思って依頼を請けてたんだけど、いつの間にか過去の自分の否定をしていることに気づいたんだよね。でも、過去の自分、つまり知識や経験を否定する必要ってないでしょ? 全部持って行っていいし、過去の自分の声を聞いた方が失敗を生かせるよなって言うことに気づいたんだよ」
「それって冒険者やり始めてどれくらいで気づいたの?」
「それがわからないんだよな。でも、気づいたときのことはよく覚えていて、その気づきの感覚が忘れられないから、廃ダンジョンに潜り続けているんだと思う」
「なるほどね。これはどこかの死霊術の言葉なんだけど『死霊術をどれだけ学んでも、どれだけ多くの死体を蘇らせても、それだけでは死霊術師として二流なんだ』って、『何度も死体と向き合い、僅かなことでも気づき続けられる者こそ一流なんだ』そうだ」
「じゃあ、俺はダンジョン探索の一流に向かってるのかな?」
「そうかもね。仕事よりも気づきを優先させられるかどうかが人生には影響しそうだよ」
「そういうもんか」
ナギとは同世代くらいに思っていたが、もしかしたら年上なのかもしれない。
ソーコと炭焼き爺さんに、どれくらいレベルを上げたいかと尋ねたら、「できるだけ、上げてみたい」と答えが返ってきた。
午前中は、ソーコと爺さんのレベル上げに付き合うことになった。
ダンジョンの底は未だ見えず。
代り映えのない日常を送りながら、ナギは記憶を閉じ込めた理由を探し、俺は気づきの多い日々を送り続けている。




