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巨女の里編


 特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。

 俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。


 休み中に断ってもいい依頼というのが舞い込んでくることがある。別に断れるので、モチベーションなんてものはない。ただ、趣味として廃ダンジョンに関わり続けてしまっているため、いつか見ておかないといけないと思っていた廃ダンジョンがあった。


 正式にはミスカトーレ地方の中部山村だが、通称巨女の里と呼ばれる場所がある。なぜか生まれてくる女子が大きく、そのままたくましく育っていく。コロシアムにいるアマゾネスと言われるような屈強な女戦士たちもこの里の出身者である場合が多い。


 呪いだとか魔物と交配したなどの噂は絶えないが、行ってみてすぐに理解した。

 普通に食べ物が美味しい。特に放牧している牛から採れる乳製品が格別だ。さらに少女を過ぎたあたりから、女たちがよく働き花や野菜もたくさん育てている。男は何をしているかというと、見渡してみても見当たらない。出稼ぎに出ている者が多く、残っている男たちは家の中で医術や薬学の勉強をしているようだ。


 冒険者ギルドも酒場もないので、村の集会所で依頼の手紙を見せると近くで牛の世話をしていた鎧姿の女性が走ってきた。


「クリスティーナです。ダンジョンまでの案内係を務めます」

 身長2メートルほどだろうか。すらりと手足が長いが、しっかりとした体幹を持っている。腕っぷしならそこら辺の冒険者じゃ太刀打ちできないだろう。


「どうも。手紙に書いている依頼を請けてきました。廃ダンジョンを探索するだけでいいんですよね?」

「そうです。呪われたダンジョンが攻略されてから今年でちょうど100年になります。ただ、私たちの呪いは解けず、このように大きな身体になっています」

「それはたぶん食生活のせいだとは思いますが……」

「呪いではないのなら、それも証明したいのです」

「そうですか……。わかりました」


 里の女性たちは、自分たちが大きな体になっているのは呪いのせいだと信じたいらしい。

 クリスティーナの案内で山の森にあるダンジョンへと向かった。


「少女時代までは丸々と太っているだけなのですが、成長期になると一気に伸びるんですよ」

「それがきっと普通の成長ですよ」

「そうでしょうか。男たちはまるで成長せず、勉強ばかりして伸びてません」

「運動が足りないのでしょうね」

「やはりこれは呪いでしょうか」

「……調べてみましょう」

 

 背が大きいからか俺の返答が聞こえないのかもしれない。

 

 森の中の遺跡がかつてのダンジョンだった場所だ。石造りのしっかりした遺跡で、大きな女神が入口に飾られている。遺伝的に大きな女性が生まれるのか。


「案内ありがとうございます。ここで大丈夫ですよ」

「しかし……」

 なにかまだいたい理由があるのか。仕事が面倒くさくて帰りたくないのかもしれない。


「あ、荷物を見張っておいてもらえますか。あとで増えると思うんで荷運びも手伝ってください」

「わかりました」

「折り畳みの椅子があるので、座って待っていてください」

「ありがとうございます」


 袋とピッケル、ランプを持ってとっととダンジョンの中に入る。


 難しいダンジョンではない。普通の落とし穴があり、隠し部屋がたくさんあるダンジョンだった。ただ、石材を積んだトロッコが壊れて道を塞いでいたり、天井が崩落して外まで穴が空いていたり、劣化が激しい。またミノタウロスのお面や植物の魔物・アルラウネのお面なども飾られている。何かのお祭り用だろうか。

 ここ数年は人も入っていないらしいので、回収しておく。奥に行くとアルラウネの死体がたくさん転がっていた。初めに見た時は人間の死体かと思ってギョッとしたが、しっかり枯れて死んでいる。

 アルラウネは女性の姿に似せている個体が多く、服などを着ていると後ろ姿は見分けがつかないかもしれない。


 そう思って、一瞬冷やりとした。里で農作業をしていたのは、まさかアルラウネではないよな。後ろ姿しか見ていなかったが、皆、日焼け防止のつば付き帽子を被っていて顔を見ていなかった。

 さすがに巨女の里として有名なので、そんなはずはないと思い直し、アルラウネの討伐部位を回収しさらに奥へと進んだ。


 奥にボス部屋がある。残っていたのはサイクロプスの骨だけ。持ち運ぶのにも一苦労しそうだ。サイクロプスは巨人の魔物だ。だからと言って近くの里で大きな女性が生まれる理由にはならない。


「やっぱり! 私たちの先祖は巨人なの!?」


 なぜか外で待っているはずのクリスティーナがダンジョンに入ってきていた。


「だったら君たちの里の人たちは全員、魔物じゃないとおかしい。関係ないよ。それより荷物どうした?」

「お、置いてきた」

「戻って見張りを頼むよ」


 クリスティーナはすごすごと戻っていった。

 どうやらこの依頼は里の大きな女性たちと巨人とを結び付ける目的があるようだ。だが、生物学的にも魔物学的にもそんなことはあるはずがない。どうも証拠がないから噂だけが独り歩きしている気がする。

 里の女性たちは自分たちをどうにか魔物の親族と思いたいらしい。


「国からの補助金狙いか」

 いや、そもそも里にいる男たちが否定するだろう。なにか呪いにでもかかったか、それとも差別にあったか。


 コンコンコン……ガスンッ!


 壁を叩きながら罠を探していたら壁が剥がれた。

 剥がれた先には窪みがあり、小さな金庫が置いてあった。錠前開けだったら時間がかかると思ったが、案外簡単に開いてしまった。

 中には日記と思しきノートがぎっしりと詰まっている。ダンジョンマスターの日記だろうか。ノートをすべて取り出すと、袋に入った金貨が見つかった。とりあえず報酬はこれで十分だ。

 俺は日記と金貨を袋に詰めて、ダンジョンを戻る。戻りながら、どうしてダンジョンマスターは日記と金を残したのか考えながら、残っている罠を回収していく。

外に出るとまだ明るい。それほどダンジョンは単純だった。

 クリスティーナは俺に怒られてしょぼくれて待っていた。


「よし、里に帰ろう」

「もう、探索は終わりですか?」

「ある程度はな。それより、クリスティーナは里の外に出たことはあるのか?」

「ありますよ。これでも首都近くの町でパーティーを組んで依頼を請けていましたから」

「そうか。どうして戻ってきたのか聞いてもいいか? 言いたくなければ言わなくていいけど」

「なにかダンジョンと関係があるんですか?」

「いや、まだわからない。ただ、このダンジョンは単純なつくりなのに、ダンジョンマスターは随分思い入れがあるようだからさ。里の人たちに関係しているんじゃないかと思って」

「ダンジョンマスターは里の誰かだったってことですか?」

「知能のある魔物ならもっと難しくしていただろうし、召喚術師ならもっと魔物の骨が残っていてもいいような気がしてね。近くの山村はあの里しかないだろ? 誰かを鍛えようとしてこのダンジョンを作ったんじゃないかと思えてならないんだよ」

「確かに、少女時代はダンジョンで友達と遊んでいましたが……。すでにダンジョンは攻略されていて魔物も出なかったですよ。それに、私が里に帰ってきたのは、一緒に組んでいた冒険者たちが依頼も受けず、コロシアムにも登録せず、戦うことを止めたように見えたからです」

「真面目なんだな」

「冒険者ってそういうものではないんですか?」

「俺だって冒険者だけど、ほとんど戦ってないぜ。最後に戦ったのはいつだったか覚えてないくらいだ」

「そんな……!?」

「人それぞれ目的はあるさ。だいたい冒険者が強ければいいなら、わざわざこの廃ダンジョンを調べてくれなんて俺に依頼しないはずだ。違うかい?」

「それは、そうですね……」


 自分のことがわからなくなる時というのはある。どうしてあの時あんな判断をしてしまったのだろうという後悔は人生にはつきものだ。冒険者なら、その一瞬の判断で命を失うこともある。常に判断の繰り返しだ。間違えない冒険者なんていない。


「納得いってないんだろう? 自分が里に帰ってきたことを。だから、農作業をしているのに未だに鎧なんてつけている」

「これは、今日冒険者が来ると聞いたからで……」

「やめる理由が欲しいのか、それとも俺にまだ続けろよと言ってほしいのかはわからない。ただ、とりあえずダンジョンマスターの声を読み解く時間をくれ」

「わかりました。でも、集会所しか外からやってきた人を泊められませんよ」

「いいよ。今のところ、俺は里に泊まる気はないぞ」

「でも、もう麓にある駅馬車の時間は過ぎてます」

「田舎め!」


 俺は里に一泊して、ゆっくりダンジョンマスターの日記を読むことにした。

 夕飯は里でとれた野菜の煮物と、猪鍋だった。


「こんな贅沢していいのか?」

「いいんですよ。お客が泊まるなんて何年かぶりです。それにクリスティーナがお世話になっているようで……」

 里の人たちは皆家族の様に仲が良く、食事やとれたての野菜などを持ってきてくれた。花瓶に花まで生けてくれる歓迎ぶり。


「すみません。姉がご迷惑をかけて。集会所にベッドがないでしょ。これ、布団です。筆記用具などが欲しければ言ってください。ここに置いておきますから」

 クリスティーナの弟が新しい布団まで持ってきてくれた。弟は背も低く腕っぷしはからっきしで、将来は町に出て薬屋をやりたいのだとか。

 里を出る者は多いが、女性たちは出戻りも多いらしい。


「せっかくだから、皆さんも文字が読めるなら読むといいですよ。ダンジョンマスターの日記です。読み終わったら里に寄贈しますから」

「いいんですか!?」

「ええ、一応、報酬はその分貰っているので」

 正直、今年の報酬はすでに稼いでしまったので、それほど必要ない。あくまで廃ダンジョン・トレッキングは趣味だ。


 俺は夕暮れからランプを灯し、ダンジョンマスターの日記を読み始めた。


 どうやらこの里はコロシアムから逃げ出した闘技者と元奴隷商が作ったらしい。闘技者が女アマゾネスとして有名で、彼女に惚れた背の小さい元奴隷商の男が計画的に反乱を起こし、仲間たちと共に山まで逃げのびたという。その元奴隷商が日記の著者でありダンジョンマスターだ。


 夫婦に子どもが生まれたが、娘は大きく、息子は小さく生まれ、完全に遺伝したらしい。他の仲間夫婦も同じような子が生まれたという。同じ栄養を与えているはずなのに、娘は大きく育ち、息子は小難しい本を好むようになってしまう。


『子は親に似るというが、普通ならどちらかに偏るが、両親ともに血が濃いとこうなるのか……』

 ダンジョンマスターが綴っていた。


 ただ、子どもたちが成長するにつれて困ったことが出てきたと続いている。


『娘の服がない。かわいいかわいいと育ててきたが、齢12超えたあたりで、身長は男親を超え始める……』

 得意なことを伸ばしてやるのが親の役目だと思っていたダンジョンマスター夫婦は、仲間たちと一緒にダンジョンを作ったという。冒険者なら性別関係なく、背が高いこと力が強いことが武器になると考えたらしい。服が小さくても男物なら入るし、装備もあるだろう。

 息子たちのために集会所に本を並べたと書いてあった。確かに古い本が棚に並んでいる。


 娘たちが15歳になり、里を出て冒険者になった時は、本当にうれしかったようだ。泥酔しながら日記を綴ったのか、字が揺れている。

 ただ、冒険者になったはずの娘たちはすぐに帰ってきてしまったらしい。


「私たちはバカにされていたのか? かわいいかわいいと育てられてきたが、嘘だったのか!」

 これには夫婦ともども、どう返していいかわからなかったらしい。自分たちからすれば、目に入れてもいたくないほどかわいい娘たちだが、町の人たちからすれば大きな女たちだ。

 自前で服も作ってきたが、町にある服屋にサイズが合う服がない。なにより町の女性たちのファッションのかわいさに打ちのめされて帰ってきてしまったという。


 ふと俺は視線を上げ花瓶に咲いた花を見ると、どれも可愛らしい小さな花ばかりだ。ようやく俺にも日記と一緒に入っていた金貨の使い道がわかった。


 以前、お世話になったファッションと美容の町で、大きめのかわいい服を作ってほしいと事情を説明して依頼を出したら、すぐに引き受けてくれた。

 いつか大きい女性のファッションショーも開催されるといい。


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