アイテム袋の倉庫
辺境の宿屋には妙な珍品が贈られてくることがある。宿の主人が珍品のコレクターだからでもあるが、最近はなぜかダンジョンから見つかったよくわからないものまで送られてくるようになった。
「廃ダンジョンを探索している山屋がいるからだろう?」
「そう言われても、俺は鑑定士でもなければ専門家でもない。送ってこられてもなにがなんだかわからないよ」
「これは?」
「これは普通に毒矢の罠に使われる道具だ」
「こっちは?」
「死霊術の残骸さ。踏まれて変形しただけだ」
「わかるじゃないか」
言われてみると、確かにわかるものはある。
「でも、こんな袋、ただの袋じゃないか!」
送られてきた麻袋を宿の主人に見せた。
「まぁ、呪いでもあるんじゃないか? あ、ほら手紙が入ってる」
手紙を読むと、この袋はアイテム袋らしい。ただ、いつの間にか取り出せなくなってしまった。一方通行で入れたら最後、消えてしまうのだとか。
「アイテム袋と言ったら、何でもいくらでも入るという魔道具だろう? そんなの作れる人間がまだこの世にいるのか?」
「古代のアーティファクトだな。今の技術では無理だ。裏地に何か魔法でも隠されているんじゃないか?」
袋を裏返して中を見ると、ワープ罠の魔法陣が描かれていた。ただ、魔石もないので作動はしない。
「どこか倉庫に送っていただけなんじゃないか」
「倉庫ってどこの?」
「それはわからないけど……。手紙に住所は書いてないのか?」
「書いてある。行くのか?」
「倉庫が廃ダンジョンになっているかもしれない」
「なるほど……」
俺はトレッキングの準備をして、手紙の住所へ飛行船で向かった。
西の町から南へ行った山の中にある村で、かつて勇者が滞在したこともあるとか。勇者って本当にいるのか。
手紙の送り主である村長に聞いてみると、確かに勇者らしき冒険者が村で傷を癒したという記録は残っているものの、本当の勇者だったのかどうかはあやしいとのこと。
「見慣れぬ魔法を使っていたから、村の皆は勇者だと言っていたが、空間魔法だったんじゃないかと今では思う」
「村長は勇者を見たんですか?」
「子どもの頃だったがな」
最後に勇者が出たのは100年以上前のことなので偽物だろう。
「このアイテム袋と呼ばれる物を見ると転移魔法の罠が仕掛けられていました。この袋に入れた物がどこか倉庫のようなところへ送られていたはずなのですが、行先はわかりませんか?」
「わからんな。でも、村人に使い方を見せていたので、近場だとは思うんだ」
「なるほど……」
田舎の詐欺事件かもしれない。
ただ、この村もどこかおかしい。
畑を作っているがかなり規模は小さく、実っている野菜もちゃんと育っていないように見える。村人たちが畑仕事に精を出しているようにも見えず、かといって狩りの罠も手入れされていない。どうやって村を維持しているのか……。
村長の腕の刀傷だけが目立っている。
宿として通された民宿には誰もいない。荷物は出来るだけ身につけて、周辺の探索へと向かう。
街道に近い場所には見張り台のような小屋が建っていて、どうも山賊の気配がしてならない。山の裏側まで足を延ばしてみると、狩りのための小屋があった。
「こんなところで何をやってるんだ?」
「ああ、山の裏にある村の依頼で、古い倉庫を探しているんですが……」
「村? あそこは古くからある山賊のアジトだぞ」
「やっぱりそうですかぁ……」
「お前さん、冒険者か?」
「ええ。狩人ですか?」
「そうだ」
一匹狼の狩人の方が信用できる。
「あの村について詳しく教えてもらえませんか?」
「ああ、建国の時期に、ほらここら辺一帯にも反乱軍が砦を作っていたんだ。その名残で、要塞や基地などがよく建てられるのさ。川もあるし森は深いし、街道も通ってる」
「そういう基地の跡が村になってるってことですか?」
「山賊くらいしかできない者たちのたまり場みたいなものだな。でも、かつては結構有名だったはずだ。海の竜を倒したっていうこの地方じゃありがたがられている勇者一行のシーフはあの村の出身のはずだ」
「えぇ、それじゃあ、倉庫と言うのもあながち嘘じゃないんですかね」
「意外と本当に近場にあるかもしれないぞ」
「直すか……。ちょっとだけ小屋のスペースを借りてもいいですか?」
「別に構わないぞ」
俺は針と糸で偽アイテム袋を直し、魔石を取り付けて裏地のワープ罠を復活させた。
あとは川へ行って、袋を水に浸すだけ。
「どこかから湧水が出ると思うんですよ。そこが倉庫の入り口になります」
「一応、この山のことは熟知しているつもりだが、それではわからんだろう?」
「いや、たぶん倉庫って言うくらいですから取り出すのに楽な街道付近にあると思うんですよ。都合のいい崖はありませんか」
「川じゃなくて街道か……。山だから崖なんていくらでもあるぞ。この小屋からも街道は見えるしな」
チロチロ……。
小屋の近くを水が流れる音がした。
「嘘だろ?」
狩人はランプを掲げて水の音を追っていた。
水は小屋のすぐ裏手を通り、街道へと続いている。どこから出ているのか辿っていくと、崖の割れ目に辿り着いた。
「こんな割れ目、今までなかったぞ」
「そういうもんです」
俺は割れ目にピッケルを差し込み、てこの原理で開かないか試してみた。
ボコッ。
土が割れ、水があふれ出てきた。やはり倉庫はこの山にあった。
川に戻って、偽アイテム袋を陸に上げて倉庫へ戻ると、すでに狩人が穴を掘り進めていた。
「水が止まったぞ」
「でしょうね。何かありました?」
「鉄格子の扉だ。鍵がかかっているが」
「ああ、このくらいなら……」
鉄格子の扉を開け、中に入る。水浸しだが地面は固いので中は多少泥にまみれているくらいだろう。
ランプを点けて、いつものようにピッケルで壁や床を叩いていく。
「慣れてるな」
そう言って狩人が俺を見た。
「廃ダンジョンが専門なんで」
「ああ、最近そういう冒険者が増えてないか? 辺境にいる冒険者が、それでとんでもなく稼いでるって噂を聞いた」
「それが俺です」
「なに!?」
「そこ落とし穴がありますよ。やっぱり倉庫と言うよりも廃ダンジョンだ」
「おお、ありがとう」
落とし穴には誰も入っていなかった。ダンジョンとして機能する前に、塞いだのかもしれない。
通路の先には、物が山と積まれていた。多少泥だらけではあるが
「こりゃあ、なんだ? 剣に鎧、盾、魔法の杖……。こんなに集めてどうするんだ?」
「さあ? ガラクタも高価な品も全部アイテム袋に突っ込んでたみたいですね」
「おい、これ。同じアイテム袋じゃないか?」
似たような偽アイテム袋がたくさんあった。いろんな田舎で配って、詐欺をしていたのかもしれない。
「特にほしいものがあれば今のうちに持って行ってください」
「俺は別に金になればいいだけだぞ……」
狩人は価値観が正直で助かる。
「じゃあ、近くの冒険者ギルドに行って、職員と冒険者を呼んで全部外に出しちゃいましょう。どっちにしろ、詐欺事件で押収されると思います」
「そうだろうな。古い物もあるみたいだから、呪われたくないや」
翌朝、近くの町で冒険者ギルドにすべて報告し、団体で倉庫の片づけをした。途中、山村の村人たちが文句を言いに来たが、衛兵たちが事情を聞いていつから詐欺に加担していたのか問い質されていた。
結果、金目になる宝物もガラクタも大量に見つかり、発見者である俺と狩人に1割の報酬が出ることになった。倉庫の中には死体も見つかって、麻製の偽アイテム袋を持っていたら衛兵か冒険者ギルドに報告するようにと大陸中に手配書が出回ることになった。
ちなみに空っぽの倉庫を探索してみたが、罠は通路の落とし穴だけ。隠し部屋もなかった。いずれ別の誰かがダンジョンを作ってくれるといい。
狩人は5年分稼いだと言って、町へと消えていった。




