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廃ダンジョン・トレッキング連載版  作者: 花黒子
飛竜の谷編

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21/115

魔王と兄


 朝目が覚めると、鳥の鳴き声が聞こえなかった。自然豊かな辺境ではちょっとおかしなことが起こっているらしい。

 窓を開けて空気を入れ替えようとしたのだが、風が吹いていない。飛竜の巣がある谷なので、かなりおかしなことが起こっているようだ。

 外を見てみると両隣の宿の主人が、倒れていた。間違いなくおかしなことが起こっている。異常事態と言っていい。

 廃ダンジョンをトレッキングする趣味を持っているだけなのだが、時々おかしなことに巻き込まれることはある。


 食堂に下りてみると、宿の主人は厨房で倒れていた。

 窓際のテーブルに、額の端に角が生えた少年が座っている。おそらく彼がこの異常事態の犯人だろう。


 少年が振り返ってこちらを見た。

 胸に違和感を覚え、ちらっと見てみると、胸に穴が空いていた。いやダンジョンが開いているらしい。なぜダンジョンが胸に開いているなどと思ったのかはわからないが、感覚としてただの穴ではないという気がした。


 心臓に穴が空いているのだから、冷静ではいられないはずだが、異常事態の最中だと思えば、急激に頭が冷めて、少年の正面の席に座った。ダンジョンが開いた瞬間、まったく衝撃はなかったので、おそらく幻覚だろうということまでは察していた。


「すげぇな」

 俺から出たのは誉め言葉だった。

「そうか?」

「うん。いくつかは知らないが、ここまで広範囲の生き物に幻覚を見せられるなんてできることじゃない」

「今の俺を見て、誉めてきたのはお前が初めてだよ」

「そうなのか。変わっているのかもしれない」

「俺の子孫たちにもそうであってほしかった」


 子孫と聞いて、ようやくもしかしてこの少年は魔王なのではないかと思い当たった。以前、魔王の作ったダンジョンをトレッキングしたことがある。あまりに宝物が見つかるので一族で会議をすると言っていたが、誰かが魔王その人を呼び出したのだろうか。


「子孫は何かを求めて、あなたを呼び出した?」

「そもそもバカなのだ。なにもやりきれていない者たちが、なにかを望むこと自体馬鹿馬鹿しいだろう? そう思わんか?」

「なにかをやりぬく過程を楽しむってことに気づかなかったんでしょう。それよりもなにかを持ち、自分が優秀であることを誇示することで褒められたいのでは?」

「称号にしか興味がないのか。好きなことをし過ぎたかもしれん。背中を見せていれば、伝わるだろうというのは勘違いだったのか」

「いや、必ず背中を見て理解できる者たちはいますよ。称号に縋り付く者たちとは別の一生を歩んでいる者たちが。俺は多くの廃ダンジョンに潜ってきましたが、ダンジョンマスターのほとんどが称号など目もくれず、自分やその土地、自分の種族と向き合った者たちばかりでした」

「だろうな。そうでなければダンジョンなど作らないのだろう。お主が、俺の工房を開けた山屋という冒険者だろう?」

「あなたが、辺境の魔王であるなら、そうです」

「どうしたもんかなぁ?」

「揉めてるんですか?」

「うむ。全部、お主にくれてやろうか?」

「いや、俺は十分もらいましたから」

「欲がないなぁ。過程を楽しめる人間とはこうも違うのか? ある程度なら、レベルを上げてやれるが強くなりたくはないか?」

「ああ、冒険者の同期に大陸最強の同期がいるのですが、なんだか大変そうで強さには興味がないです」

「性欲はどうだ?」

「旅先で処理しているので間に合ってます」

「そうか……。何かを欲しているわけではないのか?」

「廃ダンジョンだけです。生きているダンジョンは危ないのでそれほど興味はないのですが、廃ダンジョンだとそこで起こった歴史を読み解いている気がして、自分にとっては何より楽しいです」

「だろうな。お主も一人で楽しめるタイプか。実は、俺には兄がいる。所謂、俺が魔王なら、兄は裏ボスだ。裏ボスもダンジョンを作っていたな。おそらくもうダンジョンとしては動いていない。無論、俺の先を行く兄のことだから、宝物も多すぎるくらいあるはずだ。報酬としてその廃ダンジョンを案内するから、どうにか俺のダンジョンの宝物を大陸各地に隠してはくれんか?」

「廃ダンジョンを趣味にしている自分としては裏ボスのダンジョンに行きたいのは山々なんですけどね。俺が魔王の宝物を隠したなんてことがバレたら、一族全員に殺されますよ」

「馬鹿の癖に、馬鹿にされたことだけはわかる。俺の子孫も面倒な手合いになったものだ。だいたい、武器も道具も使いこなせない者たちの手に渡るから失われていくのだ。死蔵していたままの方がよかった。お主が暴くからだぞ」

「それが依頼でしたから」

「困ったな。子孫を鍛えてやるにも時間がかかる。死霊術で蘇っても、1週間も現世にはいられない」

 魔王の思いを残せればいいのか。


「だったら、武器一本一本に呪いをかければいいんじゃないですか? 握った武器しか装備できないようにして、使いこなせるようになったら呪いを解けるようにするとか……」

「ああ、そうしよう! 決めた。もう、争うなら争えばいい。うんざりした! 盗みたければ盗めばいい。呪われているがな。いやぁ、いい案だった。よし、行くか?」

「裏ボスの廃ダンジョンですか?」

「うむ」

「あ、その前に周りの生き物を元に戻してください」

「ああ、大丈夫だ。あと40秒で元に戻る」

「じゃあ、ちょっと準備だけさせてください。いつもの道具がないと、楽しみが半減してしまうので」

「とっとと準備してこい!」

「はい!」


 俺は、5秒で駆けあがり、20秒で着替えて、残りの10秒でピッケルなどを引っ掴み、階段を駆け下りた。


「準備できました!」

 厨房の隅では宿の主人が起きだした。

「ん? あれ? なにがあった?」


 外では小鳥が鳴き始めている。風の音が聞こえてくる。風って生き物なのかどうかはさておいて、魔王が待っている。


「それじゃあ、ま、行くか。廃ダンジョン」

 魔王は俺の背中を軽く触れた。


 次の瞬間には自分の体が煙のように消え、大きな岩の前に立っていた。周囲は森で、人の気配もなければ、どこかへ続く道もない。


「よし、入るか?」

「岩が……」

「岩など捨てたらいいだろ。ほら」


 魔王は3階建ての建物よりも大きな岩を、持ち上げて脇に退けていた。筋肉量と力が合っていないが、魔王だから物理も無視できるのか。

 岩を退けると、大きな扉があった。鍵がかかっているらしい。


「むっ。兄め! 扉など付けている。破壊するしかないか」

「ちょっと待ってください。古い鍵なら開けられますから」

 

 俺はピッキングで扉の鍵を開けた。簡単な鍵で、冒険者ギルドで習うような鍵だった。


「器用だな」

「これくらいなら。中に入ったら、あんまり魔法は使わないようにしてもらえますか? 召喚魔法の罠が起動しちゃうので」

「それは無理だろう。俺自身が魔力の塊みたいなもんなんだから。魔物が現れたら、倒してやるさ」

「ならいいか」


 俺はランプを点けて、ピッケルを構えた。


「何をやってるんだ?」

「結局、こうやって手探りで罠を探していく方が確実ですから」


 すぐ近くの落とし穴を剥がすと、魔族らしき大きな死体が4体も入っていた。

 落とし穴の中に入って杭などを解除。乾いているとはいえ、大きな魔族の死体は重い。


「落とし穴にまで入るのか?」

「ええ。何が仕掛けられているかわかりませんし、隠し部屋があるかもしれませんから。とりあえず、この死体を受け取ってもらっていいですか?」

「大変だろう?」

「大変です。どうにかできますか?」

「構わんぞ」


 魔王は呪文も唱えずに、空中から杖を取り出して死体を叩いた。ふんわり硫黄のような香りが漂ったかと思うと、白い煙のようなものが死体を覆う。次の瞬間には死体に意志があるかのように目が赤く光り始めていた。

 死体はすぐに起き上がって、次々と落とし穴から這い出てきた。


「よし、魔力の多い俺はこいつらに呪いの札を書かせることにする。お主は探索を続けてくれ」

「わかりました」


 魔王は動き出した死体に「後で子孫たちの武具に貼るから慎重に書けよ」などと指示を出している。


 スパン!


 魔王は入口の脇に退けた岩を魔法でバラバラにしたかと思うと、死体のために即席の机と椅子を用意していた。案外優しいところがある。札に使う紙や筆も取り出していたが、足りないとのこと。


「お主、とりあえずこの杖を持っていって、紙と筆を取ってきてくれ。どうせ兄のことだから、どこかにあるはずだ」

「わかりました。俺は死霊術を使えないのですが、大丈夫なんですか?」

「ああ、死体を三回叩けば、光に向かうようになっている」

「この杖を使う時はランプに布でもかけておきます」


 俺は死霊術の杖を背負い、先へ向かった。


 罠はかなり殺傷能力が高いものが多く、油断しそうな部屋の隅などにもしっかり仕掛けられている。魔王の兄は几帳面な性格なのだろうか。一見、死体がなさそうに見えるが罠にかかった者は落とし穴に落とされるように設計されている。

 死体はすべて死霊術で蘇らせて入口へと向かわせた。魔族は死んでも丈夫だ。


 コンコンコン、ボコ!


 兄弟だからか、魔王のダンジョンと同じように隠し部屋が多い。隠し部屋は全自動工房を作ろうとしていたらしく素材が山ほど積まれ、炉の前にゴーレムが佇んでいた。


「生きてる? 生きてるわけないか」


 ゴーレムはただ火のついていない炉を見つめているだけ。魔王だったら蘇らせることもできるかもしれないが、俺には無理だ。


 他の隠し部屋にはプランターで育てた薬草などもあった。すっかり乾いているが、種は使えるかもしれないので回収。薬品等もあったが、回復薬がドロドロになっていて溶解液の匂いがした。溶かして傷口を塞ぐのは最終手段だ。


 壺を作っていた隠し部屋もあり、立派な窯もあった。窯の前にはやはりゴーレムが何体かいたが、目に光はない。棚には皿や壺などが置かれ、クルミやドライフルーツなんかが入っている。


「物ではなく技術を伝えようとしたのか……」

 魔王よりもちょっとだけ未来に希望を持っていたのかもしれない。技術であれば改良を加える要素が多い。


 奥へ行くと召喚魔法の罠などもあるが、ちゃんと場所指定のワープ罠もあった。召喚した魔物は帰してやるのが人情だろう。回復薬や保存食は召喚して傷ついた魔物のためにあったのかと思うと、やはり裏ボスには優しさがある。


「称号は弟に、実利は兄が、ということなのかな」


 魔王のダンジョンには壊れにくい武具などが多く、今の世界でも価値ある物が残っていたが、裏ボスのダンジョンは運営法を残そうとしていた痕跡を見ているような気がする。どうやってダンジョンのシステムを維持するのか、丁寧に時間をかけていたことが覗える

 

 コンコンコン、ボコッ。


 また隠し部屋を見つけた。

 中は訓練場らしく、広い空間が広がり、人形などが置かれ、木剣や穂先の付いていない槍などが樽に置かれている。やはりゴーレムもいるが動いてはいない。部品だけでも持ち帰れば結構な値段になると思うが、持ってはいけない。


 訓練場には『最強の剣を手に入れるより、己が最強になれ』と掲げられていた。


「最強の剣を扱うのではなく、剣の扱いで最強になれってことなのかな?」


 妖刀などもあるし、魔法の道具も多い魔族だと、物に惑わされることも多いのだろう。事実、今も魔王が呪われた武器を作ってる最中だ。


 最奥にはちゃんとボス部屋があり、巨人でも戦えるようになっていて、家の高さほどある巨大な甲冑が両側に5体も並んでいた。いずれも中身はゴーレムのようだ。


「勝てる気がしない」


 玉座の裏には周辺の地図が描かれている。このダンジョンの位置がスイッチになっていて、ボコッと隠し通路が現れた。通路の先は高台になっていて、周辺の森や山、湖などが一望出来た。


「景色は持ち帰れません」


 高台には小屋が建っていて、側に焚火のあとが残っている。裏ボスが住んでいたのだろうか。僅かな薬学の本と大量の日記に残されていた。

 棚を開けると紙と筆、インクが入っている。魔王の言った通りだ。


 俺は紙と筆記用具を持って、入口へと向かう。


「おおっ、ちょうど紙が切れたところだ」

「たくさん、ありましたよ」

「筆まめな男だったからな」


 魔王は何十体もの死体に指示を出して呪いの札を書かせていた。


「どうだった? 何か回収できたか?」

「薬草の種ぐらいです。他は自分が持って行っても仕方がないものばかりで、勉強になりました」

「そうか」

「もし、ゴーレムを動かせる者がいるのなら連れてくるといいです。それだけでこのダンジョンは復活できるようになってます」

「そんな優秀な者がいれば、魔王になってるさ。ドワーフを連れてくるかな?」

「死霊術や召喚術で呼べないんですか?」

「ああ、それもありか……。いや、面倒だな。よし、お主への報酬はもういいのか?」

「ええ。あ、これ返します」

 俺は死霊術の杖を魔王に返した。

「持って行ってもいいんだぞ」

「いえ、俺は魔法の杖よりも木剣の方にします。それが裏ボスの意思の様ですから」

「変わっている。でも、兄ならそういうかもしれん」

「呪具にする前に、一度魔王の子孫をここに連れてくることをお勧めします。罠はほぼ解除しておきました。召喚罠は一本足すだけになっていますし、ワープ罠も魔石を嵌めるだけにしておきました」

「わかった。いろいろと世話をかけたな」

「いえ、では……」

「ああ、お主にはまた魔族が世話をかけるかもしれん」

「廃ダンジョンがあれば、行きますよ」

「うむ。伝えておこう」


 魔王は俺の肩に触れた。


 景色は飛竜の谷に変わっていた。宿の主人たちは突然現れた俺に目を丸くして驚いている。


「どこに行ってたんだ!?」

「説明が難しいな」


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