隠されたワニ
東島のダンジョンに入り始めて、二週間ほど経った頃だろうか。五階層にワニが出た。
「生きてる魔物?」
心配そうに死霊術師のナギが聞いてきた。
「たぶんな。穴が空いていて、ダンジョンと外の沼が繋がってしまっているんだと思う。ナギは戦えるか?」
「それはちょっと無理そうだ」
「じゃあ、やっぱり冒険者に頼むしかないか」
「山屋も冒険者だろ?」
「戦わない冒険者もいる。こう見えて知り合いだけは多いんだ」
俺は船便で大陸で一番強い召喚術師に連絡を取ってみた。通常であれば手紙を送って一週間ほどで召喚術師に届き、さらに一週間をかけて東島にやってくる予定なのに、なぜか翌日には召喚術師が寝起きの俺の前に立っていた。
「どういうこと?」
「港や主要都市に私書箱をいくつか置いてあるんだ」
「手紙を召喚したのか?」
「召喚したのはスライムさ。スライム屋は上手いこと考えるよな?」
スライム屋というのも俺がまだ真面目に冒険者をしていた頃の仲間で、スライム農場を作っていろんな企業と仕事をしている。ゴミの処理から、美肌までスライムの可能性は無限大なのだとか。そして俺と同じく同期の召喚術師には、小さくて世話のかからないスライムを売りこみ、私書箱の中で飼っていたのだそうだ。
「一日一回、召喚して水と魔力を含んだ木の実を与えるだけでいいから楽なんだよ。山屋も使うといい」
「俺はいいや。あんまり居場所がバレると依頼を引き受けないといけなくなるだろ?」
「お前ってそんなに人気なのか?」
「引きこもりたちと違ってな」
「本当?」
召喚術師はナギに聞いていた。
「山屋は毎日廃ダンジョンに引きこもってるよ」
「俺たちと変わらないじゃないか」
「一応、趣味と実益を兼ねてるからな。それで飯を食べていけてる」
「実益が多すぎるだろ? 何でも奢ってもらうといい」
召喚術師はナギにアドバイスをしていた。
「余計なことを言うなよ。資産を持ち歩いているわけじゃないんだから」
「あぁ、欲にまみれてしまったな」
「そんな事より仕事をしてくれ。廃ダンジョンにワニの魔物が出たんだ」
「そうか。ワニ革にするのか?」
「しない。いないと思っていた魔物が廃ダンジョンから出たから、討伐を頼む。それだけだ」
「じゃあ、なんか武器を買ってくれ」
「ピッケル使うか?」
「それお前の仕事道具だろ?」
鍛冶屋に行って、武器を物色。東島にはそれほど高価な武器なんてないだろうと思っていたら、ドラゴンでも倒せますみたいな凶悪な剣が売っていた。
「これにしてはどうだ?」
ナギはそのドラゴンキラーを勧めていたが、結局召喚術師は「これでいいや」と軍手1ダースセットを買っていた。
「いいのか、それで?」
「もったいないよ」
俺もナギもある程度の武器を買うと思っていたから、ものすごい肩透かしを食らった気分だ。
「使いこなせる自信がない。親父さん、なんか固い石ってない?」
「くず鉄の塊ならあるけど、あとは鉄鉱石とか」
「あ、それでいい」
こぶし大の鉄鉱石を買って、廃ダンジョンへと案内した。
「ランプは油がそんなにもたないからな」
「ああ、早く終わったら適当に見て回ってくる」
そう言って、俺からランプを受け取ると召喚術師はダンジョンへと潜っていった。
「あんなんで大丈夫なの?」
「うん。まぁ、俺が知っている冒険者の中で一番レベルは高いと思う。あいつは淡々と魔物を狩って、次を探している。それを繰り返して20年もやってる。ほとんど休みなんかないんだ。ひたすらに魔物の討伐を繰り返している」
「なんなの?」
「大発生した魔物を召喚し続けてる召喚術師さ。結局、続けるっていうのは精神力だ。俺がやったら、すぐに飽きる」
「それにしても軍手で戦うの?」
「拳を痛めるからじゃないか?」
「ああ、そういうこと……」
「とりあえず、ワニ用の大きい革袋と弁当買ってくるから、あいつが来たら適当に話相手をしてやってくれ」
「わかった」
微塵も召喚術師が失敗するなんて思ってはいなかったし、実際、失敗どころか、きっちり仕事をこなしていた。
「ランプが切れたよ。すまん、あまり意味はなかった。暗視スキルを取ってたことを忘れてた。一応、100階層近くまで見てきた。ブラインドクロコダイル以外にも何体か、リッチとジェネラルスカルとかもいたけど、全部倒しておいた」
このダンジョンは100階層まであるのかよ。海抜マイナスだろうな。
「すまないな」
「ああ、まぁ、でも魔物がいる周辺は死体が多いな。あと、抜け道も多いし、どこかのダンジョンがスペースがないからか、このダンジョンの空き階層を使おうとしてるぞ。たぶん、ワープ罠でこちらに飛んでしまったダンジョンマスターがいるんだと思う。ポータルは破壊しておいた」
「助かるよ」
「ブラインドクロコダイルってなに?」
ナギが召喚術師に聞いていた。
「目くらましの霧を放ってくるワニだ。それで暗視スキルを思い出したんだ。たぶん暗いダンジョンで進化したのかもしれない。進化させた魔物使いの死体は5階層の入り口に置いといた。いいか?」
「ああ、ワニと一緒に回収する。これ弁当な」
「お、助かる! 仕事の後のこれが一番だよな」
「お茶もあるよ」
「死霊術師なのに気が利くなぁ」
「記憶喪失だから」
「記憶なんて、今から作っていけばいいんだよ」
「いいこと言うね」
ナギと召喚術師は弁当を食べていた。
俺は昼飯前に、5階層から魔物使いの死体と、頭蓋骨が割れ首がねじれたブラインドクロコダイルの死体を袋に詰めて運んだ。
ブラインドクロコダイルの死体は沼地と化している場所も含めて50体くらいはいる。沼の出入り口は完全に岩によって塞がれている。召喚術師が塞いでくれたのか。
すべて運び出すのに、時間がかかりそうだ。肉は料理屋に売ってみようか。ワニ革は防具屋に売れるかな。
とりあえず、魔物使いの死体を運んで、ナギに話を聞いてもらった。
「ああ、近くの島にあるコロシアムに出そうとして繁殖したら、強くなりすぎたんだって。まさか目くらましの魔法を使えるようになるなんて思わなかったって本人は言っているけど、隠れて育てていたから誰にも言えなかったみたい」
「どうやってこのワニたちを養っていたんだ?」
「ダンジョンの外に野生のヤギがいるってさ。あとはコロシアムから肉を受け取っていたって」
「じゃあ、コロシアムにはバレているんじゃないか?」
「そうかもしれない……」
「確かめようなんて思う奴はいないんだろう。確かめた方が、人生変わるのにな。そう考えると、やっぱり俺たちは異常なんじゃないか。スライム屋といい、山屋といい、俺も含めて皆ダンジョンに関わっているし、一般的な冒険者とはかけ離れている」
「そうだな。何かあったのかな」
「何かあったのかもな。覚えてないけど。確かめなかったから儲けそこなったとかさ」
「誰かに記憶を消されたか。ナギみたいに?」
「私みたいに!? 私の記憶は誰かに消されたの?」
「そういう可能性もあるって話さ。いや、割と魔物を倒せたな。今週分は終わりでもいい。また、呼んでくれ」
「ああ、そのうちダンジョンの掃除とメンテナンスに行くよ」
「頼む」
召喚術師は空中から箒を取り出して、ふわりと浮かび上がると手を振って大陸へと飛んでいった。
「掴めない男ね。はい、これ使った鉄鉱石だって」
ナギは召喚術師に渡された鉄鉱石だった物を渡してきた。
「ほぼ鉄球じゃないか。どうやったんだ?」
「わからない。これで殴ったって言ってたけど」
「熱しないとこうはならないんじゃないか?」
「リッチたちの死体を見ればわかるのかも」
「いつになることやら……」
リッチの死体を見つけるまで俺はこの島にいるだろうか。




