夏の終わり
夏の終わり。辺境にある飛竜の谷では、紙と竹で作ったランタンを空へと飛ばし無病息災を願い、その年に死んでいった者が天国まで迷わないように祈る祭りがあった。
近年は観光客も来るようになり、辺境は大いに賑わっていた。日頃、廃ダンジョンのことしか頭にない俺も、この時ばかりは三軒宿の案内からランタン作りまで手伝っていた。
ランタンが飛んで、俺はダンジョンで死に、その年に見つけた死体が天国へと行くように祈った。こういうのは気持ちだ。生きている者が納得できればそれでいい。
観光客が去り、飛行船を見送った翌日から雨が降り始める。いずれ豪雨になるので客も来ないし、宿に籠り、掃除や施設のメンテナンスが始まった。
「水回りは俺も掃除するよ」
「ああ、頼む」
風呂場や水甕などを徹底的に掃除。磨いている間に見つけたひび割れなどはセメントで塞いでいく。
「水甕は新しく買った方がいいかもしれないよ」
「ああ、倉庫にあるんだ」
倉庫に行くと使っていない壺や水甕、樽などが大量に置かれていた。しかも木箱にちゃんと入っている物もある。
「骨董品を扱ってると、そういうのもまとめて送られてくるんだよ。もったいないから取っておいてるけど、結局使わないでいる。果物でも獲れれば砂糖漬けにでもするんだけどな」
大振りの水甕を洗って、使う。
「本降りになってきたな」
両隣の宿の主人が、やってきた。
どうせ暇なので、3人でカードゲームや売り上げの計算などをしていたが、今年から俺がいるので、ゲームの幅が広がったと言っていた。
大人がゲームと思うかもしれないが、客の忘れ物や逸話なんかを賭けて遊ぶので結構面白い。俺も、冒険者ギルドで売れなかった指輪やナイフなどを持ち寄る。
3日目にはゲームに飽きてしまい、本を読んだり料理本を片手に甘いものを作ったりし始める。俺も死霊術と召喚術の本を読み始めた。
雨は8日間続き、9日目に晴れた。
飛竜の谷底は大きな川になっている。高台にある宿3軒だけはどうやっても水が来ないようになっているらしい。
雨上がりの飛竜の谷は、空気が澄んでいて、一年でも一番遠くまで見れる時期なのかもしれない。風に川の滴が飛んでいて、肌に触れると冷やりと心地いい。
「よーし! じゃあ、飛竜の巣を掃除するぞ。山屋も頼むな。廃ダンジョンだから」
「わかった」
「綱梯子で中に入ってくれ。道具は下ろすから」
梯子でダンジョンの入り口まで下りて、中を点検。飛竜が来るかどうかはわからないが、掃除をして備えておかないと毒持ちの竜になって冒険者に狙われるかもしれない。
今回の廃ダンジョンの掃除は、飛竜の保護も兼ねている。
ブラシやバケツを持って、床や壁を掃除していった。
スライムなども発生していたらしく、乾いてへばりついた痕跡が多かった。他にも糞から生えたキノコなども多い。珍しいキノコで精力剤になるというので、採取しておく。糞は川に流してしまう。
「とにかく風の通り道を作ることだ。土砂が崩れているところは、掻き出してしまおう」
「わかった」
やることもなく宿で籠っているより、身体を動かしている方が、成果が見える分、気が楽だ。作業は三日三晩、交代で進め、どうにか飛竜が飛んでくる日には間に合った。
「これから冬にかけて、ここで子作りをする。魔物学者や魔物使いも来るから、暇にはならないが……」
「廃ダンジョンはなさそうだな」
そろそろ拠点を変える時期か。
「荷物は置いて行ってもいいぞ。倉庫の片隅にスペースは作っておいた」
「ああ、じゃあ、俺が持ち帰った物は売れそうだったら売ってくれ」
「了解」
これでも根無し草の冒険者だ。しばらくどこか遠くへ行くかと、地図を広げてペンを放り投げた。当たった場所が目的地。
投げ方が悪かったのか、地図の外に落ちてしまった。未踏の地へ行くにも体力がいる。
「頑張るか」




