炭屋のループ
世の中は魔石だとか石炭だとか言っているが、東島では普通に木炭を使っている。燃料屋があり、定期的に木炭を買って竈やストーブに使っていた。
ダンジョンで使うランプの油も、この燃料屋から買い取っている。
「すまん! ダンジョンの山屋、悪いんだけど手を貸してくれないか?」
「どうしました?」
燃料屋の炭焼き爺さんに声をかけられた。酒場で時々会うくらいだが、すっかり顔は覚えられている。
「隣の島で木炭が足りなくなったから、竈に火が灯らないって速達が来た。港の船まで運ぶのを手伝ってくれないか」
「構いませんよ」
「汚れるけどいいですか?」
「全然大丈夫です」
「助かるよ。荷馬車はもう出てるから、こっちは山道で何度か往復するだけだ」
「わかりました」
ナギは辛そうにゆっくり運んでいたが、俺は毎日死体や物資を運んでいるので、特に問題はない。いつも通りの仕事と言えば、いつも通りだ。
「高低差はどうだ? 坂道はきつくないか?」
「毎日、山の中腹から海の底まで階段で下ったり上がったりしているんですよ」
「ああ、ダンジョンだもんな。そうだった。昨日、雨降ったから泥濘だけ気を付けてくれ」
「了解です」
木炭の束をむしろで巻いたものを背負子に三つほど積み重ね、紐で縛り上げる。ただそれだけのことなのに、炭焼きの爺さんは丁寧で手早くこなしているように見えた。
足腰もしっかりしているので、小走りぐらいのスピードで、山道を駆け下りていく。
「仕事、早いですね」
「ああ、反復作業は早いんだ。ループっていうスキル持ちでね。ああ、時間をループは出来ないぞ。あったことをなかったことにはできない……。でも、こういう作業は得意なんだ」
「でも、それ最強になれるんじゃ……」
「ああ、冒険者になってたらな」
炭焼き爺さんは笑って、木炭を運んでいた。
5回ほど港と燃料屋を往復して、隣の島への船は出港した。困ったときは島同士で助け合って暮らしている。
「駄賃は少ないけど出るからちゃんともらっておいてくれ」
「いや、大丈夫ですよ。ナギは二往復しかしてないし、助け合いのための労働なんで」
「そうか。代わりにと言っちゃあなんだけど、今度、ダンジョンの仕事を手伝わせてくれないか」
「いいんですか?」
「戦い方は知らないぞ」
「十分です。俺も戦ってないですから」
炭焼き爺さんは二日後に廃ダンジョンへ来た。
「本当に手伝ってくれるんですか? ありがたいですけど」
「悪いな。そんなには持てないと思うが、反復作業だけなら幾らでもやる。炭焼き小屋も息子たちに継がせて、俺も別の仕事を探しているところだ」
「なるほどセカンドライフですか」
「いやいや、釣りはどうも魚心がわからないから、俺に向かなくてな。山を登ったり下りたりするのだけは子どもの頃からやっていたからさ。山菜取りよりはいいんじゃないかと思って」
「儲かる時は儲かるけど、なんにも出てこない時もあるよ」
ナギは知った風な口を聞いていた。
「お前は死者の声を聞いているだけだろ?」
「それが重要なんじゃないか」
「死霊術を思い出せよな」
「死霊術なんて金にならないこと思い出してもしょうがないよ。早いところ宝を隠した海賊の死体を持ってきてくれ」
「そんな都合のいい死体はない」
ナギは入口で焚火をして、俺は炭焼き爺さんと一緒に廃ダンジョンへ潜る。
「明りがないんだな」
「ええ、ランプだけです。燃料屋さんだと気になりますか?」
「まぁな。古い蝋燭は余ってるから、今度持ってくるよ」
「すみません。俺しか入らないと思って、用意してなかったんですよ。一階層ずつ全部見てから次に行くんで、危険はないです」
「そうか。急に壁から魔物が出てきたりは……?」
「そういう魔法陣も全部引きはがしているので」
「なるほど。丁寧に罠も全部壊してるんだな」
「それが仕事です。まぁ、趣味でもありますが……」
10階層で一度休憩を入れて、19階層まで下りていく。
「すごいな。島の中にこんな空間が広がっているなんて」
「外からは気づかないですよね」
「倉庫には困らないってことだろ?」
「ええ、倉庫にも隠し部屋にも困りません。だから海賊とか人買いの業者とかに目を付けられると面倒です」
「ああ、そうか。だから締め切ってたんだよな……」
19階層で、罠を解除し、隠し部屋の宝を回収。炭焼き爺さんはランプを持ってくれて、見つかった指輪と短剣に興奮していた。
「本当にあるんだな」
「今日はいい方です。落とし穴の死体を回収してしまいましょう」
「そうだな」
落とし穴も二人いると作業が早い。
「死体からも取るのか?」
「ええ、もちろん。黄泉の国まで金は持っていけませんからね」
「恨まれたり、呪われたりしないのか?」
「そのためにナギがいます」
「そういうことか!」
炭焼き爺さんからすればひとつひとつが新鮮なのだろう。
ランプの油がなくなってきたので、一旦回収できたものを入口まで運ぶことにした。今日は炭焼き爺さんがいるので、二倍運べる。
「お爺さんが持ってるループっていうスキルは時間には使えなくても、場所には使えるんですか?」
「ああ、使えるよ」
やはりか。だとすれば、冒険者の適性があったはずだ。
「例えば、あそこの曲がり角から、この位置までを繰り返すということもできる」
「だったら、魔物も冒険者も疲れさせている間に、いくらでも罠を仕掛けられるじゃないですか」
「そうなんだ。実は若い頃、皆で一度こっそりダンジョンに入って友達に仕掛けてみたんだ。ただ、友達の声を聞いているうちに怖くなってな。俺には向いていないと思った」
「なるほど、それが山賊とか魔物とかだったら、変わっていたかもしれませんね」
「今ならできるかもしれん。前に酒場に悪漢が現れた時は、駐在が来るまで閉じ込めていたし、要はスキルの使い様だよな」
「そうですか。じゃあ、引退したら新人冒険者ですね」
「実際、どうなんだ? レベルが上がるといいことばかりなのか?」
「そう言われると……」
俺は、大陸最強の召喚術師や魔族の一族のこと、それから自分の仕事のことも話した。
「なるほどな。健康的だが、しがらみも多くなるから孤独へ向かうしかないのかもな。ほどほどが一番か」
「俺にとっては、というだけですよ。ほどほどでもそれなりに仕事はありますから」
「長年の迷いが消えたよ。こんなスキルを持ってしまったがために、どうやって使えばいいのか、ずっと悩み続けていたんだ。俺もほどほどにやっていこう」
その日は、いつもの二倍の額を稼いでいた。




