東島の生活
大陸から遠く離れた5つしかない群島の一つに廃ダンジョンはあった。
かつてはダンジョンの宝を求めて数多くの冒険者たちが船に乗り、島へとやってきたが、今は釣り人や長期休暇の観光客しかやってこない。
「大陸の冒険者が、こんなところまでやってくるなんて珍しいね。しかもダンジョンに入りたいなんて50年ぶりくらいじゃないか」
「廃ダンジョンを専門に潜ってまして……」
「へぇ、不思議な冒険者だ」
そう言っていた酒場の女将さんは俺の冒険の記録を見て、目を丸くしていた。
「あんた、これ全部やったのかい!?」
「そうです」
「新聞でも取り上げられていた案件もあるね?」
「あるかもしれません。俺自身は取材されていないのでわかりませんが……」
「はぁ。なんで、わざわざこんな島に?」
「拠点にしている辺境が忙しくなるので、こちらに来たんです。まぁ、半年分くらいは滞在費を持ってきたので、よろしくお願いします」
「ああ、部屋なら貸せるけれどね。廃ダンジョンも、100階層まであるから、半年かければ全部回れるかもしれない。でも……」
「そんなに大きいんですか!?」
「そりゃあね。歴代のダンジョンマスターが魔王から始まって歴史上の海賊や探検家だからね。広いは広いよ。それより、魔物はいないし、死体だらけだし、海賊が残した宝はすっかりなくなってるしで、うま味はないんだけど、それでもいいのかい?」
「構いません。死体があるなら、回収します。その方が島としても安心でしょう」
「そりゃあ、安心だけど……。今、島のギルドは小さくなっちゃって報酬は渡せないかもしれないよ」
「手形にしてもらえますか。大陸で換金するので」
「ああ、そうかい。それならいいね。うちでも付けにしていいから」
「助かります」
朝昼飯と晩には弁当が付くことになった。洗濯は自分でやること。シーツは三日に一回替えること。布団は晴れた時に干すこと、などが決められていった。
「酒に酔って暴れた経験は?」
「ありません。そもそも酒はそれほど飲みませんから」
「酒も飲まないって言ったら、この島では釣りくらいしかやることはないかもよ」
「じゃあ、廃ダンジョンに飽きたら釣りをします」
「昔は娼館もあったんだけど、皆、大陸に帰るか漁師に嫁ぐかでいなくなっちまった。でも、時々、悲しみに暮れた未亡人や疲れたトップダンサーなんかはやってくるよ。あと、魔物学者も来るけど、あんまり島の人とは仲良くならないね。絵描きが島の女の子に手を出して島民には嫌われてるから気を付けな。新聞は玄関脇にあるけど、大陸の一週間分が届く。読みたいときは順番にね。これがダンジョンの鍵だよ戸締りはしっかりするように。中から死体が出てきたら、緊急事態宣言が発令されるから。小さな島だから気を付けてね」
「わかりました」
小さいとはいえ、周囲の島から比べると最も大きく一番栄えている。酒場もあれば鍛冶屋に雑貨屋などがあって、定期船も大陸と行き来している。ただ、台風シーズンやクラゲの大発生などがあると定期船が止まってしまうこともあるのだとか。
基本的にはヤケ酒をしたり、暴れなければ、島民から嫌われるようなこともないという。
とりあえず、部屋に荷物を置いて準備をし、弁当を受け取って廃ダンジョンへと向かった。
人気のダンジョンだったこともあり、周辺は多少草が生えているくらいで、大きな石像などはきれいにされていた。問題なく鍵を使って鉄格子の扉も開く。
「何をやってるんだ?」
いざ、ダンジョンの中に入ろうとしたら、後ろから声をかけられた。
黒いローブに骸骨の装飾が施されたネックレス、指輪も動物の骨で作られたものを嵌めている。女性のようだが、声がかすれていた。
「廃ダンジョンの探索です。もうすぐ日が暮れますよ。逆に聞きますけど、島民も来ないようなこんな場所で何をしているんですか?」
「あ、いや、死霊術を思い出そうとしているんだ」
死霊術師だと言われると、納得できる格好をしているが……。
「ん? 忘れちゃったんですか?」
「ああ、どうやら船が難破して、この島に辿り着いたのだが以前の記憶をなくしてしまった。こんな格好をしているくらいだから自分は死霊術師なのだとは思うのだが、死霊術など全く身に覚えがなくて……。一応、死体を探して島の中を探索していたところだ」
「そうですか……」
「廃ダンジョンには死体はあるか?」
「たぶん、あるんじゃないですかね」
「一緒に潜ってみてもいいだろうか」
「できれば甦らせないでほしいんですけど……」
「ああ、そうだよな。すまない」
記憶喪失の死霊術師はそう言って立ち去ろうとした。肩を落としている。魔術師が記憶を失ってはただの人だ。
「でも、死体を見たらなにか思い出すかもしれませんよ」
「そうだろうか」
「荷物を置いておくんで、見張りを頼めませんか?」
「ああ、構わないよ」
袋が詰まったリュックを置いて、俺はランプに火を点けた。
「じゃあ、死体が見つかったら持ってくるので」
「ああ、頼む」
死霊術師は焚火をしていた。帰ってくる場所が明るいと落ち着く。
コンコンコン……。
ピッケルを壁や床に当てて反響する音を聞きながら進む。罠はほとんど壊れているが、落とし穴には死体が積み重なっていた。一階層で死んでいるということはそこまでの冒険者だったということだ。
「ただ、案外いいものを身につけていることはあるんだよな」
俺は死体を担ぎ上げて袋に詰めた。すでに白骨化して何年も経っている。武器は錆びているし、装備している革の鎧はカチカチに固まっているが、古いナイフだけはきれいなままだった。使わなかったのだろう。
死体を出口に持って行くと、死霊術師は驚いていた。
「こんなに早く死体を持ってくるなんて思わなかった」
「死体は3体います。武器は錆びているので使えないと思いますが、振り回さないように。死霊術を思い出しても、なるべく身元確認のために使ってください」
「わかった。いいだろう」
俺は廃ダンジョンに戻り、一階層をくまなく探索。死体を10体以上見つけ、指輪や宝石なども一日の作業量としては十分すぎるほど見つかった。低く見積もっても冒険者であれば半月は暮らしていけるだろうか。
死体をすべて表に出すと、死霊術師が泣いていた。
「どうしたんですか?」
「いや、すまない。死霊術は忘れてしまっているのだが、死者の声は聞こえて来てな。彼はそれなりにベテランの剣士だったらしい。魔物に驚いて逃げ出してきた新人の冒険者に巻き込まれて罠に嵌り抜け出せなくなったと言っている。無念だろうな……。故郷の母に申し訳ないと謝っているよ」
「そうですか。故郷はわかりますか? 後で冒険者ギルドが照合できるかもしれません」
死者の声を聞けるなら、名前もわかるだろう。
「ああ、名前と出身地くらいならわかると思う。また、こんなに見つけてきたのか?」
死霊術師はようやく振り返り、死体袋の山に驚いていた。
「ええ。とりあえず死体の照合をすれば、暮らしていけるくらいのお金は稼げるかもしれませんよ」
「ああ、やってみるよ」
死体袋を担いで町まで行き、ギルド代わりの酒場に行って見つかった死体を裏庭に積む。死霊術師が名前と出身地を書いて、大陸のギルドに照合を頼んだ。船便なので数日かかるらしい。
「死体なんてどうするんだい?」
「焼いて小さい壺にでも入れておけばいいです。使えない装備は捨てちゃっていいと思いますよ」
「そうなんだ」
酒場の女将も、いろいろと知らないことが多いようだ。
「とりあえず、あんたも仕事ができたんだから、ここに泊まんな。漁師小屋で寝泊まりしているだろ? 皆、気味悪がってるから、荷物があるならこっちに持ってきて」
「わかった……」
記憶喪失の死霊術師は、島民の間で噂になっていたらしく、風貌が風貌だけにどうしていいかわからなかったらしい。
「名前は?」
「それも忘れてしまった」
「嵐にあったようだから、ストームやウェイブは?」
「縁起が悪い。逆にナギにしてくれ」
「わかったよ」
俺はそんな様子を見ながら、酒場のカウンターでシーラのソテーを食べていた。どうにかやっていけそうでなにより。
東島の生活が始まった。




